待っていた、この時を。
王妃の祖国である隣国は、マーカスが生まれた頃に革命が起こり今は共和国となって元平民が国を治めている。
『王家の血は誰よりも尊い』として国民に理不尽な扱いをし侮り、高い税を課し人々を苦しめ続けた王家は革命時に全て処刑された。
その隣国の王女であった王妃。彼女は隣国の王家の考えをそのまま持っていた。『王家の血は誰よりも尊い』と――。そして王妃は隣国の王家の血をひくマーカスにそれを教え込んだ。
「『王家の血』も『平民の血』も全て同じ血でございます。……元平民が治める隣国は、最初こそ混乱し血生臭い時期もございましたが、今は落ち着きを取り戻し王家がいた時代よりも平和で力強い国となりつつあります。それはそれで素晴らしいこととは思います。
そして、マーカス殿下が隣国の王家と同じ考えでこの国の王となり、隣国と同じ末路を辿られると仰るのならそれもまた一興なのかもしれませんな」
国王の話に補足を入れるハミルトン公爵。
マーカスは愕然とした。
私のこの考えでいけば、いずれ我が国も『革命』とやらを起こされる? そして我ら王家の人間は……!
王妃の実家である隣国が共和国というものになっていることは、話だけは知ってはいた。その血生臭い時代のことも。やはり王家が治めなければそんな事になるのだと、そう思っていた。……しかしそれが、革命というものが起こり王家が滅ぼされた結果だったとは。
「そんな……! では、母上はどうして……? どうしてご自分の国の王家が倒される原因となったのかもしれないことを私に教えられたのだ……?」
「それは分かりません。それを正しいと今でも本当に信じておられるのか、それとも……故国の亡霊に取り憑かれておられるのやも知れませぬな」
公爵の言葉にマーカスはガクリと膝をついた。
「マーカスよ。お前の状況をよく見てやれなかった私にも責任はある。そしてお前を哀れにも思う。しかし……。お前は成長し学園にも通い色んな者達と交流し、最早王妃だけの考えに縛られる状況ではなかったはずだ。
そして、幼き頃より王妃教育にも健気に励む婚約者の姿も身近に見てきたはず。それらに何か思う事はなかったのか。
……今回の件、私はこの国の王としてお前には厳しい処罰を与えねばならない。心してその日を待つがよい。
……連れてゆけ」
国王は最後に衛兵に命じ、マーカスは失意のまま再び自室に連れて行かれた。
そしてそのマーカスの後ろ姿を見送ったハミルトン公爵が国王に言った。
「……陛下。私は今まで何度も王妃様の件を申し上げて参りましたが。マーカス殿下もある意味では被害者ではあります。しかし……。今回の事は公の場で行われたこと。無かった事には決して出来ません」
「……分かっておる。憐れなことではあるが、最初に話していた通りマーカスは王太子の座を剥奪し幽閉とする。そして王妃もこれから表舞台には立たせぬ。
マーカスは国王の命令に背きハミルトン公爵令嬢に多大なる迷惑をかけた上に冤罪までかけようとしていた。そしてそれを公の場で行い貴族達を混乱させた。……決して、許されぬことだ。
公爵家には王家から公式の謝罪と相当の慰謝料を支払うと約束しよう。
ハミルトン公爵、そしてメイナード。其方たちにも大変な心痛と迷惑をかけた。……この通りだ」
国王はそう言って頭を下げた。最初に公爵と話をしていた時とは違い、息子マーカスや王妃そしてそれを止められなかった自分を恥じ、心から謝罪したのだった。
ハミルトン公爵とメイナードは内心驚きつつ王を見た。人払いをしこの部屋には今は3人しかいないとはいえ国王が頭を下げるのはまず前例のないことだった。そしてこの国王の様子から、本気の謝罪の気持ちを感じた2人はお互いに頷いた。
そして2人はその謝罪を受け入れ、王家と公爵家の和解は成ったのだった。
◇ ◇ ◇
――その後、マーカス王太子は廃嫡となり遠く離れた離宮に幽閉となった。王妃も、王都の離宮に病気療養という名の幽閉状態となる。
