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魔女の異世界戦国奇譚  作者: 浅月
41/41

そして始まる


「…と、ここまでが現状の報告です」


 社長室にて花織はこれまでの経緯を報告した。


 あれから三日経った。…いや、正確には異世界にて半日過ごし、そこから三日だから三日半というのが妥当か。


 流石に手ぶらで未知の世界をゆくのは不味いだろう、と一度日本に戻れないかと竜胆兄弟に打診してみたのだが、中級と呼ばれる魔術の使用と、それに加えて竜化までした為、魔力をそれなりに消費したらしく直ぐには無理だ、と返されてしまった。


 しかしあちらの世界は魔力というものの回復が早いらしい。半日過ぎる頃には二人の調子は元に戻り、こうして無事日本に戻ってくる事が出来た。


 二人の魔力が回復するのを待つ間、辿り着いた場所を見失わないよう注意しつつ、花織達は辺りを少し散策してみる事にした。…と、いっても見渡す限り草原で人里はおろか人っ子一人存在しないのだが、かえってそれで異世界に来た、という実感をひしひしと身に感じた。


 あと、竜胆兄弟が言うには辿り着いた場所は第三大陸と呼ばれている所ではないか、との事だった。


 異世界において大陸は大きく分けて三つ存在し、世界最大を誇る面積の中央大陸、そこから見て西が第二大陸、東が第三大陸と呼ばれているのだという。


 で、この第三大陸。過去の時代においてはほぼほぼ未開の土地であったらしい。なので当時は国や街など無く、前世の愛流の作った国にも属していない場所だったはずだが、今二人が言うには数多くの人族の気配を感じる、との事。そして愛流の膨大な魔力はどうやら中央大陸の方面から感じるらしい。


 世界を渡ったら愛流のいる場所の近くに出るのかと期待していたが、まさかの別大陸という状況に少し絶望したが、ともあれ目指すべき場所の検討はついた。後はそこに向かうだけである。それが確認出来た頃、兄弟の魔力が回復し、再びあの白い部屋へと戻り今に至ったという訳だ。


 だが二人の魔力が再び回復するのにこちらだと四日はかかるという。なので花織と市山と小鳥遊はもう一度異世界に渡る為、与えられた四日間に予定を組んでそれぞれ準備をする事にした。


 市山は生活雑貨や保存食、更には野営の為のキャンプ道具一式の買出し。小鳥遊は警視庁への報告と愛流の時と同じ様に香織と市山の身辺の根回し。尚、自身の親への説明は海外への長期出張と言う事で対処した。あと残った日は休養と自分自身の持ち物の準備に充てる事にした。


 で、花織の最初の予定は社長への報告。信じられない様な話の連続だったが、倉渕は静かにそれを聞いていた。


「うん。報告ありがとう。いいね、異世界。もっと簡単に渡れるならビジネスの匂いがぷんぷんするんだけどね」


 流石は社長。異世界をビジネスの対象として見ている。ただ余り現実的ではないのは確かで、倉渕はその一言だけでビジネスの話は終わらせた。


「しかし別大陸か〜。中々長期の出張になりそうだね」


「はい。竜胆兄弟も流石に海を渡るレベルでの長期間の竜化は無理があるらしく、取り敢えずの方向性として人がいる場所まで移動し、船での移動を考えています」


 異世界での愛流捜索の旅が長期出張…。間違いではないが表現の仕方。


「まあそうなるだろうね。因みに向こうでのお金、てどうなるのかな?」


「そこに関して何ですが、小鳥遊氏が言うには割と近い時代に世界を渡ってしまった魔族と会話した折、世界共通で同じ通貨が使われている、との事ですが、基本的には乱世の世界らしく物々交換が根強い、という内容を聞いた事があるそうです」


「そうなるとやっぱり強いのは(きん)だろうね。…よし、ちょっと待ってて」


 そう言って倉渕は部屋の隅の本棚を動かした。そうするとその裏の壁に小さな扉が現れ、それを開けるとその中から重厚そうな金庫が姿を現した。


「はい、これ」


 デスクまで戻って来た倉渕に手渡されたのは革製の巾着布。そしてずっしりと重たい。中を確認してみると…。


「な、社長、これ!!」


「うん。流石に一文無しで出張させる訳には行かないからね。これだけあれば何とかなるでしょ」


 袋の中身。それはびっしりと詰まった大粒の砂金。


「延べ棒もあるんだけどさ、それじゃ不便でしょ?」


 …いやいやいや!!何で会社の社長室に砂金がこんなにあるの!?しかも延べ棒まで!?


