激突
轟音が、空間を支配した。
渦雷刃の切っ先から放たれた雷鳴の刃。
蒸発するように、それは消え失せる。
その場にいた者皆等しく青褪め、息をする事すら忘却の彼方へと追いやった。
そんな中、この場でただ一人だけが全く異なる感情を溢れさせていた。
それは憤怒。
豪奢な外套に彩られた双肩が小刻みに震える。抜き身の刃に今も尚纏う龍の如き蒼白の雷火。
覇王・グラムハルト。
今しがた伝令が伝えた状況が、彼の機嫌を著しく損ねた。
ケスターの敗北。伴うトスクロワ城の奪取及びケヒウス領の喪失。更にはクシナ金山制圧に加えその戦力とボルダフを下したグロスレイの戦力のトスクロワ城での集結。
特にクシナ金山の制圧は寝耳に水の情報だった。重要直轄地には変わりはないが環境が劣悪ゆえ、押し込めたサナトの家臣達に反旗を翻す気力など残されていないと考えられていた。殆ど放置の状態であった。
度重なる各地での反乱。そう、既に獣人族の領域はウィアヘルムの手を離れていた。
不幸にも覇王の怒りを一身に受ける事となってしまった伝令がいた場所は黒く焼け焦げ、幾筋かの白煙を静かに上げていた。
「…ガリウス城の状況は?」
凍りつく玉座の間に覇王の声が轟く。静かに問いかける言葉とは裏腹に、その重みは雷鳴の如し。この場の誰しもがそこに込められた強烈な殺意を肌に感じた。
「お、恐れながら申し上げまする…!!」
産まれたての子鹿のように体を震わせ、一人の兵が覇王の眼前に跪いた。今の状況で声を発するのは自殺行為。だが誰も何も言わない事もまた、彼らの命が無くなる事を意味していた。どう転ぶかは彼次第。詰まる所彼は生贄に志願したのだ。
「せ、戦況は今なお膠着状態が続いている模様…!!敵方もまた此方を攻めあぐねているのか表立って打って出てくる気配は未だ無し!!主導権はいつでもこちらが握れるかと…!!」
覇王が目を細めた。
「…ふん…。では貴様に聞いてやろう。どうやれば主導権を握れる?」
「そ、それは…、ま、魔術兵団を投入すれば城の陥落はすぐかと…」
兵は絞り出すかのように意見を述べた。
否。それはこの場にいる家臣達の総意だ。膠着状態の戦況を有利に進めるにはそれが最適解であった。魔術兵団の魔術により城の守りを崩し、ウィアヘルム本隊を含めた総力を持ってして城を陥落させる。これまでそうやってきた。そうやって先の戦乱でウィアヘルムは勝利を収めたのだ。
「愚か者め。それこそが奴ら狙いと何故気付かん。そんな事だからうぬらは下郎共に出し抜かれるのだ」
「…め、面目次第も御座いませぬっ」
震える兵は最早顔すら上げられない。今に来るだろう死の瞬間にただ恐怖するしかなかった。
「…もう良い。貴様らを消す事も面倒よ…。分からぬのなら教えてやる。良いか、奴らの背後に何がある?」
「それは、宵闇の魔女の国…よもや…!?」
兵は一つの解に辿り着いた。コルフォーナはファルウルスと戦を行っていた。その最前線は小さな村落、アウベルス。
そう、宵闇の魔女・エルが治めるという新興国、アウベルス人魔共同体だ。
「そうだ。ゼラハムのヤツは城を捨て、そこにバルドスとレイヴンが入りそして反旗を翻した。何の為か?…魔女の助力を得る為よ。…そこまでは良い。宵闇の魔女と一戦交えるのは予の望みだからな。だが膠着状態で打って出ないと聞いて確信した。既に魔女はガリウス城にいる。そんな場所に魔術兵団を出してみろ。瞬く間に無力化されるわ」
覇王の魔力が収まった。鞘に納めた渦雷刃を小姓に乱暴に手渡し、ドカッと玉座に腰掛けた。頬杖をつき、そして見下すように兵を眺める。魔力は確かに収まった。だが尋常ではない程の殺気はそのまま。依然、場の空気は凍りついたままだ。
「良いか、良く聞け者共よ。本隊をこれからガリウス城に向かわせる。魔術兵団はその背後だ。大軍を向かわせ嫌でも奴らを巣穴から出してやる。そして戦力を消耗させた所で魔術兵団を投入せよ。どのみち魔術兵団を後詰めにしても宵闇の魔女は出て来る。故に先鋒は…予だ」
「な、なんと…!!」
「大方狙いは予であろう。分かっているならばこっちから出向いてやるわ。…異議は?」
溢れ出る殺気そのまま、覇王は問う。そう、これは問ではない。理解への確認だ。既に決定された事項故に誰も意見は出来ない。
暫しの静寂のその後で覇王は一言だけ発する。腹に響くような、低く重い獣の唸り声のようなその声で。
「出陣する」
ラティスは走っていた。
足音は無く、それはまるで吹き抜ける風の如き。
王、そして主たる魔女陛下の勅命を果たさんが為、ただ走る。
一番の難所はやはり、城の眼の前だった。
