盤上の狼煙
年が明けて早一ヶ月…いつも有難うございます。
最新話、ようやく投稿です。いつもの如く遅くなってしまいました。
今年も宜しくお願い致します。
「流石はゼラハムよ。城を簡単に手放しおったわ」
城の最も高い場所にあり、最も堅牢で最も守りが厚くあるべきその場所。飾り気が少なく質素な造りの玉座の間にはそこにいるはずの城の主たる王の姿はおろか、側近も、側に控えているべき近衛の兵の姿すら何処にも見当たらない。戦慄すら覚える、奇妙な光景。
グロスレイとサナト王国は不本意ながらグラムハルトの命に従い、コルフォーナのガリウス城を包囲した。グロスレイは総戦力二万五千のうち二万を、サナトはそれに合わせて総戦力全ての二万の投入を命じられ、合わせて四万五千の連合軍を組織。堅城と名高きガリウス城も程なくして落ちる事となった。
しかし、いざ城内に入ってみればこの通り。そこは既に空の城であったのだ。いやにあっさりとした落城に、疑問を感じたのもまた事実。だがよもや城を捨て、コルフォーナという国自体が丸々消え失せているとは誰も想像しない。誠、見事な退き口である。
「バルドスよ。全軍の入城が完了したぞ。…しかし、よくもまあこれだけの仕掛けを用意しておったわ。まんまとゼラハムにしてやられたな」
ガリウス城には何度か訪れた事があった為、先鋭部隊を引き連れ先行し、先に玉座の間に入っていたバルドスに歩み寄り、今しがた城内の光景を目の当たりにしたレイヴンは率直な感想を口にした。
城内のあらゆる狭間には一定間隔で自動的に矢を射掛ける装置が、遠目では壁上にさも人の背に旗指し物が差しているように見えてしまう微かに動く張りぼての甲冑が、自動で激しく打ち鳴らす陣太鼓のからくりが、それはもうおびただしい量が仕掛けられていたのだ。しかも城攻めが始まった最初の方には恐らく殿であろう本物の兵がいたのだからコルフォーナの民が城に入ったと事前情報を得ていたのも手伝って、すっかりと騙されてしまったのだ。
「あやつは先を見据えておったのだよ。それもかなり早い段階で。でなければこれだけの代物をこのような短期間で用意など出来ぬ。よくあの覇王に気付かれずにおれたものよ」
呆れ半分、感嘆半分。バルドスは短い笑みを零し、何気なく主なき玉座に歩み寄る。そこで彼はふと言い表せない違和感に気付いた。簡素な作りの玉座な筈なのに、まるで彼を手招きしているかのような錯覚を彼に覚えさせる。
「どうした、バルドスよ」
「うむ。この玉座、何かあるな…」
「そうか?…いや、そなたがそう言うのであれば何かあるのであろう。ゼラハムの事だ。何ぞ仕掛けでも施して…うん?」
同じく玉座に歩み寄ったレイヴンが使い込まれた肘掛けに手を置き、何気なく微かな窪みに指が触れた瞬間、ガクン、と何かが動いた音がした。見えない所で歯車が廻り、仕掛けが次々と作動する。そして暫くした後、玉座の後ろの壁が沈みそこに下に続く階段が現れたのだ。
「なんと、こんな所にかような仕掛けを…。この玉座の間に辿り着いたのが我々以外だったらどうするつもりだったのだ」
「いや、レイヴンよ。あやつは恐らく我々が最初に来る事を見越した上でこの仕掛けをそのままにしておいたのだろう。そうとあらば中を確認しない訳には参らぬ。全く、何を企んでいる、ゼラハムよ…」
我が義理の弟の頭の中は一体どうなっておるのか。味方であれば頼もしく、敵であれば恐ろしい事この上ない。
「ゆくぞ、バルドス」
「うむ。数人、ついて参れ。我らの護衛を頼む。残りは玉座の間にて待機」
「は」
手早く共に来ていた兵達に指示を出し、護衛の為の者達が選出された。彼らは王達を挟み込む形で一列に並び、そしてポッカリと開いた入口に足を踏み入れた。
コツン、コツンと足音が鳴り響く。一本道の階段は長く、かなり下の方まで続いていた。兵士の先導の元、王達は無言で歩を進める。一体何処まで続いているのか…そう考え始めた矢先、先行する兵から不意に声をかけられた。兵の持つ松明の炎で照らされた部屋の中を二人の王は凝視する。
「これは…」
「なんと!!」
冷たい石造りのその部屋で二人の王の驚愕の声が響く。
「…レイヴンよ。城の中の状況は聞いておるか?」
「…あぁ。城内はあのからくり以外、人も、物も全て消え失せていると報告を受けた。つい先程の事だ。相違ない」
二人が目にした光景。そこにあった物。それは大量の兵糧と武具。間違いなく籠城戦を意識した代物。
「…はっはっは!!あやつめ。何処までも食えぬ男よ…!!」
