待っていた、2人の時間
最終話になります。
2人のその後です。
メイナードとシャーリーは子供達を連れて、ブライトン公爵家の本邸に帰って来た。……とはいっても、前公爵のお屋敷はほぼ隣なのだけれど。お2人はお義父様が公爵を引退されてから、気を使われたのか同じ敷地内の別邸に移り暮らされているのだ。
今日は皆が休みだったが明日メイナードは王宮で会議があり、朝が早いので早めにお暇したのだ。今は夕食までの夫婦2人の語らいの時間だ。
長男チャールズとまだ5ヶ月の長女は子供部屋で乳母達と一緒だ。日本の前世持ちの私はこの『乳母制度』に抵抗があったが、意外に公爵夫人は忙しい。そして自分も今世はそうやって育ったし、出来るだけ子供達と関わりを持つようにしながらも任すことにも慣れてきた。
「シャーリー。貴女がチャールズにああ言うように言ってくれたのかい?」
メイナードが私にそう問いかけてきた。
「……私はチャールズに『おばあさまに優しくしてね』、とはいつも話しているけれど……。具体的にどうしなさいとは言っていないわ。だから、あの子が自分で考えてあんな風にしているのだと思うわ」
夫がこんな風に考えたのも無理はない。……それほど我が子チャールズは、幼い子とは思えないほど祖母思いな行動をしている。いつも祖母の味方をしつつ前公爵夫妻が仲良く出来るようにしているのだ。
……今はブライトン公爵を継いだ夫には、義兄がいた。前公爵と夫人とのたった1人の子供だったチャールズ様。その義兄が若くしてお亡くなりになった為に後継として呼ばれた愛人の子である夫メイナード。
……その話だけを聞いても、前公爵夫人がどれだけ苦しまれたのかが分かる。愛する子供を失い、更に夫の裏切りを知りそしてその子を後継としなければならなかったのだから。
しかし夫人は、このブライトン公爵家と対立関係にあった私シャーリーと義息子の仲を認め、元王太子の婚約者であった私を悪く言う者もいた世間から守り続けてくれた、私にとっても恩人でもある。
とても優しくて強い……いえ、強くあろうとなさる方。私達は夫人を……義母を、心からご尊敬申し上げている。
そんな私達夫婦は、もし男の子が生まれたなら『チャールズ』と名付けようと、どちらからともなく話をしていた。
「そうか……。あの子は自分で、あんなことを。本当に……あの子は兄上の生まれ変わりなのかもしれないな」
そう話す夫は、その兄チャールズ様とは会ったことはない。……お会いして話したかった、と言うのを何度も聞いたことがある。
チャールズ様がお亡くなりになってから、このブライトン公爵家は大きく変わった。……そして、私シャーリーの運命も。
皮肉なことに、夫がブライトン公爵家の後継となり王太子の側近となりそして私と恋に落ちたことで、私の知っている前世での物語『王太子殿下と私〜許されぬ恋に落ちて』の悪役令嬢として処刑される運命が回避出来たのだから。
ちなみに、国王が決めた私との婚約を勝手に破棄した王太子は廃嫡となり幽閉。……その後お亡くなりになった。罰が決まった頃から随分と人が変わったようになられていたそうだ。
……心苦しいがあのまま物語の通りだったならば、この国はハミルトン公爵家の反乱後王子とヒロインによって持ち直すものの、徐々に王国の威信は失われていく。2人は財政的にも国民や貴族の信頼的にも逼迫した状況で国の運営をしていくことになっていた。結局のところ、彼らが望む幸せとは違うことになっていたのだと思う。……他人を陥れて掴んだ幸せなど、そんなものだったという事だろう。
そしてそのヒロインである男爵令嬢は遠く厳しい修道院に入れられた。だが今でも脱走しようとしては捕まるという事を繰り返しているそうだ。
しかしマーカス王太子の妹であるメアリー王女が王太女となり、いよいよこの度ハミルトン公爵家の私の弟エドワードと結婚する。弟は女王の王配となり彼女を立派に支えていく事だろう。
「もうすぐ、王女殿下の結婚式だ。貴女の実家ハミルトン公爵家でも準備に追われて大変だろう。……それに、王女殿下に貴女は随分と懐かれているからね」
