メイナード 1
メイナードから見たお話です。
私はメイナード。この国の2大公爵家の一つであるブライトン公爵家の跡継ぎだ。
とはいっても、私が正式にブライトン公爵家に引き取られたのは今から4年前。父公爵と公爵夫人との唯一の子である兄上が急な病でお亡くなりになられた為に、急遽公爵の婚外子であった私が呼ばれることとなったのだ。
私は元々は母と2人で王都の街の外れの小さいが手入れの行き届いた家で暮らしていた。……後から思えば父である公爵から援助を受けていたのだろう。母は元貧乏貴族で働いている訳でもないのに数人の使用人もいたのだから。
その頃父とは年に何回か会う程度。幼い頃は家族とはそういうものかと思っていたが……。今思えば父は公爵夫人にも母にも酷い裏切りをしていたのだと思う。
幼い頃の私は父はそれなりに立派な紳士だと思ってはいたが、貴族、ましてや貴族の最高位である公爵などとは思っていなかった。
私は幼少時は自由に暮らし、父のお陰で平民としては恵まれた環境で勉強をすることも出来た。父に『いずれは王立学園に』と言われ、勉強や剣なども頑張った。
当時私は優秀な平民が成るという役人を目指していた。裕福な民間の子供向けの学校に通っていてそこでは1番を取れていた為、ある程度の将来の目標に向けて少年時代を過ごしていた。
そんな私は学校の行事の一環で孤児院の手伝いに通っていた。将来役人になる時に色んな知識や経験が必要になると思い積極的に参加していた。
王都の孤児院などにはたいてい貴族が寄付をしたりする。私が手伝いに行っていた孤児院にも幾つもの貴族が寄付をしていた。貴族はたまに視察に来たりするが、たいていはふんぞり返った高慢そうな奴らだった。寄付をしてくれるだけ良いんだろうけれど。
ある日。いつものように学校の皆と孤児院に行った帰り、忘れ物をしたことに気付き慌てて1人取りに戻った。すると、孤児院からオルガンと歌声が聞こえてきた。……へえ。すごくいい声だ。私は開かれた扉からヒョイと部屋を覗く。
――そこには、美しいプラチナブロンドの髪を揺らして楽しそうにオルガンの弾き語りをしている、私と同じ歳位の少女がいた。
……私は暫しその姿に見惚れた。……天使かと、思った。
その少女はとても楽しそうに子供達と戯れ歌を歌った。子供達も随分と懐いているようだった。彼女は暫くそうして過ごした後、院長と話をして帰っていった。気品や身に着けている物で貴族と分かったので声は掛けられなかった。
数日経って、また夕方前の目立たない時間に少女は訪れていた。そして子供達と楽しく過ごして帰っていく。私は思い切って院長にあの少女のことを尋ねてみた。
「あの方はある貴族の御令嬢。……お名前を教えることは出来ないわ。けれどあの方はああやって子供達と実際に関わり、お金ではなく必要な物を寄付してくださるの。残念なことだけれど中には寄付金に手を付ける上役もいるから、とても助かっているのよ。そして、子供達が将来手に職をつけられる為と今自分達でお金を稼ぐ事が出来る様に、基本的な勉強をする為の人を派遣したり色んな仕事を回してくださったりもしているのよ」
そして普通の貴族達のように目立つ時間にやって来て『○○家が寄付をしにやって来た』という宣伝などは少女は一切しなかった。……ただ本当に子供達の為に寄付をしようとしているのだと思った。
一度だけ。私は少女と話をした。
それは孤児院の子供が喧嘩で怪我をした時だった。少女は勇ましく彼らの間にとって入り彼らを諌めた。そして怪我をした子供の手当てをする時に私は立ち合い少女のテキパキと動く様を目の当たりにした。
「あなた、そこを押さえていて?」「はい……」
たったそれだけ。私は当然この機会を逃してなるかと少女と更に話をしようとした。が、少女の周りに控えていた従者に鮮やかに追い払われたのだった。
結局私は少女と直接の関わりはほとんどないまま。……とても心惹かれていたけれど、少女と自分とは身分が違い過ぎることもよく分かっていた。……これ以上少女に近付き惹かれても自分が苦しいだけ。
当時の私は、遠くから少女を見ていることしか出来なかった。
◇ ◇ ◇
そんなある日、最近はめっきり来なくなっていた父が我が家に現れた。暫く会わなかった父は少しやつれていた。……母は青い顔をして震えていた。
そして、父は真剣な顔で私を見て言った。
「お前を、我がブライトン公爵家の跡継ぎとして連れて行く」
と――。
詳しく話を聞くと、ブライトン公爵家の一人息子であった父の正妻の子である兄が、1年前に突然病に倒れそのまま身罷られたそうだ。そして父も兄弟は居なかった為に、公爵家の遠縁達の間でその後継の座を狙って争いが起こっていた。そんな中、公爵の愛人の息子を引き取ることをやっと公爵夫人が了承したとのことだった。
――まさか、自分が貴族の最高位といえる公爵家の人間だったとは……。
しかし公爵家に入っても、平民として育ってきた自分が周囲に認められるのは並大抵のことではないだろう。自分は平民としては勉強は出来る方だと自負しているが、おそらく貴族のしかも公爵家嫡男としてそれらが役立つかといわれるとまた違うことだろう。
そして公爵夫人もお家騒動の為に仕方なく自分を認めただけで、本当は愛人の子である自分を憎んでいるに違いない。苦労することは目に見えている。
けれど……。
貴族の最高位の公爵の後継になれば、あの少女には手が届くはずだ。あの少女が高位の令嬢であったとしてもこちらが公爵であればおそらくは……。
メイナードは他のどんな苦労よりも、あの少女と釣り合う身分になることだけを願い、公爵家に行くことを決めた。
そして、父である公爵には『貴族で想う女性がいる』と明かし、あの少女を見つけるまでは自分に婚約者を作ることを待ってもらうことを条件としたのだった。
そして想像通り、公爵家に入ってからは今までの勉強は何だったのだと思える程の勉強やマナー教育を叩き込まれた。公爵家の親戚からは母の身分が低い事で財産目当てだのと散々言われたし、公爵夫人は外ではとりあえず守ってくれるものの屋敷の中ではほぼ居ない者扱いだった。
それでも。
そんな時はメイナードはあの少女の事を思い出した。そして必ず彼女に釣り合う男になると願いこの教育を耐え抜いたのだった。
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