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集団戦の定石

 「第4回『ダンジョン実習Ⅰ』は、月例の終日演習とする」――学内システムから蓮のタブレットに通知されたのは、前日の夕方のことだった。通常の、平日の午後だけを使って行われる実習とは違う、朝から夕方まで一日がかりの特別演習。蓮にとっては、これが初めての経験だった。


 パーティ編成は、いつも通り機械的に割り振られたものだ。初回こそ水谷葵と同じパーティだったが、それ以降、蓮が彼女と同じチームに配属されることはなかった。


 男子学生4名、女子学生2名。盾士、剣士、弓兵、治癒士、支援士、そして召喚師である自分。それは、ダンジョン攻略の教本に載っているような、極めてバランスの取れた典型的なパーティ構成だった。


 そもそも、なぜこの世界では、少数精鋭の『パーティ』という単位でダンジョンを攻略するのか。その理由は、ダンジョンを支配する『ダンジョンシステム』が定めた、いくつかの絶対的なルールと、ダンジョン自体の物理的な特性に起因する。


 まず、ダンジョン内では、ステータスカードを介して明示的に『パーティ』を結成することで、初めて経験値の共有や一部の支援スキルといったシステム的な恩恵を受けられる。そして、このパーティの最大人数は、ダンジョンシステムの定めたルールによって6名と厳格に定められている。戦力は多いに越したことはないため、特別な理由がない限り、上限である6人でパーティを組むのが攻略の定石となっている。


 それに加え、ダンジョンには軍隊のような大規模行動を阻む、2つの大きな制約が存在した。


 1つは、物理的な制約だ。ダンジョン内の通路は、場所によって狭く、複雑に入り組んでいることが多く、大人数での行動はかえって連携を阻害し、メリットが薄い。

 

 そしてもう1つが、より決定的な『密集ペナルティ』である。半径50メートル以内という狭い範囲に15名以上の適性者が集結すると、その人数に応じて、全員の能力値に強力なマイナス補正が発生するのだ。

 

 これらの理由から、軍隊による一点突破は事実上不可能となっている。ただし、高難易度の深層に挑む際には、ペナルティが発生しない12名、すなわち2つのパーティが合同で『攻略隊』を組み、連携して任務にあたることも多い。


 実習当日、第1階層の転移ゲート前に集合した蓮のパーティは、担当教官による簡潔なブリーフィングを受けていた。教官はパーティメンバーとしてではなく、監督兼評価者として、この実習に同行する。


 「本日の目標は、一階層でのモンスター20体の討伐、及びドロップアイテムの回収だ。今日のパーティは、集団戦の基礎を学ぶには最適な構成と言える。各自、自身のジョブの役割を常に意識し、連携して任務にあたるように。では、実習を開始せよ」


 ブリーフィングが終わり、リーダーに指名された盾士の男子学生が緊張した面持ちで最終確認を行っていると、パーティの女子学生2人が、それぞれ別の相手に歩み寄った。


 治癒士の学生が盾士の元へ向かい、「装備の確認、手伝いますか?」と淡々とした口調で声をかける。一方、支援士の園田麻衣――先日カフェテリアで同席した女子学生の一人だ――は蓮の元にやってきた。


「はい、我らがエースの神谷くんにサービスです」


 差し出されたのは、スポーツドリンクのボトルだった。彼女の明るい口調に、蓮は少し笑って応じる。


「おっ、女子力高いな。ありがとう、助かる」


 蓮は軽い調子で礼を言いながら、ボトルを受け取った。人当たりの良いやり取りでパーティの空気を和ませるのは、彼の得意とするところだ。


「でしょ? というわけで、よろしくお願いしますね」


 園田は明るい笑顔を浮かべた。ただし蓮には、それが少し作ったような笑顔に見えた。向こうでは、治癒士の学生が淡々と盾士の装備の留め具を確認している。


 そのやり取りには、何の違和感もない。まるで、それが当たり前の光景であるかのように。


 「よし、行こう!」


 リーダーが号令をかける。


 ゲートをくぐり抜ける直前、別のパーティの列に並ぶ葵と一瞬だけ視線が交わった。


 (標準的な集団戦闘における、各ジョブの役割と連携の定石。今のうちに、肌で理解しておく必要がある)


 葵のほうも同じ結論に至っているのだろう。その瞳には、退屈の色ではなく、冷静な分析の色が浮かんでいた。


* * *


 実習が始まると、蓮は召喚師として最後衛に位置し、戦況全体を俯瞰することに徹した。


 リーダーである盾士の指示は、的確でこそないが、マニュアルに忠実だった。彼を基点に前衛と後衛が展開する。蓮は思考を巡らせながら、最低限の戦力として【クレイゴーレム】と【スモールウルフ】を1体ずつ召喚した。


 最初のゴブリンの群れとの戦闘は、まさに「学生の実習」と呼ぶにふさわしいものだった。


 「ヘイトは俺に集める! 右翼は頼んだ、後方から援護を!」


 盾士がスキルを発動して敵の注意を引きつける。定石通りの動き出しだ。


 だが、剣士の踏み込みは浅く、ゴブリンに有効なダメージを与えきれていない。弓兵の矢は、味方の剣士を射線に入れてしまい、発射のタイミングを逸している。


 (なるほど。盾士のヘイト管理スキルはこのタイミングで発動するのか。だが、他のメンバーの練度が低く、定石が機能しきれていない)


 蓮は冷静に戦況を分析する。


 後衛に配置された2人の女子学生のうち、支援士の園田は味方の能力向上魔法を唱えているが、その効果範囲はまだ狭い。治癒士の学生は、いつでも回復魔法を唱えられるよう、杖を握りしめて前衛の体力に意識を集中させていた。