「金は現物資産だからね。何れはこれも延べ棒に変えるつもりだったんだけどさ、いや〜何でも持っておくべきだね」


 うん。やっぱり何も言うまい。この社長はこう言う人なのだ。


「じゃあ四日後…いや、あと三日で発つんだね」


「え、あ、はい。予定通り彼らの魔力が回復すれば、ですが」


「うん、了解。ちょっとスケジュールが立て込んでてね、見送りには行けそうにないから、市山くんと小鳥遊さんにも宜しく言っといて。あ、そうそう、準備物は経費で落とすから発つ前に領収書持って来てって市山くんに伝えといてくれる?」


「分かりました、有り難う御座います。では、失礼します」


「うん。気を付けて行っといで。休養日は有給にしておくよ」


「ありがとうございます。では」


 パタン、と扉を閉じて社長室を後にした花織はふぅ、と一つ息をついた。


 やっぱり疲れる…。我が社の社長殿は頼もしいと言うか何と言うか。


 さて、やる事は山積みだ。何とか戻って来れたとはいえこれからあの世界を旅するのだ。旅行どころの騒ぎではない。そう。女子は準備に忙しいのだ。服に下着に化粧品に…この際欲しかった服、いっぱい買ってしまおう。きっと大荷物どころでは済まないだろうな。そう言えば愛流は何も持たずそのままあっちに行ってしまった。…下着とかどうしてるのだろうか。…あの子の分も少しは用意しておくか。


 廊下を歩く花織の後ろ姿は、何故か何処かウキウキしている様にも見えた。














 ―――出発当日。


「…露草、荷物多くないか?」


 開口一番、市山は花織の荷物の多さを指摘した。


 勿論、そういう市山の荷物も相当だ。キャンプ道具一式含めた荷物だ。ワゴンカートいっぱいに物が山積みされていて尚且つ彼自身もリュックを背負っている。


 対する花織はというと大きなキャリーバッグにこれまた大きなバックを乗せて、尚且つバックパッカー宜しく大きなリュック、それに肩がけバックを三つも下げ、それに加えてポーチまで下げている。


「そ、そうかしら?」


 そう(うそぶ)いてはみたものの、花織自身もやりすぎた感に苛まれていた。何も言わないで、と心の中で小さく呟いた。


 確かに長期の旅。荷物は必要だ。だが荷物の用意に熱中するあまり、あれもこれもと買い込んで鞄に詰めた結果、こうなってしまったのだ。因みにポーチまで新調したのは内緒だ。


「お二人とも、早いですね」


 そう言って現れたのは何時もと変わらない、黒のパンツスーツにローヒールのパンプス姿の小鳥遊静奈。そして背にはリュックが一つ。花織と対照的な荷物の少なさだ。


「…小鳥遊さん、荷物少なくないですか?」


「ん、そうかしら?」


 会話すらも対照的であった。


 そ、それはそれとして。誰が何と言おうとそれはそれとして、なのだ。


「真喜雄くん達はまだですか?」


「ええ。俺達がどうやら一番らしいです」


「ではここで待ってるのも何ですし、お店の中で待たせて頂きましょうか」


「そうですね。少しお茶を頂きましょう」


 カランコロン、と硝子のドアを開け、三人は店内へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ、皆さん。いよいよですね」


 相変わらずの珈琲の芳醇な香りと共に、マスターが出迎えてくれた。


「こんにちは、マスター。真喜雄くん達が来るまで少し待たせて頂けるかしら?」


「勿論ですよ、小鳥遊さん。あの世界への旅立ちに相応しい特別な一杯を淹れて差し上げましょう」


 そう言ってマスターに何時ものテーブル席を勧められ、三人は座り心地のいいソファに腰を落ち着かせた。テーブルには既に三つの水が入ったグラス。香織達が先に来る事を見越した何ともお誂え向きなセッティングだ。


「ところで、マスターもあちらの世界に行くのですか?」


 ふと疑問に感じ、香織はカウンターの中のマスターに問いかける。前回、勢いで異世界に同じ様に渡ってしまったが、そう言えばマスターが同行する事をまだ確認していなかった事に気付く。


