落日の境界線
アウベルスは南に広がる黒霧の森と北に対岸が見えないほどの巨大な湖、リュウワット湖に挟まれるような形で存在する村だ。主に農業と漁業を営み、日々の生活を行っているとの事でその村の成り立ちはとても古いらしい。
と、いうのもバースさんの話ではリュウワット湖の対岸より先にはベシマール帝国というかつて世界を統一した国があって、魔族が人と共存していた百年程前まではアウベルスはその玄関口として機能し、それなりの発展を遂げてきたそうだが、今はそれも昔の話。
長く続く歴史の中でベシマール帝国の内部は腐敗し、それによって力は衰え、形ばかりの大国と化しているそうだ。
似たような話もあるもんだ、と思う。
風尽を手にしたあの結界の場所を出て概ね半日程度更に森を進み、特に何事もなく夕焼け時には私達は漸くアウベルスに到着した。
因みにだが、昼食に関しては小動物はトゥラちゃんが、食べられる野草やきのこなどはドリちゃんとリュアちゃんが用意してくれた。さすがこの三人(トゥラちゃんも人として数えます。いいよね?)、森を知り尽くしているだけあってものの数十分で食材を採って来てくれた。三人がいなかったら食材探しに森を彷徨う事になり、アウベルス到着はもっと遅れてしまっただろう。三人と再会出来た事を素直に嬉しく思う。何だかちょっと現金だけどね。
「静か…だね」
見た目は長閑な…そう、ヨーロッパの田舎の村と言ったらいいのかな?のんびりとした雰囲気で写真なんか撮ったら映えそうだ。と、いっても私のスマホは既に電池が切れてお亡くなりになっている。魔術で充電出来ないだろうか…。うん。今度試してみよう。
それにしても、田舎村だからなのだろうか。歩いている人は見当たらず、それどころか小さな家々からも人の気配が感じられない。
…ううん、きっと気配を殺しているのだろうな。じっと私達を観察している、そんな感じがした。
「みんなー!!ただいま!!帰ってきたよー!!」
「お、お嬢、お待ちを!」
大きな声を出して駆け出していくレイちゃんの背中をバースさんが追いかけてゆく。二人のその姿はどこか嬉しそうに感じた。
危険な旅をしたんだもん。そりゃそうだよね。
あ、そうそう。忘れる所だった。
「皆、ちょっといいかな?」
トゥラちゃんの背中から皆に小声になって声をかける。
「どうかされましたか?エル様」
ウルミちゃんは私に合わせて小声で話してくれた。
「うん、この村に二人…偵察、ていうのかな?監視している魔族がいるの分かった?」
この村に入って一番最初に感じたもの。それはこの長閑な村に似つかわしくない、種類の違う二種類の魔力。そこには微かに殺気も混じっていた。
「ええ、勿論。片方は獣人族、そしてもう片方は俺達と同じ翼人族のようですね」
「やはり、というか当然であろう。ここはやつらの戦の最前線だ」
トキワくんとツルバミくんも小声で小さく頷く。
良かった。皆ちゃんと気が付いていたみたい。
「だからちょっと待っててね……はいっ」
《聞こえる?皆。ゆっくり歩きながら視線を私に向けずに心の中で喋ってね》
私は心の中で皆に問いかけた。
通信魔術だ。でもこれは私が今独自に作った魔術、コネクト・シグナル。術式をあえて複雑にしたので傍受される心配はない。先に行った二人には後で同じ回線に繋ぐ事にする。
私の言った通りにトゥラちゃんがゆっくり歩き出した。皆もそれに続く。
《驚きました。さすがはエル様》
《いつ魔術を発動されたのですか?魔方陣を確認出来ませんでした》
ドリちゃんとリュアちゃんの驚く声が頭に響く。魔方陣は見えないように手のひらに小さく展開したのだ。
《暫くはこの通信魔術つないでおくから聴かれて具合の悪い話は頭の中でお願いね。皆疲れてるだろうから一旦休憩してそれからこれからの事皆で話そう》
「取り敢えずレイちゃんの後を追おっか」
頭の中の会話と普通の会話を切り替えるなんて我ながら器用だと思う。だけど私ってドジだからやらかしてしまいそうで心配だ。そう考えたとたん少し緊張してしまう。…いかんいかん。今やらかす訳にはいかない。
「畏まりました、エル様」
トゥラちゃんが頷いた。
「改めまして、ようこそアウベルスへおいでくださいました。宵闇の魔女、エル様。私、村長を努めておりますゲインと申します」
ゲインは人の良さそうな顔ににこやかな笑顔を浮かべ、私のグラスにワインを注いだ。けして上等なものではないようだが心尽くしのもてなしなのだろう。素直に嬉しいと感じた。
レイちゃんの家は村で一番大きなお屋敷だった。皆それぞれに部屋があてがわれ、一度一息ついた後に私達は食事会に誘われたのだ。
