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魔女の異世界戦国奇譚  作者: 浅月
31/41

篝火とともに


 トスクロワ城。そこはケヒウスの首都の中心であり、そして言うまでもなくケヒウスの王族の住まう場所であり、そしてまつりごとの中心地…であった場所。


 デラーズ公以下王族郎党尽く打首に処され国は滅び、トスクロワ城はウィアヘルムの砦と化した。首都も、周辺に点在する街や村々も、そしてそこに住まう人々はウィアヘルムの『物』であり、奪われて嬲られた。


 これはウィアヘルム単一による支配の縮図だ。そう。本国さえ良ければそれでいい。地方など本国が潤う為の贄でしかない。それが、ウィアヘルム(覇王)の考えだ。


 貧困は彼らの抗う意思すら奪い、ただ無慈悲に時が流れた。人々はその日を生きるのに精一杯であった。


 たが、そうではなかった。意思は残っていた。獣の爪は折れてなどいなかった。


 オルティスに導かれ、訪れたのは街外れの小さな酒場。普段ならケヒウスに駐屯するウィアヘルムの兵士がたむろする、街の人々がけして立ち寄らない…否、立ち寄れない場所。元々は店主の趣味の反映された、洒落た店だったんだろう。年代を感じさせる調度品が静かにそう語りかけてくる。だが、店の中のテーブルや、居心地の良さそうなカウンターも、そこらかしこで不自然に修理された跡が散見された。言わずもがな、それはウィアヘルムの兵士が狼藉を働いた形跡であった。


「巨人の足元…ですわ」


 オルティスのその言葉にグエンは納得する。見上げるような巨人でも、その足元に潜めば案外気付かれないもの。灯台下暗し、と同じような意味合いだ。確かに普段ウィアヘルムの兵士が出入りするような所にケヒウス残党の拠点があるとは誰も思わないだろう。しかし拠点、と言っても元ケヒウスの兵士どころかここには今誰もいない。そう。店主すらも、だ。


「こちらに、グエン様」


 そう言ってオルティスは迷いなくカウンターの中に入っていく。訝しみながらもグエンはそれに続いた。


 当然の如く、カウンターの中は人一人が横移動する程度の幅しかなく、そこに向こう側からは見えないような位置に食材や樽、それに食器類を洗う設備等が設けられていた。何ら違和感の無い空間。唯一気になったのは食材の量の少なさ位か。恐らくは食材も中々手に入らないのだろう。当然と言えば当然。これが今のケヒウスなのだ。


 オルティスが樽の一つに手をかけた。身が入っていないのか、オルティスの細腕でもそれは難なく横にずれた。そこに設けられた引き戸を開けると、ぽっかりと人一人が屈んで通れる空洞が現れた。


「先に参ります。どうぞグエン様も」


 色々と聞きたい事はあるのだが、それはこの後分かるだろう。オルティスを信じるグエンは同じく身を屈め、空洞へと歩を進めた。








 

 





「ふん、ボルダフめ。所詮はこの程度か」


 玉座の間。左の足首を膝に乗せた組み方でそれを台にし頬杖をつく堂々たる男―――グラムハルトはさも些細な事であるかのように呟いた。伝令より伝えられた内容に騒然とする側近達が息を呑む。何故ならば言葉と同時に発せられた覇王の殺気に一気に空気が凍りついたからだ。どうでも良い、と捨て置くような台詞で有りながら、そこに潜むのは明らかに怒り。小姓の捧げ持つ渦雷刃がカタカタと震えた。


 ボルダフはそれなりに覇王から目を掛けられていた。下衆なやり口やその性格、それは覇王好みであったのだ。それが吹けば脆くも崩れそうなグロスレイに…しかも今回が初陣でしかもソフィアという姫君、もっと言うのであればあのゼラハムの伴侶に良いようにしてやられたのだ。膨らむ殺気がそれに耐えられない者達の意識を容赦なく刈り取ってゆく。


「まぁ、良い。あのような国、何時でも潰せる。ケスターはどうした」


 唐突として垂れ流された殺気が収まった。覇王は気分屋だ。コロコロとその時その時で感情が変わる。しかもそれを彼は抑えようともしない。一言で言えば子供。そう、ソフィアが言った通り彼はどうしようもなく分別がつかぬ子供であった。


