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『非リア充僕は異世界で漫画を描く~びっちなギャルとぼっちな僕~』

作者: だぶんぐる

 牢って冷たいんだな。


 それが感想だった。


 鉄格子、冷たい。

 ざらざら。

 硬い。

 動かない。

 びくともしない。

 黴臭い。


 鉄格子を両手で握りしめ揺らす。

 手が痛い。

 皮が剥けて血が出てる。

 ペンだこが痛すぎる。

 陰キャオタクの白細腕で壊れるはずがない。

 それでも何かしてないと狂いそうだった。


 僕は、明日、死ぬ。

 僕は日本で生まれ育った。なのに、死ぬのはファンタジーな異世界。


「うわあ、あ、あ、あああああ!!」


 叫ぶ。気持ちは幾分か楽になる。だけど。


「五月蠅いぞ! 勇者様達の金魚の糞が!」


 牢番がやってきて、僕を殴りつける。かったい槍の柄で何度も僕の腹を突き、足や腕を叩いてくる。痛いはずなのに麻痺してるのかよく分からなくなってきた。


「こんな雑魚が異世界の戦士? け!」


 吐き捨てられた唾、顔面直撃。どろっとして臭い。

 がしゃりと鍵が閉められる音。普通漫画ならさっきのタイミングで鍵を奪って抜け出すんだけど……。

 出来るかよ。身体中怪我して、腹減って、疲れてて……漫画なんて嘘じゃん。

 唾の気持ち悪さが完全に僕の心を折った。

 終わりだ。


 なんで、こうなっちゃったんだろう。

 僕は、ちょっとフライング気味の走馬灯的にこれまでの事を思い出していた。




 始まりは、一カ月前。

 その日はいつもの一日のはずだった。


 夜遅くまで漫画を描いてたせいで遅刻しかけたのもいつも通り。

 頭悪そうなインナーカラーで身体だけ無駄に成長してる馬鹿そうなギャルが朝から『映え~』とか言ってスマホをずっとカシャカシャいわしてる横を通り過ぎるのも、黒髪清楚な隣の席の委員長が可愛く挨拶してくれるのも、リア充ぶってる奴らがデカい声で流行の漫画を知った風に語ってるのも、親友と昼休みに漫画談議とカースト上位ディスりで盛り上がるのもいつも通りだった。


