実習パーティーの結成
各班ごとに学生たちが集まり始めた頃、統括教官の鬼塚が、こともなげに蓮たちの班へと歩み寄ってきた。
「この班の担当は俺だ。よろしく」
低い声でそう告げると、鬼塚は班員たちの顔を一度だけ見回し、すぐに本題に入った。
「よし、この後ゲートタワーへ移動する。だがその前に、30分間の作戦会議を行う」
鬼塚は一度、班員全員の顔を見回してから、続けた。
「いいか、勘違いするな。これは討伐数を競うレースじゃない。お前たちが学ぶべきは、戦闘技術だけじゃない。未知の環境での索敵、仲間との連携、そして何より、安全の確保。戦闘後の魔石回収や報告といった手順も、全て評価対象だ」
そして、声のトーンをさらに低くして、言い切った。
「それら全てをきっちりこなした上で、3時間以内に10体。これが、今日の貴様らに課せられた最低限のノルマだ。まずはこの基本を、体に叩き込め。リーダーは班の中で自主的に決めろ。始め!」
鬼塚は一度、全員の装備を見回してから、最後にこう付け加えた。
「装備の不備、体調の異変、違和感。何でもいい。少しでもおかしいと思ったら、すぐに俺に報告しろ。『これくらい大丈夫』が命取りになる。遠慮は要らない。生きて帰ることが、何よりも優先だ」
課題と制限時間が与えられ、蓮が自分の班のメンバーを確認していると、見覚えのある顔が目に入った。
「神谷! お前も同じ班かよ、偶然だな!」
明るい声と共に、犬井健人が手を振りながら近づいてくる。食堂で時々言葉を交わす、数少ない友人だ。
「ああ、犬井か。よろしくな」
「こっちこそ! 一緒の班で良かったぜ。実習、緊張するけど頑張ろうな!」
犬井はそこで一度周囲を見回し、濃青色の髪を見つけると目を輝かせた。
「それにしかも水谷さんも一緒じゃん! 今日はツイてるな!」
その声は周囲に聞こえないよう抑えられていたが、興奮を隠しきれていない。蓮は苦笑しながら軽く頷いた。
その様子を見ていた男子学生が、自然と中心となって口火を切った。
「では、改めて自己紹介と役割分担を始めないか。俺は相良、ジョブは重戦士だ。盾役として前線で敵の攻撃を引き受けるつもりだ。もし皆が良ければ、リーダーも俺が務めさせてもらえないだろうか?」
彼が周囲の反応を窺うようにそう言うと、すぐに明るい笑顔の犬井が、元気よく手を挙げた。
「異論なし! よろしく頼むぜ、リーダー! 俺は犬井、ジョブは剣士だ。相良と一緒に前線張って、バシバシ倒していくからさ!」
続けて犬井は、少し緊張した面持ちの女子学生、小野寺と、涼やかな表情の葵に視線を送り、明るく笑いかける。
「小野寺さんと水谷さん、女性陣のことは俺たち前衛がしっかり守るから、安心して支援に徹してくれよな」
犬井は明るく笑いながら、前衛としての意気込みを語った。
「前で暴れるのは男の役目だし、後ろで俺たちを支えてくれるのが一番助かるからさ!」
「はい、ありがとうございます……。小野寺です。ジョブは治癒師で……皆さんの、お役に立てるよう頑張ります」
小野寺は少し俯きがちに、しかし真面目な口調でそう答えた。犬井の言葉を純粋に好意として受け取り、むしろ自分にそこまで期待されていることに恐縮しているようにも見える。
一方、葵は軽く頷いただけだった。その表情からは、何を考えているのかを読み取ることはできない。
(……水谷は、どう思っているんだろうな)
蓮は内心でそう思いながらも、表面上は何事もなかったかのように、次の流れを待った。相良が、安堵したように頷いて他のメンバーに視線を移す。
「ありがとう。頼もしいな。では、残りの後衛も頼む」
「二木涼介だ。ジョブは雷魔法士。後方支援を担当する。よろしく頼む」
眼鏡をかけた、どこか学者然とした雰囲気の男子学生が、落ち着いた口調で告げた。
(二木か。基礎体育で一緒になった、情報通の――)
蓮は内心でそう確認し、軽く頷いた。
全員の視線が、最後に残った蓮と葵に集まる。
「水谷葵です。ジョブは水魔法士。攻撃も援護もできます。状況に合わせて動きますので、よろしくお願いします」
葵が当たり障りのない笑みを浮かべると、相良と犬井から「おお」と小さな感嘆の声が漏れた。
「俺は神谷蓮。召喚師だ」
蓮が短くそう告げると、その場の空気が一瞬、凍りついた。
次の瞬間、パーティ全体が大きくざわめいた。
「え、マジかよ!」
