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魔女の異世界戦国奇譚  作者: 浅月
30/41

雨上がりの紫陽花


 さて、ソフィア率いるグロスレイ本国の勝利に終わった此度の戦。そのままソフィアは山を越え、一路軍の出払った旧ケヒウスが王城、トスクロワ城を目指す。


 一方、サナト王国を攻めんが為トスクロワ城を出た部隊に、ボルダフ隊敗北の知らせが届く。ボルダフ隊はウィアヘルム国軍の中において数々の戦で功績を飾った有名な部隊であった。それが事実上敗北し行軍不能となった事実は彼らに衝撃と焦りを与えたのであった。


 サナト攻略隊はグロスレイの軍が向かった方角からトスクロワ城攻略が狙いだと察知し、サナト攻めを保留として軍を引き返し始めるのであった――。







 ケスターは焦っていた。手綱を握る手は汗でじっとりと濡れている。ボルダフ隊より届いた知らせは、彼に言いようのない不安感を抱かせていた。


 順調な筈であった。サナト王国北方の出城を任される事が決まった直後の出陣。簡単な戦。これが終わればサナト一国を与えられる筈だった。既に決まった出世であった。


 だがこのままではこの戦、失敗に終わってしまう。簡単な戦でも、重要な任務には変わりが無い。それが失敗となってはあの覇王の事だ。自分の行く末など用意に想像出来てしまう。


 ケスターは悪い想像を追い出さんが為、軽く頭を振った。まだだ。まだ、間に合う。


 何としてもトスクロワ城に戻らなければ。彼処を敵の手に渡す訳にはいかない。


「皆の者、急げ!!我らが城は近いぞ!!」



 狼狽し、やや統率の取れなくありつつある軍勢に声を張り上げ鼓舞するも彼自身、余裕は何処にもなかった。






 


「ロイ。風向きが変わったな」


「どうする?再びの進軍をこのまま待つか?」


 急拵えの簡素なテーブルに向かい合い、二人の男が話し合う。ロイとアルフレドだ。ケヒウスより出立したサナト攻略隊を挟撃するのも間近な頃、突然の状況変化。動くにせよ留まるにせよ、迅速な判断が今彼らに求められていた。


「いや、アルフレド。我らとて備えには限りがある。何より時を重ねれば皆の士気に関わるだろう」


「そうだな。ここは別働隊と合流して先に本国に帰還し更に体勢を整えるのが妥当か」


 アルフレドはふぅ、と一つ息を漏らした。いかな屈強な彼らとはいえやはり生身の獣人。何時までも興奮と緊張状態が続く訳ではない。それは指揮をとるアルフレド達とて同じ事だ。事実、鉱夫として日々労働をしていた疲労もさることながらクシナ金山攻略直後とあって実際には彼らの肉体は随分と疲弊している。十分な施設で休養をとる必要性は急務であった。此度の戦闘は金山攻略の勢いを利用した作戦でもあったのだ。故に時間を無意味に費やす訳にはいかなかった。


「どうやらグロスレイを攻めていた部隊が負けたようだな」


「ディア、それは誠か?」


 話し合う二人の元にディアが姿を現す。一つ空いた席に座りつつあぁ、とアルフレドに短く答えた。


「奴らに紛れさせていた間者からの情報だ。グロスレイの軍がケヒウスに向かっているそうだ。拠点を落とされたら国攻めもクソもないだろう。奴ら、相当焦っているぞ」


「成る程な。それでこの事態か。ならばこれは好機だな」


「お前もそう考えるか、ロイ」


 アルフレドがニヤッと笑った。今彼らは相手に存在を勘付かれず背後にいる状況。そしてケヒウスにはグロスレイが向かっている。


 これは、間違いなく好機であった。


「今、我らの他二国もウィアヘルムと事を構えている。目的は同じ。…やるか」


「あぁ、トスクロワ城へ向かうぞ。別働隊にも連絡を、ディア」


「任せておけ、ロイ」


 三人は同時に立ち上がった。目まぐるしく状況は推移している。今、この好機を逃す訳にはいかない。彼らの眼がそれを雄弁に語っていた。


 今、トスクロワ城攻防戦が幕を開けたのだ。










 王都から離れた小さな街の薄暗い路地裏に、壁を背にして座り込む男が一人。手には酒瓶、髪は伸び放題に無精髭、そして服はあちこちボロで繕った形跡もない。男は酷くやつれていた。


 最近、何やら街が騒がしい。だが今彼にとってそれは最早どうでも良い事。手に持つ酒瓶をクッと煽ろうとして傾けるが中身は既に無く、一瞬忌々しげにそれを眺めたが直後乱暴に対面の壁に投げ捨てた。


