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魔女の異世界戦国奇譚  作者: 浅月
3/40

宵闇の目覚め


 闇が、微笑んでいた。永遠に続くかのような長い、長い静寂の支配する回廊に二つの音だけが響き渡る。

 

 

 コツン、コツン。コツン、コツン。

 


 一体、何時頃からこの闇は存在するのか。薄っすら見える冷たい石壁は何も語らない。

 だが、それだけにこの遺跡の神秘性は増しているように感じる。古い伝説が実際の物だと、そう思えてくるのだ。


 少女は松明で闇を照らしながら前を行く壮年の男の背を眺め、考える。

 それは故郷の村であり、父であり、亡き母であり、村の人々であり。


 私は無鉄砲だ。その自覚がある。思い付いたら先に体が動いてしまうのだ。幼い日から幾度となく父に諌められたが、この性分は直りそうもない。今回村を飛び出したのも殆ど思い付き。後の事など何も考えていなかった。それに彼を付き合わせてしまった事に僅かばかりの後悔を…いや、訂正しておこう。

 

 後悔などなかった。罪悪感は感じ無くもないが。


「お嬢」


 ふと男が足を止めた。何事かと思い前方の闇を凝視する。

 

 そこは巨大な部屋の入口だった。どうやらこの空間こそがこの遺跡の最深部らしい。私達はそっとその部屋に足を踏み入れた。

 辺りを見渡して見ると今迄通って来た通路と比べて僅かばかりだが厳かな雰囲気を感じた。その最たるものはやはり中央にある円形の祭壇のような場所だろう。上に登れるようにそこには短めの階段が設けられていた。


「…見つけた…。ここにあの伝説の魔女が封印されているんだね…」


「…言い伝え通り、でございましたらな」


 少女の呟きに男は答えた。この世界に住む者なら誰もが知っている、一つの伝説。

 

 かつて混沌の時代に現れた存在。その膨大な魔力を持って世界に破壊をもたらした一人の女。

 

 その女の名は宵闇の魔女・エル。


 

 全てを破壊し、一つの時代を壊し、そして眠りについた場所がこの遺跡。…いや、そう呼ばれていると言った方が正しい。

 確かにこの正体不明の遺跡は遥か昔からこの場所に存在している。だが、遺跡が実在するからといって伝説が本当だとは限らない。

 

 あくまでただの伝説。誰も宵闇の魔女の実在を信じてなどいなかった。故にこの遺跡の詳しい調査などされる事もなく、今に至るまで放置されてきたのだ。勿論今の時代が関係していない、といえばそれは嘘になる。世は群雄割拠の戦国乱世。要するに人族にしても魔族にしても不確かな伝説について調査するような余裕などありはしないのだ。


 では何故少女はここに来たのか。


 理由は一つ。宵闇の魔女の助力を得る為。


 …伝説に縋るしかなかった。それ程までに彼女の故郷の村は危機に瀕している。魔族同士の戦に巻き込まれては非力な人族に対抗する術など有りはしない。

 近くの村々も既に滅んだ。村を放棄し、散り散りになったのだ。

 もう残されているのは彼女の村だけになっていた。


 少女は足を踏み出し、祭壇への階段の前で跪きそして祈りを捧げる。


「お願い、どうか覚醒(めざ)めて。私達を助けて…!!」


 石造りの空間に木霊する悲痛な懇願。

 

 それに答えるのは静寂のみ。

 

 だが、彼女は尚も祈りを捧げる。

 

 無意味な事かも知れない。何を私はやっているんだと心の中で声がする。

 

 だけど、やらないよりはやる方がいい。それが私の心のもう一つの声。


 何時だって信じて来た私の声。

 

 

「覚醒めて、宵闇の魔女、エル…!!」




 

 


 

 














「あぁ~~!!」

 

 落下。ただただ落下。暗闇の中永遠と続く光のトンネルを、私は泣きながら落ちていく。

 時折、先程と同じような魔方陣の中をくぐり抜け、その度に記憶の中に何かが入ってくる感覚がした。その正体は不明。

 だけどなぜだろう?異質なはずのそれは不思議と私の中にすんなりと収まってゆく。まるで手放した物を取り戻したかのような、懐かしさと共に感じる充実感が心の中に定着していくかのような感覚を覚えた。

 

 何かを思い出そうとしている?


 けれどそれが何なのか分からず…って、いやそうじゃなくて!!


 今はそんな事言ってる場合じゃないの!

 

「た〜すけてぇ〜!!」

 

 不思議な光の奔流。通り過ぎてゆく今。木霊する私の叫び。目から溢れる涙がどんどんとその場に置いてけぼりにされてゆく。

 情報過多な現状に私の理解は追いつかない。


 と。唐突にピンクとも紫ともつかない光の色が失われ、閃光のようなより激しい物へと変化する。反射的に私は顔を腕で覆い、目を瞑る。


 一体今度は何なの!?



