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魔女の異世界戦国奇譚  作者: 浅月
28/41

太陽見つめる獣


「先ずはお目通り、感謝の極みにて候。宵闇の魔女姫、エル陛下。コルフォーナが国主、ゼラハムこれに出まして」


 自分より遥かに年上の、しかも一国の国王に跪かれてちょっとだけ焦っちゃった。けど何とか平常心を心掛ける。…うん。大丈夫。


 ふと横目でトキワくんを見れば何だか笑いを堪えているみたい。あー、こんにゃろう!!と思いつつも総大将としていつも隣にいてくれてフォローを入れてくれるのでここは我慢だ。私は我慢できる女だ。でもいつか仕返ししてやるもんね!!


「よく私達アウベルス人魔共同体を頼ってくれました。どうか顔を上げて下さい」


 ここは政庁の私に充てがわれた一室。本当はここはレイちゃんの家だし、私達もここに住まわせて貰ってる家でもあるから、お城が出来たらそっちに政庁は移す予定なんだけど、戦時中だしどうしても後回しになってしまっている。だからと言って一国の王様と顔を合わせる場所が食堂では具合が悪いから仕方なくここで行う事になったんだ。普段自室に籠もる事が殆どないから部屋は綺麗なものだ。私は片付けられる女なのだ。


 と、私の心の声はちょっと置いておく事にして、私は目の前の事案に集中する事にする。私の言葉で恭しく顔を上げたゼラハム王は海外の映画俳優を思わせる整った顔立ちの獣人。うん、ナイスミドル。


「ゼラハム公よ。先に申し上げるが火急の事態故無礼な応対、ご容赦願いたい。早速ではあるが賢王と名高き貴殿はこの戦、如何見ておいでか」


「いや、無礼なのは我らの方だ。翼人族が棟梁、トキワ・ハーネスト殿。それに話が早いと計略も上手く事が運ぶと言うもの。このゼラハムの考え、全てお話し致しましょうぞ」


 そしてゼラハム王は自分の考えを語りだした。話を聞く中で私が率直に感じた感想はこの人は本当の賢王。今回の戦、自分の国とウィアヘルムだけじゃない、他の国もどう動くか、それで戦況はどうなるのか、きっちりと考えている。しかも驚く事に今の所ゼラハム王が思い描いた通りに事は運んでいるんだ。そう、彼の話はまるで指し終わったチェスや将棋の解説を聞いているかの様。ウィアヘルム勢力圏からアウベルスまでを記した地図を眺めながら私は感心していた。


「それで、今の話の内容で事が進むとして、その後の事って考えているの?」


 最早私の中での戦への心配は綺麗さっぱりなくなっていた。この戦、心配しなくても勝てる。勿論、私がいる以上負けはないって自信もあるんだけど(最近自惚れ気味かも…自重しなくっちゃ)ここまではっきりと流れを考えていると負ける気なんて起こらない。ただそれよりも気になったのは戦が終わってから。わざわざ聞かなくてもきっと考えているのは明白なんだけど、それでもこの国の代表を努めてるんだからそこははっきりさせておきたい。骨子はそれで良くても結果どうなるかは明確にしないとね。


「勿論。戦の策を講じる上で最も重要なのはその後」


 地図という盤上に並んだ勢力の駒を俯瞰し、ゼラハムは目を細める。この人はきっとずっと先を見ている。それから夜の遅い時間まで私とトキワくんは身を乗り出して彼の話を聞く事になった。






 ――ウィアヘルム王都、クロインベルト城。


「…申し上げます!!ガリウス城にてグロスレイ、サナト王国両軍による謀反!!我が国の兵の首を城門の前に並べウィアヘルムに対し宣戦布告との知らせ!!」


 豪華な調度品に彩られた玉座の間に若い兵士の声が木霊した。途端、控えの兵や側近たちの間にどよめきが走る。


 そう、それはあってはならぬ事。そしてあり得ないと思われた事。覇王が平定し、飼い殺しにしている筈の獣達がその牙を剥いたのだ。


「何たる事だ…!!獣人族を纏め上げ、ウィアヘルムによる一元的支配ももうすぐであったのに…!!」


 側近の一人が絞り出すかのように言葉を吐き出し顔を歪めた。ウィアヘルムは連邦制を望んでいない。邪魔な諸侯の力を削ぎ落とした上で最終的には廃絶し、獣人族国家群をウィアヘルム単一国家に仕上げる事を目的としてきた。今回のガリウス城攻めはその仕上げであったのだ。グロスレイ、サナトをコルフォーナにぶつけその間に留守となったグロスレイとサナトの本国を落とし、疲弊し補給路を絶たれた連合軍を一気に潰す。連合軍に対する罪など後から幾らでもでっち上げられるのだ。そういうシナリオであった。だがどうだ。いざ始まって見ればコルフォーナは丸々アウベルスなどと言う国に亡命し、連合軍は無傷のまま此方に牙を剥く。完全に想定外であった。