 (治癒士の魔力量リソースは有限だ。軽傷で回復魔法を使わせるのは得策ではない。可能な限り、被弾そのものをなくすべきだ)


 (盾士の次の間合い、弓の射線、横合いの突き上げ――三手先までずれる位置だけ決める)


 剣士がゴブリンの棍棒に体勢を崩され、追撃を受けそうになったその瞬間、蓮が控えさせていた【スモールウルフ】が、剣士の横から矢のように飛び出し、ゴブリンの脇腹に噛みついた。敵の注意が逸れたわずかな隙に、剣士は体勢を立て直すことに成功する。


 「す、すまん! 助かった!」


 剣士が礼を言うが、蓮は答えずに次の局面に思考を移す。


 弓兵の射線が、今度は別のゴブリンと前衛の盾士によって塞がれていた。蓮は思考を通じて【クレイゴーレム】に指示を送り、半歩だけ前に出させる。そのわずかな動きでゴブリンの立ち位置がずれ、盾士とゴブリンの間に、矢が1本通るだけの隙間が生まれた。


 放たれた矢は、見事にゴブリンの肩を射抜いた。


 蓮の行動は、決して派手なものではない。しかし、それはパーティ全体のパフォーマンスを最大化するための、極めて高度な「調整」だった。パーティの「綻び」を常に半歩先で予測し、事故が起きる前に、静かにそれを摘み取っていく。


 その意図を、このパーティで完全に理解している者はおそらくいないだろう。ただ、治癒士の女子学生だけが、内心で首を傾げていた。


(おかしい……。盾士のガードが間に合わなかったり、剣士が体勢を崩したり、危ない場面はいくつもあったはずなのに、誰一人として回復魔法が必要なほどの傷を負っていない……。まるで、事故が起きる前に、何かが全部処理してくれているみたい……)


 彼女は、その原因が最後衛で静かに戦場を眺めている蓮にあるとは、まだ気づいていなかった。


「……被弾、思ったより少なかったな」


 盾士が小声でこぼすと、弓兵が頷いた。


「矢、最後の一本が通ったの、運だけじゃない気がする」


 治癒士は短く視線を巡らせてから、黙って杖を握り直した。


* * *


 蓮の目に見えないサポートによって、パーティは過去の実習と比べて、明らかに少ない消耗で午前中の目標討伐数を達成した。


 正午を少し過ぎた頃、教官が「昼休憩とする。再開は1時間後だ。周囲への警戒は怠るなよ」と指示を出した。


 その声を受け、リーダーである盾士の学生がすぐに動いた。彼は弓を持つ男子学生に視線を送り、言った。


 「よし、見張りは交代で行う。最初の30分は、俺とこいつで担当する。他の人は先に食事休憩にしよう」


 蓮と剣を持つ男子学生が頷くと、それを見越していたかのように女子学生2人がごく自然に動き出した。


 治癒士の学生が自身のバックパックから慣れた手つきでレジャーシートを広げる。剣士の学生が「ああ、悪いな」と声をかけると、彼女は「いえ」と淡々と返し、小さく頷いただけだった。蓮もそれに倣ってシートの上に腰を下ろした。


 その間に園田が、自身のバックパックからカロリーバーやゼリー飲料といった携帯食と水筒を手際よく取り出して配り、携帯コンロに火を点けて湯を沸かし始める。


「サンキュ、助かる」


 受け取った剣士が軽い調子で礼を言うと、園田は小さく頷いた。


「少しですが、よかったら」


 園田が取り出したのは、自宅から持参したらしいスープジャーだった。温かいコンソメスープが、機能性だけを重視した携帯食だけの昼食に彩りを添える。


 これは流石に予想外だったのか、剣士は「お、マジか!」「気が利くなあ」と素直な賛辞を送った。園田は微笑んで応じたが、次の作業に移ろうと視線を外した瞬間、その笑顔が崩れ、少し疲れたような表情が見えた。


「園田、大丈夫か?」


 蓮が声をかけると、園田はすぐに顔を上げ、先ほどの疲れたような表情などなかったかのように明るく返した。


「はい、全然大丈夫ですよ!」


 そう言って、園田はすぐにまた手を動かし始めた。彼女と治癒士は甲斐甲斐しく動き回り、食べ終えた蓮たちの水筒にお茶を注ぎ足すと、すぐに見張りをしている2人のための食事の準備を始めた。


 「お二人とも、交代の時間ですよ」


蓮たちが持ち場につくと、入れ替わりで戻ってきた2人に、温かいスープと携帯食がすぐに差し出される。


 蓮は、その一連の光景を、ただ静かに観察していた。食事の準備から後片付け、見張りの交代というロジスティクスまで、彼女たちは当たり前のように管理している。このパーティでは、食料やレジャーシートといった直接戦闘に関わらない備品のほとんどが、女子学生2人のバックパックに分担して収納されていたのだ。そこには強制も、義務もない。ただ、社会によって内面化された「役割」が、ごく自然に、当たり前のこととして遂行されているだけだった。


 午後の実習も滞りなく終了し、一行は地上へと帰還した。


 ゲート前で、担当教官が総評を述べる。まずパーティ全体の連携を評価した後、最後に個別の評価として、蓮に視線を向けた。


 「――神谷。お前は他のジョブへの理解が深い。自分の能力を誇示するのではなく、常にパーティ全体の最適解を考えて動いていたな。その戦術眼は、今後お前にとって大きな武器になるだろう」


 それは、蓮がこの実習で得ようとしていたものに対する、的確な評価だった。


 蓮と葵にとって、この大学での学びは、己の規格外な力をさらに磨き上げるというよりも、より本質的な意味を持っていた。


 それは、この社会でダンジョン制圧士として生き抜くために不可欠な、「定石」という名の共通言語を身体に染み込ませるための、貴重な機会であった。


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