メイナード 3
ブライトン公爵邸にて。一応、親子3人揃っての会話です。
「メイナード。どうであった? 学園でお前の想い人は見つかったか?」
入学式が終わり王立学園から屋敷に帰った私は、父であるブライトン公爵からそう声をかけられた。
私は何とも言えず、父の顔を見た。
「うん? 居なかったのか? いやまあ、そう焦ることはない。まだ1日目で会えていないだけかもしれないし、お前より年下なのかもしれない。もし年下だとすれば来年か再来年か……。それまでに夜会などに出席していればそちらで会えるやもしれぬな。まあ楽しみが少し伸びたと思って……」
「……いえ、父上。学園で私はあの少女に会えました。彼女は同学年でした。しかし……彼女には……」
私が黙っていたので見つからなかったのだと思った父が慰めを言ってきてくれたのだが……。私はまだ落ち込むこの気持ちの整理が出来ないまま、父に少女の……シャーリーの事を話すことにした。
「ッ!! ……なんと……まさか、ハミルトン公爵令嬢、とな……!?」
父はそう言って暫し黙り込んでしまった。
私がこの公爵家に来る時に恋する少女の話をした時、父はブライトン公爵家の名にかけて必ずやお前の恋を叶えてやろう、そう言ってくれていた。……おそらく、もし普通の貴族令嬢で婚約者がいたとしたら別れさせてでも、という位にまで考えていたのかもしれない。
しかしその相手が、我が公爵家と対立するハミルトン公爵家の令嬢であり、更にこの国の王太子の婚約者だとは――。
「……メイナード。ハミルトン以外であったなら、私も力を貸してやれる。しかし……。お前には悪いが、相手が悪過ぎた。あの娘だけは私にもどうにもしてやれん」
父が心底申し訳なさそうに私に言ってきた。
……分かっている。どうしようもないことは。
「……まあ。貴方はどんな娘でも一緒にさせてやると豪語していたのではなかったのですか。それを条件にこの子はここに来たのだと、そう聞いておりましたが。
……やはり、親子ですのね。好きだ惚れただのと言いながら、結局はすぐに諦め違う女のところに行くのですから」
普段は無関心を貫いている公爵夫人が珍しくやって来て、私たちにそう言った。
父は苦々しい顔をしたが、私は目が覚める思いだった。当然、シャーリーの婚約者が王太子だからといってすぐに次の婚約者を作るつもりなどない。しかし、少し投げやりな気持ちが湧いていたのも確かだった。
「いいえ。私は彼女に再会し益々想いが強くなりました。私は彼女を諦めることなど出来ません!」
「待ちなさい、メイナード。……確かに私はお前の願いを叶えようと言った。しかしその娘は……どう考えても無理だろう。そしてお前はこのブライトン公爵家の跡取り。結婚し後継者を持つ義務があるのだ。他にも良い令嬢はたくさんいるし、学園で新たな出逢いがあるやもしれん。そのように頑なにならずとも……」
父である公爵は新たな婚約者を考えるようにと遠回しに話してきた。
「まあ。貴方にとってその『義務』の相手が私だったという訳ですわね。……そうして、今はこのように愛を語るこの子もまた愛人を作るのでしょうね」
「何を言うのだ! 今はメイナードの大事な話をしているのだぞ。今そのような話をするなど……」
父と公爵夫人は珍しく言い争っていた。……いや、兄が死にメイナードが来るまではこのような争いを続けてきたのかもしれない。メイナードがこのブライトン公爵家に来てからは、公爵夫人はずっと冷めきった目で自分達を見ていたのだ。
「お2人とも、おやめください! 私は……。私は、彼女を……、シャーリー ハミルトン公爵令嬢を、諦めません。……諦められないのです。
公爵夫人のおっしゃる通り、私が今『義務』で違う婚約者を作ったとしてもお互いに不幸にしかならないでしょう。それに何より私もそのような不実なことをしたくはありません。私が新たな婚約者に心が移ることなど決してないのですから」
それでも『義務』を唱え続ける父に、公爵夫人は私に気の済むようにさせよと父を説得してくれたのだった。
私が公爵夫人という方を見直すきっかけになった出来事だった。
「……義母上。先程はありがとうございました」
私は部屋に戻ろうとする公爵夫人に声をかけた。公爵夫人はこちらに視線を向けることなく、そっけなく答えた。
「私は公式の場以外でお前に『母』と呼ぶ事を許した覚えはありません」
「……申し訳ございません。ただ……、先程は私の願いを叶えてくださりありがとうございました。感謝の気持ちをお伝えしたかったのです」
「……王太子殿下の婚約者となった娘を好いたままでいるなど、ただ苦しいだけ。早く新たな婚約者を作れと言ったあの人の方がお前の事を考えていると思いますがね」
いっそ冷たくそう言い放つ公爵夫人に、私は言った。
「公爵も、私の事を考えてくださったのでしょうが……。けれど今の私には公爵夫人のお言葉がとても有難かったのです」
「……そうは言ってもあと3年、ですわ。お前がその恋を引き摺っていられるのは。それ以上は綺麗事を言ってはいられませんわよ。このブライトン公爵家の為に跡継ぎを作ってもらわねばなりません」
公爵夫人はそう言ってから、チラリと窓の外を見た。
「……私から見ても、ハミルトン公爵令嬢はよく出来たお方。あの王太子殿下がこのまま国王となるならば、彼女ほどの王妃がいなければとてもではありませんがこの国は成り立たないでしょう。それなのに……。殿下の彼女への対応は他の貴族達から見ても呆れるばかり。まだ成人されておらず、成長されればまた変わられるという者も居ますが……私はそうは思えません。
お前もこれから殿下の側近として仕えるつもりなら、その辺りをきちんと見極めなさい」
公爵夫人はそう言って去って行かれた。
お読みいただき、ありがとうございます!
ブライトン公爵夫人は1人息子の死、その後に夫の隠し子発覚と、立て続けに辛い思いをしました。悪い人ではないのです。