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シャーリー 1

始まりは、王立学園の入学式の朝。……そして、卒業パーティーへ。


 ――その瞬間。


 私達はお互いから目が離せなくなっていた。


 王立学園入学式の朝。校門から少し入った場所にある大きな木の下で、私は彼と出逢った。


 この王国の国花である満開の木から、私達の出逢いを祝うかのように美しい花びらが舞い降りていた。

 まるで日本の桜みたい、と思ったのは私が前世を思い出していたから……。



 ◇ ◇ ◇



「シャーリー ハミルトン! 貴様との婚約を破棄する!」


 ……こう叫んだのは、この王国の王太子であるマーカス。サラサラの金髪の美青年。その隣には肩までのピンクの髪でふわふわな可愛い雰囲気の男爵令嬢マリン。そしてその2人の後ろを守るように3人の王太子の側近、藍色の髪を後ろで束ね理知的な眼鏡をかけた公爵家嫡男、短い癖毛の茶髪で可愛い系の侯爵家次男、そして赤髪の筋肉質な伯爵家嫡男が立っていた。


 王立学園の卒業パーティー。たくさんの貴族の生徒とそのパートナーが集う会場での、マーカス王太子の爆弾発言。パーティー会場は突然の出来事にシンと静まった。


 マーカス王太子の婚約者にしてハミルトン公爵令嬢であるシャーリーは、その言葉に顔色一つ変える事なく彼らの前に立っていた。

 一見冷たくも見えるプラチナブロンドの美しい髪の少女のその凛とした立ち姿に、周囲の人々は彼女が今置かれているこの状況が信じられない思いでその光景を見ていた――。




 ――しかし。



(――待ってましたーッ!! ……もうパーティーも始まるっていうのに、なかなか言い出さないから焦っちゃったわよー!)


 表情は全く変えずに、公爵令嬢シャーリーは心の中でガッツポーズをとっていた。一瞬、緩みそうになった口元を扇で綺麗に隠し、気を引き締め直す。


 ……悪役令嬢に生まれて早18年。王子と婚約して約10年。

 長かったわー。王妃教育もすっかりやりきっちゃったわよ。どうせ婚約破棄するならもっと早くに……いえ、高度な教育を受ける機会をいただいたと良いように考えておこうかしらね。本当、嫌になる位にキツかったけれど。


 ……それに、まだ終わっちゃいない。ここからが、私の一世一代の大勝負なのだから。



 シャーリーはマーカス王太子をしっかりと見据え、凛とした表情で淀みなく話し出した。


「――婚約破棄と仰いますが、この婚約は我が国の偉大なる国王陛下のお声がかりで決められたもの。しかしながら陛下の許可があるならば、私から申し上げる事はございません。謹んで婚約破棄をお受けいたします。

――この、今会場にいらっしゃる皆様が証人ですわね。ここに、マーカス王太子殿下と私シャーリー ハミルトンとの婚約破棄は相成りました。殿下のこれからのご活躍を心よりお祈り申し上げます。

――それでは」



 シャーリーはマーカスが次の言葉を発する前に、一気に話をまとめあげた。

 ……本当にずっと、この時を待っていたのだから。


 そうして一つ、彼女の渾身の美しいカーテシーをする。

 周囲の人々はその洗練された動きに見入り、ほうと溜息をつく。



 ……マーカスの気が変わったり、断罪だなどと言い出される前に話を終わらせなければならない。それにおそらく彼らは陛下の許可などはとっていないだろう。

 しかし本来、彼らの『愛の物語』は彼らにとっての悪役令嬢であるシャーリーに罪を着せないと成り立たない。何の瑕疵かしも無い有力な公爵家の令嬢との一方的な婚約破棄など、これからの王太子としてのマーカスの立場が悪くなってしまうからだ。


 ……しかし、()()()からシャーリーは今この場を乗り切れると確信していた。


 それに、王太子の今後の立場なんて知ったこっちゃ無い。彼らの為に悪役令嬢になってやるつもりも無い。

 このような場所で婚約破棄を言い出した時点で、全ての責任は彼にあるのだから。



 ……そして案の定、王太子と側近達は揉めている。


 そんな彼らを尻目に、シャーリーは颯爽とその身を翻し出口へと向かった。


「待て、まだ話は終わっていない……」


 そう言って王太子マーカスはシャーリーを止めようとした。が……。


「マーカス殿下。お待ちください。せっかく向こうも婚約破棄を受け入れたのですから放っておけば良いではありませんか」


 王太子の側近の1人であるブライトン公爵家嫡男がマーカスを止めた。

 忠実な側近からの言葉に王太子は戸惑いながらその側近に言った。


「……いやしかし、このままでは私の立場が……」


 するとディケンズ侯爵家次男がマーカス王太子に進言する。


「そうです! ハミルトン公爵令嬢に罪があるとならなければ、殿下には陛下からのお叱りは勿論のこと今回の事はただの浮気の末の顛末だと、貴族達の信頼も落ちてしまいます!」