犬井が思わず大きな声を上げた。その表情には、驚きと興奮が混じっている。
「お前が噂の召喚師だったのか! あの時なんで言ってくれなかったんだよ!」
「すまんな。ちょっとあの流れで言い出しづらくてな」
蓮が苦笑いを浮かべると、犬井は「まあ、確かにな!」と豪快に笑った。
「すげえな、神谷! 日本で8人目の召喚師が、まさか俺と同じパーティとか……! よろしく頼むぜ!」
犬井は目を輝かせながら、まるで伝説の人物に出会ったかのような表情で蓮の肩を叩く。二木が眼鏡の位置を直しながら、興味深そうに蓮を見つめた。
「召喚師か……。理論上の戦術的価値は計り知れないが、実例が少なすぎて具体的な運用法が確立されていない。つまり、君の戦い方次第で、新しい戦術が生まれる可能性がある。非常に興味深いね」
その隣で、小野寺が少し遠慮がちに口を開いた。
「召喚師って……本当にすごいジョブなんですよね。私なんかと一緒のパーティで、緊張しちゃいます」
その声には、素直な憧れと、わずかな自信のなさが滲んでいた。相良が、どこか緊張した面持ちで口を開く。
「君が、あの噂の……。まさか同じ班とはな。正直、プレッシャーを感じるが……いや、頼もしい。よろしく頼む」
相良の言葉には、緊張と共に、期待が込められていた。
相良は一度咳払いをして、改めて全員に向き直った。
「よし、役割は把握したな」
相良は一度、全員の顔を見回してから、基本戦術を説明し始めた。
「基本戦術は、俺と犬井の前衛が壁となり、その間に後衛からの攻撃で削る。小野寺は全体の回復、二木は雷魔法で遠距離攻撃を。神谷君の召喚獣は、遊撃役として側面からの攻撃を警戒してくれ。水谷さんは状況に応じて攻撃と援護を頼む。これでいこう」
教科書通りの、堅実なプランだ。誰も異論はない。
相良は一度頷くと、続けてこう告げた。
「では、正式にパーティを組もう。ダンジョンシステムで認識されないと、経験値も共有されないからな」
そう言いながら、相良は左手の甲に浮かぶ紋章に意識を向ける。淡い光と共に、半透明の青白いカード状の映像が空中に浮かび上がった。ステータスカードだ。
周囲の学生たちも、同様に自分のカードを呼び出していく。蓮も軽く息を吐き、意識を集中させる。次の瞬間、彼の目の前にも自分のステータスが表示された。
【神谷 蓮】
ジョブ:召喚師
レベル:1
スキル:召喚
ユニークスキル:〈共鳴の鎖〉
まだ何も始まっていない、真っ新な状態だ。パーティメンバーの欄は空白のままだった。
相良がカードを操作すると、蓮を含めた5名全員に招待通知が届く。
蓮は承認の操作を行い、次の瞬間、カードのパーティメンバー欄に5名の名前とジョブが表示された。
相良(重戦士・Lv.1)、犬井(剣士・Lv.1)、小野寺(治癒師・Lv.1)、二木(雷魔法士・Lv.1)、水谷(水魔法士・Lv.1)、そして蓮自身。
全員が揃った瞬間、カードの上部に「パーティ編成完了」という文字が浮かび上がり、静かに消えた。
(これで、ダンジョンシステムが定めた正式なパーティ、か。経験値の共有と、一部の支援スキルの効果を受けられるようになる)
蓮は内心でそう確認しながら、カードを消した。周囲の他の班も次々と編成を完了し、準備が整っていく。
蓮の意識は、先ほど相良が提示した作戦に戻った。前衛が壁となり、後衛が攻撃する。召喚獣は遊撃。
(教科書通りのプランか。まあ、悪くはない。どうせ最初は様子見だ)
蓮の関心は、相良が立てた堅実な作戦そのものにはなかった。彼の意識は、これから足を踏み入れる本物のダンジョンへと向いている。
シミュレーターでは決して味わえない、本物の脅威と、そこから得られる本物の経験値。
(シミュレーターとは違う。痛みも、怪我も、全て本物だ)
それでも、踏み込むしかない。その覚悟が、蓮の内側で静かに固まっていく。
左手の甲に浮かぶ紋章が、わずかに熱を持っているような錯覚を覚える。期待と、わずかな緊張。その両方が、蓮の内側で静かに渦巻いていた。
そして、もう一つ。彼の視線は、隣に立つ水谷葵の横顔へと、ごく自然に向けられた。
(水谷葵。戦闘面は、どうなんだろうな。あの飄々とした態度で、本物のモンスターを前にしてどう動くのか。……少し、楽しみだ)
口元に浮かんだのは、純粋な好奇心と、これから始まる実戦への期待が入り混じった、鋭い笑みだった。