「そうですね。異世界での旅は私にとっても魅力的であり、そうしたい気持ちもあるのですが」


 そう言葉を切り、マスターはテーブル席へと戻ってきた。珈琲の甘やかな香りがふわりと鼻腔を(くすぐ)る。


「しかしながら、私はこの店がございますので。前回あちらに伺えただけでも良しと致しましょう」


 相変わらず殆ど音を立てずして、三人の前に珈琲が並べられてゆく。


「では暫くこの珈琲は楽しめないですね」


 小鳥遊の少し残念そうな返答に、


「そう仰って頂けると喫茶店冥利に尽きますね」


 何とも大人な会話が繰り広げられた。


「?でもこの前は何も言わずあっちに行きましたよね?…もしかして」


 あ。


 市山の言葉に香織は気付いてしまった。そう。マスターは最初からこちらに戻れる確証を得ていたのだ。


「「マスター!!」」


 気付いたのは小鳥遊も同じであったらしい。香織と小鳥遊は二人揃って見事なハモリの非難の声を上げた。


「いやいや、失敬。あちらには初めて伺ったものですから、年甲斐も無く少々はしゃいでしまいました」


 HAHAHAという擬音が見えそうな笑いを見せるマスターを三人はジト目で眺めた。なんというか、弄ばれたような気分になってしまった。


 ジト目の三人を他所にマスターは続ける。


「然しながら、本日はあちらの世界への本格的な出発。皆さん、用意は万全ですかな?」


「…え、ええ。」


 歯切れの悪い返事を思わずしてしまう。用意は万全。周到過ぎる程に。入り口付近に置かさせて貰った荷物を横目でちらりと見た香織は愛想笑いを貼り付かせた。マスターは意外と意地悪である。


「それにしてもあの二人、遅いですね」


 市山は左腕の腕時計を眺めながら言う。見た感じ針の動き方が違う。どうやら昔ながらの時計のようだ。そして思い当たる。あれは相当値の張る時計なのだろう。


 しかし市山が言う通り、二人が中々姿を現さない。出発の日なのだ。何事も無ければ良いのだけど。


 カランコロン。皆の視線が扉に向かう。ひょこっと顔を出したのは待ち人、竜胆真喜雄。


「お、兄貴。もう皆いてんで」


 振り向きつつ、背後の人物に声をかける。言わずもがな、もう一人の待ち人、竜胆多喜雄。


「オゥ…主役に相応しい登場ってわけだ」


「ちゃうて、主役はエル様やんか」


「オゥ、そうだな。主役はエル様以外にはあり得ない」


「せやろ〜?トゥランヌス様に怒られんで」


「はは、違ぇねえや」


 扉を一歩(くぐ)ったその場所で、二人は楽しげに雑談を始める。うん。やはりこの兄弟はマイペースだ。


「遅いですよ、二人とも」


 はぁ~、とため息をつきつつ、小鳥遊が二人に声をかけた。右手には既に頭痛薬の小瓶が握られている。もしかして、旅の間ずっとこの調子なのだろうか。


 …不安だ。


「まあまあ。さあ、お二人も出発前の珈琲でも如何ですかな?」


「オゥ、貰おうか。なぁ真喜雄」


「せやな。おっちゃん、何時ものにしといてや〜」


「わかっていますよ、真喜雄くん」





           ゴウッ!!





 突然の轟音。凄まじいまでの音が鳴り響き、一同は静まり返る。店内のBGMだけが変わらず曲を口ずさんでいた。


 音の発信源は外。皆の目線が窓へと向かう。


 小刻みに揺れる、窓。そして外は季節外れの、雪。 いや、これはもう雪なんてものじゃない。


 そう。猛吹雪だ。都会ではそうそうない猛吹雪。しかも今窓の外で繰り広げられている光景はテレビなどでよく見る雪山のそれだ。


「な、何で…!?」


 市山のもっともな感想。いや、それしか出てくる言葉なんて他にはないだろう。はっきり言って異常事態だ。


「…エル様や」


 少しばかりの沈黙の後、ぽつりと真喜雄が呟いた。


「…オゥ…。エル様が完全詠唱の上級魔術を使った…それしか考えられねぇ」


 え、どういう事?、と花織は思った。マスターの言葉を思い出す。この世界と異世界はコインのように裏表の存在。つまりは繋がっている。しかし幾ら裏表とはいえお互い隔たりはあるのだ。それを愛流の魔術は越えたというのだ。


「上級は意図的に威力を抑えても凄まじい威力だ。いや、抑えねぇと並の魔族じゃ魔力の消費が激しすぎて使っただけでおっ死んじまう。軍隊一つくらいなら簡単に消し飛ばす位の威力だ…。完全詠唱はその魔術の本来の姿。それを莫大な魔力を誇るエル様(・・・)が使った。使ったはずだ。こっちまで影響が出るのがいい証拠だ。…国が一つ滅んでるぞ」


