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19.随分と馴れ馴れしいな

 

 王都学園の試験も無事に終わり、上級試験に合格した。

 根っからの貴族ではないので、マナーに関する実技試験は及第点だった。それ以外は、なかなかいい成績だったようで、家庭教師がかなり喜んでいた。

 学園に通うようになってから数日が経った頃――。

 その日の授業が終わったあと、いつも義兄さんと待ち合わせる構内の中庭へ向かった。中庭の中でも一番日当たりが悪く、誰も寄り付かない場所なので、滅多に他人と顔を合わせることがない。

 だから、必然的にそこに誰かが居れば、ファリス義兄さんだと思い込んでいた僕は、人影を見つけて直ぐに抱き付いた。


「義兄さん早かったね」

「……」


 何も言ってくれないので、変だなと思った。体付きも華奢で、あれ? と思った時は遅かった。

 陰になっていた場所から、その人物が陽の当たる方へ一歩後ずさった時、その人が義兄さんではなく、まったくの他人だと気が付いた。


「随分と馴れ馴れしいな」

「え……、あっ……、ご、ごめんなさい」


 赤い髪に赤い瞳の青年を見て、一気に焦燥(そうしょう)感に襲われた。

 溢れる品格は隠せるような物ではなく、何よりもその風貌を見て、直ぐに思い浮かべる人物がいた。

 この国の王子であるクロード王子だ。似ているか似ていないかで言えば、似ていないけど、この人は第二王子のリーベル様な気がして、何て無礼なことをしてしまったのか、と恐縮していると、「ジェフリー?」と僕を呼ぶ声が背後から聞こえる。

 コツコツと聞えていた足音がピタリと僕の真後ろで止まり、目の前にいる人物に気が付いた義兄さんは、一歩前に出ると深々と頭を下げ、青年の名を呼んだ。


「リーベル王子、いらしてたのですね」

「ええ、少し用事があったものですから、それにしても久しぶりですねファリス公子、お元気でしたか?」

「はい、相変わらずです」


 義兄さんが受け答えしている最中、ちらちらと彼の視線が僕へ飛んで来るのを見て、気になった義兄さんが、「もしや……、うちの義弟が失礼なことでも?」と小首を傾げた。


「いいえ、とても(・・・)楽しい時間を過ごさせて頂きました。ね?」

「え、えぇ……」

「では、また」


 器用に片眉を上げて、不敵に笑うと彼はその場を去っていた。

 

 ――どうして嘘を……?

 

 楽しい時間なんて過ごしてないのに、リーベル王子はどうしてあんなことを言ったのだろう。

 大きな溜息を吐く義兄さんが、「本当は何があった?」と聞いて来る。正直に話した方がいいと思うのに、僕のせいで何か責任を取らされたり、大事(おおごと)になるのが嫌で、「何も無かった」と返事をした。


「そうか、それならいいんだ。リーベル王子は、クロード王子と同様に厄介な人だから、気を付けて欲しい」

「うん、分かった」


 こくりと頷き、義兄さんの忠告を頭に叩き込んだ。

 翌日、第二王子に会ったら無礼を詫びて、誠意を見せようと思っていたけど、出会うことは無かった。

 わざわざ教室まで訪ねて行くのも変だし、偶然会った時に詫びればいいと思っていたが、いつまで経っても会う機会は無かった。

 どうやら、王族は週に一度だけしか学園には通わないと聞き、それなら、僕のことも忘れてくれているかも? と自分に都合のいいように考えた。

 けれど、そんな都合のいいことは起こるわけも無く、数日後のある日、あの場所でリーベル王子が待っていた。


「……今日は抱き付いてくれないんだ?」

「あ、あの日は、本当にごめんなさい……」

「今さら謝られてもねぇ……、まあ、いいや、ところで君達ってどうしてそんなに仲が良いわけ?」


 王子は興味津々で、僕とファリス義兄さんの仲を聞いて来る。


「ジェフリーは孤児だったんだよね?」  

「はい、そうです」

「ファリス公子にどうやって取り入ったの?」


 まるで、僕が媚びてファリス義兄さんと仲良くなったかのような言い方をされた。けど、それに関しては誰もがそう思っていることのような気がして、反発心は湧かなかった。


「うーん? 不思議だよねぇ」


 唸り声をあげると同時に僕の腕を取り、ぎゅっと抱き寄せた。

 一瞬の出来事に驚いて顔を上げると、リーベル王子は口角を上げて、「もしかして……、体を提供してるとか?」と強く腰を抱き上げる。


「や、やめて下さい」

「その反応、可愛いなぁ……」


 面白がってやっているにしては、やり過ぎな気がした。

 だからと言って、突き飛ばしてはいけないことだけは分かるので、「離して下さい」と何度か言葉で訴えた。

 身を捩りながら、やめて欲しいと(もが)いていると、「リーベル王子、義弟が嫌がっております」と冷やかな声が聞えて、ハっとする。


「あらら、もう来ちゃったか」

「王子、ジェフリーを虐めるのは止めて下さい。ただでさえ気弱な子なのです」


 ファリス義兄さんが、そう言って王子の行動に釘を刺した。

 笑みは浮かべているけど、あれは怒っている。僕にしか分からない僅かな表情を読み取っていると、ふふっと笑い声をあげるリーベル王子は、更にぎゅっと僕を抱きしめた。


「公子達がどうしてそんなに仲が良いのかを聞いていたのです。人気のないこのような場所で待ち合わせをしているなんて普通じゃ無い気がしました。もしかして、公子は我が兄上と同じで、そちらの趣味があるのかと思いまして……」


 リーベル王子は、くくっと肩を揺らした。


「なるほど、そうですか。私はずっと弟が欲しいと願っておりました。ですので仲が良いのはそのせいですね」


 笑みを深くしたファリス義兄さんは、そっとリーベル王子から僕を引き剥した。


「そうですか、まあ、考えて見ればこの間、正式に婚約されたばかりでしたね。揶揄って申し訳ありません」


 ぺこりと頭を下げると、リーベル王子はその場を去って行った。

 けれど、問題はここからで、「さて、どういうことなのか説明をしてごらん」と周りの空気や、僕の体温を奪うほどの冷たい声で、王子と何があったのかを聞かれて仕方なく、以前、義兄さんと間違えて、抱き付いたことなどを説明した。


「つまり、私が忠告した時は、すでに目を付けられていたということか……」

「う、うん」


 斜に構える義兄さんは、下級生の問題児を見るような目で僕を見つめる。

 

「分かった、王子の行動が酷くなるようならば対策を考える」

「ごめんなさい」

「ジェフリーが謝る必要はない」


 義兄さんの大きな手がポンと頭に乗せられた。

 機嫌が直ったわけでは無さそうだけど、怒っている感じもしなくて、僕は胸を撫で下ろした。

 口数が少ないのは何か考え事をしているからで、馬車に乗ってからも、義兄さんはずっと上の空だった。

 それにしても、週に一度しか王子には出会わないとはいえ、毎回、リーベル王子に構われては、僕の学園生活が穏やかな物ではなくなる気がして、憂鬱な気分だった――。

 


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