 ただひとついつも通りじゃなかったのは、


『お、おい! なんか……床光ってね?』


 珍しく先生が遅れてざわついていた帰りのホームルームで急に床が光り出したこと。

 そして、白い光に包まれた僕らがやってきたのは、異世界。

 いわゆるクラス転移。ラノベとかでよくあるアレ。


『ああ! よくぞ現れてくださいました! 異世界の勇者様!』


 そして、ラノベでよくある召喚先にいる美人のお姫様。

 ついでに、ラノベでよくあるチート能力をみんな手に入れていた。


宝輪絃ほうわ いと様! スキル【聖魔法】』

『おお! これはお美しい聖女様の誕生だ!』

中悟あたり さとる様! スキル【剛剣】』

『剣技スキルの最上スキルではないか! 素晴らしい!』

『……! わ、若田部光わかたべ ひかる様! 【光剣】』

『なんと! 勇者のスキルだ! 勇者様が現れたぞ!』


 しかも、僕の親友が勇者。やっぱり異世界は陰キャにやさしい世界! そう思っていたら……。


小見万河こみ ばんが様! スキル! え、【絵描】……?』

『絵描き? これはまたなんとも……』


 僕のスキルは【絵描】。みんな馬鹿にしたが、僕は一人勝ったとほくそ笑んでいた。

 大体ラノベではこういう能力は描いたものをなんでも出せる。しかも、僕は漫画家志望。絵には自信があった。


 だけど、リアルは残酷だ。


『ぶははは! おい! マンガ野郎! なんだそのショボいの!』

『キモ! 目も顔もデカすぎだし』


 僕の描いた絵で生み出したものは……しょぼかった。カースト上位共には馬鹿にされ、ギャルには絵を笑われ写真を馬鹿みたいに撮られ、親友は……。


『小見、勇者のおれは忙しいんだ。自分の事くらい自分でなんとかしろよ。雑魚』


 あっさり裏切られた。姫をはじめ、強いだけでモテ始めた親友は完全に調子こいていた。


 ぼっちだった。


 そして、ぼっちが故の単独行動でやらかしてしまう。


『異世界の戦士共に足りないのは危機感です。金竜と戦う前に誰か一人を見せしめ、生贄に殺しましょう』


 姫と家臣のエグい話を立ち聞きしてしまい、ビビった僕は物音を立てて捕まり、その『生贄』に。

有りもしない罪をでっちあげられて投獄。


 そして、今に至る。


「お腹、すいた……」


 餓死寸前で糞尿垂れ流しの最悪の状態でクラスメイト達に見せつけたいらしい。

 だから、ご飯も食べてない。


「く、そ……! くそ……! くそぉぉ……!」


 枯れた声を絞り出し、世界を呪う。

 自分のありったけの呪いを込めて【絵描】のスキルを発動させる。


「奴らに復讐する為の魔物を、描いてやる……!」


 僕のスキル【絵描】は、脳内で描いたものを魔力で具現化する。

 タイムラプスの超早い版みたいな感じで超高速の光の線で描かれていく。

 描き終わると、絵が光り輝き現実に現れるというものだ。


 すごいブレスを吐き皆殺しにするドラゴン!

 熱き炎を身にまとい全部焼き尽くすフェニックス!

 黒の剣で首を狩り続ける暗黒騎士!

 小賢しい手でいやらしいことするゴブリン!

 全てを溶かしつくすスライム!

 とにかく凶悪で最悪な魔物を描いてやる!


 漫画なら。ダークファンタジーっぽいやつなら、ここから僕の復讐が始まるんだ!

 だけど。


「……くっそ」


 出てきたのは薄っぺらい中身のない魔物もどき。

 風船みたいなドラゴン、熱くもなんともない火で自ら燃えていく鳥、自重で動けなくなる黒い騎士、弱そうなゴブリンやスライム……どれも誰も殺せそうにない。


 描けるのは飽くまで僕が描けるもの。

 それは醜くて汚くて弱そうで、恥ずかしくて消す。




『貴方の絵にはリアリティが足りません』




「うる、さい……!」


 昔応募した渾身の一作は感想で一刀両断された。

 受賞作を読んでみたけど、別にそこまで凄くなかった。なのに。

 僕の作品だけリアリティが足りないって。


 ふざけるな。

 ふざけるな。


 クラスメイト達だってそうだ。チート能力を持ってるからって、そこまで強いとは思えない。なのに。

 なんで僕だけこんな不幸でなきゃいけないんだ!


「うあ、ああ……!」


 枯れ果てたはずの涙が出てくる。

 僕は死ぬ。

 異世界でクソみたいに死ぬ。


「……ぁー」


 泣いたらすっきりする。

 そして、いつもはそれで眠る。一時でも苦しみを忘れたくて。

 だけど、今日は無理だ。

 だって、僕は明日死ぬから。


 鼠が走り回り、壺のトイレからは悪臭、石の床は硬いし、遠くの牢番の声が五月蠅い。


 何でもいい。死ぬ前に何か食べたい。

 でも、なんでも食べていいなら。


「……ハンバーガー」


 やっすいハンバーガーでいい。

 毎日のように食べていたあのハンバーガーが、いい。学校帰りあそこでネームを考えた。

 ジャンクな匂い、店員のテンション、机のジュース汚れ、中身のない会話をするギャルたち、ポテトが出来上がった音、疲れたサラリーマン、むわっとした店内、無表情で食べる中学生、そして、僕。

 僕はあそこでも一人だった。でも、


 独りじゃなかった。


 だから。


「スキル……え、え、【絵描】……!」


 僕はハンバーガーを描き始める。

 脳内でハンバーガーが思い出されていく。

 匂い、音、色、形、持った重さ、温かさ、食べた時の食感、音、匂い、そして、味。


(……あれ?)


 描いている内に分かった。

 これは……今までと違う。

 描けば描くほど感覚がどんどん鮮明になって、その全てがその絵に流れ込んでいく感覚。


(なんだ……これ……!?)


 手が止まらない。勝手に走る。興奮しすぎて息が荒い。苦しい。なのに。

 どんどん進むべき道がなぞるべき線が見えてくる。

 だって、それはそういうものだから!