 街の喧騒から外れた静かな路地裏に硝子の割れる音が虚しく響く。しかしそれも一瞬で、再び辺りは静寂を取り戻す。


 男は戦士だった。名も無き一兵卒から研鑽を重ね、その力量と得た人徳で国軍の兵団長にまで上り詰めた叩き上げの戦士だった。


 あの日、全てが瓦解した。無力なものだ。壊れるのは一瞬だった。そう、たった今彼の放り投げた酒瓶のように、粉々に。バラバラに。


 男は瞑目し、顔を伏せる。このまま時が経てばきっと終われる。もう、考える事も疲れ果てた。失意はただ彼の生きる意志を際限なく食い荒らす。だが、無情にもこの世界は彼を解き放ってなどくれない。幾度となくこうして意識を手放すが、最悪の気怠さと周囲の悪臭がその度に彼を呼び戻す。


 もう、放っておいてくれ。男の唇が力無く微かに動いた。それは無意識下の反応。声に出す気などなかったのに、だ。だがそれが彼に自身の死はまだ遠い事を否応なしに実感させる。


 男は目を開き、顔を上げる。目に映るのはいつもの薄汚れた壁だった…筈だった。


「…やっと、見つけました…。グエン様…!」


「?…オルティス様…!?」


 男―――グエンは目を見開いた。そこにいたのは背に体に不釣り合いな大きな包を背負った一人の少女。微かに茶の入った長い髪、そこから覗く狐の耳、長い睫毛を讃えた大きな緑の瞳、小柄で華奢なその体…随分と粗末な衣服を纏っているが、見間違える筈もない。主君デラーズ公が一人娘、オルティス王女その人であった。


「生きて…生きておいででしたか…オルティス様…!!」


 動く事を手放して久しい軋む体を、残る力で強引に動かしグエンは跪いた。それは体の細胞一つ一つに染み着いた戦士の忠誠の所作。ともすれば脆くも崩れそうなほど窶れきった彼からは想像出来ない程、その動きは完璧で優雅な物であった。だが肉体に蓄積された淀みは彼を確実に蝕んでいる。突然の喉の震えに気道は急激に圧迫され、グエンは盛大に咳き込んだ。そんなグエンをオルティスは静かに抱きしめ、彼が落ち着くまで背中を優しく擦った。


「…よかった…。随分と探しました…グエン様…」


 顔を上げたグエンに、オルティスは微笑みかけた。少女らしい、風に揺らぐ可憐な花のような笑顔だ。それはあの時から変わらない、彼が命を賭して護ろうとした唯一無二の笑顔。


「しかし、あの時確かにオルティス様は…」


 処刑された筈だった。デラーズ公以下王族に列する者やその郎党と共に。

 


 『そなたはケヒウスの宝。我ら亡き後そなたまで失う訳には参らない』

 


 蘇る最後に聞いた主君の言葉。グエンはあの日、生かされた。運命を共にする覚悟を決めた彼を、王は生かした。


 城の最下層、誰も知らぬ地下牢に彼は入れられた。見張りはいない。暫しの間、声の限り人を呼びかけたが反応は無く、疲れ果てた彼が牢の壁にもたれかけた。その時、グエンは見つけ出す。


 それは隠し通路の入口だった。巧妙に細工をされた床の石畳を動かすと、そこに更に地下へ潜る階段が現れた。長い回廊と上に続く階段を登ったその先、そこは城外のとある教会であった。


 見覚えある古めかしい教会。幼き日、まだ戦士を志すその前に過ごした教会だ。彼は孤児であった。久方振りに再会した神父殿は彼を優しく迎え入れてくれた。


 神父は告げる。今日がその日だと。刃の落ちるその時だと。

 

 彼は向かった。力の限り駆け抜けた。息が切れるのもお構いなしに。


 若き日に、胸に決意と希望を持って仰ぎ見た王城とその門前の大広場。





 そこに並ぶ…




 敬愛する王とその一族たちの…


 

 



             首。





 いつからか雨が降っていた。いや、それは雨だっただろうか。ただ一つ分かる事は頬が濡れていた。それだけだった。


 叫ぶ事が出来なかった。声の限り叫びたかった。駆け寄りたかった。怒りに任せて暴れたかった。


 しかしそれは許されなかった。群衆のその最中、ただ見つめる事しか出来なかった。物言わぬ敬愛する王を。愛し合ったその人を。


 それから彼は荒れた生活を送ってきた。国が滅び、城も王都も乗っ取られ、何も出来ずただ悪戯に時は過ぎた。


 王を…オルティスを護る事が彼の全てだった。だから、彼は全てを失った。


 だが、今。目の前に彼女がいる。最愛の、護るべき大切な存在が。オルティスが。


「…私は、父に…王に逃されました。影武者を身代わりにして。私の代わりにあの子は…」


 オルティスのその大きな瞳が潤み出した。きっと、彼女は自分も運命を共にすると王に進言したのだろう。自らの代わりに人が死ぬなど誰が耐えられようか。だが、王はきっとそれを許さなかった。王家の血筋を残す為、やがて来るその日の為。