 

 お願い、どうか覚醒めて。私達を助けて…!!


 

 

 目を瞑った瞬間、突然心の中に鳴り響く少女の悲痛な叫び。そんな、眩しくて目を瞑ったのに、ひどい。助けてほしいのはこっちだよぉ。


 

 覚醒めて、宵闇の魔女、エル…!!


 

 え、今私名前呼ばれた?はっとしたその刹那、私の体がふわり、と軽くなる。そして。



 

          私は降り立った。

 


 

 恐る恐る目を開く。そこは冷たく薄暗い、遺跡のような場所だった。どうやら私が立っている場所は、周りより少し高い所にあるらしい。まるで何かの祭壇のように感じた。足元には階段。その階下には筋骨隆々の髭を蓄えたおじさんと、美しい金髪の勝ち気な瞳をした女の子が立っていた。

 

「え、何か違う…あれが宵闇の…魔女?」

 

 どういう事?頭が混乱しそうになってきた。ようやく落下から開放されたと思ったら、なんだかよくわからない場所に来て、しかも知らない女の子に何か違う…いったいなんなのよ〜?

 

「え、えと、はじめ…まして?」

 

 とりあえず、私は挨拶してみる事にした。


 

       “挨拶は、全ての始まりだ。”


 

 尊敬する上司が社会人に成り立ての私に一番最初に教えてくれた言葉。挨拶がなければ何も始まらない。挨拶があれば人はそれだけで小さな繋がりが出来るものだ。だからどんなに気分が晴れなくても、どんなに不安な状況でも、挨拶だけはきちんとしなさい。そう、上司は教えてくれた。

 当たり前のような事で、意外と出来ない人が多い事。だから私はその言葉を聞いてから、挨拶だけは誰にも負けないようにきちんとするようにしてきた。

 

「は、はじめまして…。貴方が…貴方が、宵闇の魔女、エル様で…しょうか?」

 

 疑問を感じながら、なのかな?紡ぎ出すように女の子は問うてきた。

 

「ヨイヤミの…魔女?確かに私はエルだけど、私の名前は鎌柄愛流だよ?」

 

「ど…どうしよう、バース!復活させる人、間違っちゃったかも!」

 

「落ち着いて、お嬢!確かにここはエル様が封印されし遺跡のハズ?…ですぞ!」

 

「ちょっと、なんで今疑問系だったのよ!」

 

「私も伝承しか知りませんから!」

 

 なんか…揉めだしちゃった。私、なんだか置いてけぼり?

 

「あ、あの何だかよくわからないけど落ち着いて…て、あ。」


 

           ガクン。



 二人の言い争いを止めようとして、数歩踏み出した所で私は体勢を崩した。そうだった。私今階段の上にいるんだった。だが気づいた時にはもう手遅れ。私の体は階下へと落ちてゆく。もう、私のおっちょこちょい!

 

「あぁ~!」

 

 私はとっさに手を前に突き出した。その手が地面に触れようとしたその時。私の手の平を中心に、巨大な魔方陣がまた現れる。そしてその魔法陣の四方に凄まじい勢いで炎の竜巻が現れたのだ…!!

 

 ふわり、と私の体がゆっくりと地面に着地する。そして、竜巻は私が着地したと同時に掻き消えたのだった。


 

 ・・・・・。


 

 目が文字通り点になる二人。本当に人は衝撃的場面に遭遇するとあんな目をするんだ。そういう私も何が起こったのか全然分からない。

 

「ご、御前にて失礼(つかまつ)り、申し訳ございませんでした!!どうか、鎮まり(たま)い下さいませ!!ほ、ほらお嬢も早く…!!」

 

 バースと呼ばれたおじさんが床を割る勢いで土下座をした。THE土下座。某常務に見せたい位に完璧な土下座。

 

「す、すいませんでした!!どうか怒りを収めてください!」

 

 金髪の少女も勢いよく頭を深々と下げる。お嬢、と呼ばれているみたいだがお嬢様というよりもとても活発そうな普通の女の子という印象を受けた。

 

「え、ちょっと顔上げて下さい!私もう、何が何やら。え…と、先ず自己紹介から始めません?」

 

 とりあえず。先ずは自己紹介。知らない人同士ならまずは軽くでも相手を知らないと。

 

「申し訳ありません。私、レイチェルと申します。ここより西の森の先の村、アウベルスの村長の娘です。で、こっちが執事のバースです」

 

「バースと申します。名乗りも上げず、面目次第もございません」

 

 二人は跪いて自己紹介してきた。何だろう、女王様みたいだ…て、私そんなキャラじゃないよ!!

