兄弟
「久しいな、兄上。生きておられたか!!」
火花を散らし交差する黒と赤の刃の向こうでスオウが嗤う。再会を喜ぶ様な言葉とは裏腹にそれは不敵に、はたまた挑発するかのように剥き出しの殺意が込められていた。
「その刀…曼殊沙華か…!!」
「いかにも。翼人族最強の武士の愛刀にして我が魔霊神器」
「よくもぬけぬけと!!」
トキワが不意に刀に込めていた力を抜く。瞬間、たたらを踏んでしまい前のめりに少々体勢を崩したスオウの背後に身を翻し回り込み、その背に回転の力を加えた強烈な蹴りを放った!!
「ぐ…!!」
吹き飛びながらもすかさず体勢を整えトキワを睨めつけようと顔を上げたスオウの眼前に飛翔する無数の斬撃が迫りくる。
「ー凪之風花ー」
その言葉を発した直後、一切の動きを辞めたスオウの眼の前で斬撃が霧散する。それはまるで風に流れる雪のようであった。攻撃の構えを全て解き、細かな飛ぶ斬撃を全身に纏う閃翔剣が備えの型である。
「腕は落ちてないようだな、兄上」
埃を払うような仕草をしながら立ち上がり、スオウは不敵に嗤った。
「だが今の一撃で仕留めなかった事、必ず後悔する」
「…言ってろ。あの程度で終わらせたらつまらんだろう。興が醒める」
トキワも同じく、嗤う。血の騒いだ、邪悪な笑顔。皮肉にも、二人とも兄弟らしくその笑顔はそっくりであった。
暫しの沈黙が流れた。耳に入るは大気の音のみ。そして、唐突に再び始まる。
刃が幾度もぶつかる。受け止めて、鋭く突いて、斬りつけあう。互いに譲らない。自らの本懐の為、誇りの為。
あるいは、楽しげに見えたかも知れない。仲の良い兄弟がただ無邪気にじゃれ合っているかのように。
だが、そうでない事など明白だった。
一太刀一太刀に込められているのは純粋に、殺意のみ。
これは、決闘であった。
剣戟の最中、不意にスオウの渾身の真向切りが襲いかかる。紙一重で横に避けたトキワだったが溜まってきた疲労で少しばかりよろける。だが闘いの場においてそれは致命的な一瞬だ。その隙を歴戦の兵たるスオウが見逃す筈もない。
「もらったぁ!!」
縦一直線だった刃の軌道が突然変わる。当然ながら今のトキワの姿勢的にそれを避けるのは至難の業だ。それは丁度レの字を描く様にトキワの喉元めがけて迫りくる…!!
「エル様」
『先見隊が間もなく結界を破りそうで御座います』
地上に降り立ち、トキワくんの戦いを見守る私にドリちゃん達が教えてくれた。
「如何致しますか?エル様」
暴れ足りない、とでもいうかのような目でトゥラちゃんが振り向く。そんなトゥラちゃんの鬣をそっと撫でて諌めた。
「これはアウベルスを守る戦いだけど翼人族の戦いでもあるからね、私はツルバミくんに行って貰うのがいいと思うんだ。いけるかな?ツルバミくん」
同じく地上で私の後ろに控えていたツルバミくんに問いかける。
「俺に行かせて頂けるのですか?エル様」
「勿論。トキワくんの琴は私がちゃんと見てるから心配しないで思いっきり暴れておいでよ」
「エル様。私も参ります」
進み出たのはウルミちゃん。いつものように穏やかながら、その瞳は決意に満ちていた。
「な、ウルミ…!!」
「あら、私もトキワ様の郎党。戦には何度も出陣しているのよ、ツル」
にっこり微笑むウルミちゃんにツルバミくんは頭を抱える。大人しそうに見えてもウルミちゃんも翼人族だ。誇りを、やっぱり優先する。
「ツルバミくん、連れていってあげて。ウルミちゃんだって思う所はあるんだ」
「は…しかし、ウルミに何かあっては殿に合わせる顔が…」
「そこはツルバミくんが守ってあげてね。男の子なんだから」
尚も躊躇するツルバミくんの肩をポンポンと叩く。はぁ、と溜め息をつきちょっとだけ情けない顔をした後、すぐにその表情は引き締まった。どうやら覚悟を決めたみたい。
「…仕方ない、ウルミ、頼むぞ」
「ええ。ツル。私達の本懐を遂げましょう」
『ではツルバミ様、ウルミ様』