「…良い。寧ろ好都合よ」


 周りより少し高い場所――そこに頬杖をつき足を組み座する覇王の声が低く響く。


「大義名分を用意する手間が省けたではないか。先の戦の折滅ぼさず国を安堵した大恩を忘れこのグラムハルトに仇なした者共を討伐する。それで終わりよ」


 何とも傲慢で、身勝手な考え方か。他の国の者が聞けば誰しもがそう思うだろう。だがここは覇王であり、英雄であるグラムハルトの治める国。彼のその考えがこの国だけを想う物であってもそれは間違いではないのだ。


「成る程。では王よ。そのように」


 覇王の言葉に側近はにやりと嗤い、恭しく頭を垂れる。そう。何も問題はないのだ。賢王だろうが伝説の魔女だろうがウィアヘルムの覇道を妨げる事など出来はしない。この場にいる者全てがそう確信した。


「さあ、者共よ。小賢しい王等を我の覇道の礎としてくれようではないか」


 口角を目一杯持ち上げて作られたのは刃のような犬歯が剥き出しとなる、邪悪な笑み。


 その両の眼は、既に勝利しか見ていない。



 

 







「何とも蚊のような軍勢ではないか」


 グロスレイの王都近く、セリナス平原にて相対するグロスレイ軍を望み、一人の男が呟き笑った。敵は総勢凡そ五千。我が方の一万の軍勢の前では正に紙で作った盾であった。籠城するであろうと見ていたが、よもや打って出るとは…。玉砕覚悟なのか、はたまたただの阿呆か。何れにしても我らの勝ちは揺るがない。


 男の名はボルダフ。階級は大佐だ。旧ケヒウス領、トスクロワ城に詰めて最早幾年も過ぎた。戦に出る事も久しく、些か退屈な日々を過ごして来た。だからこその此度のグロスレイ攻め。


 彼は今、楽しくて仕方なかった。


 さて、如何様に蹴散らしてくれるか。舌舐めずりしたい気持ちを押さえ付け、あくまで平静であるかの様に簡易の椅子に腰掛け、そして目の前に広げられた地図に目を落とした。ここは平原とは言えそれ程広大な土地という訳では無い。我々から見て東の方角に布陣する敵軍の背後には近くの山からリュウワット湖まで流れる大きな川があり、その向こうにレイデルグ城が鎮座する。その川も山の谷間に存在し、天然の砦といった具合である。城への道は山の谷間になっている一箇所のみ。敵側の布陣を見るにどうやらそこを守っているようだ。


 順当と言えば順当。だが何故かボルダフはふと小さな引っ掛かりを覚えた。それは彼の武将としてのただの勘。しかしそれは数多の戦を駆け抜けた彼の誇りでもあった。自らに訴えかける違和感を確かめる為もう一度、地図を凝視する。


「…成る程…。そう言う事か」


「如何されましたかな?大佐殿」


 両手を背で組んだ姿勢で側に控えていた彼の副官がボルダフの声に反応した。


「うむ。敵方はただの阿呆では無いようだ。しかし、この程度の軍略このボルダフには通用せんよ…。先ずは此方からけしかける。その後、奴らの動きに注視せよ。俺の読みが正しいか見極めてくれる」


「は。…者共、聞いたか!!これより戦を始める!!鏑矢を放て!!」




            オオゥ!!



