02.あの……、大丈夫?
パンを食べ終えたので、フランクの姿を探そうと思ったけど、僕はどうしても黄金の糸が気になった。
あんな綺麗な糸、はじめて見るし、少し見るだけ……、と朽ち果てた家へ向かった。
この建物は一時、塒にしていたこともあったけど、建物の腐食が進んでいるせいか、寝ている間に生き埋めになる可能性があると言って、フランクから入らないようにと、言われていた場所だった。
土を固めて作られた建物で、既に半分は倒壊しているし、確かに危ない場所だ。
この時、ふと思った――。
でも、それなら、どうして男の人はこの家に入ったのだろう? こんなボロボロの家に黄金の糸を持って何をする気なのか、凄く気になった。
「おじゃま……します」
建物の中へ入った。
中は薄暗くて、一歩足を進める度に塵が舞う。黄金の糸が入った袋を探すことにしたが、パっと目につく所には無い見たいだった。
くるりと室内を見回すと、部屋の奥にある扉が少し空いていることに気が付き、僕は扉に近付いた。
隙間から中を覗き、誰も居ないのを確認してから部屋へ入る。
この部屋は厨房らしき設備があり、料理する場所なのは分かったけど、朽ち果てた家に食料があるわけもなく、「何もないよね……」と独り言を言いながら、辺りを見た。
何も無いと思っていたけど、僕の予想に反して、部屋の片隅に黄金色の髪を持つ男の子が横たわっていた。
――どうしてこんなところに……?
恐る恐る近付いた。
上質の衣類を身に纏った黄金の髪の子は、誰が見ても〝貴族の令息〟だと分かるほど気品があふれていた。
「綺麗……」
近くで見る黄金の髪の子は凄く綺麗だった。
つるつるの髪に、すべすべした肌を見ていると、つい触ってみたくなる。そっと手を伸ばそうとして、咄嗟に引っ込めた。
視界に入った自分の手が、凄く汚い物に思えて、こんな手で触れたら、綺麗な肌が汚れてしまう。そう考えたら、触るなんて出来なかった。
――どうしよう……、フランクを呼びに行った方がいいかな?
きっと、この子は迷子で、ここに迷って入り込んだのかも知れないし、今は疲れて眠っているけど、いつまでも、こんな場所に居たら危ない。そう思った僕は、フランクを呼びに行こうとした。
「……んっぅ」
踵を返した時、背後から呻き声が聞えて、足を止めて振り返った。
黄金の髪の子は、虚ろな目で僕を見て、「……誰?」と訊ねて来る。苦しそうな声を聞き、少しずつ彼の方へ足を戻した。
「あ、あの……、大丈夫?」
「……分からない」
助けを呼びに行った方がいいと思うのに、声に吸い寄せられるように近付くと、黄金の瞳がパチリと見開いて驚いた顔をした。
咄嗟に、「あ、怪しい者じゃないよ」と、あたふたしながら説明をした。
「君……、甘い……?」
「え?」
突然、甘いと言われて、何のことだろうと僕は思う。
「こっちに来て」
「うん?」
言われるままに近付くと、「ああ、やっぱり、甘い匂い」と黄金の子は言った。
一体、何が甘い匂いなのか、僕には彼の言っていることが理解出来なかった。
しっかりと目が覚めたのか、起き上がろうとした黄金の子は、急に苦しそうな表情に変わった。
「……っ痛」
「だ、大丈夫? 何処が痛いの?」
「うん、大丈夫、縄が……、これ解ける?」
よく見れば、彼の足と手は縛られていた。
「どうして縛られているの?」
「んー、その説明はあとでもいい?」
「あ、うん」
急いで、彼の手と足の縄を解こうとしたけど、思っていた以上に頑丈に縛られていて、手の縄を解くのにも悪戦苦闘した。
「あ、解けた……ッ?」
彼の腕を解いた瞬間のことだった。自由になった腕で彼に抱き込まれて、べろり、と首筋を舐められた。
「やっぱり、甘くて、美味しい……」
そう言われて、ぞくん、と身体が疼いた。
「どうして、君はこんなに美味しいの?」
黄金の子は、そう言って僕を何度も舐めた。
――あぁ……っ、食べられる……。
僕は本能で、そう思ったけど、不思議と怖くなかった。
それどころか、食べてもいいよ、って思っている自分がいて、どうして、こんな気分になるのか分からないけど、彼の熱い吐息を感じていると、別に食べられてもいいかな、と思えてしまう。
「……ッ」
彼が首筋にかぷっと噛みついてきて、グっと犬歯が首の肉に食い込んで来る。
少し痛かったけど平気だった。
けれど、噛みついた彼の方が驚いて、ハッと首から離れると、悲しそうな顔をしながら瞳を震わせていた。
「ごめんね、痛かった?」
「ううん、平気」
「君が凄く美味しいんだ。食べてしまいたいほどに……」
「うん、いいよ」
僕は変なこと言ってる。食べられたら死んでしまうのに、どうしていいよって言ってしまうのだろう? 何だか可笑しくて、くすくす笑った。
「どうして笑うの?」
「え、っとね、僕、食べられたら死んじゃうんだなって思ったから……」
「え……、笑えないと思うんだけど……」
彼は困惑した表情で僕を見つめた。
「うん、だけどね、君に食べられるならいいのかなって思った。だって――」
そこまで話をした時、ドドっと大きな地鳴り音がして、何だろう? と思った瞬間、視界も思考も途絶えた。