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偶然の遭遇


 2泊3日のダンジョン実習を終えて、三日が経った。


 第6階層。蓮と葵は、休憩エリアで小休止を取っていた。


 休憩エリアは、ダンジョン内の安全地帯として機能している。ここでは、モンスターの出現はない。魔石の淡い光が天井から降り注ぎ、人工的な明るさが空間を満たしている。壁際には簡易的なベンチが設置され、床には疲労回復を促進する魔法陣が刻まれている。制圧士たちが、休息を取り、装備を整え、次の探索に備える場所だ。


 蓮は、水筒から水を飲みながら、今日の活動を振り返っていた。第6階層での戦闘は、第5階層よりも難易度が上がっている。しかし、蓮と葵の連携は、それに対応できている。


 葵は水筒を取り出しながら、ふと蓮の方を見た。


「さっきのフロアウルフ、少し動きが速くなってたわね」


「ああ。階層が上がるごとに、同種でも能力値が上がっている」


 蓮は、簡潔に答えた。葵は頷いて、水を一口飲む。


「この階層まで来ると、さすがに緊張するわね」


 葵の言葉には、緊張というより、むしろ静かな充実感が滲んでいる。蓮は、その表情を横目で見た。

葵は戦闘に対して、冷静でありながら、どこか前向きなエネルギーを持っている。それは、蓮にとって興味深い観察対象だ。


「少し休んでから、次のエリアに行くわね」


 葵が、静かに言った。蓮は頷いた。


「ああ」


 その時、休憩エリアの入口から、人影が現れた。6人組のパーティだ。全員が、民間制圧士らしい実戦向きの装備を身に着けている。


 リーダー格の男性が、休憩エリア内の蓮と葵に気づいて、少し驚いたような表情を見せた。若い2人組が、この階層の休憩エリアにいる。その事実に、経験豊富な制圧士としての勘が働いた。そして、礼儀正しく声をかけてきた。


「すまない、ここ使っていいか?」


 その男性は、30代前半に見える。しかし、実際には27歳だ。中堅制圧士として、経験を積んできた人物だ。その目には、どこか疲れた雰囲気が滲んでいる。肩に手を当てて、わずかに首を回す動作。それは、長い時間をダンジョンで過ごした者特有の、身体のこわばりをほぐす仕草だった。


「どうぞ。休憩エリアは共用スペースですから」


 蓮は、快諾した。その返答の丁寧さと、共用スペースという用語を自然に使う知識の豊富さに、リーダー格の男性は何かを感じ取った。その男性は、少し安堵したような表情を見せて、パーティメンバーに合図を送った。


「ありがとう」


 6人組のパーティが、休憩エリアに入ってきた。リーダー格の男性は、改めて蓮と葵を見つめた。装備の統一感、質の高さ、そして何より若さ。それらが組み合わさったとき、リーダー格の男性の頭に、一つの答えが浮かんだ。


「防大生か。何年生だ?」


「まだ1年生ですが、精進しています」


 蓮は、謙虚に答えた。しかし、その言葉の裏には、確かな自信が込められている。


「1年生で第6階層か。ダンジョン活動を始めて、せいぜい半年ちょっとでここまで来るなんて。すごいな」


 その言葉に、蓮の口元がわずかに緩んだ。防大生としての優秀さが、認められている。それは、蓮にとって重要な評価だ。


 リーダー格の男性は、感心したような表情を見せた。そして、自己紹介を始めた。


「俺は相川隆史。27歳、Lv32だ」


 相川は手短に自己紹介してから、パーティメンバーに視線を向けた。


「佐伯、高橋、小林、それから若手が2名。6人で動いてる」


 相川に促されるように、パーティメンバーたちが順番に挨拶をした。前衛を務めるという佐伯健一は、明るい笑顔で「よろしくお願いします!」と元気よく声をかけてきた。23歳、Lv20。その笑顔は、まるで太陽のように明るく、パーティ全体の雰囲気を一気に和らげた。前向きなエネルギーに満ちた若者だ。


 支援魔法を担当する高橋咲は、26歳、Lv26。軽く頷いただけで、「よろしく」と短く告げると、すぐに席に座り込んだ。その目には、どこか疲れと諦めに近い色が滲んでいる。佐伯の明るさとは対照的に、彼女の周囲には静かな空気が漂っていた。


 若手の小林美波は、22歳、Lv18。緊張した面持ちで「よ、よろしくお願いします」と挨拶した。まだ理想を持っているが、徐々に現実を知り始めている様子が伝わってくる。その目には、不安と期待が入り混じった、複雑な色が浮かんでいる。