「結界内に」
「お二人を転送致します」
「宜しく頼む」
二人がまるで神様に祈るように目を閉じた直後、ツルバミくん達の体が緑色の光に包まれる。
『行ってらっしゃいませ。ご武運を』
重なる二人の声に合わせるかの様、一拍おいて光は収縮、拡散しそれと共に二人の姿が目の前から消えた。
…頑張ってね。二人共。
「ご報告申し上げます!!もう間もなく結界が突破出来る模様!!」
あれから半刻程、ようやくこの忌々しい結界が綻びだした。焦る気持ちを抑えつつ、陣で結界を破らんとする軍の奮闘を見守っていたシコンの元に伝令が伝わる。
漸く殿の御元に参れる。戦場にて是程までに焦った事など今迄一度たりともありはしなかった。
俺は殿を失う訳にはいかぬ。あの日、師の元で剣に励むしか無かったこの俺を見出してくれた殿の為、俺は生きると誓ったのだ。
「よし、突破出来次第、アウベルス進行を再開する!!各々方、くれぐれも宵闇の魔女には気をつけられよ!!」
「結界、突破致しました!!」
「良くやった!!ゆくぞ、ついて参れ!!」
『おぉう!!!』
渾身の力をその羽根に込め、飛翔しようとしたその時…
だった。
「………………雪原に舞し白雪の文字。凍てつく想い夢幻に帰さん。少女の破瓜、叫び、嘆き。少女は冷たく微笑み大地に白と蒼の抱擁を。白き指先、眠りに誘う」
小さく、微かに聞こえる声。
…これは魔術の言霊?
「瞳は凍え、喉は裂け、赤き奔流は熱を失う。我は望まん、悠久の快楽を。我は与えん、永久の眠りを。氷の棺を開くは獣、蒼天の空にその音色と咆哮を捧げん。凍てつけ、凍てつけ、結晶と化せ」
まずい。本能が告げる。俺は魔術に然程明るくはないが、そんな俺でも分かる。
上級魔術だ。発動するのに膨大な魔力と長い言霊の詠唱を要するが、その条件を達成さえすれば強力無比な威力を約束される、いわば最終兵器のようなもの。故に通常戦において滅多に使われる事はない。事実、数多の戦を駆け抜けた歴戦の兵たるシコンですら初めて耳にするのだ。しかも、それの対象が他ならぬ自分たちになろうとは…!!
「各々方、気をつけ…」
言いかけて気付く。辺りの状況の変化に。
足元の大地は白く凍てつき氷に覆われて、空気は肌を引き裂くような冷気で満ちていた。あれ程晴れ渡っていたこの高台の周りの空は今やここの空だけ低く鈍い雲に覆われている。既に足を氷に囚われ始める兵もいるようだ。
魔術の発動前でこれか…!!
「いくよ。シコン」
突如として耳に飛び込む我が名を呼ぶ少女の声。その言葉とともに足元に現れる、巨大な魔方陣。それは回転しながら上空に舞い上がり、やがて空を覆い尽くす。そしてどこからか少女の叫びのような、それでいて獣の唸り声のようなものが聞こえる。
「フローズンメイデン・アブソリュートゼロ…!!」
叫び声が狂ったような不気味な笑いに変わった。空気に含まれた水分が見る見るうちに結晶となり、その場にいる者に見境なく襲いかかり、凍てつかせ、そして物言わぬ氷像に変える。それは冷酷に…いや、これは慈悲だ。優しい氷の乙女の抱擁。氷塊に飲まれた者はまだ幸せだった。不意に上空の魔方陣より現れる白き獣の巨大な頭。
『…グ…ガァァァァァァァァァァ!!!』
その咆哮と共に放たれた氷柱の豪雨。凍結を免れた者に等しく降り注ぐ。そして貫く!!其処かしらから阿鼻叫喚の断末魔の叫びが木霊する…!!
「ぬ、ぬぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!!」
放置されて寂れて朽ちてゆく教会が白く紅く染められた。
皆様、いつも読んで下さって本当にありがとうございます。最新話更新です。
魔術の言霊の詠唱を考えるのは中二病ぽくて割りと楽しいです。(笑)
さて決着はいつつくのか、まだ長くなりそうです。お付き合い頂ければ幸いに思います。
8月17日加筆修正致しました。