「…はっ!!けっケスター隊、ボルダフ隊からの知らせを受け急ぎトスクロワ城へ引き返しているとの事!!」


「ケスターに伝えておけ。ケヒウスを取られるような事は予が断じて許さん、とな…」


「っ…!!御意に!!」


 ハッした表情を一瞬浮かべた伝令は直後血の気が引いた顔を深々と下げ、逃げる様にと言って良いほど足早に去っていった。


 予が断じて許さん。それは決して失敗してはいけない。もし無様な醜態を晒す様な事があればその時はケスターの命を覇王自ら奪う、という事だ。ケスターもまた覇王に古くから仕える武人。今回の仕事が終わればサナト王国一国を与える事を約束されたボルダフ同様名誉ある男なのだ。つまりは此れ迄覇王に尽くしたケスターに対し温情で最後の機会が与えられた、という事。名誉の武人ですらこの扱い。意識を何とか保っていた側近達は洩れなく皆、戦慄を覚えた。


「そこの貴様、兵に伝えておけ。予自ら出向きガリウス城を落とす。その次は…魔女の国だ。出陣の支度を済ませよ」


「はっ!!」


 声をかけられた側近の一人が応えると暫しの間をおいて皆急にあたふたと動き出した。


 覇王が出陣するのだ。滅多な事では動かない、この覇王が。


 また少し、歴史が動いた瞬間であった。









 

 

 所は代わり、ゼルネイアの森。旧ケヒウスとグロスレイを跨ぐ形で広がる、広大な森。


 巨大な溜池を通り過ぎ、使われなくなって久しい木々に覆われた山道を抜け、ソフィアの軍はもう間もなくトスクワロ城が見えて来るであろう地点まで進軍していた。


 因みに、本隊は道中岩山と溜池を爆破した部隊とも合流し、全軍ほぼ無傷の状態である。彼らは用意周到に溜池付近の岩山をも爆破し、道を閉ざした上でここまで歩を進めた。戦後、復興作業が大変な事になるであろうがそれは今は一切考えない。生きていれば後の事などどうにでもなるのだ。


「しかし姫、ケヒウスに向かうのはこの爺、少々不安ではありますぞ」

 

 今、あそこは相当荒れていると聞く。今、敵方が出払っているとはいえ普段なら好き放題に乱暴を働くウィアヘルムの兵が跋扈する、無法地帯なのだ。


「なればこそ、よ。爺。民達の不満は頂点に達している。突然隣国が兵を引き連れ訪れれば更に動揺も走るでしょう。でもあそこには未だ炎が残っている。消したはずの炎が、ね」


「ふむ…。やはり姫は爺がついていぬコルフォーナで随分と変わられましたな。爺も知らぬ事を掴んでおいでか。これで爺も安心して死ねる」


「滅多な事言わないで、寂しいわ」

 

 悲しそうな表情を作りながらもふふ、とソフィアは笑う。自分をおいて老衰以外で先に死ぬなど、この老いた兵がするはずがない事を彼女は理解しているからだ。


「では、このまま城に向かいますぞ」


「ええ。きっと、もう既に事は運んでいるはずよ」


「姫様。森の出口、見えまして候」


 少し前方を進む一人の若い兵がソフィアの駆る馬に近付き、歩を合わせるとそう報告を手短に告げた。軍の規模はウィアヘルムに遠く及ばないとはいえ五千の兵団ともなれば進軍する前方の見る視界と中枢のソフィアが見る視界は当然別物。前方より伝えられた情報が伝言され、ソフィアにもたらされたのだ。


「ええ、ありがとう。このまま前進して下さい。皆、疲れているでしょうがケヒウスに入れば休息も取れるでしょう。今暫くの辛抱を」


「は」


 若い兵は了解、と一つ軽く頭を下げ再び前に進んだ。他の兵に紛れる彼の背を見送り、彼女は思う。


 もう間もなく。間もなくあの人に逢える。あの人はいつも先を見ていた。それはとてもとても眩しくて、そしてどこまでも魅力的で。


 ソフィアは顎に手を当て遠くを見つめ、考え込む彼の姿が好きだった。その横顔を眺める度にいつも彼女の心は砂糖のように溶かされた。


 いつしかソフィアもまた、彼の様に先を見据えだした。少女の頃よりお転婆で、体の方が先に動く性分の彼女が、だ。


 少しでも彼に近づきたくて。側にいるに相応しい存在である為に。


 その為の戦でもあった。成し遂げてこそ、真の意味での再会が訪れる。


 森の先を見つめる彼女の横顔は、それは目を見張るほど美しいものであった。












 予が断じて許さん。

 