敵の軍勢の規模は凄まじかった。城の中から眺めるのと目の前に広がる軍勢を見るのではやはり迫力が違った。あれで本隊ではないと言うのだから恐ろしい話だ。
敵兵に気付かれないよう慎重に迂回し、充分に距離を取ってからラティスは魔力を解放した。両脚に全ての魔力を込め草原を、そして森を駆け抜けた。
主だった街道は避けた。今、敵方の戦力がガリウス城に集中しはじめているとはいえ、まだ何かを企んでいる可能性も捨てきれない。ケヒウスに戦力が集結したのだ。無論、敵もそれを把握している。さらなる軍を派遣していてもおかしくはない。だからこそ、ラティスは道なき道を駆け抜けた。
彼女は忍。常に任務は単独行動。勿論、集団で連携を取るのも一つの手段だ。その方が効率がいい場合もある。
だが彼女は常に一人だった。たった一人でこれまで任務をこなし続けてきた。否、だれも彼女には追いつけなかった。
速攻の雌豹。その二つ名の示す通り誰も彼女の速さに追随出来なかった。
事実、ラティスは既にケヒウス領の南部へと到達していた。目指すトスクロワ城は領土の北側に位置する。このままの速度を維持すればそれ程時はかからない。
だが彼女とて生身の獣人。ここまでひたすら走り続けたが故魔力も相当量使い込んだ。もし敵と遭遇する様な事態となれば任務を完遂する事が出来ぬかもしれない。忍としてそれは決して許されない事。以前のような事は例外中の例外なのだ。だからこそ彼女は休息を重要視する。幸い、現在いる場所は森の中。姿を隠すにはうってつけの場所であった。
脚に込めた魔力を解き、緩やかに停止する。手近な地表に現れた木の根に腰掛け、少ない荷物から水筒を取り出しグッと煽った。
殆ど音を鳴らさず、水を流し込み、喉の渇きを鎮める。
流れるような動作だった。水を飲む動きすら、無駄がない。その間、勿論警戒は怠っていない。彼女にとって任務中の休息は体を休める事だけを意味している。精神までは休めない。
ふとラティスは茂みの一点を見つめた。
違和感は、ない。
だが、彼女は感じた。それは人の気配。しかもそれも集団だ。これが彼女が忍びたる所以。遠く離れた場所の存在をも察知出来る。逆に自らの気配も完璧に絶ってしまう事が出来る。彼女の気配に気付けたのは後にも先にも魔女陛下とその配下くらいだ。
距離は未だ遠い。
ラティスはすでに立ち上がっていた。
確かめる必要がある。
気配を遮断し、足音無く歩き出す。
一陣の風が吹いた。
そこにラティスの姿は既に無かった。
所は戻り、ガリウス城―――。
戦況は未だ膠着状態。
空は今にも降りそうな、曇天の空。
空気は、酷く重い。
両軍とも小競り合いをやめ、睨み合いを続ける。
奇妙な静けさが、戦場を支配した。
だがそれも唐突に終わりを告げる。
覇王の出陣。
彼が先鋒を務めるという下知は、ウィアヘルム全軍に良くも悪くも衝撃を走らせた。
総大将が戦場に現れるとあらば士気は上がると言うもの。
しかし、兵たちの心の内にある物はただ、恐怖。
彼の治世となってから過去数度、覇王は出陣した。
兵たちはその時の光景を覚えていた。
彼の戦いぶりたるや正に悪鬼羅刹の如き。
だからこそ、だ。
頼もしくもあり、そして恐ろしい。
覇王を乗せた黒馬が進む。
兵たちは静かに道を開ける。
それは彼の歩む覇道。
そして最前列にて彼は止まる。
前方に聳え立つは堅城、ガリウス城。
覇道に障害物は、不要。
鞘からスラリと渦雷刃を抜き放つ。途端に溢れ出す、暴力的な魔力の奔流。蒼白の雷龍が刃に纏わりつく。
ゆったりとした動作で刃を振り被る。そして。
覇王は嗤った。
振り下ろされたと同時に放たれる閃光の如き雷鎚の咆哮。轟音が遅れて周囲に轟く。
そして城壁が無惨にも…
崩れなかった。
覇王の雷鎚が、裂けた。
裂けた、という表現で間違いない。
左右に分かれたそれは霧散し、裂いた剣戟が空へと一直線に立ち昇る。
剣戟が曇天すらも切り裂いて、真っ青な空が現れた。
陽光に照らされたその場所に立つは漆黒の翼が一際目を引く黒髪の武士。
両手に握られた白と黒の二振りの刀。
緩やかに構えて一つ笑みを浮かべる。
「グラムハルト。俺が相手を致す。…トキワ・ハーネスト、参る!!」
第二次獣人の乱最大の大戦、獣魔合戦がここに幕を開けた。
いつも有難うございます。最新話更新です。
少しでも楽しんで頂けたら幸いに思います。
とうとうグラムハルト出陣です。彼はどう暴れるのか、エルさん筆頭にアウベルスの面々はどう動くのか。
思い描く道筋はありますがさてどうなる事やら(笑)
これからも宜しくお願い致します。