 それが……。


 本物だから。


「……ふわ」


 うん、あのバンズはふわだ。ふわふわでもふわっでもない。ふわ。

 ふわふわほどではない固さのだけど噛み応えがあるバンズ。


 ふわ、ふわ、ふわ、ふわ、ふわ、ふわ、ふわ、ふわ!


 僕は必死であの絶妙な柔らかさを思い出しながら平べったいでも絶妙な丸みを帯びたバンズの線を引いていく。


 パティは固め。

 もぎゅ、だ。

 でも、噛めば肉汁が、じゅ、位で出て来てジャンクな味がたまらない。


 もぎゅじゅ、もぎゅじゅ、もぎゅじゅ、もぎゅじゅ、もぎゅじゅもぎゅじゅ!


 色、質感、ただようジャンク臭、硬さ、肉感、口の中で唾液が溢れ零れ落ちるのも構わず、バンズの表面を描いた。


 中には、ピクルスと玉ねぎ。

 ぱりとじゃき、だ。

 独特の食感。子どもの頃は避けてたアレの食感・味。そして、刻んだ玉ねぎ。アレも必要だ。アレがあってのあのバンズ。ケチャップぶちゃあ。


「ふわ、もぎゅ……じゅ、ぱりじゃき、ぶちゃあ……ふわもぎゅじゅぱりじゃきぶちゃあふわもぎゅ……ごく……ばりじゃきぶちゃあふわもぎゅじゅぱりじゃきぶちゃあふわもぎゅじゅぱりじゃきぶちゃあふわもぎゅばりじゃきぶちゃあふわ……ふわ、ふわ、ふわもぎゅじゅぱりじゃきぶちゃあ、ふわもぎゅじゅぱりじゃきぶちゃあふわもぎゅばりじゃきぶちゃあふわもぎゅじゅわぱりじゃきぶちゃあふわもぎゅじゅわあぱりじゃきぶちゃあふわもぎゅじゅわあじゅわあばりじゃきぶちゃあ……」


 描け! 描け! 描け!


 あのハンバーガーを! 全て奪いつくすように喰らいつくすように何もかも描け!!


 形も色も匂いも味も周りの空気も何もかもを全部全部ぜんぶ!


 全部!!!!





「はあはあ……うそ、だろ……?」


 描き終わると、目の前には……ハンバーガーがあった。本物の。

 僕が見間違えるはずがない。多分何百食べたハンバーガー。

 慌ててかぶりつく。ジャンクな匂いやばすぎる。

 牢番に気付かれたらとられるかもしれない。


 カリ。


 ピクルスの音。


 ふわり。


 ジャンクな油の匂い。


 じゅわり。


 沁み出る肉汁。


 これだ。

 これが、本物だ。


「ほん、もの……りあり…………」




「あ」




「あ、あ、ああぁあ……」


 その時、僕は気づいた。

 僕に足りないものが。


『貴方の絵にはリアリティが足りません』


 あの時突き刺さった言葉が僕の脳に溶けて沁み込んでいく。

 僕にはリアルが、本当にたりなかったんだ……!

 知らなかった。知ろうとしなかった。見ようとしてなかった。聞こうとしてなかった。

 覚えようとしてなかった。

 大切にしていなかった。なにもかもを。

 だから、全部うすっぺらかったんだ!!!


「あ、あ、あぁあああ……!」


 枯れた声で泣き叫ぶ。

 後悔して後悔して後悔した。

 もっと生きればよかった。がむしゃらに。もっと、描けたはずなのに。


 死。


 し。


 シ。


 なにもない死。




 暗闇の中ぼんやりと浮かぶ鉄格子。

 ふらふらとした足取りで硬くて冷たいソレを握る。

 思い切り頭をぶつければ……。


「楽に……」


 転生チートでも、出来たらいいな。漫画みたいに。

 頭をだらんと後ろに倒し、最後の力を振り絞って頭を!


 カシャ。




 シャッター音がした。


 その音を聞いた瞬間、身体が動かなくなった。

 動けず急激に冷めていく頭で考える。


(なんで動けない?)


