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魔女の異世界戦国奇譚  作者: 浅月
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双龍の咆哮

 一体どれだけの数の星がそこにあるのだろうか。明け方の薄明かりの中、彼女は何気なくそんな事を考えていた。空気は冷たく、だが心地よい。忍として任務に着き始めたあの頃も、非番の時はそういえばよくこうしてぼんやりと夜空を眺めていたものだ。


 忍の任務は多岐に渡る。諜報、調略、暗殺…。任務をこなしていく中で、何時しか彼女は速攻の雌豹と呼ばれる存在となっていた。


 速攻の雌豹。その名は彼女の獣人族としての特徴と、その脚力と腕力に由来する。瞬間的に出せる速度は、並の獣人族ではとても追いつけない程速く、そして小柄な体格からは大凡想像がつかないほどに力は強い。倍の体格差の相手でも引けを取らないどころか圧倒してしまう程に。


 ただ、彼女もまた年端もいかぬ少女。忍としては些か若すぎた。故に彼女は自分の心が壊れてしまわぬように、忍として生き始めた最初期はこうして何をする訳でもなくただ空を見上げていたのだ。


 いつの頃からか、その時間を取らなくなっていたのだが、何故だろうか。此度はどうにも落ち着かず、一人あの時のように夜空を眺めたくなったのであった。


 いつの間にか今日という日が始まりかけていた。だが、それでも彼女は空を見上げ続けた。


 既に見えなくなりつつはあったが、そこには無数の星の姿があった。星は古来より空に輝き、時間と季節の巡りに合わせてその位置を変え、そしてまた巡りゆく。つまりはこの世界の長い歴史において常に星はそこにあり、そしてこれからもずっとそこにあるであろう。


 だが、我々魔族に属するものは人族に比べて長く生きるとはいえ、例に漏れず何れ死する。それが世の理だ。しかしそれはきっと世界からしたら長い歴史の中ではほんの一瞬の出来事なのだろう。


 だからこそであろうか。こうしているとどうにも我々がしている事がちっぽけで下らない事なのではないか、国同士、同じ獣人族同士が争って本当にそれは意味があるのかとついつい考えてしまう。


 しかしそれでもなお私は生まれ育った祖国を守りたい。例え瞬くような一瞬の出来事だとしても、空に浮かぶ星の如く何時までも変わらず祖国がありつづけるように。そう、思うのだ。


「夜、明けちゃったね。一晩中会議だったよ」


「…え、あっ」


 突然の訪問者に彼女――ラティスは次の言葉を紡ぐ事が出来なかった。隣に立っていたのは栗色の長い髪を風に遊ばせた、風変わりな衣を纏う女、言うまでもなくこの人魔共同体アウベルスの国主、宵闇の魔女・エルだ。


 

「こ、これは失礼仕りましたっ。魔女陛下」


 ラティスちゃんは片膝をついて姿勢を正した。その姿が何処か可笑しくて私はふふっ、と笑ってしまった。途端にやらかしてしまったと言わんばかりに表情を曇らせたのでごめんごめん、と謝っておく。


「そんなに畏まらなくても良いよ。今はもうあなたはアウベルスの仲間なんだから」


 よいしょ、とラティスちゃんの隣に足を投げ出して座った。…て、座るときによいしょなんて言ったら年寄り臭いかな?


「…陛下はお優しいですね。伝承に聞く話からは想像出来ない位」


 では失礼致しまする、とラティスちゃんも立て膝から三角座りに戻って再度空を見上げた。気が付かない内に空は更に明るくなってもう星の姿は何処にもなかった。


「うーん、私ってさ、確かに前世は宵闇の魔女としてこの世界にいたんだけど、その後こことは違う世界で転生してるんだよね。だからかな?今の私は宵闇の魔女には変わりないけど厳密に言うと昔とはちょっと違うんだ」


「…えっと」


「だけどね。皆私の事頼りにしてくれるんだ。姫、なんて呼ばれてさ…ちょっと恥ずかしいんだけどね」


 本当は結構恥ずかしいんだけど、皆に頼られている、て思うと誇らしくもあるんだ。口にはしないけどね。トキワくん辺りがからかって来そうだし。それにもしアイツがここにいたらもっとイジられそう…。おっと、余計な想像なんかしちゃった。

 

 「…でもね。昔の私とは確かに違うけど、宵闇の魔女として今、この国を私は守っていきたいと思ってる。さっきまで見えてた星のように、ずっと変わらず続くように」


「!?」


「だからさ、色々考えちゃうと思うけど取り敢えずはこの戦、早く終わらせよう。考えるのは後、だよ」


 よい…危ない危ない。また言っちゃう所だった。立ち上がって、うーんと背伸びして朝の空気を体の中に取り入れる。こうしてると本当にこの世界は素敵で、そしてどこまでも綺麗だ。戦の最中だと忘れる位に。