 もう1人の側近、ウッドマン伯爵家嫡男も更に言った。


「それにせっかくこれまでハミルトン公爵令嬢の罪の証拠をでっち上げ……いえ、かき集めたのです! 今この場でそれを使わずにどうするのですか! それにこれは浮気などではなく、『真実の愛』なのです!」


 そして、マーカスの浮気相手……いや真実の愛の相手である男爵令嬢マリンが目を潤ませてマーカスに訴える。


「そうですぅ! マーカスさまぁ。あの女が私にした酷い罪の数々を裁いてくださいませ……っ」


 皆にそう諭され、マーカスもやはりここは元婚約者を断罪すべきと思い直した。


「……確かに、それはそうだ。……では、予定通りにマリンを酷く虐めたとしてシャーリーに罪を問わねば……」


 そう言ってマーカスは振り返ったが……。


 ――すでに、ハミルトン公爵令嬢は会場を去った後だった。



「……あ……な、なんということだ! 王太子たる私の話の途中で立ち去るとは……なんと無礼な、礼儀の知らぬ娘よ! アレがこの国の公爵令嬢で私の婚約者であったとは、誠にもって信じられぬ! アレではこの王国の王妃となるに相応しくないとみずから皆に証明したようなものではないか! なあ、皆よ!!」


 マーカスはいつの間にやらシャーリーが居なくなっていた事に一瞬愕然とした。が、とにかく元婚約者を貶める事にしたのだが……。


 ……イヤ、こんな場所で婚約破棄を言い渡されていつまでもこの場に居なければならない理由はないだろう。しかも公爵令嬢は一応挨拶をして出て行ったではないか。


 パーティーの参加者達は皆、口には出さなかったがそう思った。会場内は微妙ビミョーな雰囲気に包まれた。



 少し気まずい雰囲気を感じた王太子と側近達は、どうしたものか、いっそ本人不在のままとりあえず断罪をやっとくか? 後で書状で沙汰を申し渡したらいいんじゃないか? と、またコソコソと相談を始めた。


 そこにブライトン公爵家嫡男が言った。


「……殿下。ハミルトン公爵令嬢はすでに話をまとめ上げて出て行かれました。今から何を言ったところで殿下が後付けで令嬢に罪を着せているように思われてしまうことでしょう。

ここは気を取り直し、マリン嬢を会場の皆様に新たな王太子殿下のご婚約者として紹介し、存分に祝っていただいてはいかがでしょうか」



 自分に忠実な側近の言葉に、マーカスはそれもそうかと納得した。


 今度は他の側近やマリンもそれに賛成したので、マーカスは気分良く皆に宣言する。



「皆の者!! ここで王太子である私マーカスの新たなる婚約者、マリン嬢を紹介しよう! 彼女は私と真実の愛で結ばれた女性である!

皆、我らを存分に祝ってくれ!!」


 そう堂々と宣言した王太子とその横で頬を染めながら寄り添う男爵令嬢。


 突然の婚約破棄騒ぎの直後におそらくその原因となった浮気相手との婚約発表。そして『自分達を祝え』というドン引きの要求をされた周囲の人々の冷ややかな視線に一切気付くことなく、愛に燃える2人はまるで世界は自分達を中心に回っているかのように語り出した。


「……私達の出逢いはマリンが我が学園に編入し、道に迷っている所を私が助けたのが始まりだ。私達は一目あった瞬間に運命を感じ……」


「きゃっ。マーカスさまったらぁ! そんな事をみんなに話すなんて恥ずかしいですぅっ!」



(……ええ。聞いてるこちらが恥ずかしいですね。しかも婚約者がありながら浮気をしていた事実を、皆にこうも堂々と証言してしまうとは……なんと愚かな)


 会場中のドン引きしている人々よりも、更に冷たい侮蔑の視線を送っている人物がいた。


 会場の中心には、周囲の冷たい視線をよそに更に盛り上がり続ける王太子マーカスと男爵令嬢マリン、そしてその2人を頷きながら見守っている2()()の側近。



 ……そんな彼らを一瞥し、ある1人の青年は眼鏡を外しマーカス達から静かに離れた。

 そしてその青年は満足げに微笑みながら静かにパーティー会場を後にし、とある場所へと急いだのだった。




お読みいただき、ありがとうございます!


明日も投稿予定です!

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