 と、思ってたら急に動けるようになって尻もちをつく。


「うわ! だいじょぶ?」


 馬鹿そうで舌足らずな声。

 顔を上げると、ピンクのインナーカラー入ったサイドポニーのギャルが指で四角を作ってこっちを見ていた。


「蛍原、さん……?」

「ガチでギリじゃん。濃いぃハンバーガー臭がしたから、りお、見つけれたわ」


 蛍原里桜ほとはら りお

 いつも『映え~』とか『エモー!』とか叫んでるギャル。僕が生み出した下手な絵を笑って写真を撮り続けていたギャルが、リュック背負って指で四角を作って、その中からこっちを笑顔で見てる。


「ぐ、ぐう……!」


 ヤバい。餓死寸前の腹にジャンクなものぶち込んだせいか、急に腹が痛くなってきた。もう頭も腹もぐるぐるのぐちゃぐちゃで今の状況が全然わかんない!


 と、ふわりと甘い匂いがした。


 蛍原、さんからだ。甘くてどこか落ち着くにおい。

 もうこっちに来てかなりの時間が経っているのに彼女からは甘い匂いが、いや、もしかしたら、僕が臭いだけ?


 とにかくいい匂いのするギャルが牢の向こうから手を差し出して笑ってた。

 そして、


「おちつけー、オタク君。んでさ、この城、一緒に抜け出しちゃおうぜ」


 彼女はそう言ってにかっと笑った。


 その笑顔に僕は何も応えることが出来なかった。

 頭の中はハテナでいっぱいだったから。

 それでも、僕は必死でハテナを絞り出す。


「で、でも、どうやって? 僕、牢の中で」

「あー、だいじょぶ、アタシ、牢の鍵盗んできたから」


 蛍原さんは胸元を引っ張ると鍵を見せる。


「ぶ!」


 マジで心臓に悪い。胸の谷間が見えて思わず吹き出してしまう。


「あー、エロいなー、オタク君も」

「な……ていうか、けほ、なんで鍵……!?」

「にししー、それはね」


 鍵を開け僕に手を伸ばす蛍原さんの悪戯っぽい笑顔に思わず胸が高鳴ってしまう。

 この人、こんな感じで笑うんだ。もっと馬鹿にしたように笑っていたのかと……。

 だけど、蛍原さんの続きの言葉を聞く前に足音が地下牢に響き渡る。

 牢番たちだ。


「いたぞ! 女、さっきはおかしな魔法を!」

「蛍原さん!」

「さっきの続きな。それはね、こーやって!」


 蛍原さんが、指で四角を作り、魔力を込め始める。

 後ろから見ると、向かってくる牢番達が四角の中に納まって見えた。


「はい、ポーズッ!」


 カシャンという音が地下に鳴り響くと……兵士が動かなくなった。


「ど、どういうこと?」

「ひっひっひ! アタシのは【カメラ】。こうやって四角作って撮ると動けなくなるっぽい!」


 とんでもない能力だ。

 動きを止める能力なんてチートにもほどがある!


「そんなすごい能力持ってるのになんで城から……」

「この城つまらんもん……。それより、早く逃げよ! アタシの力じゃあんま動き止めれんから」


 そう言って駆け出す蛍原さんを追う。牢番が動き始める音が聞こえて僕ももつれる脚を必死に動かした。


 その後も蛍原さんの【カメラ】のお陰でなんとか切り抜けていく。

 何度も兵士に見つかったけど、その度に蛍原さんが動きを止めてくれた。本当にすごいスキルだ。だけど、かなり魔力を使うみたいで、肩で息をし始めていた。


「だ、大丈夫?」

「ガチきっついわ。魔力やべーかも」


 僕は、相変わらずスキルが役立たずで、蛍原さんからもらった地図を見ながらナビするくらいしか出来ない。


「ご、ごめん役立たずで」

「え? がちぃ? んなことないよ! オタク君! さっきから指示とか色々やってくれてんじゃん! ナイスナイスゥ!」


 そう言って蛍原さんは笑う。

 駄目だ。こんな状況でも褒められると調子に乗ってしまう。男なんて単純だなと笑ってしまう。


「んにっひっひ」

「な、なに?」

「んにゃ」

「そ、そういえば、この詳細書かれた地図って……どうやって」

「ひみつって言われたからひみつー」


 めちゃくちゃ気になるけど、今は深く聞いてる時間もない。

 『正門』とどこか見覚えある綺麗な字で書かれた場所まであと少し、だけど……。


「どこへ行くつもりだったんだい。蛍原さん」


 待ち構えていたのは、元親友で裏切者の若田部、と姫様。


「げ。若田部と姫じゃん。えぐ」

小見ごみなんかを連れて、城から抜け出すつもり? 蛍原さん、ダメだよ。言う事聞く君の方がオレはかわいいと思うけど」

「おえ。なんなん、そのキモい台詞」


 え? そんなにキモい?

