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05.君に会いたかった


 辿り着いた場所は立派な建物と、色鮮やかな花が咲き乱れる場所だった。

 前門を通り過ぎて、公爵邸に辿り着き、案内されたエントランスと呼ばれる場所を見て、目が飛び出そうになる。

 何処を見てもピカピカと輝いて、自分が少しでも触ったら手の痕が付いてしまう気がした。 

 しかも床まで光り輝いて見えて、僕は一歩後ずさった。


「どうした?」

「僕、汚れているし……」


 そう、自分が歩いたら、屋敷が汚れてしまう気がして、中へ進むことを躊躇っていると、「あ!」と大きな声が正面の階段から聞こえた。


「君! 来てくれたんだね!」


 ぴょんと跳ねるように、ファリス様が僕に抱き付いて来ると、首筋をぺろりと舐めて、「ああ、やっぱり、甘い」と小声で言うのを聞いて驚いた。

 

「え……、甘いの?」

「しっ」


 彼はふりふりと首を振ると、「内緒だよ」と忠告してくる。

 味覚がなくなったって聞いてたのに、僕のことを〝甘い〟と言う彼を見て変だと思った。


「父上、彼を僕の部屋へ連れて行ってもいいですか?」

「ああ、もちろん構わないよ」


 公爵様から許可を貰うと、彼は部屋へと案内してくれた。

 広い部屋、綺麗な空間、何もかもが眩しくて、扉付近で立ち尽くしていると、彼が「おいでよ」と誘う。


「そういえば、名前を知らなかったね、君のこと何て呼べばいい?」

「ジェフリーです」

「ジェフリー……、そう、ジェフリーか、いい名前だね。僕は……」

「ファリス様……」


 にっこり微笑んだ彼は、こくりと頷いた。


「ファリスって呼んでも良いんだよ」

「そんな、呼び捨てなんて出来ない、公爵様に叱られてしまう……」


 くすくす笑うファリス様は、扉付近で動けないままの僕の側に来て、ぎゅっと抱きしめると、「ずっと、君に会いたかった」と言う。

 そんなことを言われて、焚火の火種が灯るようにポっと胸の奥が熱くなった。


「君は、僕に会いたくなかったよね……」


 そう言って、しゅんと落ち込んだ彼は、目を伏せた。


「そんなことないよ、僕も会って見たいと思ってた……」


 自分も会いたいと思ってたけど、簡単に会える人ではないと思ってたことを伝えると、ファリス様は眉尻を下げて、うっとりと、こちらを見つめる。

 彼は、朽ち果てた家で見た時よりも綺麗で、あの日は、ペタっとしていた黄金の髪も今日はふわふわしていた。

 柔らかそうなファリス様の唇が動くと、「君を舐めてもいい?」と聞いて来る。

 公爵様から味覚がなくなってしまったと聞いているのに、どうして? と不思議に思った僕は彼に聞いた。


「ファリス様は味覚がなくなったって聞いたけど……、嘘なの?」

「嘘じゃないよ。たぶん、君以外の味がしなくなったんだと思う」


 そんなことってあるのかな、ちょっと信じられないけど、彼や公爵様が嘘を付いているとは思えないし……、と彼を見つめた。

 でも、ファリス様には自分だけが甘くて美味しい存在なのだと知ると、何だか嬉しい気持ちが込み上げてくる。

 不意に彼が僕の手を取ると、指先をちゃっぷと咥えた。


「凄い、君は何処を舐めても甘いんだね……」

「……僕のこと食べるの?」 

「大丈夫、食べないよ、だって君がいない世界で生きていける気がしない」


 ファリス様はそう言って、ごくっと喉を鳴らしながら、僕の指にじゅっと吸い付いた。

 その唇が熱くて、指先から全身へ熱が巡って行った。

 指に吸い付くファリス様の姿がとても妖艶で目が離せなくて、そんな彼を見つめていると、くらくらと自分の脳が揺れてくる。


「そういえば、ジェフリーは何歳なの?」

「し、知らない、僕は孤児だから、何歳か分からない……」

「うーん、同じ歳ぐらいかなぁ……? でも、ちょっと痩せすぎだね」


 そう言ってファリス様が僕の腰をぎゅっと抱いたけど、直ぐにその腕を解いて、両手を肩に乗せて来る。

 何か宝物でも見つけたのかのように彼は、ぱぁっと瞳を輝かせると、


「そうだ、君、僕の家の子にならない?」


 突然、そんなことを言った。

 ファリス様は、「そうだよ、僕の弟になればいい」と目を輝かせるが、そんなこと無理に決まっているし、どうしてそんなことを言うのか不思議だった。


「どうして、僕を弟にしたいの?」

「君は大きくなったら、僕のことなんて忘れて何処か遠くへ行ってしまう。でも家族になれば、ずっと一緒に居られる」


 彼の思いが何であれ、そんなに自分と一緒に居たいのだと知ると変な感情が湧いた。


 ――僕が居ないと、ファリス様は駄目なんだ……。


 初めて人に必要とされて、例えようの無い幸福感を感じた。

 孤児として生きて来た自分、ゴミの様な扱いを受けて来た自分、何のために生まれて来たのか疑問だったけど、彼のおかげで、僕は生まれて来て良かったと初めて思った。

 でも、彼の提案は無理な話だ。

 孤児を公爵家の養子に迎えるなんてこと、あり得ないし、それに仮に公爵家に引き取られて、いままでの友達を失うのも嫌だった。


「僕、友達がいるから、このままでいい。たまに、こうやってファリス様が呼んでくれるだけじゃだめなの?」

 

 そう言った瞬間、彼は僕を睨んだ。綺麗な顔が冷たく歪む、ぞっとするほど恐ろしいけど、美しい顔だと思った。


「僕は、ジェフリーがいないと死んでしまうかも知れないのに……、僕よりも友達を選ぶんだね、もしかして、もう二度と会わないつもり?」

「ち、違うよ? だから、ファリス様が……、呼んでくれたら、いつでも僕はここに来るし……」


 にこっと笑う彼は、首を横へ振る。


「それは嘘だよ、じゃあ、夜中に急にジェフリーに会いたくなったらどうすればいいの? あの路地に行ったら、僕はまた危険な目に遭うかも知れないし、ジェフリーに会うために危険な目に遭ったと父上が知ったら……、君は激怒した父上に殺されてしまうかも?」 


 急に怖い話をされて、僕は身体がひゅんと冷たくなる感覚に陥った。

 彼に食べられて死んでしまってもいいと思えるのに、公爵様に殺されてしまうと聞かされると、どうしてなのか分からないけど、声にならない泣き声と涙があふれた。


「あ、泣かないでよ。君がずっとそばに居てくれるだけでいいんだ」

 

 そう言ってファリス様は僕の涙を舐め尽くした。

 どちらにしても、彼の言う提案を公爵様が受け入れるとも思えないし、その場を凌ぐために、取りあえず彼の言うことに頷いた――。




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