之にて終演
「お久しゅう御座いまする、ソフィア王妃」
錚々たる顔触れのその中央、威風堂々とする美貌の戦姫に獣人きっての隠密の者が跪く。
“速攻の女豹”の名を持つ者、ラティスである。
「ええ。大きく成りましたね。息災そうで何よりです。“速攻”」
「勿体なきお言葉、痛み入りまする。ですがソフィア様。この場は我らが王、ゼラハム公と魔女陛下が描き作り出したもの。最早この場にいる者に我が名を伏せる意味は無いかと」
「そうですね…。では改めて。私の娘、ラティス。本当に立派になりました」
戦姫が…いや、ソフィアが微笑んだ。その目は紛れも無く愛しい我が子を慈しむ、慈愛に満ちたものだ。
「王、そして魔女陛下の下知でありまする。皆々様方はこれよりガリウス城に向けて進軍、敵方の右翼側に布陣し指示があるまで姿を隠せとの事でありまする」
「…ふむ。何か策があるようだな」
窶れた身で有りながら、それでも溢れる覇気に満ちた男―――グエンが口を開く。
「いかにも。そしてこれは魔女陛下のお心遣い。最後の仕上げを皆々様方に託されたのでありまする」
この戦、魔女陛下自らご出陣なされた時点で既に終わっている。
御二方が見ているのは最早戦のその後。魔女陛下がウィアヘルムの軍を無力化し、覇王を戦場に引き摺り出し、そして極限まで追い込む。
魔女陛下は見抜いていらっしゃった。
ウィアヘルムの背後の存在、そしてそれに齎された力。
だからこそここで覇王をその力と共に亡き者にする。
しかしそれを魔女陛下は自身がやるべき事ではないと仰った。
既にその先。
場は魔女陛下が全て整える。だが覇王を討つのは虐げられた獣人族各国の王であり、戦士である必要がある。
既に我が国コルフォーナはアウベルス人魔共同体の配下だ。そしてグロスレイ、サナト王国もまた同盟国に近いが配下と言っても差し支えない。旧ケヒウスに関してはそうなる事を予測していたとはいえ興ったばかりの新興国。現段階ではアウベルスに縁もゆかりも無いが、ここでその縁を作る必要性がある。
覇王の背後の存在に我々獣人族…いや、今や同胞たる翼人族もまたその存在に弄ばれた。
ベジマール帝国。
かつて天下を太平に導いた大国。
今はその力を失ったにも関わらず、三人の王子が皇帝の座を奪い合う乱れきった名ばかりの統一政権。
その中で他と比べて力の弱い王子が他を圧倒するものを求めた。
ファルウルスにしろ、ウィアヘルムにしろそれが王子にとってはどっちでもよかったのだ。結果的に大陸の南半分を平定した国を、その力を配下にしようと画策したのだ。
それが真相。そんな事の為だけだった。
そしてあろう事かスオウ・ハーネストに、グラムハルトに禁忌の悪魔の力を施した。
だからこそ魔女陛下はお怒りであった。アウベルスに合流した折ウルミ様が仰った。
魔女陛下が悪魔を見た時の怒りよう。普段は温厚で優しい、伝説とは程遠いあの方が本当に怒られた。
故にその先だ。魔女陛下はこの先何もかもを帝国の…いや、王子の思うようにはさせないと仰った。
確かに一つに纏まる。大陸の南半分が纏まった大国となる。
だがそれは王子の国ではなく魔女陛下の、宵闇の魔女の国だ。
その為にグラムハルトの首を上げるのをこの場に揃った御方と、そして我が王ゼラハムに託したのだ。
覇王に一矢報いさせる為に各国の戦士とケヒウスの新王にグラムハルトを貫かせ、そしてとどめをゼラハム王とソフィア王妃に任せる。
これで戦後の立場がはっきりする。
魔女陛下への御恩と獣人国を纏める為の仕組みを作る為。
これが、御二方から伺った話だ。
流石に皆までは言わない。申し上げるのは魔女陛下のお心遣い、とだけだ。
だが、きっと皆様は全てを把握されたのだろう。
ソフィア様が―――微笑んだ。
「承ったわ。さぁ皆さん、急ぎましょう。ラティス、道中の案内を」
「は。御意にありまする」
「全く、凄まじいな…」
上空にて戦場を俯瞰し、トキワが呟いた。
あれは最早蹂躙。我が主君はやはり伝説の魔女。
スオウの時もそうであったが、悪魔を前にした姫は加減や躊躇といったもののその一切を捨て去る。
そこにあるのは怒り。
姫は転生したという。この浮世での伝説の最後、転生して別の世界に渡り、そして今一度この世界に舞い戻った。
姫は前世の事を多くは語らない。
それは単純に記憶が戻っていない訳ではなかろう。
トゥラも、ドリやリュアもそこに関しては口を噤む。
恐らくは、責任感。そして秘めたる何か。
微かに感じる、そういったもの。
配下としては少し悲しいが、それでも姫は姫。我ら翼人の認めし主たる者。
ふっ。
口元が少し緩む。
全てを守る為利用すると主君に選んだその相手は、それを分かって尚この俺まで守ろうとする。