 若田部と同じ位ショックを受ける僕を尻目に蛍原さんは話を続ける。


「テメーがそんな風に、むっちょとかみさみさとかみんな口説き始めてキモかったんも理由の一つだっつーの」


 むっちょとかみさみさ……多分、村上さんと相原さん。よく蛍原さんと一緒にいるギャル達だ。『ギャルはマジでないわー』とか言ってた若田部、ほんとはギャル好きだったのか。


「やれやれだぜ……姫が言ってたろう? 強き者に惹かれるのが当たり前なんだって。漫画とかでもそうでしょ?」


 若田部がそう告げると姫が満足そうに頷いてる。だけど、蛍原さんは、


「いや、知らんし。そんな変な漫画読まんし。なんだそれ、強いから好きってバカじゃん。バカ田部」

「ぐぬ!」


 た、確かに、『私は異世界でチート能力を手に入れ、お金もガッポガッポ、女の子にはモテモテになりました』ってなんか妖しい詐欺広告みたいだ……今、気づいた。


「あと、アタシは一途な人が好きなの。それに、みんな、急に強い弱いだけで全部決め始めて、強い奴に媚びて、弱い子いじめて……きも」


 ギャルにはギャルなりの思いがあるんだと蛍原さんの真剣な目を見て僕は気付く。

 だけど、バカ田部と姫はなにも伝わってないみたいで。


「残念だよ、蛍原さん。わからせてあげないといけないみたいだね」

「ええ……私の勇者様。あの小娘、存分に『調教』してあげてください」


 気持ち悪い笑みを浮かべてこっちを見ていた。


「調教ぅ? やだね! 【カメラ】!」


 蛍原さんが指で四角を作る。だけど、バカ田部はやっぱりチート勇者で、一瞬で枠から外れ、蛍原さんに迫る。


「遅い遅い。遅いと気づいてももう遅い」


 舌なめずりしたバカ田部が蛍原さんの両腕を取り、広げる。

 広げた拍子に揺れる蛍原さんの胸にバカ田部が鼻の下を100Mくらい伸ばして、そのまま押し倒す。


「やめろ! バカた、べ……」

「バカ田部言うな! ごみ! くらえ、【光剣】ライトブレイバーショット!」


 技名と同時に、蛍原さんを抑えたままのバカ田部の周りから光のナイフが現れ僕の身体を切り裂く。慌てて後ろに飛び退くけどそれでも結構なダメージ。


「オタク君!」

「ふひ……蛍原さん、てくびもやわらかいね」

「……きも」


 両手ごと床に押さえつけられた蛍原さんが冷たく言い放つ。

 けど、マジでヤバい。身体中の痛みをこらえながらバカ田部を止める方法を考える。

 僕が出来ることなんてほんとにない。それでも!


『一緒に抜け出そうぜ』


 僕を助けに来てくれた彼女を、助けたい!


「蛍原、俺は君も愛してる……だから、キス、しよ……」


 ちゅぅ


 という気持ち悪い音を立ててバカ田部がキスをする。


 蛍原さん……の前に現れた僕のラクガキに!


「うぇええ!?」


 相変わらず何も出来そうにない弱っちい奴だけど、


「邪魔くらいは出来るだろ……! ざまぁ!」


 ラクガキをぶん投げたバカ田部がぶっ殺したそうにこっちを見て叫ぶ。


「うっぜえな! ごみぃい! 喰らえ! ラストエクスカリ……!」


 バカ田部がこっちに光る剣を向け、そして……動きを止めた。


「ばぁか、アタシ忘れんな。いや、覚えて欲しくねーけど」


 両手が解放され【カメラ】を発動させた蛍原さんの力だ。

 だが、悔しいけどバカ田部は勇者。すぐにスキルの効果が切れ動き出そうとする。


「え? 僕、なんかやられちゃいましたぁあ? 全然きか、にぇっ……!?」


 次の瞬間。

 バカ田部の股間に蛍原さんの白い足、の先にある革靴がめり込む。


「え? なんかあったぁ? 小さくてわかんなかったぁあ!」


 蛍原さんの凶悪な笑みに僕の股間がひゅんと……なりながらも必死で走り、バカ田部に体当たり!

