01.綺麗な糸
目覚めて視界に入って来るのは薄汚れた天井と壁、それを見ながら、のっそりと立ち上がり、玄関らしき物があった場所へ向かう。外へ出ると自分と同じ歳くらいの子が数人、朽ち果てた塀の付近で腰を落としてた。
物心ついた頃から、街はずれの孤児が大勢いる路上で生活をしていた。
この国は、ロバーウィルター王国と言って、近隣国に比べるとかなり大きな国らしく、そのせいなのか、僕のような身寄りのない孤児が路上にはたくさんいる。
一応、孤児院といって保護施設はあるけど、その院に入れる子は僅かだった。
どういった基準で選ばれるのかは謎だけど、選ばれることが出来なかった子供達は、路上生活をしなくてはいけない。
だから、孤児同士は集まって情報を提供し合いながら、何とか食い繋いで生きていた。
――お腹空いた……。
最後に食べたのは昨日の朝だったので、丸一日、何も口にしていなかった。
ぐぅ、と鳴るお腹を擦るけど、そんなことをした所で、お腹は膨れないし、音が鳴りやむわけでもない。けれど、こうしてると気が紛れた。
何処かに残飯でも漁りに行こうかと考えていると、フランクから、「ジェフリー、飯でも探しに行くか?」と誘われる。
「行く」
間髪入れずに返事を返すと、「ん?」と目を細めたフランクが近付いて来て、こちらの顔を覗き込む。
「なんで、いつも、くしゃくしゃなんだ」
くすくす笑いながら彼は、背中の中央まで伸びた僕の髪を整え始めた。
初めてフランクに出会った日、彼は『お前、この国の人間じゃないな』と言った。
この国には、碧眼に黒髪を持つ人間はいないらしく、見目は好いのに孤児院の保護に選ばれない理由は、異国人だからかも知れないとフランクに言われた。
彼は手で僕の髪を梳き終えると、今度は顔をゴシゴシと拭いて、「よし、綺麗になった」と満足げな表情を見せる。
自分より少し背が高くて、栗色の髪と瞳を持つ彼は、とても面倒見がよくて、皆に慕われている。ジェフリーと言う名も彼が付けてくれた。
「いつも、ありがとう」
「こんなことで礼はいらない。そんなことより、お腹空いてるだろ? 今日は、あっちの路地へ行ってみようぜ」
フランクに食べる物を探しに行こうと誘われて、彼と一緒に路地へ向かうと、図体の大きな男とすれ違った。
大きな袋を肩から担いでいて、結んだ袋から少量の糸毛のような物が見えた。
――黄金……。
綺麗な黄金色の糸が飛び出ているのが見えて、あれは売れば高い気がする、と咄嗟に思った。
もしかしたら、少しくらい糸が落ちているかも知れないと、男が歩いて来た路地の地面をじっと見て探したが、残念ながら黄金の糸は落ちてなかった。
何となく気になり、先程の大柄の男が何処へ行くのか確認した。
きょろきょろと辺りを警戒しながら、家の半分が朽ち果てている家へと入って行くのを見て変だと思ったが、「おーい、どうした?」とフランクの呼ぶ声が聞えたので、そちらへと意識を切り替えた。
「ねえ、フランク、さっきすれ違った男の人、黄金の糸を持ってたよ」
「黄金の糸?」
「うん、綺麗な糸だった。地面に落ちてないかな」
「そんな物、見つけて拾ったって腹は膨れないだろ?」
確かにそうだけど、売れば大金になるかも知れないと言うと、フランクは人指し指で鼻を擦りながら目を細めた。
「俺ら見たいな孤児が拾った物、誰が買い取ってくれるんだ?」
「あ、そっか」
考えて見れば、フランクの言う通りだ。
どうせ、自分達が落ちた物を拾ったとしても、『どこで盗んで来たんだ』と言われるだけだ。
下手をすれば国の治安部隊に通報されて牢屋行きかも? そう考えて、ぞっとした。
「あ、これ食えそう!」
フランクが大衆食堂の片隅に落ちているパンを見つけて、それを拾うと僕に手渡してくる。
「ありがとう」
「ほら、早く食え」
「うん、じゃあ、半分だけ」
「俺はいいから全部食えよ。お前ちょっと痩せすぎだ」
むぎゅっと、お腹の肉を摘ままれて、「柔らか……」と、彼が感想を言う。急に顔を赤く染めたフランクは、サッとお腹から手を離した。
「ごほ……っ、と、とにかく食えよ」
「うん、ありがとう」
色々と世話を焼いてくれるフランクに、お礼を言うとパンの汚れた部分を綺麗にしてから、思いっきり噛り付いた。
こちらの様子を見て、安心した顔を見せたフランクは、「あっちの方も見て来る」と言って何処かへ行ってしまった。
――フランクありがとう。
彼の優しさを噛みしめるように、硬いパンをガジガジ噛んでいると、先程、金色の糸袋を持っていた男が目の前を通り過ぎた。
今度は何も持っていなかったので、もしかして、さっきの朽ち果てた家に、糸が入っていた袋を置いて来たのかも? と僕の好奇心が擽られた。