 覇王の言葉がケスターの心をまるで万力にかけたかのように、じわじわと押し潰す。


 覇王は、それは恐ろしい人物だ。それは誰よりも分かっている積りだ。


 ケスターはまだ前王の治世の頃からの家臣。幼きグラムハルトの郎党であった。


 彼は生まれながらに覇王であった。従わぬ者、気に食わぬ者、失態を犯した者、等しく制裁を加えた。


 普通なら、そんな事が続けば家臣達は反目し、排斥にかかるだろう。自分達の上に据えてはならぬと。


 だがそうはならなかった。ひとえにそれは彼が優秀過ぎたから。単純明快な理由であった。


 確かに彼は郎党達を恐怖で押さえつけた。しかし人の扱いが恐ろしほど上手かった。飴と鞭の使い分け、それこそが覇王たる所以なのだ。


 前王が崩御し、覇王が世を継いで瞬く間に獣人の領域は彼に跪く事になった。


 必然。そう、それは必然であった。覇王にのみ許される定められた覇道。


 覇王は言った事は必ずやる。全てのものに対する辛辣な平等。


 故にケスターは怯えるのだ。これまでも幾度となく彼は危機に瀕した。


 しかし幸か不幸か彼は全てを乗り越えた。そして覇王の元、家臣として重要な位置にまで上り詰めた。


 だが今回は違う。


 言ってしまえば飛び火しただけ。彼自身には何の落ち度もない。予定通りトスクロワ城を出陣し、予定通りサナト王国に向かっていただけ。ただそれだけだ。だが無残にもボルダフが敗退し、敵がトスクロワ城へと向かっている。しかもそれがあのゼラハムの王妃なのだ。


 自身の思惑通りに事が運ばぬ事を覇王は極端に嫌う。幼き時より傍で見てきた彼だからこそ理解出来てしまう。覇王の怒りを。その子供じみた感情を。


 もう間もなく城が見える。城に戻りさえすれば命はまだ繋がる。例え今の地位から転げ落ちようとも、命だけは繋がる。


「急げ…!!もう間もなく―――」


 ケスターが後続の兵に言葉をかけようとした、その時だった。











「…おお…兵士長殿…!!」


「!?ベイスか…!?」


 オルティスに導かれた洞穴のような通路の先、そこには扉が一つ設けられていた。ガチャリとノブを回しそれを開けるとそこには数名の兵士がいた。どれも全て見知った顔。見間違える筈もない。全員が全員自ら鍛え上げた最も信頼を置く部下達…通称、御剣セイバー。その御剣の中でも最も武勇に優れた男、それが今目の前に立つベイスだ。


「生きて、いたのか…!!」


「…はっ!!御剣に属する者、誰一人として欠けてはおりませぬ!!我らは皆、兵士長殿のご帰還を心待ちにしておりました…!!」


「そうか…そうか…。皆無事でいてくれた…!!」


 全て失った筈だった。皆、生きてはいまい、そう思っていた。残酷に、無慈悲に尽くが露と消えたと思っていた。


 目を逸らし、自身が腐って死を望んでいたその間、彼らはその爪牙を研いでずっと待っていた。ただ再興のその時を。そして…グエンを。


 彼らは皆一様に窶れてこそいたが、その瞳はあの頃のまま強い輝きを湛えていた。だからこそ、だ。グエンはただ是迄の自らの堕落した日々を恥じた。そして今一度思う。そう、俺は剣なのだと。この国を護る一振りの刃なのだと。


 静かに瞑目し、そしてグエンは刮目する。


「…ベイス!!状況報告!!」


 ベイスはその瞳を輝かせた。そこにいるのは紛れもなく自らがその背を追いかける続けたケヒウスの兵士長その人だった。


「…はっ!!現在トスクロワ城に詰めていた敵方の兵はグロスレイ、サナト王国に進軍しております!!しかしグロスレイへの侵攻は失敗に終わり、更にグロスレイ軍はトスクロワ城を奪取せしめんと進軍中であります!!サナト王国攻めの部隊はトスクロワ城を守らんが為軍を引き返している模様!!」


「城の取合いか。我らがデラーズ公のいえで好き勝手してくれる…」


「兵士長殿、準備は整っております。ここは王都より少しばかり離れた地でありますが奴らは我々に時間を与えすぎた。この洞穴を抜けた先、馬をご用意しております。そこから飛ばして向かえば王都には直ぐに着くことが可能でしょう。街の人間は我らが動くとあらば後から続く形で進軍する手筈に。そして王都には我々に味方するケヒウスの民達が控えています。城は今手薄。奪還は容易でしょう」


