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交流の深まり


 数日後。蓮と葵は、約束通り相川パーティと再会した。


 連絡先で日程を調整して、一緒に活動することになった。第6~7階層での共同活動だ。


「またお願いします」


 相川が、挨拶を交わした。蓮も、軽く頷いた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 今回も共同で行動することになる。休憩中に、食事を共にした。ダンジョン内の休憩エリアで、それぞれが持参した食事を取り出し、和やかな雰囲気で食事を始めた。


「佐伯さん、最近どうですか?」


 葵が、佐伯に声をかけた。佐伯は、明るく笑いながら答えた。


「おかげさまで、順調です! 実は、最近、娘が3歳になったんですよ」


 その言葉に、葵は少し驚いたような表情を見せた。


「お子さんがいるんですか?」


「はい! 妻と3歳の娘がいます。娘が『パパ、お仕事頑張ってね』って言ってくれるんですよ」


 佐伯が、嬉しそうにスマートフォンを取り出し、娘の写真を見せた。そこには、笑顔の幼い女の子が写っている。


「かわいいですね」


 葵が、素直に感心した。それから、少し気遣うような口調で聞いた。


「でも、お子さんがいると、家計も大変じゃないですか?」


「いやいや、全然大丈夫ですよ!」


 佐伯は、明るく笑いながら答えた。


「制圧士は給料いいから余裕っすよ! 俺みたいな若手でも年収600万くらいあるし。妻が家のことをしっかりやってくれてるおかげで、俺も安心してダンジョンに集中できるんです」


 その言葉には、妻への感謝と、家族を養えることへの誇らしさが混じっている。佐伯は、さらに続けた。


「それに、制圧士用の住宅にも入れてもらえてて。3LDKでたったの月3万円ですからね」


 佐伯がスマートフォンの画面を操作して、住宅の写真を見せてくれる。綺麗で広い部屋だ。明るいリビング、清潔な台所、そして子供部屋。


「娘も、広い部屋で走り回れるし。妻も喜んでくれてて。本当に、恵まれてます」


「そうなんですね……」


 葵が、少し複雑そうな表情で答えた。医療費無料、交通費無料、低家賃住宅。それらは制圧士なら誰もが受けられる優遇措置だ。葵も、蓮も、当然知っている。


 だが、佐伯は心から「恵まれている」と感じている。その満足そうな様子が、葵には少し引っかかる。


 佐伯は、さらに嬉しそうに続けた。


「制圧士って、色々優遇されててスゲーいい職業なんですよ。適性あってよかったって、マジで思います」


 その目は、純粋に輝いている。


「制圧士として国を守る。それが家族を守ることにも繋がる。本当に誇りを持ってます」


 佐伯の言葉には、偽りのない真剣さが込められている。


 蓮は、佐伯の前向きな姿勢を黙って見ていた。この世界では、多産政策により少子化は踏みとどまっており、若くして結婚・出産するのは珍しくない。佐伯のように23歳で3歳の子供がいる家庭も、ごく普通の光景として受け入れられている。


 そして、佐伯は蓮の方を見て、少し羨ましそうに言った。


「神谷くんは防大生だから、もっと稼げるんでしょうね。卒業したら、俺なんかよりずっと高い給料もらえるんじゃないですか?」


「……まあ、そう聞いてはいますが」


 蓮は、控えめに答えた。佐伯は、明るく笑いながら続けた。


「いいなあ。防大卒の男なら、年収1000万とか普通に行けるって聞きますよ。俺なんか、頑張っても800万が限界かな」


 女性と男性とでは、同じ制圧士でも生き方が大きく異なってくる。佐伯の言葉は、自然と蓮だけに向けられていた。


 蓮は、佐伯の言葉を冷静に受け止めた。防大卒であれば、国家公務員や大手ダンジョン企業の幹部候補として、年収1000万程度には容易に到達できる。だが、それもまた雇われの身であり、天井は存在する。


 佐伯は満足そうな表情で、スマートフォンの画面を眺めている。娘の写真だ。その顔には、誇りと幸福感が滲んでいる。


(佐伯は年収600万で満足している。防大卒なら1000万。確かに高収入だ)


 蓮の視線が、一瞬佐伯から外れる。


(だが、命を懸ける仕事の対価としては安すぎる。そして、雇われの身である限り、本当の富も、本当の自由も手に入らない)


 蓮は、静かに決意を固めていた。


(俺は、その上を目指す)


 蓮の視線は、葵へと移った。葵も、何か考え込むような表情をしている。蓮は、葵の内面の変化に気づいていたが、それを深く追求するつもりはなかった。


 その様子を、高橋が静かに見つめていた。そして、少し間を置いてから、少し寂しげに呟いた。


「……若いっていいわね。佐伯さんみたいに、早く結婚して子供がいるっていいな」


 その言葉には、どこか諦めに近い色が滲んでいる。佐伯が、少し戸惑いながらも聞いた。


「聞いたことなかったですけど、高橋さんはどうなんですか? その、結婚とか」


「……未婚のまま26になっちゃった。婚期を逃したわね」


 高橋は自嘲気味に笑うと、視線をテーブルに落とした。


「まあ、女性制圧士は26歳まで子供を産むのが禁止だから、どちみち佐伯さんみたいに子供は持てないけど」


 その手が、無意識に自分のスマートフォンのケースを撫でている。


「男性は、女性に家に入ってほしいものでしょう? でも女性制圧士は推奨の29歳までは仕事を続けなきゃいけない。26歳まで子供も産めないし。敬遠されるのよね」


 佐伯が、困ったような表情で言った。


「制圧士の女性は……大変なんですね」


「まあ、仕方ないわ。制圧士として働く以上、そういうものだって分かってたし」


 高橋の言葉には、諦めに近い口調があった。


 女性制圧士は26歳まで子供を産むのが法律により禁止されている。それは、制圧士としての活動を優先させるためだ。同じ制圧士でありながら、男性は高収入と社会的地位で結婚市場において引く手あまたである一方、女性は活動期間の制約と出産制限により敬遠される。この対照的な状況こそが、この社会に根深く存在する男女格差の一端を示していた。


