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08.友達が遠くに行く感覚


 翌日――。

 朝起きて、こちらの顔を覗くフランクから、「大丈夫か?」と聞かれて大丈夫だと頷いた。

 口では平気だと言っても、僕の様子がおかしいのは伝わっているようで、彼は目を細めて怪しんでくる。

 昨日、ファリス様と後味の悪い別れ方をしたせいで、食欲もなくて、眠れない夜を過ごしたけど、わざわざ言うことでもなかった。

 朝食の準備をしていると痺れを切らしたフランクから、「ファリス様と、なんかあった?」と心配そうに声を掛けて来る。

 よほど僕の様子が普通ではないのか、それとも単純に気になるのか、フランクにファリス様のことを聞かれて、「ううん、何もないよ?」と答えた。


「……なんだよ、隠さなくてもいいだろ? 養子の話なら聞いたぞ?」

「え……」

「何かさ、あの人って、お前のこと、すげー大事にしてるしさ、ちゃんと感謝しろよ?」


 言われなくても感謝はしていた。

 ファリス様に出会ってなかったら、今も路上生活をしているだろうし、人として生活が出来ている今を有難く感じている。

 どちらにしても、公爵様が直々に養子縁組の話をしに来るのであれば、僕は拒否なんて出来ないと思った。

 フランクが、ポンと肩に手を置き、「俺のことなら気にするなよ?」と言う。


「うん、気にしてないよ」

「……いや、やっぱりちょっとは気にして欲しい」

「えー、どっち?」


 フランクのくすくす笑う声を聞きながら、ちょっとだけ自分が抱えている不満を言葉にした。


「実は、ファリス様から結婚するて言われたんだ。取りあえずは婚約をして、十八歳になったら挙式を上げるって聞いて、なんか祝福出来なくて」


 ちょっと不貞腐れ気味に愚痴のように言葉を零せば、フランクは何度か頷いたあとで、それは理解出来ると言った。


「それってさ、仲の良い友達が遠くに行く感覚と同じだろ」


 カリっと頭を掻いたフランクが、「自分達は孤児だから仲間意識が強すぎるのかもな」と言って諭してくれたが、それを聞いても納得は出来なかった。

 不意に玄関の扉を叩く音が聞こえて外から「フランクー?」と女の子の声がする。


「あ、仕事前にちょっと用事があったんだった……、じゃあ、そろそろ行って来る」

「うん、行ってらっしゃい」


 嬉しそうな顔をして出て行くフランクを見送った。

 近所に住むテレシアさんの一人娘のアイラと最近は仲が良いみたいで、仕事に出掛ける前に二人で会っている。  


 ――友達が遠くに行く感覚……。 


 確かに、最近フランクが遠くに感じる時はあるけど、それとファリス様への感情はまた違う物だった。

 ファリス様と僕は友達じゃないという意識が根底にあるせいで、フランクの言っていることに納得出来なかったのだと気が付く。


 ――そう、ファリス様は友達じゃない……。


 取りあえず、自分の不満は心の奥に押し込み、仕事をすることにした。

 数日前に注文の入っていた彫り物を確認して袋に詰める。

 丸く象った木材の中心に花の飾りを彫った物で、底は平らに削ってあり、中は空洞になっているため、その部分に鉛を埋め込んで紙を留める重しとして使うらしい。

 僕としては、こんな物が売れるとは思っても見なかったけど、遠方の貴族や名のある教会の司教様などが買い求めるらしく、自分の意に反して人気の高い物だった。

 個数を確認してから、発注元の雑貨屋へ向うと、この町には似つかわしくないほど豪奢な馬車が雑貨屋の前で止まっているのが見えた。

 おずおずと店の前に近付くと、店主が慌てた声を出した。


「あ、来ました。彼がジェフリーです」


 こちらへと手を翳す雑貨屋のザビエルさんが、焦った様子で頭をペコペコと下げているのを見て、その相手が貴族なのだと推測した。

 呼ばれるまま近くへ向かうと、馬車の扉の影になっていた人物が顔を出した。


「ジェフリー、こちらの方は、この国の王子でクロード・マクレーン・ロバーウィルター様だ」


 王子様だと聞いて、これ以上開かないくらい目を見開いた。

 取りあえず、深々とお辞儀をしたが、正直なことを言えば、どう対面するのが正解なのかも分からなくて、そのままぼーっと立ち尽くした。

 美丈夫な青年は、上質な衣装を身に纏い、優雅に僕に向かって口を和らげた。


「君がこれを作ったのか?」


 掌に乗る木彫りの置物を見て、確かに自分が作った物だったが、決して売り物として作ったわけじゃなかった。


「は、はい、それは確か、僕が教会に寄付した物です」


 王子が持っている木彫りは教会に寄付のつもりで提供した物で、十字架の周りに小さな植物や花を彫ってあり、暇な時にちょこちょこと彫り進めた物だった。

 だから、まさか神父様に気に入ってもらえるとは思ってもなかったし、教壇の飾りの一部として使用してくれるとは思っても見なくて、ちゃんとした物を彫り直したいと思っていた品だった。


「凄いな、こんなに細かく彫れるなんて、作業してる所を見て見たいんだが、構わないか?」

「え……」

「駄目か?」

「いえ、駄目ではありませんが、王子様をお招き出来るような家では……」


 口端を軽く開けたクロード王子は、「どんな家でも構わない」と笑みを浮かべる。そこまで言われては断る訳にもいかず、「分かりました」と返事をした――。


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