 残りの2名の男性メンバーも、若手でキャリア4~5年目、Lv17~20程度だ。軽い挨拶を交わし、それぞれ装備を整え始めた。


 蓮は、相川パーティの構成を見つめた。中堅(Lv26~32)と若手(Lv17~20)の組み合わせ。若手にとって、この階層が適正な活動領域だ。


 しかし、相川はLv32だ。


(Lv32で第6階層。適正階層活動義務を考えれば、本来なら17階層以上での活動が求められるはずだが)


 蓮は、相川の装備を見つめた。中堅制圧士らしい、実戦で磨かれた武具。しかし、その目には、どこか疲労の色が滲んでいる。


「相川さんは、この階層が適正なんですか?」


 蓮が、さりげなく尋ねた。相川は、少し苦笑いを浮かべた。


「いや、実は俺、Lv32なんだ。本来なら、もっと深い階層に行かなきゃいけないんだけどね」


「若手の育成で、時間を割いているんですか?」


「ああ。週の半分は、こいつらのお守り役だ。残りの半分で、自分の適正階層を回ってる。まあ、民間企業だから、こういう柔軟な運用ができるんだよ」


 相川の言葉には、どこか諦めに近い色が滲んでいる。国家の制度は、成長すればするほど、より深い階層へ行かざるを得ない仕組みになっている。それを、若手の育成という名目で、わずかに回避している。その事実が、相川の疲労感を生み出しているのかもしれない。


(民間企業の柔軟性か。だが、それは同時に、個人の負担を増やすことでもある)


 若手育成時は中堅を配置し、深層攻略時は高レベルメンバーで編成する。状況に応じて、最適なメンバー構成を組める。それは、防大にはない強みだ。


 相川が水筒から水を飲みながら、蓮たちに話しかけてきた。


「二人は、パーティを組んでどれくらいなんだ?」


 葵が、穏やかに答える。


「半年ほどになりますね。ダンジョン活動を始めた時から、ずっと二人で組んでいます」


「最初からずっと、か」


 相川は感心したように頷いた。


「固定パーティで、半年でここまで来られたってことは、よほど効率がいいんだろうな」


 その言葉に、葵は少し困ったような笑みを浮かべた。


「いえ、神谷君が戦術を立ててくれるので。私は、それに従っているだけですから」


「それにしても」


 佐伯が、明るい笑顔で口を挟んだ。


「防大生はやっぱりすごいですよね。俺なんて、Lv20になるまで4年かかりましたから」


「そうなんですね。でも、それだけ着実に経験を積まれてきたということですよね」


 葵は、相手を立てる言葉を自然に口にした。


(4年でLv20か)


 蓮は、佐伯の言葉を聞きながら、内心で計算していた。相川は27歳でLv32。9年かけて到達したレベルだ。佐伯は23歳でLv20。4年かけて到達した。民間制圧士の標準的な成長ペースは、10年かけてLv35に到達する。


 一方、自分と葵は、入学から半年で第6階層(推奨Lv16)で活動している。


(防大生の成長ペースは、確かに速い)


 集中的な教育と深層攻略実習により、防大生は4年でLv35~45に到達する。民間制圧士の10年と比べれば、その成長ペースの差は圧倒的だ。


(だが、俺たちはその中でもさらに速い)


 一般的な防大生なら、半年でLv7~8程度が標準的な成長ペースだ。しかし、自分と葵は既に第6階層で活動できる実力を持っている。防大生の中でも、トップクラスの成長ペースと言えるだろう。


 雑談は続いていた。


「この休憩エリア、広くていいですよね」


 佐伯が話しかけると、葵は柔らかく笑って答えた。


「そうですね。ベンチも多くて、助かります」


 その笑顔に、佐伯だけでなく、相川パーティの若手男性メンバー2名も自然と視線を向けた。葵の立ち居振る舞いは、男性を心地よくさせる何かを持っている。


「水谷さんって、話しやすいですね」


 若手の一人が、少し照れたように言った。葵は謙虚に首を横に振る。


「そんなことないです。皆さんが優しくしてくださるから」


 相手を立てる言葉、謙虚な態度、柔らかい笑顔。それらを淀みなく使いこなし、相手に警戒心を抱かせない。男性陣は、葵の言葉に心地よさを感じている様子だった。


 蓮は少し離れた場所から、その様子を静かに観察していた。


(葵は、初対面の相手を自然に手懐けている)