 流石の勇者も力が入ってないと、僕でも吹っ飛ばせるらしい。


「蛍原さん! 大丈夫!」

「だ、いじょぶ……」


 蛍原さんは、泣いていた。さっきまでバカ田部の股間蹴って笑ってたっぽいのに、今は、ふーふーと鼻息荒くしながら泣いていた。


「こ、怖かった?」

「こわくないもん!」


 そう言って涙目で叫ぶ蛍原さん。脚も手も震えている。なのに、あんなに頑張って。


「へ? オタク君?」


 僕が必死で手伸ばし蛍原さんの手を握る。やわらかくて小さい手はぶるぶると震えて冷たくなっていた。


「あの、キモかったら振りほどいていいから……!」

「あ……あの、ありがと……ちょっと、たすかるかも……」


 蛍原さんはそのまま僕の手をきゅっと握り返してくれた。

 不謹慎だと思うけど僕はそれが嬉しくて泣きそうだった。


「勇者様!」


 蛍原さんのカメラの効果が切れた姫がバカ田部の傍に駆け寄る。

 バカ田部はひゅーひゅー言いながら内股で立ち上がる。


「「ウケる」」


 手を繋いだ蛍原さんとハモり、目が合って思わず笑う。


「ふざけんにゃあ! ぼ、お、おれは勇者だじょ! 勇者の股間蹴るとかマジで、こ、殺す! 絶対殺すぅう!」


 風が巻き起こり、髪の毛を逆立たせながらバカ田部が切れている。いや、それ以上に……。


「勇者様! すごい魔力ですわ! あら、奴らも驚いて動けない様子」


 姫がゆれるスカートを押さえながら叫ぶ。が、現れる兵たちに囲まれるけど、僕たちは動けない。だって……。


「ふふふ、どうしました? もしかして、お漏らしでもされましたか?」

「「う、うしろ、うしろー!」」

「「後ろ?」」


 バカ田部と姫が振り返る。そこには、


『愚かな人間よ、償いの時だ』


 金色に輝く竜が翼を大きくはためかせながらバカ田部達を睨んでいた。


「あへぇ……」


 姫から嫌な音と匂いがする。

 姫、なんかやらかしちゃいました?


「く、くそう! 俺がぁああ、あひゅ……!?」


 バカ田部瞬殺。内股のまま壁に叩きつけられて震えている。

 だが、金竜の怒りは収まっていないらしく叫び続けている。


『どこだ! どこに隠したぁあ!』


 金竜が僕達めがけて飛んでくる!


「危ないっ!」


 僕は慌てて蛍原さんを自分の方に引き込み、抱きかかえて転がる。

 話を聞いてくれる様子じゃない!


「蛍原さん大丈夫!?」

「なに、あれ……ガチやばいじゃん……でかすぎヤバすぎ……さっきから【カメラ】使ってるのに……全然動き止まんないんだけど……!」


 蛍原さんがカチカチと歯を鳴らして震えている。目の前では金竜がやってきた城の兵たちを蹂躙してる……確かにヤバすぎる。僕はもう一度だけ蛍原さんの手をぎゅっと握る。


「オ、オタク君……?」

「僕、時間稼ぐから、蛍原さんだけでも逃げて」

「こわく、ないの……?」

「一回、牢で完璧にライン越えたせいか、あんま死ぬのは怖くなくなったかも。それに……」


 僕に出来るのはこれだけ。

 やっぱり生贄が僕の役割なんだ。

 それでも、僕を救おうとしてくれた彼女の為なら。

 死んでもいい。

 DTDKなんて馬鹿で単純ないきものだ!


「蛍原さんが助けに来てくれてすごくうれしかったから、もう死んでも」


 バチン!


「ぉおお!?」


 吹っ飛ぶ僕。え? 今、何された? ビンタ?


