君子蘭燃ゆる
「…堕ちたな、スオウ」
赤黒く爛々と妖しく光るその双眸は一体何を写しているのか。
悪魔。
我々魔族に属するものよりも上位の存在。一説には精神世界に存在するとも、はたまたこの世界に普遍的に人知れず存在するとも言われる謎多き種族。実際、こうして目にする事も初めての事だ。
それだけに、不気味。
ただ、一つ言える事。スオウは越えてはならない一線を越えてしまった。それは誇り云々以前の話だ。
それ程までに民を想っていたといえば聞こえはいい。
だが、だがだ。
眼の前にいるのは最早、スオウではない。
…闘えるか?
トキワは心の中で自問する。先の戦闘で魔力は使い果たした。白鶺鴒と烏一文字を構えるが、握るその手に力が入らない。一筋頬に汗が垂れる。
だが、今これを止めねばならぬのは自明の理。他ならぬ、俺の手で。
―グルゥゥゥウアァァァアア………!!
スオウだったものが咆哮する。それは大気を揺るがす悪夢の叫び。だが、それはただの叫びだ。そこには一欠片の想いの強さなど微塵も含まれてはいない。
「憐れな…最早言葉すらも失ったか…!!」
咆哮と共に吹きつける威圧を含んだ魔力の礫から腕を交差し身を護る。だが魔力を纏わない防御では礫を全て防ぎきれない。
襲いかかる礫の弾幕にトキワの体はその場から吹き飛ばされる。
「ぐっ……!!」
次が来る…!!凶悪に膨れ上がった腕を振り上げ突進してくる悪魔の姿を捉えた瞬間、全身を襲う死の抱擁にトキワは悟ってしまう。
是迄か…!!
……………
訪れたのは死ではなかった。
眼前にトキワを護るように背を向け現れた女。圧倒的な魔力、風に靡く栗色の長い髪、はためく異国の衣、そして身の丈より大きな美しい大鎌。
女―、いや宵闇の魔女はこちらを振り向きにっこり微笑む。
「お疲れ様、トキワくん。後は私に任せて」
突撃してきたスオウだったものは微かに動揺したかのように動きを止めていた。
そう、《私が》間に入ったから。
最初から確信していた。上位の存在?
だけど悪魔如き私には敵わない。
かつて私は悪魔と闘った事がある。悪魔はあれ達が生み出した手駒であり、殺戮する為だけの憐れな生き物。
だから、存在してはいけない。
―ガァァアァ!!!
狂ったような雄叫びが木霊する。勢いよく突き出した掌に魔方陣が現れ、魔術が形成されてゆく。悪魔特有の魔術、ヘル・ブレイズ・ブロウだ。纏わりつき、対象が死ぬまで消えない黒炎の弾丸を無数に飛ばす中級魔術。
だが、それが発動する事はなかった。
「悪魔如きが私の前に立つなんて許されない。勿論、魔術を使う事も」
ゆっくり前へ伸ばした私の掌に魔方陣が輝く。
息をするように自然と発動させた魔術、サイレンス。対象に沈黙の状態異常を付与する魔術だ。通常、魔術を扱う者は沈黙の対策を事前にとっているもの。故に対魔術戦においてサイレンスが有効打となる場面はそうそうない。
でも、私が使ったサイレンスは通常のサイレンスじゃない。対象の“沈黙対策を沈黙させる”術式を組込んでいるんだ。
それは前世の私が編み出した技法。
そう。魔術で私には誰も対抗できないんだ。
魔術が通用しないと分かるやいなや、悪魔は鋭く伸びた爪で刺すように私に襲いかかってきた。
その凶刃が私に届こうとした刹那、半歩下がりそれを躱す。躱された事に苛立ったか、悪魔は今度はそのまま回転し、回し蹴りを放ってきた。
…が、私はそれを膝を最大に曲げた跳躍でさらに躱した。目標を失い空を切り裂く鋭い蹴り。一瞬の隙が生れる。
私はそのままより高い位置まで上昇し、掌を悪魔に向けて翳す。
「黒鉄の古城、血色の黄昏。その光、大気に傷を、大地に灼熱の祝福を。目覚めは終焉、沸き立つ奔流、熱波の悪夢、業火の演舞。灰燼の園に咲くは夢幻」
悪魔が相手なら私は完全詠唱を躊躇しない。
形成された巨大な魔方陣が橙色に輝く。それは燃え盛る炎のように。それは暮れゆく空のように。溢れ出る魔力の奔流が私を中心に螺旋に渦巻き大気を掻き乱す。
「いくよ。悪魔…ううん、スオウ」
悪魔の眼が私をじっと見ていた。本能的に察知した絶対に敵わない相手への畏怖の眼。
「トワイライト・ゲージ」
悪魔の周りに無数の炎が発生する。ゆらゆらと揺れるそれは風に遊ばれる可憐な花のよう。
だが、それは全てを焼き尽くす業火だ。炎の花は次第にお互いを食い合い、檻の形を形成し悪魔をその内に閉じ込める。
悪魔は何とか脱出しようと試みるも、炎の檻はその尽くを拒絶する。悪魔の魔力すらも焼却するのだ。
そして。
カッ……!!
暴れ狂う悪魔を拘束するかのように橙色の炎の檻が収縮し、それと同時に激しい光を伴い辺りに熱波を撒き散らす。炎の竜巻が周囲に発生し悪魔にさらなる追撃を与える。
―グルゥガアァァァアァァアァァア!!
悪魔が一際激しく咆哮をあげた。身動き一つ取れずその肉体を焼き尽くされる。翼は既に無く、皮膚は爛れ、徐々にその形を維持出来なくなってゆく。
悪魔は焦点の合わぬ目で自分より上空の魔女を見つめる。その目には僅かに知性が戻ったかのような光が宿っていた。
悪魔は…いや、スオウは悟った。
終わりなのだと。
宵闇の魔女が大鎌をゆっくりと振りあげる。それは殺意の力…いや、慈悲。
トキワくんとスオウの闘いの中の話を地上から私は聞いていた。
やり方は違えどスオウもまた民を想ってずっと闘って来た。里を焼く決意をする程に。
沢山のものを背負って生きた人。その想いの為に浴びたくない血を浴びて来た人。
だからこそ、悪魔なんかに最期を渡さない。
「これで終わりだよ、スオウ!!」
…ザンッ……!!
空気とともに、両断された。
まるで空気に溶けるかのようにそれは霧散してゆく。
大丈夫だから。きっと想いは遂げられる。貴方が護ろうとした皆の笑顔は壊されないよ。トキワくんがいるんだもん。私が保証してあげる。だから、大丈夫だよ。
消えてゆくその表情が一瞬の驚愕を見せた後、最期のその瞬間に見せたのは。
微笑みだった。
連続投稿2発目です。
エルさん暴れてくれました(笑)
やっぱり戦闘描写難しい…
ようやく決着つきました。
これからもお付き合い頂ければ幸いに思います。




