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魔女の異世界戦国奇譚  作者: 浅月
22/41

魔女の興国


 ――そなたはこのままでよいのか?


 桜花舞い散る晩春の頃、一人の男が問いかける。


 ふと吹き抜ける一陣の風。風は薄紅の花弁を優雅に運び翼の生えた男―――、彼の頬をそっと撫でた。

 

 良くは無かろう、だからこそ俺は我が理念の為足掻いておるのだ。

 そう言って俺は男に背を向けた。


 理想と現実は何時だって乖離する。分かっておる。分かっておるのだ。


 風は何時だって大地を巡り、空は何時だってそこにある。


 そう。俺が“弟”である以上、変えられない物が存在するのだ。


 だが、それでよい。それでよいのだ。


 きっと、兄上もいつかは分かってくれる。


 だから俺は足掻くのだ。


 全ては民の為。全ては子達の笑顔の為に。

 


 だからどうかそっとしておいてくれ。

 


 ――そなたには資格がある。それ程までに民を想うそなたならきっと成し遂げられるはずだ。…乱世に輝く豊かな国を作る事が。


 買いかぶり過ぎだ。その役割は“俺”ではない。


 そう。“俺”ではない。支え、そして少しでも俺の理想に近づける…それが俺の役割。


 ――果たしてそれで実現出来るか?


 男の声が妙に響く。揺さぶるような、刺すような、諭すような、辛辣なようで甘い声。


 軽く頭を振って俺はそれを遠ざけた。そしてはっきりと告げる。


 してみせるさ。話は終わりだ。帰ってくれ。


 俺の言葉に含まれた棘を感じつつも男は意にも返さない様子で軽く目を閉じた。


 そして、俄に微笑む。


 ――もう一度よく考えることだ。…そうだ、これをそなたに渡そう。


 差し出されたそれは黒い球体の石に鎖が付けられた首飾り。吸い込まれそうな程に輝くそれは妖しく、そして禍々しく俺の意識を引き寄せる。

 


 ――良い返事を期待しているぞ。“翼人族の王”よ。

 


 一際激しい風が、薄紅に染まった。

 

 


 


 消えゆく意識のその狭間、俺は思い出していた。それはあの日の邂逅。


 結局、俺はあれの言葉通り翼人族の王となり、血色の道を歩んできた。


 俺は負けた。だが後悔などはしていない。俺は民の為に戦ったのだ。本望だった。心残りなのは間違いないが。


 斬られる寸前、あの魔女は言った。大丈夫だから、と。


 微かだった悪魔に肉体を奪われたこの俺の意識が瞬間、はっきりと舞い戻る。


 全くもって不愉快だ。兄上に任せられないと選んだ道なのに、その終点がこれではな。


 だから。


 期待はせんよ。











 

 太陽が静々と西への帰路につき、空を赤く染めてゆく。陽の光を映し出す湖もまた先程までとは違う表情を見せ始め、今日という日も終わりに近付き始めていた。


 そんな穏やかな草原にゆったりとした速さで降りてくる人影が二つ。


 一人は大鎌を携えた年若い女、そしてもう一人は一際目を引く黒い翼を持った若武者。


 エルとトキワだ。何事も無かったかのように静かに降り立ったのはエル。そして降りるやいなや片膝をついたのはトキワだった。

 胸の傷自体はエルの回復魔術で塞がってはいたが、体力や魔力までが回復した訳ではない。トキワが疲労を隠せずにいるのは致し方無い事だろう。


「お見事で御座います、エル様!!」


 皆を代表するかのようにトゥラちゃんが私の前で頭を垂れた。

 こう皆に畏まられるのはどうしても慣れないが、労いの言葉を掛けるのが今の私の役割なんだと思う。


「うん。これで取り敢えず終わりだね。皆、お疲れ様!!」


 そう、これで取り敢えずの脅威はアウベルスから去った事になる。勿論、まだファルウルス自体は健在だしコルフォーナの事だってある。ファルウルスの国主だったスオウが敗れたと言う事は軍事バランスが崩れたと言う事。

 レイちゃん達が安心して暮らせるにはまだまだ気を抜けない状況は続いているのだ。


「宵闇よ」


「ん、どうしたの?トキワくん」


「此度の戦、誠見事の一言に尽きる物だった…。貴公とあの時縁を結べた事は正に僥倖であった。ハーネスト…いや、翼人族を代表して貴公に感謝の意を申し上げたい」


 そう言ってトキワくんは頭を下げた。

 

「僥倖って大袈裟だなぁ。それにそんな堅苦しくしなくていいよ。私が皆を護りたかっただけなんだから」


「済まない…。この恩はけして忘れぬ。して宵闇よ、貴公が無力化したファルウルスの兵どもなのだが」


 そう。最初に私が風尽で空から落としたスオウが連れてきた兵達は戦闘こそ出来ない状態だが誰一人として命を落としてはいなかった。

 辺りを見やれば漸く気絶から回復したのだろう。のそのそとあちこちで起き上がろうとする姿が確認できた。


「うん、あの人達に関してはトキワくんにどうするか決めて貰おうって思ってた。ホントはスオウもあれ以上は手出ししないつもりだったけどそうも言ってられなかったしね」


「…いいのか?また戦になるかもしれんぞ」


 そうかもね、とトキワくんに笑って見せた。

 

「たった今まで戦争していた相手だし。でもね、トキワくんが“翼人族の棟梁”なんだ。だから私が決める事じゃなくて“トキワくん”が決めるべきだと思う。何だか上から目線みたいでちょっとイヤなんだけどね」


