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動揺の後の二人

直近感想くださった方、ありがとうございます。

最近はたまに増えるブクマだけを励みに執筆に取り組んでる毎日です。

もう少し読んでくれる人が増えてほしい(切実)






 蓮と葵は、いつものようにダンジョンへと向かっていた。


 転移ゲート前で待ち合わせたとき、葵の様子がいつもと違うことに、蓮はすぐに気づいた。


「……おはよう」


 短い挨拶。視線は蓮の顔ではなく、やや下を向いている。普段なら、皮肉めいた笑みを浮かべて「遅いわよ」などと軽口を叩くはずなのに、今日は無口だった。


 蓮は特に何も言わず、ゲートへと歩を進めた。葵も黙ってその後に続く。


(……雅の話が影響しているな)


 蓮は内心で冷静に分析しながらも、あえて何も言わなかった。葵が自分から話すまで待つ方が、彼女を支配下に置くには効果的だ。


 転移ゲートをくぐり、光来ダンジョン第二階層へ。


 薄暗い洞窟の入口で、蓮は装備を確認する。葵も無言で自分の水魔法の詠唱準備をしているが、その動作はいつもより機械的だった。


「準備はいいか」


「……ええ」


 葵の返事は、やはり短い。


 蓮は召喚獣を呼び出す。スモールウルフ8体、ピクシー2体。合計10体の召喚獣が、蓮の周囲に次々と姿を現した。


 蓮はスモールウルフたちに索敵の指示を送り、前方へと展開させた。



 薄暗い洞窟の中を、二人は無言で進んでいた。


 足元の石が軽く音を立てる。洞窟特有の湿った空気が、肌にまとわりつく。


 普段なら、葵が「このジメジメした空気、本当に嫌ね」などと文句を言うのだが、今日は何も言わない。ただ黙って、蓮の少し後ろを歩いているだけだった。


 やがて、前方からゴブリンの群れが姿を現す。五体。標準的な数だ。


「葵、いつも通りで」


「……わかった」


 短い返事の後、葵が《アクア・ショット》を放つ。


 だが、その瞬間、蓮は違和感を覚えた。


 水弾の威力が、いつもより強い。制御が荒く、軌道も微妙にぶれている。先頭のゴブリンは胸部に直撃を受けて倒れたが、葵の魔法は普段の精密さを欠いていた。


(……やはり、動揺しているな)


 蓮は何も言わず、スモールウルフの群れを前線に展開する。8体の狼が、ゴブリンたちを包囲するように散開した。葵も次々と《アクア・ショット》を放つが、やはり動きが荒い。感情任せになっている。


 普段の冷静で計算された動きではない。


 それでも、戦闘は問題なく終わった。圧倒的な数的優位がある。スモールウルフの群れが次々とゴブリンに噛みつき、葵の魔法が止めを刺していく。


 最後の一体が倒れ、静寂が戻った。


 蓮は倒れたゴブリンたちを見つめながら、内心で思考を巡らせる。


(キャパシティ20。以前の倍以上の戦力を展開できるようになった)


 レベルが13に到達したことで、召喚できる数は飛躍的に増えた。小型の召喚獣とはいえ、10体が同時に動く。それは、召喚師というジョブが持つ本質的な優位性だった。


(通常のパーティは最大6人。それがダンジョンの制約だ。だが、召喚獣はその枠外にある)


 剣士が何人集まろうと6人まで。魔法士も、治癒師も、全て同じ制約を受ける。しかし召喚師だけは違う。人間としての枠を使わず、純粋に戦力を増やせる。


 今は蓮と葵の2人だが、将来的にパーティメンバーが増えたとしても、この優位性は変わらない。6人の制圧士に加えて、さらに多数の召喚獣を展開できる。それは他のどのジョブにも真似できない、召喚師だけが持つ圧倒的な力だ。


(パワーバランスが崩壊するレベルの力を秘めている。その証拠に、この2人パーティでこれだけのパフォーマンスを出せている)


 そして、これはまだ序盤に過ぎない。レベル20、30と上がっていけば、召喚できる数と質は更に飛躍する。より強力な召喚獣を、より多く展開できるようになる。


 その時、この召喚師というジョブは、どれほどの成果を生み出せるだろうか。


(トップパーティにも負けない成果を出せる。それが証明できれば、制圧士としての存在感は確実に確立できる)


 蓮は静かに、そう結論づけた。


「……」


 葵は無言で、倒れたゴブリンたちを見つめていた。その表情は、どこか遠くを見ているようだった。


「葵」


「……何?」


「どうした? いつもと違うぞ」


 蓮があえて尋ねると、葵は視線を逸らした。


「別に。何でもない」


 短く、そう返すだけ。


 蓮はそれ以上追及しなかった。今は、彼女が自分で感情を整理する時間を与えた方がいい。


「……休憩するか」


 蓮が短く言うと、葵は無言で頷いた。



 洞窟の壁に背を預けて、二人は並んで座った。


 沈黙が続く。


 葵は膝を抱えたまま、視線を床に落としている。その横顔は、いつもの強気な表情とは違い、どこか儚げに見えた。


 何か言いたそうに、ちらりと蓮の方を見る。でも、結局何も言わない。また視線を床に戻す。


 蓮は葵の横顔を観察しながら、静かに思考を巡らせた。


(攻撃の荒さ、視線を合わせない態度、沈黙。全てが雅の存在への反応だ)