 グエンは彼女の肩にゆっくり手を回すと、その小さな体をそっと抱きしめた。紛れもない、最愛の人の温もりがそこにあった。


 暫し、そのまま時が流れた。永遠に続くかと思われた絶望が、今終わりを告げたのだ。二人はお互いの瞳を見つめ、どちらからともなくお互いの唇を重ね合わせた。過ぎ去った時を埋めるかのように、もう二度と離れてしまわぬように。


 散々お互いを確かめあったその後で、唇を離したオルティスは少しばかり気恥ずかしそうにふと目を逸らした。そんな彼女をグエンは愛おしく感じ、再びその細い体をそっと抱きしめた。


「…グエン様」


「いかがされましたか、オルティス様」


「私は、ずっと貴方の事を探しておりました。あの後城は奪われ、国は解体され…兵士の皆様は剣を奪われ散り散りになりました。ですが、少しずつ皆様は集結して今この街で力を蓄えています。グエン様、今この獣人の領域がどうなっているかご存知ですか?」


「いや、俗世を離れて久しく、恥ずかしながら存じ上げておりません」


「…遠くはファルウルスのスオウ・ハーネスト公討死から端を発する一連の騒動で獣人族の各国は再び戦乱の渦中にあります。ここケヒウスに駐屯していたウィアヘルムの部隊はサナト王国、並びにグロスレイを攻める為軍を動かしました」


「…なんと…!!」


 街が騒がしい理由が分かった。城から離れているこの小さな街にも、その影響が出ていたのた。


「トスクロワ城は今文官と僅かな兵しかいない…言わば空の城です。随分と待ち望んだ好機」

 

 そこで彼女は言葉を切った。本当は愛する彼にこれ以上傷付いて欲しくない。漸く再会出来たこの人を戦火の中に送り出す事などしたくはないのだ。このままどこか戦から遠く離れた場所で静かに二人過ごしたい。それが彼女の本心であった。だが、彼女は選んだ。選んだのだ。


「…皆様、貴方の帰還を心待ちにしております。どうか、再び剣を取って頂けませんか?」


 グエンは全て理解した。自身を戦わせたくないと思う彼女の心を。自分の為、国の為戦う事を決めた兵の為、彼を連れ戻したいと思う心を。


 元々、その為に選んだ道だった。神父殿の制止も聞かず、半ば飛び出すように教会を後にしたあの日の光景が蘇る。


 今、彼は衰えた。以前のように剣を振れはしないだろう。だがそれでも彼はケヒウスの剣なのだ。だからこそ彼はごく自然にその言葉を口にする。


「仰せのままに。私は貴女の、ケヒウスの剣。見事、ケヒウスを取り戻して見せましょう」


 姿かたちはそのままだが、先程までの落ちぶれた彼ではもうない。漲る覇気が、両の眼が物語るのだ。そう。剣が輝きを取り戻したのだ。


「行きましょう、オルティス様」


「!!グエン様!」


 彼女瞳が再び潤む。彼女の目に映るのはあの時と同じ、自身の全てを捧げると誓った最愛の、その人。


「これを、グエン様」


 オルティスは背中の大きな―――布に包まれたそれを大事そうに胸に抱え直し、そしてグエンに手渡した。包の紐を解いたその中にあった物。




         魔霊神器・蒼珠紫陽花そうじゅのあじさい




 ケヒウスに伝わる王家重代の名剣。刀身はまるで雨に濡れたかのように蒼く煌めく。柄や鍔、そして鞘は目にも鮮やかな緑で、一見華奢で豪華な拵だが実際には扱いやすさを追求した見事な形状だ。そして柄頭には透き通る水色の宝玉があしらわれている。そう、宝剣と呼ぶに相応しい見事な逸品であった。


「父から、これを預かりました。時が経てばグエン様に手渡せ、と」


 それはつまり、託されたと言う事。王は彼に賭けたのだ。このケヒウスの未来を。全てを、だ。


 鞘から抜いて軽く振ってみる。魔霊神器とは魂すら持つ神秘の武具だ。今まで感じた事のない、凄まじい魔力が握るその手から彼の中に流入する。我の守護するこの国を取り戻せ、と言葉ではない何かで心の中に鳴り響く。


「グエン、只今参る」


「はい…!!」



 後の世に後ケヒウスと呼ばれる王国の、初代国王とその王妃の誕生の瞬間であった。






 

 