「死んでもいいとかゆーな!」


 蛍原さんのブラウンがかった瞳一杯に涙が浮かぶ。


「い、生きてたらたのしーこと、いっぱいあるはずだから! だから、しぬとかゆーな! ばか! しね! しぬな!」


 蛍原さんのこれまでに何があったのか。

 何も知ろうとしなかった僕には分からない。

 だけど、叶うなら。

 知りたい。

 分かりたい。

 彼女を知って描きたい! 彼女のリアリティ溢れる物語を!

 この世界で生きて生きて生きて彼女のために物語を描きたい!


「ごめ、ん! ごめん! 一緒にがんばって生きよう!」

「……うん!」


 ぐしぐしと袖で涙をぬぐう蛍原さん、の後ろには竜が!


『何を騒いでいる。とっとと返せぇえ!』

「オタク君!」


 竜が来る! どんなに決意してもこれはご都合主義の物語じゃない!

 気持ち一つで真の力に目覚めるとかない! 彼女を守るために出来ることを!


(ラクガキじゃ弱すぎる! ハンバーガーで気をひけるとは思えない! 僕がリアルに描けるもの……!)


「……あ」


 気づけば手が動いていた。

 光の線を紡ぐ。

 描くのはアレ。

 硬くて、びくともしなくて、ざらざらして、なぐったらゴインって音がして、黴臭くて、冷たい……。


「スキル! 【絵描】!」


 タイムラプス的高速の光で描かれ生まれたそれは……。


「えぇ! 牢!?」


 蛍原さんが叫ぶ。そう、牢。

 僕が閉じ込められていた牢の鉄格子。

 これが、今、僕に描けるリアル!


 思い切り金竜がぶつかってくるけど、僕のイメージの力か、地面にくっついてびくともしない。


『……ほう、中々に頑丈』


 壊せず勢いを殺されたせいか、少し金竜は落ち着いた声で呟く。

 まずい。冷静になられると、対処方法なんていくらでもある。どうしたら……!


「ねえぇ!? なんで、アンタそんな怒ってんの!?」

「な……!?」


 色々考えてたら蛍原さんが竜に話しかけてる!?

 これだからギャルは! さっきまで怖がってたじゃん!


「ねえ! なんで!?」


 なんで!? ギャルの距離感なぁぜなぁぜ!?


『……我が子を人間が奪った。だから、こやつらの全てを奪う、それだけだ』

「え……?」


 いや、普通に金竜答えてくれてるんですけど!

 っていうか、人間がこの金竜の子を、奪った……?


「あ、ねえねえ! それってこの子じゃない?」

「『へ?』」


 僕と竜の声がハモる。


 そういえばずっと背負ってたリュック。そこから蛍原さんが取り出したのは、鳥かごみたいなもの。そこには、小さくてかわいらしい。


『ぴぃい』


 金の蜥蜴がいた。いや、もしかして、


『無事だったか……我が子よ』


 竜!?

 金竜が前足? を、動かして硬そうなかごをいとも簡単に壊す。

 中からふわりと飛び上がった小さな竜が金竜に近づく。

 さっきまで激ヤバだった金竜の目が、すごく優しい目に変わる。


「いやー! こんな早く親見つけられると思わんかった! よかったー! ガチで」


 そう言って蛍原さんが笑う。


「もしかして、この城抜け出そうとしたのって」

「……ひめがあの子めっちゃいじめてたから。ガチでつまらんって。ぶっちゃけ、オタク君助けるんもビビってたけど、目の前でいじめられてるあの子見たらオタク君もヤバいかもって……おそなってごめん」


