メイナード 2
メイナード側から見た、初回の冒頭のシーンです。
ブライトン公爵家の跡継ぎとなって2年。
メイナードは少女への想いを胸に厳しい貴族教育を終え、もはや2年前まで平民だったとは思えない程の立居振る舞いで、どこから見ても立派な貴族の令息となっていた。
そして1人になった実母は、約1年前に病に侵され亡くなった。母は立派になった息子の姿を見て涙ながらに喜び、満足そうにあの世に旅立った。
メイナードは最近はやっと父公爵に夜会に連れていってもらえるようになった。だが、まだあの少女に会うことはなかった。
しかしあの少女は自分と同じくらいの年齢だろうから、ほぼ全ての貴族が通うという『王立学園』できっと少女を見つけることが出来るはずだ。
そう思ったメイナードは『王立学園』に通う日を心待ちにしていた。
入学式当日は楽しみの余りに随分と早くに学園に到着してしまった。
公爵家の馬車から降り、王立学園の前に立つ。
歴史ある学園の門から入ると、学舎から少し離れたところに見事なピンクの花の咲く大木が見えた。
「これは……。……見事だな……」
メイナードはそう呟きながら大木に向かって歩き出す。すると、前方に1人の女生徒が美しい花に見惚れたように立っていた。
メイナードはその女生徒を見入る。
ドクリ……。
心臓が、大きく鳴った。
――あの少女だ。
そこに立つのはあの孤児院で見かけた、メイナードが恋してやまないあの貴族の少女だった。プラチナブロンドの髪が朝の光で輝き、天使かと見まごう美しい少女。
メイナードがゆっくりと近付くと、少女が振り返る。
――2人の、視線が合った。
自分の思い違いでなければ、少女も自分に心惹かれたように見つめてくれていた。メイナードも少女から目が離せず、2人は暫く見つめ合った。
その時、この大木から花びらがひらひらと舞い降りて来た。
……そうだ。今度こそ彼女の名前を聞かなければ。
「私は……メイナード。メイナード ブライトンです。貴女のお名前をおうかがいしても?」
私は先に自分から名乗る。この王国の貴族でブライトンといえば、2大公爵家の一つであるブライトン公爵家しかない。この公爵の位があれば決して彼女の家に引けを取ることはないだろう。
……そう、思っていたのだが。
「私はシャーリー……。シャーリー ハミルトンです。……あの、ブライトン公爵家の、メイナード様ですの?」
少女……シャーリーの、その言葉に私は衝撃を受ける。
ハミルトン公爵家の令嬢……!
先日私は父からその名を聞いたばかりだ。自分と同い年のこの国の王太子マーカス殿下とその婚約者……シャーリー ハミルトン公爵令嬢のことを。
そもそもブライトン公爵家とハミルトン公爵家は数代前から犬猿の仲らしい。対立関係にある2家はその数代の間は縁づくこともなかった。何につけてもライバル関係にあるのだと、父からこの2年何度も聞かされている。
そのハミルトン公爵家の令嬢であるばかりか、父から側近になるよう命じられている同学年の王太子殿下、よりにもよってその殿下の婚約者……!?
ハミルトン公爵令嬢は、この国でブライトン公爵家令息である自分がおそらく唯一決して手に入れることの出来ない貴族女性だ。王子の妹である王女でさえ、手が届くかもしれない存在であるというのに……!
私は彼女から名乗られた瞬間にそのことに思い至り、絶望した。
……けれど、諦められない……! あの時、初めてあの孤児院でシャーリーの歌声を聞いた時から……、そして子供の怪我の手当てで側で初めて言葉を交わした時から……! ずっと、ずっと想ってきたのだ……。あの厳しく辛い公爵家の貴族教育を、彼女に会えることだけを思って耐え切る程に……!
私達はお互いに見つめ合い続けていたが、彼女も思うところがあったのだろう。哀しげに……泣きそうな顔で、こちらに微笑んだ。
その微笑みを見て、私は心が締め付けられるようだった。
そして、決心した。何があっても、この心だけは曲げない。この想いを諦めることなどしないと。
私はシャーリー嬢の、その美しい澄んだ瞳を見つめながら言った。
「……私は数年前に兄を亡くしました。母の違う私が急遽公爵家の後継となることになりこちらへ呼ばれましたが、本当は国の官吏となるつもりでした。
ですので、婚約者はおりません。……しかし私は、貴女に一目で心を奪われてしまいました。どうか……どうか私とのこれからを考えてみてはくださいませんか」
私は彼女を困らせると分かっていながらも、この想いを伝えずにはいられなかった。
案の定シャーリー嬢は驚いた顔をした。しかし次の瞬間とても幸せそうな顔をした……、と思う。私がそう思いたいだけであったかもしれないが。
「メイナード様。私も貴方様に……、いえ、私には婚約者がいるのです。……私はこの国の王太子殿下の、婚約者なのです……。そして貴方と私の家は決して仲が良いとは言えません。こうしてお話することさえ、許されませんわ」
彼女は確かに最初、自分に好意を持っているようなことを言いかけた。……しかし、そのあとは『婚約者がいる』と告げられてしまった。……分かっている。もしも2人の想いが通じ合っていたとしても、おそらくここまでが限界なのだ。
……そうして彼女は涙を流した。
シャーリーと婚約者であるマーカス殿下の仲は決して良くはないと聞いている。残念なことだが、相当に殿下が残念な方であると、残念そうに父は話してくれた。
おそらくシャーリーは悩み苦しんでいるだろう。
そんなシャーリーを私はなんとか慰めたかった。
「泣かないでください、可愛い人。私は……それでも貴女を諦められない。……私がいつまでも貴女を想い、いかなる時も貴女の味方でいる事をお許しください。残念ながら、殿下には良いお話は聞きません。陰ながら私は貴女を生涯お守りすると誓います」
私はいつまでも貴女を想っている、そう伝えたくて……。
お読みいただき、ありがとうございます!