第2話 期待してない、って顔をするのが一番疲れる
朝の通勤電車。
吊り革につかまりながら、私は片手でスマホを見ていた。
アプリを開く指は、少しだけ慎重になっている。
昨夜、あんなに迷って書いたプロフィール。
——どうせ、誰も見てない。
そう思いながら画面を更新した。
「〇〇さんとマッチしました」
一瞬、呼吸が止まる。
……え。
通知をタップして、すぐに画面を閉じる。
また開く。
間違いじゃない。
本当に、マッチしている。
胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
期待しちゃダメ。
どうせ、続かない。
今までだって、そうだった。
相手のプロフィールを見る。
年齢は28歳。
職業はメーカー勤務。
写真は、スーツ姿で少しだけ笑っている。
正直な感想は、
「普通」。
悪くないけど、特別でもない。
こういう人が、一番判断に困る。
メッセージ画面を開く。
向こうからの一言目は、すでに届いていた。
「はじめまして。プロフィール読んで、落ち着いた方だなと思いました。」
……落ち着いた。
褒め言葉なのか、無難なのか。
どっちなんだろう。
でも、変なテンションじゃないだけで、少し安心する。
返信欄に文字を打って、消して、また打つ。
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。」
……可もなく不可もなく。
もっと気の利いたことを言えたらいいのに。
でも、最初から張り切るのは違う気がした。
送信。
画面の向こうに誰かがいる。
それだけで、少し不思議な気分になる。
すぐに返事が来たら、落ち着かないし、
来なかったら、たぶん少し落ち込む。
もう、その時点で負けている気がした。
昼休み。
同僚たちの会話は、ドラマと上司の愚痴。
私はスマホを伏せたまま、聞いているフリをする。
アプリのことは、言わない。
まだ、何も始まっていないから。
それに——
「やってるんだ」って思われるのが、少しだけ怖い。
午後三時。
仕事の合間に、そっと画面を見る。
返事は、まだ。
……ほらね。
期待しない方が楽だ。
定時後、駅までの道。
通知が鳴った。
「返信が届いています」
心臓が、また小さく跳ねる。
“期待してない”はずなのに。
相手のメッセージは、短かった。
「ありがとうございます。お仕事お疲れさまです。」
それだけ。
それだけなのに、
ちゃんと返してくれたことが、妙に嬉しい。
私は気づかないふりをする。
この人に、何も期待していない。
今日だって、たまたまマッチしただけ。
でも、スマホをポケットにしまいながら、
次の返信を考えている自分がいた。
期待してない、って顔をするのが、
一番疲れる。
そのことだけは、はっきり分かっていた。
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