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才能の片鱗

 実習開始から一時間が経過した。相良の指揮のもと、パーティは堅実にゴブリンやコボルトを討伐し、ノルマの3分の1である4体を数えていた。


 二体目に遭遇したのは、犬のような顔を持つ小柄なコボルトだった。ゴブリンとは違う素早い動きに一瞬戸惑ったが、相良の冷静な指示と葵の足止め魔法で、なんとか討伐に成功した。三体目は再びゴブリン。四体目は通路の曲がり角に潜んでいたコボルトで、その狡猾な待ち伏せに危うく不意を突かれるところだったが、蓮のゴーレムが盾となって防いだ。


 そうした戦闘を経て、最初の一体を倒した時の極度の硬さは、徐々に和らぎつつあった。戦闘を重ねるごとに、メンバーたちの動きは少しずつ本来の水準に近づいていく。相良の盾捌きは、まだ万全とは言えないが、致命的な隙は減った。犬井の剣も、狙った場所に届く確率が上がってきた。二木の魔法は安定し始め、小野寺も二度目の【ヒール】は、最初ほど震えることなく成功させた。


 それでも、彼らの動きには、まだ初陣の緊張が残っていた。さすがは防衛大学のエリートというべきか、実戦での経験を着実に吸収し、学んだ通りの動きを本物の戦場で再現しようと必死に適応していた。


「――ッ!」


 リーダーの相良が、ゴブリンの棍棒を盾で受け止める。衝撃に腕が痺れるが、なんとか持ち堪えた。だが、盾から滑った棍棒が肩を掠める。


(――ッ、浅い!)


 戦闘服が裂け、肌に鈍い痛みが走る。もし彼がジョブの恩恵を受けていないただの人間であったなら、今の一撃で肩の骨は砕けていただろう。しかし、ジョブの力で強化された肉体は、その衝撃を緩和した。彼は歯を食いしばり、即座に体勢を立て直した。


「【ヒール】!」


 その負傷を視界の端に捉えた小野寺が、一瞬だけ息を呑んだ。彼女の手が震えている。それでも、彼女は必死にその震えを押さえ込み、相良へと掌をかざした。


 柔らかな光が傷を包み込み、裂かれた皮膚がみるみるうちに塞がっていく。


 小野寺は小さく息を吐き、緊張で強張っていた肩をわずかに緩めた。その表情には、安堵の色が浮かんでいる。


「らあっ!」


 相良が前線で耐えている隙に、剣士の犬井がゴブリンの脇を斬りつけ、後方からは雷魔法士の二木が冷静に雷撃を放っていた。


 そして水谷葵は、他の学生たちと比べると、わずかに落ち着いた動きを見せていた。彼女が放つ水の魔法は、他の学生たちのようにジョブに動かされているようなぎこちなさがない。冷静に状況を見極め、最小限の魔力でゴブリンの足を止め、犬井の追撃をアシストする。その動きは、初陣の緊張の中でも、訓練で培った技術を確実に発揮できている、という印象だった。


 蓮は、その間、あえて目立った動きは見せなかった。鈍重だが頑丈な土の人形、クレイゴーレムを一体召喚し、前衛の補助として配置するに留め、戦闘のほとんどを他のメンバーに任せ、自分は後方からパーティ全体の動きを冷静に観察していた。


(相良の指揮は堅実だが、慎重すぎる。犬井と二木の攻撃は的確だが、決め手に欠ける。小野寺の回復は安定しているが、魔力効率が悪い。そして葵は……他の連中よりは、だいぶ落ち着いているな。面白い)


 だが、戦闘を重ねるごとに、わずかずつ疲労が蓄積していくのも事実だった。相良の盾を構える腕が、最初よりも重く感じられる。犬井の剣の振りも、一体目ほどの鋭さはない。二木は魔法を放つ動作がわずかに遅くなり、小野寺は回復魔法を使うたびに、魔力の消耗を感じていた。


 それでも、彼らは戦い続けた。


 5体目のゴブリンと遭遇した時だった。相良と犬井が前線で一体を足止めし、二木の雷撃がもう一体の肩を射抜く。順調に見えた、その時。


「――ッ! 後ろ!」


 葵の鋭い声が響く。物陰から、別のゴブリンがヒーラーである小野寺に襲い掛かっていた。完全な奇襲。誰もが対応できない、一瞬の隙だった。


 だが、そのゴブリンの棍棒が振り下ろされるより早く、一体の黒い影がその喉笛に食らいついていた。いつの間にか蓮が召喚していた、スモールウルフだった。キャン、という短い悲鳴を残し、ゴブリンは崩れ落ちる。


