王城での攻防 1
シャーリーパパの出番です!
卒業パーティーの翌日。
「――今年の王立学園の卒業パーティーは、例年よりも随分と早く終わったそうでございますな」
国王陛下の執務室に呼び出されたハミルトン公爵。王太子の引き起こした失態に話しづらそうにしている国王に、ゆっくりとそう語りかけた。
「我が娘に一方的に婚約破棄を申し渡された王太子殿下は、その後パーティーの参加者方に自分と新たなる婚約者を祝うようにと、そうおっしゃったそうでございますな。……確か学園の生徒の卒業を祝う為のパーティーであったはずかと思いますが……。学園では希望者が多数いれば改めて『卒業を祝う会』を開くか検討しているそうですぞ」
この国の筆頭公爵家であるハミルトン公爵家。
今まで公爵家は代々王族との縁を結んできた。事業も成功し国の貴族の最大派閥のリーダーである。……国王といえど無下には出来ない存在。
その公爵が、絶対零度の笑顔で非常に分かりやすく嫌味を言ってきているのだ。そして、どう考えてもこちらに非がある。しかも国王が公爵に無理を言って取り付けた婚約だったのだ。
国王としては実のところ冷や汗が止まらない。
「いや……。王太子のしでかした事は、誠にもって遺憾であり……。その、申し訳なく思っておる」
「ははは……、我が国の太陽である国王陛下に謝罪していただくことなど! 我が陛下はその偉大なるご威光をもって、悪を断じてくださると信じておりまするが故に。それはきっと私やこの国の貴族全てを、さすが陛下と感心させてくださるようなご決断をしてくださるのでしょう。そうでなければこの私や他の全ての貴族達は何をするか分からない事くらい、陛下はよぉーくご存知でありましょうからな!」
豪快に笑い、目は獲物を狙う鷹のように光らせながらも公爵は言った。
『こちらが納得するだけの処罰を下さないと、こちらも全貴族達と共に行動を起こしますぞ?』
という、非常に分かりやすい脅しともいえるその言葉に国王は内心震えあがった。
「勿論である! 王太子……いやマーカスは王太子の座からおろし、西の塔に幽閉する。相手の男爵令嬢は我が国で最も厳しいと言われる最北の教会で生涯神に仕えさせることとし、男爵家も娘の監督不行届として爵位と財産を没収とする! ……これではどうか」
国王は愚かだが可愛い息子を切り捨てる事を決意した。この国を束ねる王として、大多数の貴族に相当な影響力を持っている目の前の公爵の機嫌を損ねる事は決してあってはならないのだ。……それに幽閉ならば、いずれほとぼりが冷めた頃に塔から出し復活させる事は出来る。
国王は公爵の表情を伺うようにチラリと見た。
しかし公爵は、先程からの冷えた笑顔のまま表情を崩さない。
「……う……、そ、そうだ、マーカスの側近であった者達の処遇だ。彼らもマーカスを諌める事なく此度の暴挙をおこなった! であるからして、彼らも……」
「……あぁ、そういえば」
突然公爵が国王の言葉を遮った。
「我が娘に元王太子殿下が婚約破棄を告げた時、ブライトン公爵家の令息だけは我が娘に更に言い募ろうとする殿下達を止めて下さったそうですな。
……どうやら殿下は婚約破棄しただけではご自分に不利になるので、我が娘におかしな罪をなすりつけようとしていたとか……。
もしや王家は我がハミルトン公爵家を潰そうとお考えだったのでは?」
国王はまるで頭から冷水を被せられたような気分になった。
「まさか! ……まさか、そのような事があるはずがない! それにマーカスはあの男爵令嬢に誑かされただけで、そこまで愚かな事をする筈がない!」
余りの話の内容につい興奮してしまった。我が国の王家と貴族の関係性や歴史をマーカスは幼い頃から習ってきた筈だ。ハミルトン公爵家を侮り貶めて只で済むはずがないと、いくらなんでも分かっているはずだ。
ずっとハミルトン公爵令嬢との婚約を嫌がっていたのは、『王家の血は尊い』との王妃の教えのもと、公爵令嬢に立場を分からせる為であったはず……。
「陛下。――マーカス殿下ご本人と、お話はされたのですか?」
そう静かに問いかけてきた公爵に、国王は青くなりつつ首を振った――。
◇ ◇ ◇
「父上ッ! いったい何なのですか、王太子であるこの私を部屋に軟禁なさるなど!」
国王の部屋に入るなり、マーカスはそう不満をぶちまけた。
父である国王は静かに息子マーカスを見る。……国王は本当はとんでもなく緊張し冷や汗をかいているのだが、マーカスがそれに気付く事はない。
「……マーカスよ。お前は昨日の卒業パーティーで、何をした?」
そのことか! とマーカスは思い当たり自信ありげな笑顔になった。
「昨日のパーティーでの話を誰かから聞かれたのですね。父上、何ら心配されることはございません! シャーリーと婚約破棄をいたしましたが、いくら公爵家といえどこの国の王太子である私に逆らえるはずがないのですから! 私は真実の愛に目覚めたのです。私はマリンと結婚します!」
意気揚々とそう答えるマーカスに、国王は更に冷や汗がダラダラと流れ出ていた。
「お前は……! 何を申しておるのだ! 真実の愛だと? ふざけるでない! 王太子たるもの国王の決めた婚約を勝手に破棄することなど許されぬ! 勝手に婚約破棄を、しかも卒業パーティーなどという貴族達の目のある公の場所で行うとは……。もう、引き返せぬと分かっておるのか!!」
「はい! 誰にも私達の愛を邪魔させぬよう、敢えてパーティーで婚約破棄をいたしました! 本当はシャーリーにマリンを虐めたとの罪を着せ、公爵家に何も物言わせぬ状態で事を済ませたかったのです。ですがメイナードのヤツが邪魔をしてあれからいつの間にか姿を消してしまって……」
「ッなッ!! お前……、まさか、まさか本当にそのような事を……!? マーカスッ!! 貴様何を言っているのか分かっておるのかッ!!」
国王が唾を飛ばさんばかりに怒りに身を任せ怒鳴った。このような父王を見た事がないマーカスは驚きと恐れで言葉が出なくなった。
「メイナード……。メイナード ブライトン公爵令息ですな。やはり彼は娘を助けてくれたのですな」
そこに現れたハミルトン公爵。
そして怒りと恐怖に打ち震える父王。
……マーカスもさすがにこれはまずいと息を呑んだ。
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