バルドスは堪らず笑い出した。いや、笑わずにはいられないといった様子だと言うほうが正しい。それを見たレイヴンは俄に訝しむ。
「如何した、バルドス」
「…いやなに、我々はゼラハムの手の平の中だと言う話だ。あやつは我々に篭城せよと申しておるのだ」
「!?」
クックッと笑い、すまぬと断りながらも楽しそうにバルドスは言う。
「籠城する用意もあり、ガリウス城は堅城。とは言え自らの兵力では何ともならん。消耗を強いられるだけだ。だが我々がここに派遣されたとあらば二国による連合の大軍が出来上がる。総勢四万の軍勢だ。あやつが向かったのは恐らくアウベルス…魔女の国だ。これが分からぬそなたではあるまい」
「…魔女に下ったか」
「あぁ。この城はアウベルスへの唯一の道筋。我らなら必ず行動すると確信してここの守りを託した形だな」
「…ふふふ、ふはははは!!全く人使いの荒い事だ。バルドス、如何するか」
「…決まっておろう。そなたも考えは同じはずだ」
「耐えに耐え、忍び続けて早十年。時は満ちた、という事か」
レイヴンは皺の刻まれた手を差し出す。それは決意の形。失ったものを取り戻す為の儀式。仄暗い部屋の中、二人の王の手が一つに繋がる。禁じられたはずの同盟が、ここに成立する。
「敵はウィアヘルム…いや、覇王グラムハルト。お互い本国の軍備は手薄。そなたにいたっては全軍引き連れサナトは今非常に無防備。危険な賭けだ」
「心配は無用。我が民達は強い。グロスレイもそうであろう?」
「無論だ。借りはしっかりと返して貰うとしよう。…お主ら、軍内に潜むウィアヘルム兵は把握できておるか?」
松明が照らす薄明かりの中、控えていた数名の兵達に問いかける。グラムハルトは嫌らしい男だ。我々を見張るため、自らの息のかかった者を軍に潜ませているなど最早確認するまでもない事。ただ、王達指導者の立場だと一体どれ位伏兵が入っているか把握するのは中々難しい。それに伏兵の数を調べていると勘付かれてはそれこそ後々面倒になる。故に最初から分かっていながら敢えてそのままにしておいたのだ。
「は。奴らめは情報収集こそがその任務。故にそれ程数は御座いません。両軍併せて十名が紛れ込んでおります」
バルドスは佇まいを正し、一際大きく声を張り上げる。石造りの空間に、声が木霊する。それは王としての責務。奪われた全てを取り戻す為の咆哮。
「うむ!!直ちにそやつらを捕らえ、玉座の間へ連行後尽く首を刎ね、城門の前に全て並べよ。反逆の狼煙だ。覚悟せよ!!皆にもそう伝えぃ!!」
『はっ!!』
二人の王の眼は既に服従した者がする物ではない。それは紛れもなく、戦国に生きる武士の鋭き刃の眼。
獣が、牙を剥いたのだ。
――時を同じくして、グロスレイ本国。
グロスレイ王城、レイデルグ城のとある一室。そこに彼女はいた。窓辺に誂えられた華奢な椅子に腰掛け、ただずっと外の景色を眺めていた。長い豊かな金髪を美しく纏めたその頭には、獣人族の証したる大犬の耳がその存在を主張し、それを飾り立てるように手の込んだ細工の銀の冠が輝く。齢を重ねてもなお人々を魅了する刃物のような美貌が、窓から射し込む陽光に照らされ一種の芸術品かと錯覚させるほどの気品を漂わせていた。
「ソフィア様」
コンコン、と静寂を破るかのようなノックの音と共に部屋の外から侍女の声が聞こえてきた。
「お入りなさい」
短く答えるも、なおも彼女―――ソフィアの目は外の景色から離れない。程なくしてドアのノブと蝶番の動く音が小気味よく耳を擽り、ドアの前に一人の侍女がそこに直る。
「コルフォーナに向かった軍より伝令でございます。グロスレイ・サナト王国連合軍ガリウス城に入城との事」
「そう。勝ったのね…」
「いえ。入城出来たのは城が空だったからとの事でございます。戦はこれから、と」
一瞬、ソフィアは驚愕の表情を浮かべる。が、その一拍後には凡そ一国の姫君がするとは思えない、不敵な笑みに彼女の顔は変わっていた。
「流石我が夫。とうとうこの時が来たのね。貴女、敵国の動向はお聞きになって?」
「はい。旧ケヒウスに駐屯しているウィアヘルムの部隊がまもなく進軍準備を整え終わるとの事でございます」
「軍の準備はそれなりにかかるもの…。彼処の兵力は凡そ二万。軍を二つに分けてグロスレイとサナトに送り込むつもりね。恐らく最初からこの機会に潰すつもりだったのでしょう。ですが」
ソフィアはスッと立ち上がると、その整った顔を厳しく凛々しいものに変え、声高らかに宣言する。
「私達を舐め過ぎた小生意気な子供に天の裁きを与えます!!急ぎ伝えなさい。これより軍議を行うと!!」
「っ!!承知致しました」