「すまない、助かった!」


 相良が安堵の息を漏らすが、蓮は気にする風もなく、静かに口を開いた。


「このペースでは、ノルマ達成は時間ギリギリだ。少し効率を上げる。索敵は俺がやる」


 蓮の脳内では、既に計算が終わっていた。


(レアジョブの召喚師として、どうせ注目は集まる。ならば中途半端な結果より、しっかり目立っておいた方が何かと都合がいい。教官の覚えも良くなるだろうし、今後の活動もやりやすくなる)


 蓮はそう判断すると、二体目のスモールウルフを召喚し、先行させた。狼たちは音もなく闇に溶け込んでいく。しばらくすると、狼たちからの視覚、嗅覚、そして周囲の気配が、蓮の意識に流れ込んできた。右の狼が感じる通路の湿った空気、左の狼が捉える微かな獣の臭い。蓮はそれらの情報を整理し、周囲のモンスターの配置を把握していく。


「右前方に敵影。恐らく複数。左の通路の奥にも気配がある。相良、まずは右から片付けるぞ。あそこは通路が狭い。ゴーレムで完全に塞げば、各個撃破できる」


 瞬時の状況判断と戦術提案に、パーティメンバーは目を見張った。


 そこから、戦闘の流れが変わった。


 蓮の召喚獣が、まるで蓮自身の手足のように動き始める。クレイゴーレムが通路の狭い箇所に陣取り、ゴブリンの進路を完全に塞ぐ。ゴブリンが怒りの咆哮を上げて棍棒を振り下ろすが、頑丈な土の体は微動だにしない。その間に、二体のスモールウルフが左右から音もなく背後に回り込む。


「犬井、今だ!」


 蓮の短い指示が飛ぶ。ゴーレムに気を取られているゴブリンの背中が、完全に無防備になっている。犬井が躊躇なく踏み込み、剣を振るう。刃は抵抗もなく肉を裂き、ゴブリンが悲鳴を上げて崩れ落ちた。


「お、今のいい感じだったぞ!」


 犬井が剣を振るいながら、明るく声を上げた。ゴーレムが敵を引きつけてくれるおかげで、思い切って踏み込める。さっきまでの硬さが嘘のように、体が軽い。


「二木、左の通路!」


 蓮の声に、二木が反射的に左を向く。薄闇の奥から別のゴブリンが飛び出してきたが、既にスモールウルフがその足に噛みついていた。ゴブリンがバランスを崩し、前のめりに倒れ込む。その一瞬、完全に動きが止まった。


 二木は掌を突き出し、雷撃を放つ。雷光が、動きの止まったゴブリンの眉間を正確に貫いた。


 二木は蓮の指示通りに魔法を放ちながら、戦闘の流れが明らかに変わったことを認識していた。召喚獣が作った隙に撃ち込むだけで、狙った場所に確実に当たる。


(……効率がいい)


 それだけだった。驚くほどのことではない。ただ、蓮の索敵能力と召喚獣の配置が、戦術的に理にかなっている、というだけのことだ。


 相良は盾を構えながら、戦闘のペースが上がっていることを実感していた。蓮の指示は簡潔で的確だ。自分がリーダーとして指示を出すより、今は彼に任せた方が効率的だと判断した。


「このペースなら、ノルマは余裕で達成できそうだな」


 相良が冷静に呟く。感情よりも、まず成果。それがリーダーとしての彼の判断だった。


 そして何より、水谷葵との連携は、他のメンバーとは明らかに違っていた。


 蓮のスモールウルフが、狭い通路の角にゴブリンを追い詰める。逃げ場を失ったゴブリンが、必死に抵抗しようと身構えたその瞬間――


「【ハイドロバインド】」


 葵の声が響くより早く、ゴブリンの足元に水が湧き出し、その両脚を完全に拘束した。蓮は何も指示を出していない。それなのに、葵はまるで蓮の意図を読み取ったかのように、絶妙なタイミングで魔法を放つ。


 その隙を、別のスモールウルフが見逃さずにとどめを刺した。


 一連の流れは、まるで何度も練習を重ねたかのように滑らかだ。だが、蓮と葵が事前に打ち合わせをした様子はない。ただ、二人の間に、他のメンバーとは明らかに違う「何か」が存在しているのを、誰もが感じ取っていた。


 三時間が経過し、実習終了の合図が告げられた時、彼らのパーティが討伐したモンスターの数は、35体にも及んでいた。



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