 平原に武士達の声が木霊した。









 

 

 ヒュウウッと軽く甲高い音が空を突いた。古来より続く開戦の合図。此方も礼儀に乗っ取り同様に矢を放つ。


「弓を引け!!槍隊、前進!!」


 貝の音が合図となり、陣太鼓の腹に響く音に合わせて兵達が歩を進める。オオゥ!!と雄叫びが一つとなり、さながらそれは楽曲のようだ。一定のリズムは彼らの心臓の脈動と重なり、気持ちを際限なく高揚させる。


 ザッ、ザッ、ザッ、と軽快な歩の音が続く中、隊列の最後尾の騎馬隊のその中央で彼女は固く結んだ唇を繊月の如く薄く形作った。


 ソフィアだ。戦に出たのは勿論今回が初めて。所謂初陣だ。いや、そもそも一国の姫君が戦場に出る事の方が稀である。だが彼女のその威風堂々たる姿は大凡初陣だとは思えない物であり、見るものに畏敬の念すら与えるものであった。


「手筈通りですな」


「ええ。まずは良いでしょう」


 ソフィアの駆る馬の手綱を引く老齢の武士にソフィアは短く答える。


「皆の者、恐れるな!!我は国王バルドスの妹にして王の盟友たる賢王ゼラハムの妃、ソフィア!!我らに恐れる物など何も無い!!グラムハルトに我らの力、思い知らせてやれ!!」



            オオゥ!!



 彼女の良く通る声が武士達の心によく燃える燃料を継ぎ足してゆく。炎は燃え盛り、更に激しさを増す。


 戦は探り合い、騙し合い。だが最も大切な物。それは刃を振るう者達の心のあり様だ。今、正に彼らの心は確かに一つとなったのだ。


           ガキィィン…!!


 そこらかしこで槍の穂先がぶつかる音がした。ソフィア率いるグロスレイの軍勢の陣形はは縦長の長蛇の陣。対する敵方は斜めに配する雁行だ。槍隊がぶつかるやいなや敵方は早くも後列の部隊を展開させ始める。


「よし、展開開始!!」


 その動きを確認したソフィアは自軍に号令をかける。直ぐ様前列は行動を開始し、横に広がったと思いきや前列隊は後退し、次の部隊が現れる。


 その動きに合わせ敵方の部隊の位置が僅かに前進した。ソフィア軍とケヒウス駐屯軍の距離はそのままに。


「さぁ、来なさい。聞き分けの無い子供達」


 馬上の麗しき戦姫が眼を鋭く細めた。








 やはりな。


 ボルダフは敵の動きで悟った。読み通りだ。


「大佐殿。もしやこれは」


「うむ。敵の狙いは我々を自らの領域に誘い込む事。あ奴らは自身を撒き餌としておるのだよ」


「然し、奴らは一体何処へ我々を引き寄せようと…」


 副官は地図を眺め、暫し思考を巡らす。そして彼は一つの答えを見出した。


「流石は長年この俺の副官をしているだけはあるな。だが、少々気付くのが遅い」


「は。面目次第も御座いませぬ」


 姿勢を正し、素直に非を認める彼に良い、とボルダフは掌を軽く上げた。


「奴等と我々の軍勢の差では直接ぶつかっては何方が勝つかなど火を見るより明らか。獣人は通常魔術には疎い。本国にアレがある方が異常なのだ。なれば戦力的に上の相手に勝つ為にはどうすれば良い?…天然自然を利用する他無かろう。そこでこれだ」


 ボフダフは手に持つ采配で地図のある場所を指し示す。そこに描かれていたのはレイデルグ城の大きな川。そしてそのまま采配の先がスッと動きある地点でピタッと止まる。


「これは山から流れてくる水を堰き止め流れの調節と水の確保の為の巨大な溜め池だ。我々をこの川まで誘導した後、ここを決壊させれば」


「我が軍は甚大な被害を被ると」


「うむ。戦など出来ぬ程にな。それこそが奴らの軍略」


「では大佐殿、何故其処まで分かっていながら追撃を?」


「敢えてだよ。敢えて奴らの作戦に乗る。だがそれもここまでだ」


 止まっていた采配が再び動きだし、そして直ぐに止まる。そこはレイデルグ城に唯一繋がる道であり、そして川の辺りだ。


「川を氾濫させたければさせてやれば良い。然しその後奴らが向かえる場所はもう城しかない。いかな自然の力であろうと何れ収まる。我々は氾濫が収まればゆるゆると城へ向えばそれで良い。当初の予定通り城攻めよ。あの城は周りを山に囲まれた天然の要害。だがこの場所を押さえてしまえば補給路などどこにも無い。城の蓄えなど限りがある。奴らはその鉄壁さに首を締められるのだ」


