シャーリー 3
8歳にして立派な傍若無人ぶりを発揮しているマーカス王子を、私は頭の痛い思いで見ていた。
……イヤイヤ、彼はまだ8歳児。ここはこれからこの王子を教育し直して……、などと考えていたのだが……。
「シャーリー ハミルトン? お前なんか王子の僕に相応しくないッ! 僕は知ってるんだぞ! お前の父親が無理矢理僕にお前を押し付けてきたんだってことをなッ! たかが公爵風情が、生意気なんだよ! 僕は王子なんだぞ!」
私は驚きで目を見開いた。
……いや、貴方が王子だということは当然知っておりますが。
そして我が父が無理矢理婚約を押し付けたというのも違うと知っておりますがね。
だってこの話が決まるまで、我が家には何度も何度も王家からの婚約のお願いの使者が来ていたことを、幼い私も公爵家の使用人までもが見て知っていますもの。
王宮でも陛下から何度もお願いされた父が、その熱心さに仕方なく折れて婚約が決まったのですから。
それを知らないのでしょうか……。
今この王宮の庭園にいる人たちは、少し困った顔をした。……が、王妃が何も言わなかったのでそれは訂正されることはなかった。うん、コレは王妃が王子にそう言ったのかもしれないわね。
いやそれよりも!?
『シャーリー ハミルトン』『王太子マーカス』……。それ、私知ってるわ。
これって、前世の日本で読んでた本『王太子殿下と私〜許されぬ恋に落ちて』での登場人物じゃない!?
えーと……。確かあの本のお話は主人公マリンが下町の平民だった頃から始まって、実は男爵家の子供だと分かり引き取られ、その1年後王立学園に入学しマーカス王太子と恋に落ちて色んな障害を乗り越えて身分違いの恋を成就させる、だったわよね。だけどマーカス王太子には婚約者がいて……それがシャーリー ハミルトン公爵令嬢。……つまり私。
……うわ、マジか……!
あれって確か、主人公マリンを虐めただかなんだかで、婚約者シャーリーは処刑されるんじゃなかった!? そして娘を処刑され怒ったハミルトン公爵家は王家に反乱を起こすのよね。そこから真実の愛で結ばれたマーカスと主人公マリンは王家の旗印となって戦い、平和を取り戻す……。勿論そのあと公爵家の人々は全員処刑。
お父様もお母様もお兄様も弟や妹も! 勿論私も含めて我が公爵家は全員処刑……!!
……そんなこと、許せるはずがないわ……!
私は今の公爵家に生まれ、家族からたくさんの愛を受けて育ってきた。
それがこんな勘違い浮気王子に!!
ていうか、王子が浮気しておきながら裏切られた婚約者が悪者扱いで一族もろとも処刑ってどうなのよ!? これって王家の陰謀なの!?
私達の生活を壊される訳にはいかないわ! こうなったら、徹底抗戦よ!!
◇ ◇ ◇
そう思った私シャーリーはまずこの婚約を無くす為に奔走した。
しかし王子も私も当人同士が嫌がっているにも関わらず、国王が決めた婚約が白紙になることは無かった。
次に私は、王子との関係改善を試みた。
実は王子は幼い頃から主に隣国出身の王妃より『王家至上主義』の教育を受けていた。だがこの王国は貴族の立場がそこそこ強い。王家の人間のよろしくない行動はある程度貴族の監視下にある。その板挟みとなり苦しむ王子……、という物語の設定ではあったのだが。
……実のところ王子はただ自分の勝手な行動が思い通りにならないのが気に入らないだけ、なのよね。そしてその思い通りにならない貴族の代表格が我がハミルトン公爵家、という訳で……。
結果、私が何をしようと王子は気に入らなかった。他の人がしたなら喜ぶ事でも、私がすると彼は怒り出すので関係改善も諦めた。
でも一応、王子の婚約者として慈善活動にも力を入れた。前世に保育士をしていたことを思い出して、孤児院ではノリノリでオルガン演奏をしたり子供たちと遊んだりと本気で楽しんでしまったりしたけれど。
まあ勿論、そんな活動も殿下には評価される事は無く。ただ将来の王妃である『ハミルトン公爵令嬢』の世間の評判は上々。けれどそのことが王子はますます気に入らない。
そして、また王子との距離が空くという悪循環……。
……この時、実は私には通っていた孤児院で少し気になる男の子がいた。時々現れる少し遠巻きにこちらを見ていた同い年くらいの男の子。そんな時、孤児院でケガ人が出た時彼が手助けしに来てくれた。その綺麗な透き通るような水色の瞳に、更にキュンと来た。でもその時私はケガ人の方が気になって少し偉そうな物言いで彼に指示しちゃったのよね……。結局それ以来、その彼とは全く会えなくなった。……嫌われちゃったのね。
私はあの頃、いっそハミルトン公爵令嬢は失踪もしくは死んだことにして、あの男の子やここのみんなと市井で平民として生きていくのもアリかも、なんて考えてたのよね。……片想いなのに、ちょっと暴走気味な考えだったんだけど。そのくらいあの時は私は精神的に追い込まれていたのだと思う。
でも、実のところ『王子の婚約者』が失踪なんてしたら我が公爵家が王家に叛意ありと疑われるし、『死亡』なら私の妹が代わりに『婚約者』にされてしまうかもしれない。
やっぱり、私がこのままなんとかするしかないと諦めた。
……とにかく万策尽きた私は仕方なく、王子が主人公マリンと出逢い恋をしたらとにかく速やかに身を引くことにしようと決めた。
そうして私は来たるべくその日に向けて、王妃教育の為王宮に通いながら未来の王家の不穏な動きを父である公爵に伝えつつ、運命を変える機会を窺うしかなかったのだった。
――だけどまさかそんな私に突然、運命の転換日がやってくるとは。
お読みいただき、ありがとうございます。
前世を思い出してから、シャーリーは断罪回避の為に奮闘していました。
マーカス王子は8歳の頃からシャーリーへの態度はほぼ変わっていません。