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06.ジェフリーは酷い


 それから数年が経ち、僕とフランクは首都から遠く離れた伯爵家の領地内で働いていた。


「ジェフリー?」


 名前を呼ばれて振り返ると、仕事を終えたフランクが両手いっぱいに麦を抱えていた。


「どうしたの、それ?」

「仕事が早く終わったから、テレシアさん所の手伝いをしたんだ。そしたら持って行けって言われてさ」


 ニカっと笑う彼は、麦を玄関先へ置いた。フランクは、ここ数年で随分と男らしく変貌し、力仕事を任されることが多かった。

 それに比べて自分は彼よりも、一回り小さくて、力仕事には向いておらず、与えられた家で彫刻の仕事をしていた。

 意外と自分に向いている仕事のようで、様々な木彫りの飾りを彫るのが楽しく、仕事以外で作った物は近所の子にあげたりしていた。 


「なあ、そろそろ、じゃないか?」

「ん?」

「あの人が来るの……」

「あ、そう言えば、そうだね」


 フランクに言われて日付を確認した僕は、不意にあの日のことを思い出した――。

 自分のことを弟にしたいと言ったファリス様は、公爵様から猛反対を受け、当たり前だが公爵様は僕と会うことを禁止させた。

 しかも、自分が『弟になりたい』と彼に吹き込んで唆したと思われてしまい、常に監視されるようになった。

 当然と言えば当然だし、そうなると分かっていたのに、彼との接点を断ち切られると途端に寂しい気持ちになった。

 けれど、ファリス様は監視の目を逃れ、頻繁に僕に会いに来ては、公爵様を困らせた。


『君がうちの息子を唆したと思っていたけど、私の勘違いだったようだね。ファリスは本当に君を好いているようだ。だが、孤児を養子には迎えることは出来ない』


 そんなことは言われるまでもなく、理解していたし、分かっていたことだった。だから拒絶の言葉を聞かされても特に何とも思わなかった。

 公爵様は、単純にファリス様のことを心配しているだけで、僕に何か問題があると思っているわけではないと、前置きしたうえで今後の話をし始めた。


『私の知り合いの所で働いて見ないか?』

 

 フラハム伯爵と言う貴族の領地内では様々な仕事があると言い、自分に見合った仕事をさせてくれると聞いて、僕はフランクと一緒ならいいと返答した。

 その時は、仕事をもらえて、親切にしてくれる公爵様に感謝したけど、しばらくしてから分かったことは、自分があのまま路上生活をしていると、ファリス様は屋敷を抜け出したり、護衛の隙をついて僕に会いに来るから、それを阻止するためだったと気が付き、自分の存在が彼にとって良くないと考えた公爵様の配慮なのだと知った――。

 

「あ、もしかして来たんじゃないか?」


 不意にフランクにトンと肩を叩かれて、耳をそばだてると、カラカラと馬車の音が聞こえる。

 家の窓へと向かい、道なりへと視線を向けると要人用の真っ黒な馬車が向かって来るのが見えて、呼吸を整えながら外へ出た。

 馬車が家の前で止まると、馭者が扉を開ける。中に乗っている人に、「早く乗って」と言われて、僕は素直に乗り込んだ。


「ジェフリー。元気にしていたか?」

「うん、元気だった」

「そう」


 短い言葉を交わして、久々に会うファリス様を覗き見た。

 ファリス様は今年十六歳になり、成人式を迎えた。背も高くなり、体付きも逞しくなったし、喋り方も男らしくなった。

 顔立ちも以前のような幼さは消えて端整になり、年頃の女性が彼に見惚れるのも頷けるほどに成長していた。

 実は、僕が首都から離れた数日後に、どこで知ったのか彼は訪ねて来た。

 結局、公爵様の目論見は無残にも砕け散り、月に一度、こうやって訪ねて来るようになった。

 この馬車もファリス様の友人が手配してくれているようで、本当は、その友人の所にいることになっているから、あまり長い時間一緒にはいられなかった。


「いつ来ても、この町は何もないな」

「うん……、あ、でもね、今度、二年に一度行われる感謝祭があるって言ってた」

「へぇ……」


 ファリス様は興味無さそうに、馬車の小窓へ目を向けた。

 いつものように、町の端にある湖の近くに馬車を止めると、馭者はしばらく席を外すと言って何処かへ行った。

 その瞬間、腕を取られ彼の胸の中へ自分の身体が沈む。はあ……、と甘い吐息に誘われて、自分の胸がドキドキと動き出した。


「本当にジェフリーは酷いな……、私からこんなに遠くへ離れてしまうなんて」


 そう言いながら、彼が僕の首筋に噛みついて来る。


「ごめんなさい……」

「まあ、実際は父上が悪いのだから、君を責めても仕方ないんだけど」

 

 今日は月に一度、彼が僕を味わえる日で、熱い息を吐き出す彼から「今日は何処を味わおうか……?」と、僕の二の腕を持ち上げた。


「昔に比べて肉付きが良くなった」


 言いながら、僕の上着の袖をまくり上げるとファリス様は二の腕を、じゅるっと舐めて堪能し始めた。

 

「美味しい……」


 うっとりと僕を味わう彼の姿が美しくて、ただ、ただ、その妖艶な様子を眺めた――。



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