「さぁて、これから忙しくなるよ?覚悟しておいてね、ラティスちゃん」


「…はっ、御意に!!」


「だから硬いって」

 


 笑いながらそう言って、魔女陛下はそれじゃあね、と政庁に戻って行った。その後ろ姿を見送りながらラティスは考える。


 まるで全てを見透かされたような感覚だった。ほんの少し喋っただけなのに。

 

 魔女陛下は既に戦のその先を見ていた。我らが王と同じく。

 

 やっぱりあの方は伝説の魔女だ。伝承とは確かに違うが確信出来る。きっとそれがあの方の強さなんだろう。未来(さき)を見つめ続ける事、得た大切なものを守り通そうとする事。


 で、あればそれに応えない訳には参らない。コルフォーナの、いや…アウベルスの魔女の民として。


「…必ず、勝利を」


 

 朝焼けの空の下、ラティスの決意の呟きがやけに響いた。











 ――セリナス平原の戦い

 


 ソフィア率いるグロスレイ軍と相対するボルダフ率いるケヒウス駐屯軍は、ジリジリとその戦線をレイデルグ城近辺まで移していた。


 左右は切り立った険しい岩山に挟まれて地面もゴツゴツとした岩が目立ち始める、そんな場所だ。


 故に足場はどちらかといえば悪く、旅をする者なら兎も角甲冑に身を包んだ武士には行軍するのも一苦労な地形だが、やはりここはグロスレイ軍の本拠地だ。彼らは難なく前進と撤退を繰り返し、滞りなく当初の予定通り川原にまで到達した。


 

 今、此度の戦に変化が訪れる――。



 


「じい。準備は出来ていますか?」


「抜かりは御座いませぬぞ。姫」


 短いやり取りであった。


 だが戦の最中(さなか)ではそれで十分。背後に近付く敵軍に一瞥をくれるとソフィアは一つ頷き、祖国の為に剣を握る(つわもの)たちに号令を下す。


「皆、良く聞きなさい!!ここは我らの生まれ育った地!!敵方を恐れるな!!さぁ、一気に川を渡りきりなさい!!この戦、我が方の勝利ぞ!!」


 ソフィアの声に武士達は咆哮で応える。川の水は緩やかだ。所々に淀みがあるとは言えそれは彼らにとって何ら障害ではない。ここは彼らにとって勝手知ったる庭というべき場所なのだ。当然、誰一人して梃子摺る事無く彼らは対岸に辿り着く事が出来た。


「申し上げます!!全軍、全ての用意、整いまして候!!」


 ソフィアに報告がなされた。


 全ての用意。それはこの戦において最も重要な、勝利への導火線だ。周到に用意されたそれは今まさに完成した。


 後は火種を焚べるだけ。火種となるその言葉を。

 

 頷いたその後一拍おいて彼女はその言葉を紡いだ。



 

「始めなさい!!」



 

 




          ドゴォォ…ン!!




 


 遠くで爆発音が響いた。その直後に地鳴りにも似た轟音が近づくのを感じる。暫く後に川は氾濫するであろう。奴らと違い我らに土地の勘はない。此の儘川を渡れば間違いなく軍は壊滅する。だが分かっていればどうということはない。軍の最後尾、馬上のボルダフはにやりと嗤い左手をサッと上げた。


「全軍、このまま待機せよ。ここに陣を取る。用意致せ」


「はっ!!」


 彼自慢の軍隊はその一言でキビキビと動き出し、瞬く間に川の辺りに本陣が構築されていった。その間に川は一気に氾濫し、到底進軍出来る物では無くなったが、気にする事なく作業は進行した。敵軍は未だ川向こうに留まっている。恐らくではあるが我が方の様子を伺っているのだろう。奴らは慌てているに違いない。何せ必勝の手立てを見抜かれていたのだから。退屈な戦ではあるがその様子を想像するとボルダフの心の中は歓喜に満ち溢れていた。そう。ボルダフはどうしようもなく嫌らしい性格の持ち主なのだ。


「大佐殿、勝ちでありますな」


 馬から降りたボルダフに副官が声をかけた。表情に出ないよう努めているが、今の彼は誰が見ても上機嫌。勝利目前は何時もこうだ。だからこそ、勝手知ったる副官は彼の機嫌を損ねんが為、何時もこうやって声をかけるのだ。