「そうか。だが猶予はあまりないな。ゆくぞ、御剣。王都へ帰還する!!」


「「「はぁっ!!」」」


 グエンは思う。本当はそんな簡単な話では無いだろう。元より御剣達は自身が育てた優秀な兵達だ。そんな事は百も承知な筈。


 だがそれでも今日この日の為に彼らは足掻いてきた。準備を怠らなかった。彼らの顔を見ればすぐ分かる。


 だから俺は彼らを導こう。あの時の様に皆の前で剣を振れなくとも。腰に差した蒼珠紫陽花がトクン、と一つ脈動する。





 もう、逃げない。


 









「ぐあぁぁ!?」


「うわぁぁ!!」


 背後で複数の声がした。否、それは断末魔。全軍の先頭で疾走するケスターのその背後。つまりは軍の横面であり、彼の軍の中枢だ。そこから響く叫びはケスターの潰れかかった心を容赦なく甚振る。


 恐る恐る振り向くとそこには数名の…馬を駆るその姿勢のまま中途半端に千切れた首をぶら下げた、供回りの騎馬兵…だった肉塊。


「う、うわぁぁぁあああ!!」


 堪らずケスターは馬の操作を誤り落馬する。それに連鎖して後続の部隊の馬も混乱し、雪崩が起きるが如く次々に転倒、落馬、あらぬ方向への離脱。たった一度の攻撃でケスターの軍は崩壊し始める。


 なんと呆気ない事か。こんなにも簡単に軍が崩れるとは。そもそも、だ。誰が我が軍を襲ったのか。ケスターは混乱する頭で状況を考察するがまるで心当たりがない。グロスレイがここまで迫った…とは考えられない。奴らの狙いはあの城に入る事なのだから。サナト王国にしても今は殆ど空の筈。だとすると、本当に分からない。


 いや、もしかして。


 ケスターは一つの可能性に達する。サナト王国がかつて保有し、今は本国の管理する所の直轄地。


 クシナ金山。彼処に人夫として押し込められたのはサナトの家臣達。


 あり得ない話ではない。今、このウィアヘルムの領土全域がかつての様に乱れている。


 乱世が呼び起こしたのだ。眠りに甘んじた獣達を。


 ケスターは落馬の激痛に強張る体を強引に動かそうと試みる。早く態勢を立て直さねば、と。でなければ確実に失態の烙印を受ける事となる。


 今まで、何度も軍を率いた。これまで何度も戦に赴いた。


 戦は戦。ここでは命の重さなど無きに等しい。命とは戦力。それ以上の意味は、ない。


 何度も兵の死など見た。惨たらしく転がる兵の残骸なんて、見慣れた筈だった。


 それに恐怖した訳ではない。ただ覇王が恐ろしいから。希望が崩れたから。それだけだ。


 …違う。


 違う。


 違う!!


 ケスターは死を恐怖した。恐怖したのだ。生まれて初めて感じる自らの死への気配。


 失態から来るであろう死への恐怖。だが彼は何処かで上手くやれば回避出来ると信じていた。例え今まで覇王に切り捨てられた者達を見ていても、自分は大丈夫とそう思っていた。そしてそれに今気がついた。本当の意味で恐怖してはいなかった。


 だが今感じるこの体の震え。激しく感じる嘔吐感と生暖かく広がる股間の染み。身体を襲う激痛よりも生々しく感じるそれらは紛れも無い死神の抱擁だ。


 そして首筋に感じる冷たく硬い気配。


「…言い残す事は?」


 頭上から響く声。


 何とか顔を上げる事に成功する。


 離れた位置の軍はもう軍ではなかった。


 そして目の前に立つ三人の獣人。


「…是非もない。だが…ただ恐ろしい」


 上げた首を再び下げる。


 彼の顔は、もう見えない。

 


「死ぬのが、怖い。だから、解放してくれ」


 

 


 

 それが最後の言葉だった。

 

いつもありがとうございます。最新話更新です。


獣人編、長くなってしまいました。ようやく少しだけ佳境が見え始めた気がしますがこれ上手く纏まるのか(笑)


出番の無い魔女姫様でありますが彼女は主人公です(笑)きっと暴れてくれるはず。なので某シスターみたくなんとかさんにならぬよう覚えていてあげて頂けると嬉しく思います(笑)


これからも引き続き宜しくお願い致します。



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