「成る程、でありますな」


「分かっておればどうという事ではない。此度の戦も退屈であった」


 ふぅ、と一息。全く、これでは張り合いがない。もっと血湧き肉躍る戦がしたいものよ。勝利を確信したボルダフの熱は急激に冷め始めた。


 だがそれが彼のたった一度の油断であって、武人として致命的な失態だったとは、今の彼は予想だにしなかった。

 





「これで全て片付いたか」


 金を求めて掘り進んだ結果、複雑に入り組みまるで迷宮のようなこの場所も、彼らにとっては庭と言っても過言ではない。もっとも、あえて入り組んだ形にごく自然に持っていったというのが本当の所だ。全てはこの日の為。反乱を起こして凡そ一刻足らずであっという間に金山の制圧に彼らは成功したのだ。パチリと音を立て、アルフレドは振るい続けた剣を鞘に収めた。


「そのようだな。ディア、そっちの方はどうだった?」


 同様に剣を納めたロイが此方に向かって歩いて来たディアに声をかけた。

 

「ああ、問題ない。それにしても前々から思っていたがこんな重要な場所にあの程度の者共しか配置せんとは…。覇王が聞いて呆れる」


「それだけ我らを見縊っていたのだろう。まあそれで上手く事が運ぶのだがな」


 ロイとディアが言うように、この金山に配置されたウィアヘルムの兵は先の豚よろしく、大した男達ではなかった。誰も彼も中央から追いやられた小物達で、そんなものなどこの十年日々体を鍛え続けた彼等の敵では無い。


「愚痴るな、そろそろ行くぞ。皆が待っている。ロイ、ディア」


 アルフレドの声に一つ、二人は頷いた。







「皆、聞いてくれ!!」


 久方振りに浴びた陽射しはそれだけで彼等の心を震わせる。陽光がこんなにも暖かく、優しいものだとこの場にいる一同が生まれて初めて実感した。志半ばで命を終えた仲間達にも味わわせてやりたかった、と自然と双眸を潤ませる者も大勢いる中、アルフレドが一際大きな声で彼等に問い掛けた。その声でざわめきは収まり、前に立つアルフレド、ロイ、ディアの三人に視線が集中する。一拍おいて、アルフレドは続けた。


「我々は見事この金山の制圧に成功した。だが皆も知っての通り我等が帰るべきサナト王国にケヒウス駐屯部隊が襲いかかろうとしている。敵は総勢凡そ一万!!我等の今の兵力だと五分と五分だ。しかし我等には仲間がいる!!けして負けはない!!」


 アルフレドの言葉を引き継ぐ形でロイが前に出た。鞘からスラッと剣を抜いて天に掲げる。


「我々は何だ!?王の下僕、王の剣!!そうだろう!!」


「ゆくぞ、勇敢なる(つわもの)どもよ!!勝利と自由を得んが為!!」


 ディアの言葉と共に溢れる戦士の咆哮。それは激しく、そして何より勇ましい。


「敵はすぐそこだが仲間もすぐそこにいる!!伝令よ、皆に伝えよ!!」


「はっ!!散っていた仲間は既に合流し、街道の向こう、西の森に潜んでいる!!即ち!!」


 ロイの刃が勢いよく地面を穿った。突き立てられた刃が陽光に輝き、さながらそれは言い伝えに出てくる伝説の名剣のよう。そしてそこに精悍な戦士達の顔が映り込む。彼等の魂をそこに宿すかのように。


「敵がこの街道を通る時が正にその時!!」


「故郷の地を踏むまで皆、けして死ぬな!!」


「勝利を我が王に!!」




         “勝利を我が王に!!”


 

 一つとなった声はけして隷属している者達が発する物ではない。いや、最初から隷属などしてはいないのだ。彼らが仕えているのは唯一人。それは今も昔も変わらない。


 ある場所では籠城、またある場所では開戦とその兆し。獣人達の大地は混迷し、そして揺れ動く。


 空に浮かぶ太陽だけが静かに成り行きを見守るのだった。

大変遅くなりました。どうも、浅月です。最新話更新です。


いよいよ本格的に戦が始まりました。さてどうなる事やら…勇ましく戦う彼らに反し書いている自分の方は戦っぽくなってるか中々心配です(笑)


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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