 だが、あえて追及はしない。今は、彼女が自分で感情を整理する時間を与えた方がいい。焦って問い詰めれば、逆に彼女は心を閉ざすだろう。


 蓮は水筒を取り出し、一口飲む。その動作を見て、葵も自分の水筒に手を伸ばした。


 沈黙が続く。


 洞窟の奥から、微かに水の滴る音が聞こえてくる。それだけが、この静寂を埋める唯一の音だった。


「……蓮」


 不意に、葵が口を開いた。


「ん?」


「……いや、何でもない」


 結局、葵は何も言わなかった。


 蓮は静かに頷くと、立ち上がった。


「……行くか」


 葵も無言で立ち上がる。


 二人は再び、ダンジョンの奥へと進んでいった。



 次の戦闘。


 今度は、葵の動きがいつもの鋭さを取り戻し始めていた。


 ゴブリンの群れが現れると、葵は冷静に《アクア・ショット》を放つ。今度は制御が完璧だ。水弾は正確にゴブリンの急所を貫き、一撃で仕留める。


 二体目、三体目。葵の魔法は淀みなく、的確に敵を倒していく。


(ダンジョンでは、余計なことを考えずに済む)


 蓮は葵の変化を見ながら、そう確信した。


 戦闘に集中することで、彼女は雑念を振り払おうとしている。そして、このダンジョンでの時間こそが、葵にとっての「俺との特別な場所」になっている。


 それでいい。


 蓮はスモールウルフの群れに指示を出し、残りのゴブリンを処理する。葵も《アクア・ショット》で援護し、戦闘は瞬く間に終わった。


「……やっぱり、私たちの連携は悪くないわね」


 戦闘後、葵が小さく呟いた。いつもの皮肉めいた調子ではなく、どこか自分自身に言い聞かせるような口調だった。


「ああ。お前の魔法は正確だ。俺の召喚獣との相性もいい」


 蓮が淡々と答えると、葵はわずかに表情を緩めた。


「……そう」


 それだけ言うと、葵は再び前を向いた。



 さらに奥へ進む。


 今度は、ゴブリンの小隊長クラスが率いる、やや大きな群れだった。七体。普段なら問題ない数だが、今日の葵の状態を考えると、少し慎重になる必要がある。


「葵、後衛に徹しろ。俺が前を固める」


「……わかった」


 葵は素直に従った。普段なら「私だって前衛できるわよ」と反発するところだが、今日は何も言わない。


 蓮はスモールウルフの群れを前線に展開し、ゴブリンたちを包囲する。8体の狼が扇状に広がり、敵を取り囲む。ピクシーは上空から《閃光》で目を眩ませる。葵は後方から《アクア・ショット》で援護する。


 その連携は、やはり完璧だった。


 蓮の指示に従い、葵の魔法は的確に敵を削っていく。スモールウルフの群れが敵を撹乱し、その隙にピクシーの《閃光》で目を眩ませ、葵の《アクア・ショット》が止めを刺す。


 一体、また一体。


 数的優位の前に、七体のゴブリンは、あっという間に全滅した。


「……」


 葵は、倒れたゴブリンたちを見つめながら、小さく息をついた。


 その横顔は、わずかに安堵したように見えた。


 戦闘。それが、今の彼女にとって、唯一の逃げ場所なのかもしれない。


 蓮はそう考えながら、葵に声をかけた。


「今日はここまでにするか。十分な成果だ」


「……そうね」


 葵は素直に頷いた。



 帰路。


 ゲートタワーを出て、大学への道を歩く二人。夕暮れの光が、街を柔らかく染めていた。


 しばらく黙って歩いていたとき、葵が小さく呟いた。


「……やっぱり私たち、息ぴったりだよね」


 その声は、いつもの皮肉めいた調子ではなく、どこか寂しげだった。まるで、その事実を確かめるように、自分自身に言い聞かせるように。


「ああ、お前がいないと困る」


 蓮が淡々と答えると、葵はわずかに表情を緩めた。でも、すぐにいつもの皮肉な笑みに戻る。


「……そう。あなたに必要とされてるなら、まあ、悪い気はしないわ」


 それ以上、葵は何も言わなかった。


 蓮は内心で確認する。


(葵は動揺している。だが、このダンジョンでの時間が、彼女にとっての「俺との特別な場所」になっている。それでいい)


 そして、彼女の依存は、確実に深まっている。


 雅という存在が現れたことで、葵の心は揺れている。だが、その揺れこそが、俺への執着を強めるきっかけになる。


 この感情の揺れを、俺は利用できる。


 葵が俺を必要とすればするほど、彼女は俺から離れられなくなる。そして、雅という存在が、その執着をさらに強めていく。


 蓮は静かに、そう結論づけた。


 夕暮れの街を、二人は並んで歩いていく。その距離は、いつもと変わらない。


 でも、葵の心の中では、何かが確実に変わり始めていた。




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