04.君を屋敷に招待する
月日が流れたある日のこと、フランクと一緒に食べる物を探しに出歩き、収穫が無いまま、いつもいる路地裏へと足を踏み入れた瞬間、大勢の騎士らしき人間がうろうろしているのが目に留まる。
「フランク、アレってなんだろう?」
「……強制収監かも知れない」
「え……」
「捕まると奴隷だ。逃げるぞ!」
「うん」
踵を返して走り出すフランクの後を付いて行くけど、今日は何も食べていなかったので、思うように体が動かなかった。
懸命に走ったけど、結局、僕は捕まってしまった。
じたばたと足を動かしたが、鍛えられた騎士に、そんな抵抗が効くわけもなく、抱えられたまま一人の男の前に連れていかれた。
「この子はどうでしょうか?」
「おお、この子で間違いない」
左の額から口元に向けて、ざっくりと斜めに傷痕がある恐ろしい顔をした男は、僕を見て微笑んでる? 睨んでる? 傷のせいで表情が分からないけど、とにかく、男は大きな口をニィと横に広げてから話しかけて来た。
「この間は我が息子を助けてくれてありがとう」
「息子……、あ、もしかして黄金の髪の……?」
「ああ、そうだ。それで、君と少し話がしたいのだが、いいだろうか?」
「はい……」
「私の名はアラン・ルーブ・デュボアと言う」
どうやら、目の前にいるのはデュボア公爵と呼ばれる貴族だった。
話を聞けば、あの黄金の髪の子はファリスという名前らしく、事故があった日から味覚を失ったと言う。
「君はどうなのかな」
「僕ですか?」
「事故のあと、何か変わったことはないかな?」
「何もないです……」
もしかして、僕のせいで、公爵様の息子のファリス様は病気になってしまって、だから、怒って文句を言いに? それとも処刑されるの? そう思った瞬間、ぶるぶると肩が勝手に震えて、その震えを抑えようと自分の肩を抱いた。
うむ、と顎を手で擦った公爵様は、こちらの心情を読み取ったのか、
「大丈夫だ。君が息子に何かをしたとは思ってない」
と前置きをしたうえで、息子のファリス様が僕に会いたがっていると言う。
それを聞いて、ドクンと心臓が大きく動いた。
彼に会えば、『君は美味しいね』と、また言われる気がして、それを想像して気分が勝手に高揚した。
あの時、僕の肌を求めて舐める彼の姿を見て、嬉しかったし、食べられてもいいと思った。
他人が食べられるのを想像すると、ぞっとするのに、自分が食べられると思うと、何故か嬉しいと思ってしまう。
――僕はおかしいのかも……。
あの日、出会った男の子のことを思い出して、ぼーっとしていると、目を眇めた公爵様は、こちらを見ながら小首を傾げる。
「見た所、君はこの国の子じゃないな、どういう経緯でこの国来たのか分かるか?」
「き、気が付いたら、路上にいて……、それから」
「ああ、いい、きっと赤ん坊の頃に、この国に捨てられたのだろう、可哀想に」
公爵様は悲しそうな声を出して、こちらを見つめたあと、すぐに明るい表情を見せ、「こんな所で時間を食っている場合ではないな」と言って僕を抱えた。
「あの?」
「さあ、行こうか」
「え……」
「君を我が屋敷に招待する」
公爵様は表通りに停めてある立派な馬車へ案内すると乗せてくれた。
生まれて初めて乗る馬車の中をしげしげと見つめていると、くすっと笑った公爵様は、馭者に公爵邸まで行くように指示を出した。
その時、遠くで、「ジェフリー」と叫ぶ声が聞え、ハッとして小窓から外を見るとフランクが、走りながら叫んでいるのが見えた。
「あの、公爵様、友達が……」
僕の訴えを聞き、「ああ、ちょっと待ってなさい」と言うと、馬車を止めてくれた。
「フランク!」
「はぁ……、はぁ、ジェ、フリー」
急いで走って来てくれたフランクは、息を切らして地面にしゃがみ込んだまま、「お前、大丈夫か⁉」と聞いて来る。
「うん、大丈夫だよ。あのね、少し公爵様のお屋敷に行って来る。すぐに帰ってくるから待ってて……」
「……そっか、分かった」
フランクは奥にいる公爵様に向かって深く頭を下げると、今度は僕に向かって、「お行儀よくしろよ」と言う。
「分かってるよ、じゃあ、あとでね」
フランクに手を振って、あとで会う約束をした。
隣に座っていた公爵様は、「あの子は前も君の心配をしていたな」とフランクが、ファリス様と一緒に家の下敷きになった時に、僕のことを心配していた話をする。
「そう言えば、君はどうしてあの家に居たんだ? 息子に聞いても気が付いたら目の前に君が居たと言うし、まあ、息子を誘拐したのは君じゃないのは分かっているが……」
「えっと、男の人が袋を担いでて……、その袋から綺麗な金色の糸がはみ出てたから……」
ふむ? と公爵様の目が細くなる。
「なるほど、それだけで誘拐だと見抜いたのか? 凄いな……」
うんうん、と感心されて、僕は本当のことが言い出せなくなった。
まさか、高そうな糸だから売れるかも? と思って好奇心であの家に行ったら、ファリス様がいたとは言い難くなってしまう。
――あ、そっか、あの袋に入ってたのはファリス様だったんだ……。
あの時、すれ違った男がファリス様を誘拐したことに、ようやく気が付いた。
「ファリス様は元気なんですか?」
「……身体は何ともないんだが、さっき話した通り、味覚を失ってしまってね。事件の後遺症かも知れないと医師は言っている……」
それなら、もう自分のことも美味しくないのかも知れない、そう思うと何故か残念な気持ちになってしまい、ハッとした。
馬鹿だな僕は、あの男の子に食べられてしまうかも知れないのに、どうして残念な気持ちになるんだ……、と心の中で自分を叱りつける。
それにしても、味覚がなくなるなんて可哀想な話だと思った。
「その病気は治らないんですか?」
「うーん、精神的な物かも知れないと医者は言っている。治療法は探しているが、下手すると一生治らないかも知れないな」
公爵様は目を伏せると大きな溜息を吐いた――。