そして新たに王太子となったのはマーカスの5歳年下の妹である王女だった。
王女も王妃の子だが、王妃は長子であるマーカスにばかり愛情を注いでいた。王妃に放っておかれた王女は意外なほど真っ直ぐな少女だった。おそらくは隣国では王女には王位継承権が無かった為に王妃は王女に関心をもたなかったのだと思われる。
そしてこれから王女は未来の女王となるべく真っ当な教育をされていくことだろう。
マーカスの真実の愛の相手、物語の主人公マリンは王族を惑わせ更に高位の貴族に冤罪をかけようとしたとして国の最北にある国で一番厳しいといわれる修道院に入れられた。そしてマリンの男爵家は取り潰しとなった。マリンが王妃となり自分達も王族の縁戚になれると思っていた男爵家にはとんでもないどんでん返しとなった。皆が罪を擦りつけ合いながら屋敷から追い出され、その後彼らの消息を知る者はない。
マーカスの側近であった2人の家は、ハミルトン公爵家に謝罪し息子をそれぞれの家から勘当した。主人である王子に逆らえなかったとも言えるが、王子を諌めることなく増長させたといえるからだ。
彼らは王都から遠く離れた辺境の地に一騎士として送られる事になった。
メイナードは、元側近仲間であった彼らの見送りに行った。
彼らは憔悴した様子だった。勘当され家族や友人からも見放され、約束されていたはずの未来も失い相当堪えているのだろう。
メイナードは側近時代に何度も彼らに忠告をしていたのだが、彼らが聞き入れる事はなかったのだ。
「貴方の言っていたことを、ちゃんと聞いておけば良かった……」
そう力無く呟きつつ、唯一見送りに来てくれた友人に対して感動し涙した。そうして元側近の2人は失意の中去って行った。
◇ ◇ ◇
「……お寂しいですか?」
元友人達を辺境の地へ見送った後、メイナードは暫く少し落ち込んだ様子だった。
シャーリーは心配で彼を覗き込む。
「……いいえ。……と言っては嘘になりますが……。しかし人は何もかもを手に入れることは出来ませんから。たくさんある大切なものの中から、一番と思えるものから選び取っていくのです。私にとって一番大切なのは……シャーリー、貴女です。そして一番大切な貴女と共にいられる私は、とても幸せです」
メイナードはシャーリーの瞳を見つめ微笑みながらそう言った。
シャーリーは彼の言葉にホッとし、頬を少し染め彼の瞳を優しく見つめ返す。
――前世の『物語』を思い出してから、たくさんのことがあった。だけどメイナードと出会い、彼や大切な人々と力を合わせて数々の困難を乗り超えてきた。
……今、私にはあの『物語』でない、未来がある。
「私も……。私も一番大切な、愛する貴方と一緒に居られることに幸せを感じています……。苦しいこともたくさんありましたが、全て今この時の為の苦労だと思えば何でもないことだったような気さえいたします」
そう言って微笑むシャーリーを、メイナードは溢れるような幸せな気持ちで抱きしめた。
――ずっと、待っていた。……この時を。
2人は幸せを噛み締めた。
◇ ◇ ◇
――シャーリー ハミルトン公爵令嬢は王家有責で元王太子との婚約を白紙とされ、王家より正式な公式の謝罪を受けた。
メイナード ブライトン公爵令息は元王太子の側近であったものの、ハミルトン公爵令嬢への冤罪を企んでいた元王太子の暴走を唯一止め、他の彼らの愚かな行いにも加担していなかった事が認められ罪に問われる事はなかった。
そして、それがきっかけで対立していたハミルトン公爵家とブライトン公爵家は手を組むことになり、シャーリーとメイナードが婚約することになったと発表されたのだった。
その後、新たな王太女となった王女の王配にはハミルトン公爵家のシャーリーの弟が選ばれた。それにより王家と国の二大公爵家の結び付きは強くなり、王国は大きく栄えることになるのである。
《完》
このお話で、本編は完結となります。
お読みいただき、ありがとうございました!
次は番外編をお送りします。