 高橋は、淡々と語る。しかし、その表情には、どこか虚ろな色が滲んでいる。


「推奨の29歳までは働くつもりよ。それまでに……まあ、縁があればね」


「高橋さんは優秀な制圧士だから、それでいいんじゃないか」


 相川が、慰めるような口調で言った。高橋は、少し考えてから答えた。


「そうね。仕事に誇りを持ってるから、後悔はしてないわ」


 その言葉は、誰に言い聞かせているのだろうか。高橋自身にか、それとも周囲にか。彼女の視線は、佐伯のスマートフォンに映る娘の写真に向けられている。その視線には、諦めと、それでも消えない何かが混ざっていた。


 重い空気が、休憩エリアに漂った。佐伯は気まずそうに視線を逸らし、小林は困ったように俯いている。


 その沈黙を破るように、相川が疲れた笑みを浮かべながら言った。


「もう9年やってるけど、まだLv32だ。トップランカーには遠いな」


 その言葉には、どこか諦めに近い色が滲んでいる。蓮は、その言葉を聞いて、内心で少し興味深く感じた。


(民間制圧士の成長ペースは、確かに遅いな)


 防大生は4年でLv35~45に到達する。一方、民間制圧士は10年かけてLv35に到達する。その成長ペースの差は、圧倒的だ。


 小林が、目を輝かせながら言った。


「私はまだLv18です……でも、もっと強くなって、パーティの役に立てるようになりたいです」


 その言葉には、制圧士になったばかりの若手特有の、純粋な熱意が込められている。佐伯が、優しく頷いた。


「小林は若いから、これからだよ。俺も最初はそうだったし」


 蓮は、彼らの会話を聞いていた。民間制圧士の「日常」を感じる。それは、蓮にとって重要な情報収集だ。自分は彼らとは違う道を行く。その意志を、再確認していた。


 葵は、佐伯の「家族のために」という言葉に、言語化できない違和感を覚えていた。


(この人は、本当に幸せなのかな)


 娘の写真を見せる佐伯の笑顔は、確かに嬉しそうだった。でも、その笑顔の裏に、何か別のものがあるような気がする。年収600万円で家族を養うことに誇りを持っている。それは素晴らしいことのはずだ。でも、命を懸けている仕事なのに、それで「優遇されている」と感じているのは、本当に正しいのだろうか。


 その疑問は、まだ明確な言葉にはならない。でも、確かに胸の奥でざわざわと波立っている。


 葵は、その違和感を心の奥に押し込めて、表面上は何も変わっていないように振る舞った。


 休憩後、再び共同で戦闘。第7階層の通路で、相川パーティと蓮たちは、モンスターの群れと対峙していた。


 小林が後衛から魔法で支援し、佐伯と相川が前衛でモンスターを倒していく。蓮の召喚獣も、的確に敵を牽制する。連携は順調だった。


「右から来るぞ!」


 相川が叫んだ瞬間、通路の脇から予想外のモンスターが飛び出してきた。狙いは、後衛にいる小林だ。


「っ!」


 小林が、咄嗟に後ろに下がろうとした。しかし、狭い通路では逃げ場がない。モンスターの爪が、彼女に迫る。


 次の瞬間、佐伯が小林の前に滑り込んだ。


「下がって!」


 佐伯の剣が、モンスターの爪を弾く。体勢を崩したモンスターに、佐伯は追撃を加えた。的確な一撃で、モンスターを倒す。


「小林、大丈夫か!」


「は、はい! すみません!」


 小林が、震える声で答えた。佐伯は、軽く頷いた。


「気にするな。後衛を守るのが前衛の仕事だ」


 その言葉には、当然のことをしたという響きがあった。佐伯の視線は、既に次の敵に向けられている。


 蓮は、その一連の動きを見ていた。佐伯の判断は速く、動きに迷いがない。家族を守るために戦う男は、仲間を守ることにも迷いがなかった。


 戦闘が終わり、モンスターの群れは全て倒された。小林が、佐伯に深々と頭を下げた。


「佐伯さん、ありがとうございました……」


「いや、チームで動いてるんだから、当たり前のことだよ」


 佐伯は、照れくさそうに笑った。その笑顔は、娘の写真を見せていた時と同じ、穏やかなものだった。


 今日の活動も終了した。相川パーティのメンバーたちと別れ、蓮と葵はダンジョンから出た。


 ゲートタワーを出ると、地上の空気が顔に当たる。少し冷たく、秋の深まりを感じさせる。


 二人は並んで、寮への道を歩き始めた。


「……佐伯さん、いい人よね」


 葵が、ぽつりと呟いた。その視線は、どこか遠くを見ている。蓮は、少し考えてから答えた。


「そうだな。家族思いで、真面目だ」


「……そうね」


 葵は、それ以上は何も言わなかった。しかし、その横顔には、何か言いたげな表情が浮かんでいる。佐伯の「家族のために」という言葉が、なぜか心に引っかかっている。


 蓮は、その様子を見ていた。葵の内面の変化に気づいていた。しかし、それを深く追求するつもりはない。


 蓮は、そう確信しながら、寮へと向かっていった。



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