グラムハルトを相手して分かった。
あんなものは敵ではない。あのまま闘っていても俺は勝っていた。
今眼下に現れた悪魔の軍勢とやらも一体一体なら何ら問題無い。
それは側にいるトゥラとて同じ事。
だがあの数は駄目だ。
あの数を相手にすれば何れ枯渇する。あれはその為の力だ。
だから姫はそれを請け負った。
この力を戦場に引き摺り出す為、この力を他に渡らせぬ為、ここで滅する為。
そして、獣人達を…我らが配下を守る為。
姫の配下は果報者だ。
「トゥラ。俺は…翼人族は姫と出会えた事、姫の配下となる道を選んだ事を生涯誇りに思うぞ」
「そうであろう。エル様の元に集った者は皆口を揃えてそう申す…さぁ、戦の終焉だ」
「あぁ。そのようだな」
眼下に広がる蹂躙劇が幕を閉じようとしていた。
ガリウス城前に広がる戦場は、凄まじい光景だった。
一方的に嬲られる覇王を名乗りし者。
そして逆上したそれは黒い軍勢を呼び出した。
しかしそれもまた一方的に蹂躙される。
ウィアヘルムの兵諸共、黒い軍勢が紙吹雪のように吹き飛ばされる。
あれが魔女の…宵闇の魔女の力。
覇王では遠く及ばない、圧倒的な力。
下知に従い、姿を隠しその時をじっと待つ。
彼らの手には既にその得物が握られていた。
我々に与えられた下知。それはグラムハルトへの最後の鉄槌。
そして私に与えられたのは、最愛のあの人と共にグラムハルトを討ち取るお役目。
身に余る光栄だ。
未だ会った事すら無いお方だが、ただそれだけで分かってしまう。
この方こそが獣人の上に立つべきお方。
少し離れた場所に、あの人の姿を確認する。
胸が蕩けるように熱くなる。
少女のように鼓動が早まる。
ようやくだ。ようやく私は貴方の元に帰って来ました。
だからこそ、今はまだ。
肺に空気を満たして落ち着ける。
貴方の胸に飛び込む為に、私はお役目を果たします。
兵達は後方にて布陣している。
あの圧倒的な力の余波を受けない為に。
もし万が一逃げ出す兵がいた時は彼等がそれを殲滅する。
そういう手筈。
だがそれも杞憂。
だってそう。もうその時が。
来たのだから。
「今だよ!!皆!!」
透き通る声が戦場に響く。戦に不釣り合いな、綺麗な澄んだ声。呼応し現れたのは三本の剣と一振りの宝剣。それがグラムハルトを貫く。
「サナトの王の剣の味はどうだ?グラムハルト」
「我らはこの日だけを見てきた。なあ、ロイ」
「そうだ。俺達は…祖国はこれで報われる」
「そして始まる。デラーズ王の託した未来が、オルティスと作る我が国が!!」
「ぐほぉあぁ…!!」
最期の声。それはただの呻き声。夢はここで潰える。
そう。グラムハルトは覇道を歩んでいたのでは無い。
覇道を歩む者を演じていただけだ。
それは正に愚者。愚者の演目。
だから、之にて終演。
「「グラムハルト!!」」
戦姫の透き通る声と老獪な賢人の声が一つに合わさり、刃が交差する。長きに渡り、離れ離れとなった最愛が再び交わったのだ。
本当に長かった。
季節が移ろい、時は無常に過ぎてゆく。
虐げられ、失ったものは数知れず。
逆らえず、言いなりになるしか無かったこれまでの時間。
それでも尚、王達は忘れなかった。
それは愛する国であり、愛する民であり。
民達もまた忘れなかった。
それは愛する家族と、そして友と生まれ育った故郷の姿を。
ザン…、と切り裂く音一つ。
交わる刃に血飛沫と、そして二つに分かれた愚者の亡骸。
天は高く、空は何処までも青かった。
戦の終焉に相応しい、演目の終演にこそ相応しい、爽やかな風吹く煌めく天空。
その天空に、ゼラハムは掲げる。勝利の首を。
一瞬の静寂のその後で、大地を揺るがす兵どもの勝鬨の咆哮。
止まらない歓声のその中央で、王達が賢王を中心として一つに集う。
賢王が、掲げていた首を捧げるように跪く。それに倣い王達も…兵も歓声を止め、跪く。
翼人族の棟梁とその配下もまた同様。
この場に立っている事を許された、ただ一人。
頭を垂れ、畏まる純白の巨馬の背に手を添え栗色の長い髪を風に遊ばせる。
その姿は伝説に聞くよりも壮麗。
「此度の戦、之をもって終焉に。獣人族を代表し、このゼラハム、敵の王を討ちまして候。ここに全獣人は我が名を持って魔女陛下に永遠の忠誠を」
「「「「「永遠の忠誠を!!」」」」」
戦の終焉と共に始まる、新たな時代。
ここに、大陸の南半分を占める超大国、新生アウベルス人魔共同体が誕生した瞬間であった。
いつも有難う御座います。そして待っていて下さった方がいれば申し訳ない、最新話更新です。
上手く纏められない(笑)ただ目指していた所には辿り着いたかな、と。この後は戦後処理になりますが、果たしてエルさんはどう処理するか。
次回もどうぞ宜しくお願い致します。