 そう語る多喜雄の表情は、驚愕と歓喜と恐怖が綯い交ぜになった複雑なものであった。


「エル様はお優しい人や。上級なんてもん使(つこ)たらどうなんかエル様自身がよう分かってらっしゃるで滅多に使われんかった。…そんだけ本気になったっちゅう()っちゃろな」


「オゥ…。何があったかは分かんねぇがこれは急いだ方が良さそうだ。白い部屋へ行くぞ…いや、その必要もねぇか」


 多喜雄の目線の先。丁度皆が掛けているテーブルより後ろの席とカウンターの間の廊下の空間に走る、ひび割れのようなもの。ピシピシと音が響く錯覚を覚える程の勢いで、それは次第に広がる。一拍おいて、それは人が潜れる程の大きさとなった。


「な、何で急に開いたの!?」


 そう言った後で花織は思い出す。大きな力に巻き込まれて魔族はこちらにやって来た。大きな力とはそれ即ちこう言う事を言うのだろう。


「考えんのは後や!!早よせんと閉まってまうで!!」


 真喜雄の言葉通り、空間の裂け目が小刻みに震えている。どうやら元通りに閉じようとしている最中らしい。気が付けば窓の外の猛吹雪は止んでいて、空は先程までと同様、雲もまばらないい天気であった。


 裂け目が急激に閉じてしまわぬよう、前回同様左右から竜胆兄弟が龍化した腕で保持してくれている間に一同は手早く入り口の近くの大荷物を運び、それぞれ裂け目を潜っていった。


 最後に竜胆兄弟が潜ると急激に裂け目は元に戻る。最後に見たのは店内からダンディな笑顔で手を振るマスターの姿だった。


「なんか…バタバタだな」


 市山が独り言のように呟いた。


「いいんじゃない?愛流と一緒だと毎日こんな感じだったでしょ?」


「まあ、そうだな…。あの破壊王がいるだけで退屈はしなかったわ」


「そんな事言って、本当は市山もあの毎日が楽しかったくせに」


「楽しかったさ。だから早く迎えに行かねぇとな」


「お、珍しく素直じゃん」


「なっ、ば、バカ、早く出発するぞっ」


「はいはい」


 何処までも続く晴天と草原で、そんなやり取りを交わす。思えば三人同期入社で、新入社員だった頃よくこんな風に会話をしていたな、とふと思い出す。


 時間はたった。だけどあの頃から続く三人の交友は、今も変わらない。考え方や見る視点とか、話し方といったものは変わってしまったかも知れないけど。


 またこうやって愛流と三人で過ごしたい。だから、ね。


 愛流、今から迎えに行くよ。





「なぁ、そろそろ行こや〜?」


 真喜雄の声が聞こえた。バイクのエンジンの音と共に。


「オゥ、荷物は積んでやったから早く乗れ」


 多喜雄の声も聞こえた。ガソリン車のエンジンの音と共に。


 ……………。



「「な、何でバイクと車に乗って……!?」」


 花織と市山の声が見事にハモった。真喜雄が乗っているのは以前花織が強制的に乗せられた赤いガソリンタンクのバイク。そして多喜雄が乗っているのは黄色い車体と特徴的なデザインが目を引くオフロードタイプの車。…しかも左ハンドル。


「ん?移動に便利やろ?ほら、竜化長い事してんのしんどいし」


「オゥ、荷物もあるしな。ちょっと用意には手間取ったが」


 小鳥遊がまた頭痛薬を飲んでいた。最早あれはオーバードーズだ。鞄の中身ってもしかしたら殆どが頭痛薬ではないのだろうかと疑ってしまう。


「それは助かるけど…ガソリン、どうするつもりなの…」


「あぁ、ガソリンなら要らへんで」


「オゥ、魔力で動く様に改造してあるからな」


 二人が揃ってサムズアップをした。いい笑顔で。


 そしてそこに添えるように異世界感台無しの軽快なエンジン音が草原に響き渡る。





 うん。何というか。




 二人はどこまで行っても竜胆兄弟だった。













 



ようやく出来上がりました。最新話更新です。

随分と間があきましたが、大丈夫です。頑張って更新します。(笑)

さていよいよ花織さん御一行様異世界突入です。当初考えてたよりも愉快な面子になりました。マスターも本当は参加予定だったのですが、あまりメンバーが増えるのもどうかとお留守番とさせて頂きました。兄弟が好き放題ですし(笑)


ゆっくり更新なのに懲りずに読んで頂いている方、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い致します。

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