 蛍原さんが申し訳なさそうに俯いている。


「大丈夫。僕、ほんとにうれしかったんだ。蛍原さんが助けに来てくれて。ありがとう」


 蛍原さんが照れて僕の背中をバシバシしてくる。いたい。けど、うれしい。


『……人の子よ。探す手間が省け助かった。礼を言う。では、我は帰るとしよう』

「あー待って! うちらも途中までのっけてって!」


 蛍原さんがタクシーか何かみたいに言う。いや、普通竜って誇り高いから……。


『よかろう。貴様には恩があるからな』


 乗せてくれた。

 スカートからパンツ見えそうなのも気にせず登る蛍原さんの横で僕も必死に登る。

 竜の背中は思った以上に硬くてあったかくてざらざらだった。


「ま、おまちなさい! 勇者様! あの竜を!」

「無理無理! 折れた! マジで骨折れたって。いてえよ! なんで折れるんだよ、漫画とかラノベなら主人公の骨折れるとかねーだろ! 治癒魔法とかねーの!?」


 バカ田部が叫んでいるが、姫は意味が分からないとおろおろしてる。


「ち、治癒魔法は掛けられた相手の寿命が縮む禁断の魔法ですが……」

「うぜーよ! なんでそこだけちゃんと科学してんだよ! 魔法のご都合主義でなんとかしろよ! マジで無理! この痛みは無理すぎ」


 姫とバカ田部が喧嘩してる。まあ、一生やりあってればいい。

 城が遠ざかる。騒ぎに気付いたクラスメイト達が外に出てこちらを見上げていた。


 さよなら。


 おわかれだ。




「うっひょおお! 高っけぇえ!」


 金竜の背に前に蛍原さん、後ろに僕が乗って空を駆ける。その時見えた異世界の景色は……


「めっちゃ映えぇえ!」


 絶景だった!

 空に浮かぶ大地から水が流れ落ち、炎の山では岩のような巨人が歩いている。


「ねえねえ! あそこのめっちゃきれいな色がぐるぐるしてんの何!?」

『あれは魔力嵐だな。魔法が多く使われると上空にああいったものが生まれたりする』

「あのすっげー煙が出てる鉄の城は!?」

『ドワーフの鋼鉄城だ。奴らはああいったものが好きなんだ』

「あの……遠くに見える大樹はなんですか?」

『ユグドラシルだな。全てが還り生まれる樹と言われている』


 丁寧に金竜はガイドをしてくれた。意外にも話好きみたいだ。


「うはは! 超エモの超ばえじゃん! ね!? オタク君! いや、小見っち!」


 振り返った蛍原さんの笑顔。

 背景の異世界の絶景のせいか、彼女が……。


 途中で夜になり、金竜の子も蛍原さんもうとうとし始め、近くの森に降り一夜を過ごすことになる。金竜は魔物を狩り、肉を分けてくれた。だけど、流石に生肉は食べる気になれず、ハンバーガーを出してご飯にする。


「ハンバーガーうまぁ!」

『ぬぅ、我と子にもそのはんばーがーとやらを貰えぬか?』


 その夜、僕はギャルとドラゴンと一緒にハンバーガーを食べた。

 一緒に食べて笑いあった。


 金竜の尻尾に抱かれながら蛍原さんと金竜の子は眠っていた。

 僕は眠れず、城の地図の裏にひたすらに絵を描いていた。

 こんな感覚は初めてだった。

 もっと描きたい。もっともっともっと。

 伝えたい。

 僕はこの異世界に来て初めて満たされた気分で眠りについた。


 次の日、村近くで僕達は金竜達とお別れする。


「ありがとね! またあおーね!」

『ピィイ!』

『感謝する、人の子よ』

「こ、こちらこそ! そ、それであのこれお礼じゃないんですけど……」


 僕が渡したのは、金竜と子、そして、僕達の集合した絵。


『これは見事な……』

「すっげー小見っち! こんなのも描けるんじゃん!」


 自分でも分かる。よく描けた。

 うれしいとあたたかいで満ちた絵。

 金竜の子が嬉しそうに地図裏に描いた絵を受け取ってくれる。


「いーな! いーな!」


 羨ましそうに言う蛍原さんに僕は残っていた地図半分を渡す。

 そこには、空で見た異世界の風景と蛍原さんの女神のような笑顔。


「これ……」

「ありがとう、蛍原さん」


 蛍原さんが背中をバシバシ叩く。痛くて嬉しい。

 そして、金竜と別れ、僕達は歩き出す。


「蛍原さん、これからどうするの?」

「んー、とりま、竜ちんの背中で見た映えな景色全部見に行く!」

「ぜ、全部!?」

「だって、せっかく異世界に来たんだよ!?」

「……だね!」


 ブラウンの髪を揺らしながら彼女は魔力嵐がところどころ浮かぶカラフルな空に向かって両こぶしを挙げて笑う。


 その姿はやっぱり美しくて……僕にとっては描きたいリアルで。


「決めた」


 僕は、異世界で漫画を描く。

 元の世界では知ることのなかった景色と、彼女を、異世界の誰かに伝えるために。

 僕は、描く。


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