09.私は珍しい物が好きなんだ
王族の馬車に乗せられ、王子様を我が家へと案内する。
身分を考えれば、庶民の家に招かれるなんて、恐らく初めてのことだろうと思う。彼が視線をあっちこっちへ飛ばし、室内を不思議そうな顔をして眺めている。
声を掛けて良いのか分からないけど、立たせたままと言うのも不敬な気がして、恐る恐る声を掛けた。
「あ、あの……、ここへ、お座りください」
王子様の衣装が汚れないように、家の中にある一番綺麗な布を椅子の上に置いた。
「ああ、気を遣わせてすまないな」
「いえ、僕のほうこそ、すみません」
「ん? 何を謝る必要が?」
「おもてなし出来るものがなくて……」
王子様をこんな小汚い家に招き入れるなんて、と思っていると、くくっと肩を揺らして笑うクロード王子に、「気にするな、と言っても気になるか」と笑われる。
「はい……」
「安心しろ、彫るところを見るだけだ」
作業を見たいという彼の要望をさっさと叶えた方が良さそうだと思い、作業台へ腰かけると、彼が背後に立った。
「ところで、君は何処の国の人間なんだ?」
「えっと、生まれた時から、この国にいます」
元々孤児だったと説明した方がいいのかな、と思ったけど、余計なことを言うとフラハム伯爵様に迷惑が掛かりそうで言えなかった。
「ふぅん……、私は珍しい物が好きなんだ。君の彫刻も含めて、なかなか興味がそそられる。それに――」
クロード王子が話を一旦区切ると、僕の耳元まで顔を寄せ、「君はファリスのお気に入りなんだろ?」と言われて驚きの余り席を立った。
「ど、して、ファリス様のこと……! ごほっ……」
「大丈夫か?」
突然、ファリス様のこと聞かれて、吃驚したせいで呼吸が止まって咽せ返ってしまい、言葉が続けられなかった。
「そんなに驚くことはない、ファリスとは昔からの友人だ。毎月、何処へ行くのか馬車を貸してやってる」
「あ……」
その説明を聞き、要人用の黒い馬車を用意してくれているのが、クロード王子なのだと知った。
「この間、ファリスが帰ってきた時、随分と落ち込んでいた。あのファリスを落ち込ませるなんて、一体どんな相手かと思って興味を持ったんだ。だから私なりに色々と調べさせてもらったよ」
調べたと聞き、だったら孤児だと言うことも知っているのだと思った。
じっと見つめられて、その視線はまるでファリス様が僕の何処を味わおうかと、悩んでいる姿にも似ていた。
「そんなことより、彫っている所を見せてもらえないか?」
「は、はい」
作業台の椅子へ腰かけ、両手ほどの大きさの木材を目の前に置いた。
数日前、野原で見つけた花を花瓶に挿しておいたので、その花を参考に掘り進める。
作業に入ったものの、やはり王子様が見ていると思うと、なかなか作業が進まなかった。
「へぇ、器用だな……」
「ありがとうございます」
「それ、貰ってもいいだろうか?」
「これを……、ですか?」
「ああ、ちょっと自慢したい相手がいるんだ」
丁寧に彫ったけど、他人に自慢できるほど凝った作りでもないのに……、と思っているとクロード王子は、花模様を彫った木材をひょいと手に取り、もう片方の手で僕の頬に触れてくる。
怖いわけではないけど、相手が相手なだけに、ついビクビクと身体が強張った。
「君が公爵家の養子に迎えられる時が楽しみだ」
「えっと……」
クロード王子は、僕の返事が『はい』では無かったことが意外だったようで、「何だ、迷っているのか?」と疑問の言葉と表情を見せた。
「迷うことはないだろう、公爵家の養子になれば月に一度どころか、毎日ファリスと会えるのだから、けど――」
彼は不思議に思うことがあると言う。僕が作った木彫りをじっと見つめて、今度はこちらへ視線を向ける。
「たかが、幼少時代の命の恩人。それだけのことなのに、養子にしたいと思うほど君を側に置きたい理由は何だろう」
ギクっと体が揺れた。ファリス様との秘密を知られたわけではないと思うし、知った所で信じない。それに、僕の肌を舐めて、〝甘くて美味しい〟と思うのはファリス様の病気のせいで、おいそれと言えるようなことでも無かった。
僕から何も答えが返ってこないので、「まあ、私には関係のないことだな」と彼は諦めたように笑みを零し、他のことを聞いて来る。
「そんなことより、自分の故郷について、まったく分からないのか?」
「はい、珍しい風貌だと、よく言われるのですが……」
「ああ、確かに珍しい。碧眼に黒髪……、混血か……、そう言えば混血だけが住んでいた国があったな、随分前に滅んでしまったようだが」
考え込むような仕草をするクロード王子が、小さな声で「まさかな」と言った――。