第1話 何者でもない私が、プロフィールを書く夜
この物語は、
マッチングアプリがうまくいった話ではありません。
自分の気持ちを、
ちゃんと信じるようになった話です。
もしあなたが今、
スマホを見ながら、
少しだけ疲れているなら。
この物語は、
きっと、あなたのすぐ隣にあります。
ベッドの上で、仰向けのままスマホを持っていた。
天井のシミをぼんやり見ながら、親指だけが動いている。
——マッチングアプリ。
同期が笑いながら言っていた。
「意外と普通の人多いよ。みんなやってるし」
“みんな”の中に、自分を入れていいのかは分からない。
でも、入れなかったら、このまま何も変わらない気がした。
登録は、もう終わっている。
名前、年齢、住んでいる場所。
顔写真も、一番マシに写っているやつを選んだ。
問題は、ここだった。
「自己紹介文」
画面には、空白のボックス。
点滅するカーソルが、急かすみたいで落ち着かない。
「はじめまして。都内で事務の仕事をしています」
……消す。
事務って書くと、なんか地味すぎない?
でも、盛るのも違う。
“キャリアウーマン”なんて言葉、私には似合わない。
「休日はカフェ巡りや映画を見るのが好きです」
……嘘じゃないけど、
“好き”って言えるほどでもない。
ただ、一人で時間を潰すのが上手なだけだ。
画面を閉じて、開いて、また閉じる。
この短い文章で、誰かに判断される。
可愛いかどうか。
面白いかどうか。
「会ってもいいかどうか」。
そんなの、分からないよ。
私だって、自分がどんな人間なのか、ちゃんと説明できないのに。
「真剣なお付き合いを希望しています」
……重い。
「良いご縁があればと思っています」
……ありきたり。
どれも、間違ってないのに、
どれも、自分じゃない気がした。
ふと、大学時代の元彼を思い出す。
あの人と出会ったとき、プロフィールなんてなかった。
笑い方とか、声とか、
授業のあとに一緒に歩いた感じとか。
ああいうのを、どうやって文字にするんだろう。
通知が鳴った。
友達のグループLINE。
「入籍しました♡」
スマホを伏せる。
おめでとう、って言う気持ちは本当だ。
でも、胸の奥が、少しだけざわつく。
比べるつもりはなかったのに、
比べてしまう自分が、いちばん嫌だ。
深呼吸して、もう一度画面を見る。
完璧じゃなくていい。
ウケなくてもいい。
誰か一人に、ちゃんと伝わればいい。
私は、ゆっくり文字を打った。
「仕事は事務をしています。
派手なタイプではありませんが、
落ち着いた時間を大切にしたいと思っています。
お互いに無理をしない関係が理想です。」
少しだけ、指が止まる。
これで、いいのかな。
これで、誰か来てくれるのかな。
「保存する」
押した瞬間、心臓が小さく跳ねた。
何かが始まる音は、
いつもこんなふうに、静かなんだと思った。
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