 相手を立てる言葉、謙虚な態度、柔らかい笑顔。それらを淀みなく使いこなし、相手に警戒心を抱かせない。しかし、本心は一切見せていない。完璧な社交術だ。


 相川パーティのメンバーたちは、葵に好印象を持っている。特に若手の男性陣は、明らかに葵に好意的な視線を向けていた。


(この能力は、有用だ)


 蓮にとって、葵の社交性は計算できる資産だ。彼女がいることで、初対面の相手との関係構築が円滑に進む。相川の評価も、葵の存在によって好意的なものになっている。


 そして、男性陣が葵に惹かれる様子を観察するのも、興味深い。


(彼らは、葵の表面しか見ていない。本質を知っているのは、俺だけだ)


 蓮は、その優越感を静かに味わっていた。


 雑談の中で、活動エリアが重なっていることが判明した。


「俺たち、今日は北エリアで活動してるんですよ」


 佐伯が、明るく言った。蓮は、少し考えてから答えた。


「こちらも、北エリアを予定しています」


「そうなんですか。じゃあ、もしかしたら同じモンスターと遭遇するかもしれませんね」


 蓮が、そう言うと、佐伯が続けた。


「あの辺り、ダイアウルフがよく出現するって聞いてます」


「ああ、そうそう。群れで動いてることが多いから、注意が必要ですよ」


 相川が、そう付け加えた。蓮は、頷いた。


「ありがとうございます。参考になります」


「そうか。なら、もしかしたら同じエリアで動くことになるかもしれないな」


 相川は、そう言いながら、改めて蓮たちの様子を見た。2人だけで動いていることを思い出して、少し考え込んだ。


「君たち、この階層を2人だけで攻略しているんだな」


 相川の言葉に、蓮は頷いた。


「はい。今のところ問題なく活動できています」


「そうか。君たちなら、2人でも大丈夫なんだろうな」


 相川は、感心したように頷いた。しかし、すぐに表情を引き締めた。


「ただ……」


 相川は、少し言葉を選ぶような間を置いた。その間、休憩エリアの空気が、わずかに重くなった。第6階層は、突発的な戦闘が発生しやすい。2人だけでは、不測の事態への対応が難しい。


「この階層で2人だけっていうのは、やっぱり危険だ。常識として知ってるとは思うが、基本的に6人フルパーティで動くのが標準だ。俺たちも、ある時、パーティの人数が足りない状態で動いてた時に、仲間が重傷を負った。もう一人が治療に専念したせいで、防御が手薄になって……運良く助かったが、あれ以来、6人フルパーティで動くようにしている」


 その言葉には、経験から来る重みがあった。蓮は、相川の目を見た。そこには、過去の経験に基づく真摯な心配が滲んでいる。そして、その奥には、もう二度と同じ失敗を繰り返したくないという、強い意志が感じられた。


 少し間を置いて、相川が続けた。


「ダンジョンの密集制約はあるが、2パーティーなら問題なく一緒に動ける。低階層では単独で動くのが一般的だが、この階層なら共同作戦も悪くない。もしよければ、一緒に動かないか?」


 相川の提案に、蓮は少し考えた。民間制圧士の動きや価値観を観察できる機会として、共同行動は有用だ。それに、蓮には別の思惑もあった。相川パーティのメンバーたちの動きを見つめ、情報を収集する。それは、蓮にとって重要な戦略だ。


 蓮は、少し考えてから答えた。


「わかりました。こちらも経験豊富な方々と動けるのは有益です。情報収集にもなりますし」


「それは良かった。じゃあ、次のエリアから、一緒に行動しよう」


 相川は、安堵したような表情を見せた。そして、パーティメンバーに合図を送った。


「みんな、準備を整えろ。これから、共同作戦だ」


 パーティメンバーたちは、それぞれ装備を確認し始めた。蓮は、その手際を見つめた。


(民間制圧士の動きを見つめられる。これは、貴重な機会だ)


 蓮は、その機会を最大限に活用するつもりだった。民間制圧士の価値観、戦術、そして何より、彼らの「日常」を見つめる。それは、蓮にとって重要な情報収集だ。


 葵は、相川パーティのメンバーたちと、軽い雑談を続けていた。その様子を見て、蓮は口元をわずかに緩めた。


 休憩が終わり、共同作戦が始まろうとしていた。蓮は、その機会を最大限に活用するつもりだった。民間制圧士の動きを見つめ、情報を収集する。それが、蓮の戦略だ。


 蓮は、そう確信しながら、次の探索に備えた。



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