 

「あの、普通にしてもらって全然大丈夫ですから!私、あ。さっきも名乗ったかな?鎌柄愛流ていうんだけど、もう状況が全然掴めなくて…良かったらお二人はどうしてここに来たとか色々教えて欲しいな」

 

 バースは御前にてそんな、とか言っていたけど何とか二人を普通に座らせ、色々と話を聞いた。普通、とはいっても二人とも正座だったのだが。

 

 先ず、今いるこの世界はどうやら…というよりもやっぱり私がいた日本がある世界とは別の世界らしい。そして二人は辺境の村、アウベルス出身だという。このアウベルス、実は今危機的状況なのだそうだ。

 聞けば獣人族と翼人族、二つの魔族の国の国境に位置する村で、この二国、停戦協定こそ結んでいるものの互いに睨み合い、いつ戦争を始めてもおかしくない状況がここ数年続いているという。戦争が始まれば魔族と比べ肉体的にも、魔力的にも劣る人族は先ず間違いなく巻き込まれ、蹂躙されてしまうだろう。近隣の人族の村々は早々に村を捨て、またアウベルスの村人も次々と行く宛もなく村を離れていったという。

 こうした状況で、レイチェルが思い出したのが宵闇の魔女の伝説。どうせ蹂躙されるなら高名な宵闇の魔女を封印から解き放ち、また可能ならば契約して魔族が血で血を洗うこの戦国の世に一矢報いたいと、僅かな希望を抱いて封印の遺跡たるこの場所までバースに護衛を頼みやってきたそうだ。

 

「な、なんか思ったよりもハードな展開…。ところで、宵闇の魔女って?」

 

「もちろん、あなた様のことでございますよ、エル様。かつてこの世が混沌期と呼ばれた時代に何処(いずこ)より現れ、全てを砕いた伝説の破壊の王と言い伝えが伝わっております」

 

 と、バースは言う。破壊の王…市山に付けられた渾名をまさか異世界でも聞くとは。

 

「でも、私、魔女って言われてもその、魔法?魔術?なんて全然わからないんだけど」

 

「何をご謙遜を。今しがたの熱魔術、大変見事に御座いましたぞ。あれだけの炎を無詠唱で出せる魔術師など私、聞いたことが御座いません」

 

 確かにさっきのは私が出した魔術なのだろう。しかし、何故急に出たのか。それが皆目検討もつかない。ふと自分の体を見遣(みや)る。うん。何も変わらない。服装も会社にいた時と同じ、私のお気に入りの洋服だ。

 

「うーん、そう言われてもなぁ」

 

 腕組みをし、悩んでみる。悩んだ所で何も解らないのだが。

 

「エル様、お願いします。どうか私達を助けて下さい!契約に必要ならば私の命を捧げても構いません!!」

 

「お嬢を一人にはさせませんぞ!このバースの命も捧げましょう!!どうか、エル様、御慈悲を!!」

 

 突然、レイチェルは正座したまま頭を下げた。バースも同じ様に私に頭を下げる。そして二人はそのまま固まってしまった。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!!そんな私、これじゃ悪魔みたいじゃないですかぁ!!…契約とかいらないですから、ほら、二人共顔上げて下さい」

 

 そう言って二人の手を取り、顔を上げさせる。



 “もう、あんたはしょうがない娘なんだから”



 花織の声が聴こえた、気がした。


 あぁ、きっと花織はいつもこんな気分だったのかな。困った事になった。でも、助けてあげたい。


 しょうがない、か。花織にいつも言われてた言葉が思い浮かぶなんて、なんだか変な感じだな。心の中でそっと苦笑する。

 

「分かりました。私、鎌柄愛流。出来る限り頑張りますね!」

 

 そう。

 

 この世界で何が出来るか解らない。なぜ自分がここに来たのかも、それすらも、だ。

 二人は私を伝説の魔女と呼ぶ。正直、そんな感覚なんて全然実感が湧かない。魔術の使い方もよく解らない。

 

 だけど。

 

 私は困った人は見捨てない。途方に暮れる人に手を差し伸べられる人で、そう有りたい。今までも、これからもずっと。

 

 だから。

 

「レイチェルさん、バースさん。皆でアウベルスを守ろうね!!」

 

 不安が無い訳じゃない。怖くないといえば嘘になる。でも、もう決めたんだ。女は度胸なのだ。


 私の名前は鎌柄愛流。渾名は不覚にも破壊王。そして。

 


 私は宵闇の魔女、エル!!

 

 

 

 愛流さん異世界到着。3話目…もとい実質2話目の更新です。

 読んでは貰えないだろう…と思っていたのに沢山の方に目を通して頂けているみたいで嬉しく思っております。

ゆっくり更新になるでしょうが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。



 



7月27日大幅追加致しました。

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