 

「皆、準備は出来た?」


「ああ、姫。問題ない。全軍、何時でも動けるぞ」


 街の西門の前、トゥラちゃんの背に跨り皆の前で問い掛けた私に、代表して総大将のトキワくんが報告してくれた。私の隣にはゼラハムさん、ウルミちゃん、レイちゃん、ドリちゃん、リュアちゃん、全軍の一番前にはトキワくん。随分と規模、大きくなったなぁ。


 そうそう、コルフォーナの合流もあって、今回から軍を大きく四つに分ける事にしたんだ。シュエンくん率いる翼人族で構成された空軍と、ベイヤードさん率いる獣人族の陸軍、ツルバミくん率いる特殊部隊、そして私とトゥラちゃんに随伴する形で黒霧の森の魔獣数十体といった具合。あ、因みにウルミちゃんとドリちゃん、リュアちゃんの三人は今回はお留守番。本国に何かあった時の為に残ってもらう事にしたんだ。勿論黒霧の森にはまだ魔獣を残している。最悪の場合、そこに街の人が逃げ込む算段になっているんだ。


「そっか。今回の戦は長丁場になりそうだから皆、大変だけど頑張ってね」


「「「は!!」」」


 皆凄い気合い入ってる。コルフォーナの獣人族達は特に。だってそうだよね。城と国を手放してまでアウベルスに合流したんだもん。気合いが入らない訳が無い。


 今回…て言うよりこれからもだろうけど陸軍をベイヤードさんに任せたのには理由がある。何故かってゼラハムさんは戦を常に俯瞰して見れる人材。だからゼラハムさんにはアウベルスの軍師をお願いした。私と総大将のトキワくんと軍師のゼラハムさんが頭脳となって軍を動かす。勿論皆の意見は今まで通り随時取り入れていく積りだけど大元のシステムはこれでいいと思う。


 戦が終わったら国の運営方法も更に詰めていく予定だ。その辺まで一晩話合いした時にある程度はもう決めている。だから、この戦はもう通過点なんだ。


 負ける気なんて、やっぱりしない。


「では手筈通りに。魔女陛下」


「うん。それじゃそろそろ行こっか。…よし!!」


 ゼロハムさんの促しに応える。出発…ううん。出陣の挨拶をする為に私は気合いを入れ直す。仕事と一緒でやっぱり最初の挨拶が一番大事。


「皆、よく聞いて!!これよりアウベルスを発ち獣人族の領域に向かいます。先ずシュエンくんの空軍が先鋒として出発。それに続いてベイヤードさんの陸軍が行軍して下さい。空を飛べる私とトキワくんはその後に続き殿も務めます。ゼラハムさんは手筈通り空を飛べる魔獣の背に乗り私達と一緒に」


「任せろ、姫」


「御意に、陛下」


 シュエンくん、ベイヤードさんが言葉短く頷いた。


「向かう先はコルフォーナがガリウス城。グロスレイ、サナト王国の守る我が国の民の祖国の城に今一度立ち戻り、ウィアヘルムと対峙致す!!コルフォーナ、しいては他の獣人族の各国はウィアヘルムに虐げられ、奪われ、支配されるだけの供物か!?否!!魔女の比類無きつわものども、そうだろう!!翼人族も良く聞け!!我らが姫の臣民を助け、そして宵闇の魔女の名とアウベルスの名を天下に示せ!!」


 トキワくんの問い掛けはまるで撃鉄。発射を今か今かと待つ弾丸に、士気の高揚という衝撃を与える。答えは明白。轟くような咆哮がアウベルス中に響き渡る。


「行くよ!!出陣!!」


「「「はぁっ!!」」」


 翼人族達が空に上がる。漆黒の翼が空の青の中、花弁のようにパッと咲いてそして風に流れた。飛翔する彼らに続き獣人族も行軍を開始する。ザッザッザッ、と軽快な足音を響かせて、彼らは一路祖国を目指す。


「姫」


「うん。トキワくん、ゼラハムさん。じゃあ私達も行くよ、トゥラちゃん!!」


「お任せあれ!!このトゥランヌスこの時を待っておりました!!」


 ドン、と大砲の様な激しい音を立て、大鎌を携えたこの世界に在るまじき異国の装いの魔女を乗せた白銀の魔獣王が空へと上がる。そして二本の刀が目を引く緑黒髪の翼人と、魔獣の背に乗る壮年の獣人もそれに続く。





「鎌柄愛流…宵闇の魔女・エル、行くよ!!」



 



 

 

 

 


 

 

いつも有難うございます。最新話、更新です。


登場人物いっぱい増えすぎ、エルさん出なさ過ぎ、難しい事この上ない(笑)


生暖かく見守って頂ければ幸いです。

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