王城での攻防 2
マーカスはハミルトン公爵に媚びるように声をかける。
「こ……公爵。この度のことは、シャーリーが私のマリンに嫉妬から恐ろしい罪を犯したことからの事であって……」
「殿下。我が娘はもう貴方様の婚約者ではないのですから、名前で呼ぶことはお控えください。
それから『我が娘に罪を着せる』と先程仰いましたが、それはいったいどういうことかお聞かせいただけますでしょうか」
猛禽類を思わせるハミルトン公爵のその瞳に、ロックオンされたマーカスは身震いした。
「そ、それは……っ! シャーリ……いやハミルトン公爵令嬢が罪を犯したのは本当のことで……! 私は彼女への優しさからあの場でそれを断罪しなかったのだっ! 感謝して欲しいくらいだっ!」
マーカスは虚勢を張りそう言った。
ハミルトン公爵は冷たい笑みを浮かべたまま。
「な……、何がおかしいのだっ! そうだ、シャーリーもそんな風に冷たい女だった! だから私は心優しいマリンに惹かれたのだ! 親が親ならば子も子だ! 何を考えているのかさっぱり分からぬ女だった! 最初から私はこの婚約が気に食わなかったのだ、何故王太子たる私の意思抜きで私の一生が勝手に決められるのかと! 私はこの国の王太子で、将来の国王だぞっ!!」
マーカスはハミルトン公爵の態度に苛立ち、今まで思っていたことをぶちまけた。
……自分は国王の子、王太子でいずれは国王となる身。幼き頃より母である王妃より、『王家は至上の存在でありその血に誇りを持つように』と言われ続けてきた。それなのに、何かというと自分の前に貴族達が立ちはだかる。
至高の存在であるはずのこの自分が、思い通りにならないことだらけだ。……その邪魔な貴族の中でも最たる者がこのハミルトン公爵。
国王である父でさえ、彼には完全には拒否する事が出来ない。この婚約もハミルトン公爵家を自分達の支配下で大人しくさせる為だけのもの。
――何故。
誇り高き我ら王家がたかが一貴族に気を使い、自分の思うようにならないのか!
静かにマーカスの話を聞いていたハミルトン公爵だったが、一つ頷きマーカスに語り出した。
「――お一人で国王となられるというのならばそうなさるが良い。しかし国とは、王一人で成り立つものではありません。国民と貴族とその国の代表たる国王。全ての立場の者がお互いを尊重し合わなければ国というものは成り立たないのです。
そして今、貴族達の支持や信頼を失った殿下に付いていく貴族などおりません。おそらくは目先の利益だけに飛びつくような小物ばかりでありましょう。王とは、貴族達の忠誠を受け取りその代わりにその地位を保証し護る存在。その王が我ら貴族を蔑ろにしたとあっては、国王とはその存在の意義を失うのです。
それから……殿下。重ねて申し上げますが我が娘の名前呼びはお控えください」
噛み砕いて説明をしたハミルトン公爵だったが、幼い頃からの思い込みや自分よりも格下と思っている者からの諫言は、マーカスの心には届かなかった。
「ハッ。目先の利益に飛びついているのは自分達ではないのか!? 卑しくも大貴族の身でありながら商売などで金儲けをしてしているような者は、貴族と呼ぶのも烏滸がましい! そして図々しくも自分の娘とこの王太子たる私との婚約を強要するとは!!」
貴族は昔は領地経営だけで収入を得ていた。しかし近年は天候次第で浮き沈みの激しい領地の収入だけでは心許無く、商売などを始める貴族も多かった。しかし当然畑違いの仕事であるが故に失敗し大損する者も多く、成功者は周囲から妬まれることも多かった。
「……ですが、公爵家のその商売をして儲けた多額の税金を、国は受け取っているのです。どこも貧しければ国には税金はわずかしか入りません。公爵家や商売をしている者、国民たちの納める税金で国庫は潤っているはず。それがなくて困るのは国すなわち王家なのではありませんか?」
ハミルトン公爵の更に後ろから、メイナード ブライトン公爵令息が現れ正論を述べた。
昨日のパーティーの途中から突然居なくなった側近を見て、マーカスは怒りを爆発させる。
「ッ! メイナード!! 貴様よくも昨日は話の途中で居なくなったな! 昨日お前が邪魔をしたせいで話がおかしくなってしまったではないか!」
「……邪魔? 何をおっしゃいます。私は側近として殿下が間違った事をなさらないようにお止めしただけですよ。この国の筆頭公爵家令嬢でありご婚約者であるハミルトン公爵令嬢にあのような場で婚約破棄されただけでは飽き足らず、冤罪を被せようとなさるなど……。忠実な側近としてお止めするのが当然ではありませんか」
メイナードはマーカスを見てしれっとそう言った。
マーカスはカッとして掴みかかる。
「……なんだとッ!? お前も私とマリンの仲を応援していたではないか! 私達2人が会うのに協力したり、婚約破棄に反対などもしなかった! シャーリーがマリンに嫌がらせをしているようだ、とも言っていたではないか!」