「この度はウチのレイチェルがご迷惑をお掛けしたそうで…。ほら、レイチェルもエル様にお詫びしなさい」
「な、お父さん、そんな事ないわよ!私はしっかりエル様のサポートをしたんだから!!ね?バース」
「も、勿論でございますよ、ゲイン様っ」
突然話を振られ、後ろに控えていたバースさんが俄に狼狽えた。
「お主らは戦闘の度に物陰に隠れておったではないか」
お肉を一切れ口に運びトキワくんが止めをさした。…トキワくん、容赦ないなぁ。
「レイチェル、バース。後で私の部屋まで来なさい」
「ひぇぇ、エル様、助けて〜」
「わ、私もで御座いますか!?」
「まあまあ、お二人は普通の人間ですから。それにしてもこんなご馳走まで用意して貰って本当にありがとうございます」
《ゲインさん、このまま喋り続けて下さい。皆、天井の柱の裏と窓の向こうから見られてるの分かるよね?》
青ざめるレイちゃんとバースさんを庇いつつ心の中でもゲインさん含め皆に問いかける。たった今、ゲインさんにも通信魔術を繋いだのだ。味方が多いに越したことはない。
顔に出ないように、慎重に、慎重に。
「いやはや、お恥ずかしい。この様なもてなししか出来ず申し訳ない。皆様、お口に合いましたでしょうか」
流石は村長を努めているだけの事はある。ゲインさんは何事も無いように会話を続けてくれた。
《天井に獣人族、外に翼人族…。殿、エル様。如何致しますか》
「我々のような郎党には勿体ない限りですよ。なぁ、ウルミ」
「えぇ。とても美味しゅう御座います」
「ドリも」
「リュアも」
『ゲイン様のお心遣い、大変感激しておりますわ』
因みに、見分けの付かない二人にはドリちゃんに赤い髪飾り、リュアちゃんには白い髪飾りを付けて貰っている。考え出した苦肉の策だ。我ながら紅白で区別をつけるセンスのなさに悲しくなったが、二人共凄く喜んでくれていた。結果オーライだよね。…多分。
と、ここでトキワくんから通信が来る。
《宵闇よ、両方この場で始末するか?》
《ううん、殺しちゃだめ。獣人族にだけ気付いた事にして気絶させて天井から落としてほしいな。でも翼人族の方には獣人族の密偵を殺したと錯覚させて欲しいの。出来る?ツルバミくん》
《御意。造作も御座いませんよ》
「曲者か!!」
ドサッ
言った直後、ツルバミくんは懐からナイフを取り出し天井に投げつけた。
「きゃあぁ!!」
《こんな感じで良いですか?》
レイちゃんが悲鳴を上げてくれた。なかなかの演技派だ。ナイス。心の中でサムズアップしているレイちゃんが見えた気がした。
天井から落ちて来たのは忍者のような出で立ちの、猫の耳と尻尾が生えた女の子だった。
女の子のお腹にはツルバミくんが投げたナイフが見事に刺さっていて、そこから赤黒いものがどくどくと流れ出していた。
パッと見、死んでいる。
念のため、私は通信魔術と同じ様に鑑定魔術をこっそり発動。
…大丈夫。ちゃんと生きてる。さすがはツルバミくんだ。
ナイフはどうやら昔からあるマジックの道具のように押したら刃が引っ込むタイプのようで、その代わり引っ込むと同時に棘が鍔から出てきてそれが刺さるようになっているらしい。棘には即効性の昏睡薬も塗られていて、その薬品には魔力の放出の遮断効果もあるらしく、今女の子の獣人からは魔力が全く感じられない。しかもご丁寧に柄から血糊まで出るという、正にこういう時の為だけにあるようなナイフだ。変わったものを持ってるんだなぁ、と関心する。と、いうよりもこんな物何処で手に入れたんだ。武器マニアもここまで来たらもはや才能だ。
呆れ半分、関心半分、取り敢えず順調に物事は進んでいるので皆に更に指示を出す事にする。
《よし、いい感じ。流れとしてはこのまま翼人族の密偵には偽情報を掴ませてファルウルスに帰って貰うよ。コルフォーナが先に攻めようとしてる、私達はコルフォーナの進攻を気にしてる、て。あ、後私が宵闇の魔女という事を密偵に確信もさせないとね》
《…成る程。了解した》
「これは…獣人族の密偵か?」
トキワくんが演技を始める。私の簡単な説明で思惑を理解してくれたみたい。
「どうやらそのようでございます、トキワ様」
「なんと、良くぞ気付いて下さいました!!せっかくの会食の場がこの様な事になってしまい、申し訳ない…」
「いえいえ、ゲインさんが気にすることは無いですよ」
ウルミちゃんもゲインさんも、芸達者だなぁ。私なんか指示を出してる方なのにドジっちゃいそうで気が気じゃない。手汗がとんでも無い事になっているが多分気の所為だ。大丈夫。平常心、平常心。