「懐かれるだなんて……。メアリー殿下は私が王妃教育を受けてあるのでその話を教えて欲しいと、そう仰っているだけで……」
「元から王女殿下はシャーリーを姉と慕っていたようだからね。私はエドワードから殿下は貴女の妹になりたいから自分を選んだのではないかと相談されたくらいだから」
そう言ってメイナードは苦笑した。
「ああ、その話……。あの子は私のところにもそう言ってきたわよ。姉の私にわざわざ手紙まで寄越して……。あの子は普段は飄々(ひょうひょう)としてるように見えるのに、意外と気の小さなところもあるのよね……。まあ、今のところメアリー殿下に対してだけだけど。なんだかんだ言ってあの子ったら殿下にベタ惚れなのよね。……あ、これよ、読んでみて」
私は弟エドワードから届いた手紙をメイナードに渡す。
「人の手紙を勝手に見るのは……」
そう彼に言われたものの、本当にこの手紙は『エドワードがいかにメアリー殿下を愛しているか』という内容しか書いていなかったので、とりあえず彼にそれを渡した。
メイナードは困った顔をしながら、机の引き出しから眼鏡を取り出し掛けてから読み出した。
そんなメイナードを、私は凝視した。……するとその視線に気付いたメイナードは私に尋ねた。
「……? やっぱり読まない方がいいかい?」
「……ッ! 違うの! ねぇメイナード。……貴方、今も眼鏡をかけているの?」
メイナードは王立学園の学生の時は、ずっと眼鏡をかけていた。……が、卒業後はパッタリかけていなかったのだ。……少なくとも私は見たことがない。
「? ……ああ、コレか。いや王宮でや仕事中はたまにかけているんだ。その方が集中出来るんだよ。今は手紙を読むのについ、……クセだな」
そう言って眼鏡を外そうとするメイナードを、私は慌てて止めた。
「……待って! 外さないで? ……私、学生時代の眼鏡をかけてるメイナードも……とても素敵で、好きだったの。……でもあの頃は、私達は近付いたり見つめたりしてはいけなかったから……」
そう言って、私はジッと愛するメイナードの眼鏡姿を堪能する。
……あぁとっても素敵……! こんな素敵なメイナードを学生時代の3年間見られなかったなんて、本当にもったいないことをしたわ! ……あの時の状況的に仕方なかったのは分かってるんだけど。
……すると、メイナードはじわじわと顔が赤くなった。
「……え。シャーリー……。本当に? その頃も私のこと、そんなに好きだと思ってくれていたのかい?
嬉しいよ。シャーリー……。私も、学生時代のシャーリーをもっと見ていたかった……。そして一緒に学生生活を過ごしたかったな……」
彼は少し恥ずかしげにそう言った。
「メイナード……」
私達はそのまま見つめ合う。
そうしてそのままだんだんと2人の距離が縮まってきた時……。
「……お夕食の準備が整いましてございます」
ノックの音が響き、執事が私達を呼びに来たのだった。
私達はドキリとして目を見合わせた後、クスリと笑い合った。
その後、メイナードは私の前でもよく眼鏡を掛けるようになり、私は実家から学生時代の制服を取り寄せた。
◇ ◇ ◇
そして暫くのち、国を挙げての盛大な未来の女王の結婚式が行われた。
我が家のチャールズと、ハミルトン公爵家の兄上のお子が、花嫁の長いベールの裾を持つ栄誉を与えられた。2人はすまし顔で立派に役目を果たし、親や祖父母はその可愛さに熱狂した。
その後、国が安定した時期を見計らい国王陛下は退位された。離宮で王妃と共に余生を過ごすという。
メアリー女王の周囲を整えてから退位された陛下は、おそらくはマーカス王子のあの婚約破棄の事件の時から、こうする事を望まれていたのだろうと実家の父ハミルトン公爵と夫メイナードは話していた。
その後、メアリー女王と弟エドワードはとても仲の良い夫婦となった。
……そして勿論、私達ブライトン公爵夫妻も、である。
お読みいただき、ありがとうございました!