結末のその先
天空に一陣の風が吹いた。
風は優しく頬を撫で、髪そして翼を靡かせて吹き出る汗を乾かしてくれた。
両手を我が身の半身と、相棒たる黒き刃を握り締めたままだらりと重力に身を任す。青年は消耗しきっていた。
無理も無い話だ。閃翔剣の奥義の中の奥義たる技を手負いで放ったのだから。
八咫烏。大袈裟などではなく、神鳥の名に相応しき技。斬りつける動きをしながらそれと同時に熱魔術の中級に等しい火炎球を待機状態にさせ、三度の斬撃を繰り出した直後に現出させる離れ技だ。
当然、魔力の消費は甚大極まりない。神速を超える斬撃と魔術の制御には多大な集中力を要する。ただでさえ胸に負った傷の痛みに耐えている中だ。その集中は称賛に値すると言えよう。
青年…いや、トキワ・ハーネストは疲労で遠ざかりかける意識を頭を振って繋ぎ止める。
眼下を見やれば白煙をあげ落下してゆく一羽の鴉の姿がその眼に飛び込む。
「…終わったな。ネリ」
最愛の名を小さく呟く。手の中の白鶺鴒がトクン、と一つ脈動する。その脈動を堪らなく愛おしく感じた。久方振りに柔らかなネリの感情が、トキワの中に染み込んだ。
「ずっと側に居てくれたんだな」
トキワは知らなかったが、あの巾着袋の中にはネリの羽が一枚その中に収められていた。
知らなかった…というのも語弊があった。
中身を確認しなかっただけなのだから。
勿論、それには理由がある。確認”出来なかった”のだ。
死してなおも大切に握りしめ続けた物だ。開けてしまえば、ネリの想いが漏れ出すような気がして…。故にあれ以来常に懐に入れ続け、滅多な事では取り出す事はなかったのだ。
ふぅ、一つ息を吐く。汗の乾いた肌に天空の風がそろそろ冷たい。
さて、そろそろ地上に降りよう。流石に、疲れた。だが、気怠い疲労感ではない。やり遂げた満足感をはらんだ心地よい疲労感。翼を一つはためかせ、姿勢を変えようとした。
その時だった。
ーガァァァァァァァァァァアア!!!!
紅い…否、最早漆黒の闇とも言うべきどす黒い魔力が極太の柱となって天へと立ち昇る。時折柱の周囲を紅い稲妻が走るのもまた禍々しい。
微かに感じる、スオウの魔力。彼を起点にした魔力の柱、なのにだ。違う何者かのような、重苦しい突き刺すような魔力の波動。
柱が収束し、次第に細くなる。そしてそこにいたのは。
悪魔だった。
少し遡り、地上。
「エル様」
空を見上げる私に声がかかる。振り向くとそこにはツルバミくんとウルミちゃんがいつの間にか立っていた。
二人共そこはかとなく何かをやり遂げたような、それでいて少し悲しそうなそんな微妙な感情をその身に纏っていた。
だけど、二人からは後悔の気持ちは感じられない。きっと、闘った相手が昔の知り合いだったんだろう。皆まで聞かない事にして、お疲れ様、とだけ声をかけるに留めた。
「トキワ様の勝ちですね」
空に現れた弾ける寸前のもう一つの太陽を見上げ、ウルミちゃんが嬉しそうに頬を綻ばせた。
「みんな、頑張ったね。なんか私も疲れちゃったよ」
んー、と一つ背伸びをする。取り敢えず、これで終わり。
戦後処理とか、これからの事を考えなくちゃいけないんだろうけどちょっと位はゆっくりしないとね。
「エル様。このトゥランヌス、久方振りの戦場なのに闘えなかった事、不本意でありますぞ」
傍らのトゥラちゃんが不満げに私の顔を見る。そう言えば私を乗せて空に上がっただけだったっけ。
「ごめんね、トゥラちゃん。次は闘う姿、いっぱい見せて貰うから」
そう言って、風に靡く鬣を撫でてあげた。トゥラちゃんは嬉しそうに尻尾をブンブンと振り回す。その姿は馬というよりまるで犬のようであった。
「それにしても、トキワくんのあの技、凄いね」
「ええ。あれは我がハーネストの里に代々伝わる閃翔剣の最終秘剣、八咫烏でございましょう。…と、言っても俺も実際に使われた所を見た事がないのでハッキリとは申し上げられないですが、口伝に聞く通りの太陽の如きあの火球…まず間違いはないでしょう」
「…流石は私のトキワ様です…」
空を見上げながら頬を少し赤らめて、聞こえるか聞こえないか位の小さな声でウルミちゃんが呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「ん?ウルミちゃん、私の〜?」
「え、エル様っ!?な、なんでしょう?わた、私何か言いました?」
目を白黒させて、ぶんぶんと手のひらを顔の前で振る。その顔は火が出るかと思うほど真っ赤だ。
「隠し事はいけないな〜、ウルミちゃん。私ちゃんと聞いてたよ〜?」
うりうりとウルミちゃんの肩に身体を擦り付ける。きっと私、今凄くイジワルな顔してる。
「エル様〜、勘弁して下さいぃ」
最早ウルミちゃんは半泣きだった。こんな可愛い娘に想われてトキワくんの幸せ者め。
「エル様、それ位で許してやって下さい。…そろそろトキワ様が降りてくるようですよ」
空を見ればトキワくんが降下の姿勢をとっていた。トキワくんが降りてきたら皆でレイちゃん達を迎えに行かないとね。
お疲れ様ー!!、と声をかけようと思ったその時。
―ガァァァァァァァァァァアア!!!!
「な、何!?」
突然現れた黒い光の柱。空気が振動し、大地が揺れる。あれは…スオウの魔力?
いや、違う。もっとどす黒く、悪意に満ちた別の何か。
やがて柱が収束し、現れたのは姿形こそスオウの身体だがその背には蝙蝠のような骨と皮だけの禍々しい翼、より盛り上がった筋肉、ひしゃげたお腹、蛇のような尾、そして両方の側頭部から生えた黒い角。
「あれは、悪…魔?」
「どうやら」
「そのようです」
『予め魔具を媒体に悪魔と契約し自分の肉体を生贄に、召喚したようでございます』
「スオウ…、そこまでして……!!」
ツルバミくんとウルミちゃんが絶句していた。不意に蘇る記憶。この世界において悪魔とは上位の存在。その力と魔力は人族はおろか魔族でさえ凌駕する。そして、私の記憶が正しければ自分の肉体を生贄にしたということそれは………。
「皆、ちょっと待っててね」
そう呟くと同時、私は空へと跳躍していた。
トキワくんは力を使い果たした。皆が悪魔を相手にするのは少々荷が重いだろう。
だったら。
私が始末してあげる。
悪魔は、ここにいてはいけない。そう、いてはいけないんだ。
またも感じる以前の自分になかったもの。トキワくんと闘ったときよりもより強く、より激しい。
私は、鎌柄愛流である前に宵闇の魔女・エルなんだ。そして、《あの時》のように私は皆を護る。
「…スオウ!!今私が終わらせてあげる!!!!」
大変お待たせしました。サボり魔浅月です(笑)
最新話更新です。
いよいよ最終局面、二話連続投稿予定です。
続きは暫しお待ち下さいませ。
稚拙な読み物で力不足ではございますが読んで頂けてるだけで嬉しく思っております。