 前世では確かに皆を率いていたんだけど、当然と言えば当然なのだが今の自分は鎌柄愛流としての性分の方がどうも強いらしい。向こうでは人の上に立つなんてした事なかったから上からの物言いはどうも慣れないんだ。


「エル様」

「なんだか」

『丸くなられましたね』


「そ、そうかな?」


「うむ。転生なされた影響でありましょう。あの頃のエル様は何でも御自身で全て解決なされた」


「うぅ〜、思い出したけど何だかワンマン女王様みたいでなんかやだなぁ…と、話がずれちゃったね」


 自分の黒歴史を披露されてるみたいで恥ずかしくなった私は強引に話を戻す事にする。


「どうかな?トキワくん」


「重ね重ねすまない…。なれば」


 トキワくんがスッと立ち上がり、未だ大地にへたり込むファルウルスの兵達の前に歩みを進める。その背中から感じたのはたった一つ。

 


             覚悟。

 



「聞け!!ファルウルスの(つわもの)どもよ!!」


 辺りに響き渡る、凛とした声。


「貴殿らのファルウルスが国主、スオウ・ハーネストは討ち取られた!!よってこの戦、我々アウベルスの勝利である!!これより貴殿らに沙汰を申し付ける!!」


 兵達にどよめきが走る。勝利を確信し、スオウに全てを預けこの戦に臨んだんだ。


 その表情は皆一様に青褪めていた。


「ハーネスト家が棟梁、トキワ・ハーネストの名において命ずる。最早戦は終わった。貴殿等の首を俺は所望しない。早々にファルウルスへと帰国せよ」


「…それは…どういうつもりか?」


 一人の男が前に進み出る。

 

 シュエンだ。私が空から落とした時に負った火傷に加え、強かに身体をぶつけたのだろう。肩に手を当て足を引き摺り、その姿は満身創痍という言葉がぴったりというものであった。


「確かに我がファルウルスは敗れた…。生かすも殺すもそちらの裁量次第。それを敢えて生かし、軍を退けと申される。この乱世でそれが如何に愚かな行為というものか分からぬ貴殿ではあるまい」


 そうだな、とトキワくんが笑う。


「新たな戦の火種になるやもしれん。そんな事は百も承知。ハーネストは既に滅び、その理念も誇りも既に失われた。降りかかる火の粉は払うが必要以上は求めない。それが最早通用せぬのも俺は知っている。だがな、シュエンとやらよ。俺は此度の戦で自分を知った。俺が求めるのは全て。戦なき大地、息災に暮らす我が配下、満たされる民の腹、尽きない笑顔。全部だ。その為ならば俺はスオウの業も覚悟も全て背負う。貴殿らがまた戦を仕掛けると言うのならばそれでよい。俺はどこまでも闘おう。“翼人族の長”として俺は何度でも貴殿らの相手を致す」


「はっ。大きく出られましたな…。全てを求めるとは何とも業突張りな事だ。果たして貴殿に其れが出来ると申すか」


 小馬鹿にしたような表情を浮かべ、シュエンは鼻で笑って見せる。

 戦が終わったとてここに居るのは敵同士。啀み合いなど簡単には解決しない。だから戦は起きるのだ。


 トキワは言った。ハーネストの理想も誇りも失われたと。

だが、どうだ。トキワの口にした言葉はやはりただの理想ではないか。しかも“翼人族の長”とのたまい我が敬愛する主君の業を背負うとまで言ってのけたのだ。

 

 シュエンの中で怒りが再燃する。殿の言う通りであった。この男は理想に生き過ぎだ。


「無論、俺一人でこの言葉は実現出来るなど毛ほども思っておらん。…俺は今日この時より宵闇の魔女・エルの家臣となりこの乱世に豊かな国をここに作ろう」


「…確かに宵闇の魔女の力は強大だ。たが貴殿の言葉は軽過ぎる。結局人頼りに過ぎぬではないか」


「何とでも申すがいい。人頼りの何が悪い。俺が求める全ての為なら俺は何でも利用する。そして理想を実現する。踏まれようと抜かれようと何度でも空を見上げる草のようにな」


 そう。草は何度でも空を見上げる。大地の僅かな養分や少しの水を利用して何度もその姿を現し、生命を育むのだ。

 

 それは亡き師の言葉であり、“トキワの誇り”の決意。


「…詭弁だな。良いだろう」


 傷付いた体だとは思えない程機敏な動きでシュエンは二本の小太刀を抜いた。次いでそれを勢いよく地面に突き立てる。


「その理想実現出来るかこの眼で見定めてくれよう。その言葉に偽りが少しでもあれば容赦なく俺は貴殿を斬り捨てる。…これよりファルウルスは貴殿の下につこう!!各々方、相違はあるか!?」


 

           ―オォウ!!


 

 辺りに響く、肯定の雄叫び。


「それで良い。しかと俺を見張れ。…そういう事だ」


 私に振り返るトキワくん。そして片膝をつき頭を垂れる。その動きに合わせシュエンも…いや、ファルウルス全軍が同じ様に跪く。


「我々翼人族の翼は御名の元に羽撃く事をこの剣に誓おう。宵闇…いや。姫」


 …

 ……

 ………


 え。


 えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?


 






最新話更新です。いつもありがとう御座います。


エルさんの国がここから始まります。


ここから暫く今迄の話の加筆訂正をしたいかなと思っております。


花織さんも出番を待っているのでこれからも頑張りたいなぁと思います。…て小学生の感想文みたいですが(笑)


お付き合い頂ければ幸いです。

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