彼女の目に迷いはない。最愛の夫と引き離されて十年の歳月を見送った。それは身を引き裂く様な痛みだ。幾度も遠い地の夫を想い、枕を濡らした事か。だが、誰にもそんな弱い姿は見せる事はない。王の妻とはそういうものなのだから。いつでも私の心は彼の側にある。そう思うことで乗り越えてきた。だからこそ、私には分かる。彼が…ぜラハムの考えている事が。ならばやる事はただ一つ。
「…勝利を貴方に」
煌めく陽光が照らす彼女は、やはり美しかった。
――一方、旧サナト王国領、クシナ金山。
「聞いたか?」
「ああ。ご決断なされたようだな」
灯りも乏しい狹く暗い坑道で二つの声が微かに聞こえた気がした。会話はごく短く、直ぐに途切れ岩を砕くツルハシの音だけがその場を支配する。彼らはこの坑道で金の採掘に従事させられている今は一介の人夫。奴隷と言ったほうが正しいのかもしれない。彼らに自由に会話する権利は認められていない。故に近くの見張りの兵の目を盗み、必要最小限の会話で全てを繋ぐ他はない。だが、それだけで充分なのだ。
彼らはサナト王国家臣団。家臣団の大部分が領地召し上げの折、サナトから遠ざけられ、特に有力な家臣は金の採掘要因としてここクシナ金山に配置された。他にも平民に落とされた者達も大勢いる。要はサナトの力の削減だ。だが、それは彼らにとってかえって都合がよかった。平民に落とされた者達は散り散りになりながらも密かに横の繋がりを維持し続け、いつしか独自の情報網をウィアヘルムの支配が及ぶ地域全域に形成したのだ。そして得た情報は全てこの金山にいる彼らに集約する。閉鎖された空間にいながら、全てを把握しているのだ。人夫に甘んじるのもより屈強な肉体を手に入れる為。そう、全ては祖国の為なのだ。
王は今、ガリウス城にてグロスレイと共に籠城している。彼処は天下に名高い堅城だ。そうやすやすとは落ちる事はない。今急を要するのは本国の守りの方だ。もう間もなくケヒウス駐屯部隊が進軍を開始する。両国それぞれに一万の軍勢が押し寄せる。全軍を動かしているサナトは正に砂で出来た城。このままでは本国を落とされる事など容易に想像出来る。
決起の時ぞ。
「おい、貴様ら。進捗が滞っておるようだが、何をちまちまとしておるか。自分達の立場が分かってないようだな」
厭味ったらしくでっぷりと太った見張りの男が、にやにやと下卑た笑いを浮かべながら二人のもとに近付いてきた。豚を祖に持つ獣人なのだろう。見た目にぴったり過ぎる豚の耳と鼻が生理的嫌悪感を助長する。この男、なりは巨漢なのだが性格は小心者だ。上に媚びへつらい、下の者には高圧的に出る。つまりはただの小者。成る程、中央から離れたこんな場所の見張りになる訳だ。
「貴様の方が分かってはおらぬようだ」
屈強な二人の内、長い黒髪の男が小馬鹿にした笑いを漏らし、手に持つツルハシを投げ捨てた。ガランガラン、と鉄が地面を転がりまるで持ち主がそうしたように嗤い声と錯覚するような音をたてた。
「何を…ふぐぅ!!」
二の言葉は出なかった。背後に忍び寄った二人とは別の影が彼の首筋に鋭く重い一撃を放ったのだ。何が起こったか理解する間もなく白目を剥いて昏倒する豚の獣人。直後、足元に転がるそれを路傍の石の如く一瞥もくれず、影からもう一人の男が姿を現した。
「ディア、アルフレド。準備は出来ているぞ。覚悟はよいか?」
「ああ、ロイ。そんなものはあの時に既に出来ている」
黒長髪の男――ディアは床の豚から二振りの剣を引っ剥がし赤い短髪の男、アルフレドに片方を投げ渡しながらロイと呼ばれたこれもまた屈強な金髪の男にそう答える。
「まずはこのクシナ金山を制圧する。ロイ、散っていた者達は?」
受け取った剣を鞘から抜きつつ、刃毀れや曇りが無いことを軽く視認しながらアルフレドは問うた。今でこそサナト王国が使える戦力は二万が限界だが、平定以前は四万三千の戦力を誇っていた。この金山に配置された旧家臣団は一万を数えるが、この金山を制圧出来てもその後が心許ない。
「心配無用だ。もう既に物資と共に此方への集結は始まっている」
「全ては予定通りだな。さぁ、始めるぞ。祖国と王をお救い申し上げる!!」
ディアの言葉にロイとアルフレドは力強頷いた。
各地にて反逆の狼煙が上がり始める。一人の王が思い描いた盤上に駒が出揃う。皆それぞれの国の為、その手に剣を握りしめるのだ。だが彼らの心中は一様にして同じであった。それは俯瞰している一人の王とて同じ事。
思いはただ一つ。
グラムハルトに鉄槌を。
後の世に、第二次獣人の乱と呼ばれる事になる大戦の幕開けであった。