「……私が殿下の学園でのお戯れを止めることなどは出来ません。王妃様より学生時代くらいは殿下を自由にさせるようにと命じられておりましたから。そしてマリン嬢が嫌がらせを受けているようだとお伝えはしましたが、誰からとは申し上げてはおりません。マリン嬢は学園で他の婚約者のいる男子生徒とも親しくお過ごしのようでしたので、その婚約者や他の女子生徒達にもあまり好かれてはいらっしゃいませんでしたから……。
それに私は婚約破棄のお話はパーティーの寸前にお聞きしたのですよ。覚えていらっしゃるでしょう?」
冷静に答える側近に、マーカスはイライラしつつ色々と思い返す。
……婚約破棄を卒業パーティーで言い渡すことはマリンと話をしてパーティーの少し前に決めたことだ。
シャーリーへの断罪についても、あとの2人の側近が主に動いていた。メイナードは卒業後すぐにブライトン公爵家の後継者として立つことになっていたので、マーカスのそばを離れることが多かったからだ。
確かに今回のことにメイナードは直接関わってはいない。
そしてマリン嬢に会うことには協力していたものの、それも王妃より『学生時代のお遊び』として止めることを禁じられていたと言われれば、彼に責任は問えなくなる。パーティー寸前で婚約破棄のことを伝えた時も、メイナードは一応一度は止める言葉を口にしていた。
……それでも、マーカスは納得がいかなかった。
「しかし……! それならばもっときちんとあの場で婚約破棄をすべきでないと止めるべきだったのではないか? それに、いくら母上から言われていたとはいえ、お前はマリンとのことを協力していたではないか……」
マーカスが苦し紛れに言ったその言葉は、メイナードが今回の件に何も関わっていなかったことを証明していた。
メイナードが、パーティー前に婚約破棄をしようとしていたマーカスを止めようとしたこと。
マリン嬢への協力は、王妃の命令に基づきしていたということ。
「私はご婚約者のいらっしゃる殿下が、学生時代を自由に過ごされることでその先はしっかりとお役目を果たしてくださるものと思い協力したのです。
もし万一マリン嬢との将来をお考えだとしても、それは側妃としてだと誰もがそう思っていたことでしょう」
この国の貴族として至極尤もなことを言われ、マーカスはメイナードから手を離し顔色を変え黙り込んだ。
そこに、それまで黙って2人の話を聞いていたハミルトン公爵が口を開いた。
「……それではマーカス殿下は『学生のお遊び』として婚約者がありながら堂々と浮気をされ、それを貫きたくなった為に罪のない婚約者である我が娘に罪を被せようとなされたと……。そういうことでございますか」
完全に分が悪くなったマーカスが、最早身分だけで押し切るしかないと言葉を荒げて反論した。
「……それがどうしたッ! 私はこの国の王太子だぞ!? 私がこの国の法律でありこの私が決めることが全て正しいのだ! たかが公爵家との娘との婚約など、私がやめると言えばやめて終わりだ!」
そう言い切り、公爵やメイナードに向かってふんと胸を張った。
「…………ほう。お前がこの国の法律、だとな? それは初めて聞いたぞ。お前は国王であるこの私が決めた婚約を破棄すると決める権利を持っていると、そう思っているということだな?」
静かに、しかし確かな怒りの込められたその父王の問いかけにハッと気付き、マーカスは父たる国王を見た。父王はそれは恐ろしい顔でギロリと息子マーカスを睨んでいた。
「いえあの……、父上。勿論国王たる父上がこの国の一番の至高の存在であります。私はその次、という意味で……」
「しかしお前は、その一番の至高の存在である私の決めた婚約を勝手に破棄したのであろう? 私の次であるはずのお前がこの私の決定を守らなかった!! これは由々しき事態ぞ? ……十分に厳しき処罰を与えるに値する事項だ」
「な……! う……父上……、違うのですッ! 私は父上を尊敬申し上げておりますッ! ……ただ、何度お願いしても、父上はこの婚約を破棄してくださらなかったではありませんか……!」
「……それだけ、この婚約が必要だったという事が何故分からぬ。この婚約の意味も、この国王たる私の命令に逆らうことの意味さえも分からなかったようだな。お前には失望した」
「……陛下。畏れながらマーカス殿下は幼き頃から王家至上主義を持っておられ、この婚約も我が公爵家が無理矢理に押し込んだと思い込んでおられました。おそらくは、隣国より嫁がれた王妃様の影響であるかと思われます」
「……王妃、か……」
国王は苦々しい顔をし、マーカスを見た。
「マーカス。……お前は王妃の祖国である隣国の王家。その行く末がどういうものであったのか聞いておるのか」
そして国王はマーカスに、元隣国の王女であった王妃の王家のことを語った。
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