メイナード 4
王立学園に入って1年。
私は公爵家の後継で成績も優秀であったことから、晴れてマーカス殿下の側近となった。
……しかし、殿下は『王家至上主義』に凝り固まり自分を磨くこともされない、残念なお方だった。
私はあと2人の側近と共に殿下をお支えしていたが、初めは彼らも殿下には困っていたようだった。
勿論、私達は度々殿下をお諌めはしていたのだが、ある時それを王妃様に止められた。
『マーカスは将来この国の王となる身。学生時代位は自由にさせておやりなさい』
……そう言われては、私達側近に殿下をお諌めすることは出来ない。
そしてその内に、2人の側近達も殿下のお考えに影響されたのか、殿下をお諌めすることなくご機嫌とりに走るようになっていった。
その、ご機嫌取りの一つが殿下の婚約者であるシャーリーにキツく当たること。殿下は王子である自分の許可も得ずハミルトン公爵が勝手に婚約を決めたと思い込み、ずっと不満に思っているようだった。彼女自身をというより『ハミルトン公爵令嬢』というものを毛嫌いしていた。
シャーリーが関わるさまざまな事に対して、殿下が悪く言い募り側近の2人もそれに倣う。……とても見苦しい有り様だった。
私はそれでもいけないと思ったことは殿下をお諌めしたし、側近の2人にも度々忠告をした。
……それでも、彼らはとうとうそれを理解することはなかった……。
そして、私たちは2年生となり新1年生が入学してきた。
その生徒の中で特に可愛いと噂になっている女生徒がいた。元平民の男爵令嬢。自分も元は平民だったのでそれ自体はなんとも思わないが、問題は彼女の貴族としての資質だ。……よくも平民そのままの状態で貴族の令嬢として王立学園に入学させたものだ。そしてその女生徒は、見目良くそれなりの立場の貴族の男子生徒とばかり仲良くなっている。
……おそらくは男爵家がより良い婿探しの為に無理やり学園に入れたのだと思っていたのだが……。
まさか、マーカス殿下と知り合い急速に仲を深めていくとは。
マーカス殿下は『王家至上主義』ではなかったのか? 男爵家の娘を相手になさるとは……。
……2人の様子を見ていると、どうやら男爵令嬢は人を煽てるのが上手い。マーカス殿下や王家を褒め讃える男爵令嬢は、殿下にとってそばに置いて自尊心を守ることの出来る非常に都合の良い存在なのかもしれない。
しかし、私の心はその時それどころではなかった。
……このまま殿下と男爵令嬢が恋仲になれば、シャーリーは殿下の婚約者でなくなる?
……いや、殿下は勘違いされているようだがこの婚約は国王が国の為に決めたもの。シャーリーに王妃の資質が十分あり、実家の公爵家の権力や資金力も十二分にある為に結ばれたものである。それを殿下の都合で取りやめる事が出来るとはとても思えない。最悪、あの男爵令嬢を側室に迎えれば済む事なのだから。
……それでは、シャーリーはずっと苦しみ続けなければならないのか?
私は、目の前が真っ暗になった。
……愛する人に婚約者がいる。しかしその婚約者は私の愛する女性を蔑ろにし、更に他の女性を側に置いている……!
シャーリーを愛す気がないのなら、どうか彼女を自由にしてやってくれ!! そうすれば私は悲しむ彼女を慰め、愛を囁くことが出来るというのに……!
……せめて、シャーリーを大切にしてくれるのなら諦めもつくものを。
私は、荒れ狂う自分の心を抑えきれぬまま学園の廊下を歩いていた。……すると、前方から愛するシャーリーが1人で歩いて来た。
今周りには、誰も居ない。
私はシャーリーとすれ違いざまに腕を取り、すぐ横の空き教室に彼女を素早く連れ込んだ。……この時間帯に、ここには人はまず来ない。
「……貴女は知っているのか!? 殿下がある女生徒と恋仲になっていると噂になっていることを」
つい、シャーリーに小声ながらも強い口調で問いかけた。
そして私はこの時にシャーリーから、2年後の私達の卒業パーティーで殿下に自分は婚約破棄を突き付けられる、と予知夢を見たと告げられた。その話は、彼女が知り得ない真実もところどころ含まれており妙に信憑性があった。
そして恐ろしい事に、そのまま予知夢通りになればシャーリーはマーカス殿下に冤罪をかけられて処刑される。そして怒れるハミルトン公爵は反乱を起こし国が荒れてしまうというのだ。
シャーリーが、処刑……!? そのようなこと、絶対に許せない!
そう思うと同時に、私はその話に出てくるパーティーの内容が気になった。
幾らなんでも、殿下がそのような愚かな事はしないとは思いたい。
しかし……。もしそのような事が起こった場合。いつも殿下の側にいる私なら、シャーリーに言われなき罪を被せるのを阻止出来るのではないか? ということ。
私はマーカス殿下がシャーリーに婚約破棄を言い渡すまでは黙って後ろに控え、それを言い終われば速やかに彼女を救出する方に回れば良いのではないか?
それに殿下の側にいるということは、殿下がどのように何をしようとしているかが分かるということだ。
……確実に、殿下の動きを掴むことが出来る。
私の中に、仄暗い思いが生まれた瞬間だった。
もしも本当に、殿下がそのようなことを考えておられるのなら……。
――私は、私の想いに従い、シャーリーを助ける。そして彼女を手に入れる。その為に、殿下が自業自得の罰を受けても致し方ない、と。
シャーリーと私は話し合い、2人の気持ちは固まった。
そして、ハミルトン公爵家とブライトン公爵家も協力し合うように持っていくことが必要との結論になった。……が、何代にも渡って仲の良くない家同士が手を組み上手くいくことが出来るのだろうか……?
――だがその心配は杞憂に終わった。
ハミルトン公爵家はこのままいけば家自体が存続の危機となるし早くからシャーリーが説得していたので話は早かった。
しかし意外だったのが、ブライトン公爵家。
なんと私の話を聞いて二つ返事で了承してくれたのだ。
この話を受け入れ、夫であるブライトン公爵を説得してくださったのは公爵夫人だった。
それはブライトン公爵夫人がシャーリーという女性を認めていたことが大きかった。
……公爵夫人の子である兄上が亡くなり愛人の子であるメイナードが公爵家に入った時。悪様に噂する者達をシャーリーが諌める場面をブライトン公爵夫人は見たのだ。それ以来、公爵夫人はシャーリーを気にかけ彼女の人となりを知っていた。
……それと、お2人ともに王家への不信感がとても大きかった。ブライトン公爵家から見ても、王妃と王太子のありようは酷かった。そしてその2人を導くことの出来ない国王にも失望していたのだ。
それからは2つの家を巻き込んでの計画が練られていた。
……ただ、ことが成るまではシャーリーと私メイナードが会うことだけは禁じられたのだった。
それからは、私たちは会うことが出来ないまま自分のすべきことを成すだけだった。学園でも、会っても素知らぬふりをした。
――2人語り合える日が来ることを願いながら。
こうして、2人は『卒業パーティー』の日を迎えたのでした。