「うむ。後はゆるゆる攻めるだけだ。今のうちに兵を休ませておけ。川の水が収まり次第進軍する」


「は」


 そう言って、ボルダフは腰の刀を鞘ごと抜いて副官に手渡し用意された椅子に腰掛けた。


「それにしても張り合いが無い。城攻めの折は多少は粘って貰いたいものだな」


「で、ありますな。しかし大佐殿、レイデルグ城もまた中々の堅城。どのような軍略で落されるおつもりで?」


「ふん、定石通り考えれば籠城戦は避けるべきだろう。だが先も言ったが奴らの補給路はすでに我らが押さえた。故に真っ向から落としにかかる必要は無い。睨みを効かせながらたまに突き、待つのみよ」


「…飢えを待つと」


「ああ。城門の向こうはグロスレイの首都。彼処にいるのは兵だけでは無い。国民も抱えている。国内の食料は何時まで保つか?そうは長くは保たぬはずだ。そうこうしている内に本国がガリウス城を落としにかかる。いかなガリウス城でも本国の戦力の前ではその城壁も砂のような物。飢えて自ら降伏するか、ガリウス城が先に落ち、降伏を余儀なくされるか。何れにしても…」







          ドガァァァ…ン!!






 ボルダフの言葉は爆発音によって遮られた。直後、地響きにも似た轟音と阿鼻叫喚が耳を(つんざ)く。


「何事だ!?報告せよ!!」


 副官が叫んだ。突然の事態に動揺を隠しきれていない。これまで数多の戦をボルダフの元渡り歩いた彼ではあるが、本陣の程近い場所での異変などそうそうある事ではない。あるとすればそれは敗北を喫する時。勝利を確信したこの状況でまず有り得ない事なのだ。

 

「申し上げます!!我ら後方の左右の岩山にて爆発が起こった模様!!…土石流により退却及び進軍不能!!我が軍三分の一の兵力も喪失にて候!!」


「なっ!!」


「………謀りおったな…!!」


 ボルダフは立ち上がっていた。しかしそこには先程までの余裕は何処にもなかった。握り締められた拳がわなわなと震えた。軍属としての経験が彼に一瞬で状況を把握させたのだ。


 理解したのだ。敵方の真の軍略を。


 分かっていたつもりだった。そう、つもりであったのだ。ここが敵地であるという事を。ここが彼等にとって庭に等しい場所であるという事を。


 補給路は押さえた?そう。確かに押さえた。それは間違いではない。だが本当に城への道は一箇所だけか?周囲を山に囲まれた天然の要害。そこを庭に等しいとするならば他国が認知せぬ道があるという事。


 あの時すでに勝負は決していたのだ。最初からこれを狙っていたのだ。我らは奴らの掌で踊っていただけだった。


「た、大佐殿…!?」


 ボルダフは駆け出していた。陣を抜け川向こうに未だそこにいる敵方の姿を自らの眼に納める為に。今の彼の脳裏には最早たった一つの言葉しかない。






      


             敗北。










 敗北した。この、ボルダフが。負けたのだ。戦って負けるならそれはそれでいい。軍属として散る時は敵の刃の露となるその時だけだ。だがどうだ。此度の戦は戦らしい事など一つもしていない。罠の真意に気付かずにただ不用意に追撃してそして罠に嵌められた。ただ、それだけだ。


 彼にとって戦は娯楽だった。嫌らしい彼らしい、下品た考えだ。だがそんなボルダフにも一軍を預かる身として、そして大国ウィアヘルムの大佐としての誇りがあった。それは彼の中に残っていた唯一の武人らしさだ。


 今、その誇りは生きて負けたという現実に汚された。怒り、焦り、失望…そういった感情が彼の心を押し潰す。そして。


「…う、うわぁぁぁぁあああ…!!」


 川向うの敵軍のその中から現れた、遠目でも分かる、美貌の女傑。獣人族ゆえの目の良さがボルダフを戦慄させる。




 それは冷酷かつそして、美しい刃の微笑。




「全軍、進軍せよ!!」


 彼女の声が、良く通るその声が、彼女の剣達にめいを下す。動き出す武士達の甲冑の擦れる音と足音が風に乗ってボルダフの耳を甚振る。瞬く間に去ってゆく敵方をただ眺める事しか出来ず、へなへなと彼は崩れ落ちた。


 後に残るのは、土と水の双龍の咆哮の余韻のみ。轟々と音を立て、今だ水龍のみは荒れ狂う。



 ここに、セリナス平原で繰り広げられた両軍の戦はソフィア率いるグロスレイ軍の勝利で幕を下ろした。

 

 

いつも読んで頂いてありがとうございます。

最新話、漸く投稿です。いつも遅くて申し訳ございません。

さて、戦のお話ではありますが、これは戦になっているのか?と我ながら思います。また何れ修正するでしょう。

まだまだ戦は続きます。いつ終わる事やら。

これからも長い目で見て頂ければ嬉しく思います。


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