「よもや着いた矢先に密偵が現れるとは…。我々は勿論、宵闇の魔女たるエル様がここに入ったという情報はもしかしたら既に伝わっているやも知れません」
「…ツルバミ殿が気付いていなければと思うとぞっと致しましたぞ」
と、バースさんが青ざめて見せる。何で皆こんなに演技上手いんだろう。謎だ。
「…コルフォーナが近日中に攻めて来ると見て良いだろうか。宵闇よ」
「そうだね。そのつもりで対策を考えたほうがいいかも…。あ、そうだ」
《トゥラちゃん聞こえる?今から獣人族の密偵そっちに送るから見張っててほしいな》
《御意に、エル様》
外の納屋に待機していたトゥラちゃんに連絡を取る。私を宵闇の魔女と完璧に認識させる確実の手段。
魔術の使用だ。
「…サクリファイス・ゲート」
両手を振り上げ、前に下ろすと同時に術名を唱えた。密偵を中心に、巨大な魔方陣が現れ薄いピンクの光が溢れる。そして密偵の体は溶けるように姿を消した。
《ふぅ、こんなもんかな。生贄の門、てそれっぽい術名にしてみたけどトゥラちゃん、ちゃんとそっちに行った?》
《…おぉ、さすがエル様!!たった今現れましたぞ!!》
よし、上手くいったみたい。
「これでよし。不穏なヤツは処分したし、皆またいつ狙われるかも知れないから今日は皆で固まって休もっか。何かあったら私が対応してあげる」
一応、ファルウルスの密偵にも釘を差しておく。所謂脅しだ。
余計な事を考えずに、帰ってもらう為。
「エル様」
「勿体ないお言葉」
『痛み入ります』
ドリちゃんとリュアちゃんが深々と頭を下げる。
「エル様に守って貰えると安心ですね!」
「これ、レイチェル。…お客様にお手間ばかり取らせて申し訳ない」
ゲインさんは本当に申し訳無さそうだ。…まぁ、密偵が帰るまでの演技なんだけど。
けど申し訳ない気持ちは多分本物。
その時、外の魔力が動くのを感じた。どうやら撤退するみたいだ。よし、作戦通り。
《…行ったか》
もう、外に魔力は感じられない。さすがは翼人族。少し離れた所から飛び立っていったようだ。
「…ぷぅ〜。緊張したぁ〜!!」
レイちゃんに私の台詞を取られちゃった。でもよくやらかさなかったと自分を褒めたい気持ちだ。今までなら確実にやっちゃってたと思うのに何かこっちに来てからドジる回数が減ったような気がする。取り敢えず、えらい!私。
「これで多分ファルウルスの方が先にここへ来るはず。トキワくん、どれくらいで到着すると思う?」
「そうだな…。あの密偵がここからファルウルスまで飛ばして戻って恐らく五日程、そこから軍を動かす準備に三日、行軍に十日程度と俺は見るな」
「二十日程度、という事ですな」
「それだけあったら十分対策は取れるよ。取り敢えず今日はもう休もっか」
捕らえた密偵の処遇に関しても明日決める事にした。と、いっても私の中でどうするかはもう決まってる。
それにしても、なんか疲れた。やらかさないように慎重になっていたのもそうだけど、皆に指示を出すのってやっぱり大変。
今日は久しぶりにベッドで寝れる。夜更かしは美容の大敵。とりあえず、もう寝よう。
何という事だ。仄暗い月明かりの中空を駆けるシュエンは独り言ちた。
よもやアウベルスにあの宵闇の魔女がいるとは。
冗談であって欲しい。
宵闇の魔女の伝説など大昔の戯言だ。そう、思っていた。それはけして俺だけではないハズ。まさか本当に実在するなどとは誰も露にも思わない。
しかし、あの魔術を目にすれば否が応でも信ずる他はない。…コルフォーナの獣人を消したのだ。まるでゴミを片付けるかのようにあっさりと。
あんな魔術、かの高名だったクーフェイ殿でさえ、例え御存命であったとしても扱う事が出来ただろうか。
バレたのが俺でなくて良かった。心底そう思う。
宵闇の魔女もそうだが、その隣にはあろう事かハーネストの棟梁だった男までいた。ハーネストは我が主君、スオウ様が滅ぼしたはず。まさか生きておったとは。由々しき事態である。
彼奴らに…いや、宵闇の魔女に戦で勝利する為には生半可な軍略など通用しないであろう。それこそ総力戦だ。持てる力を全て注ぎ込む。でなければ我々ファルウルスはあの女の前に一族郎党尽くの首を晒す事になる。事態が急速に動いているのを肌で感じた。
だが、考えようによってはこれはまたとない機会であるとも言える。コルフォーナに先んじてアウベルスを押さえられるのだ。それだけでも大きな魅力であり、宵闇の魔女を討ち取ったとあらば我がファルウルスの功名にもなろう。
急がねばならん。シュエンはその漆黒の翼の羽撃きにより一層の力を込めた。
遅くなりましたが明けましておめでとうございます。
新年一発目の更新です。
御一行様アウベルスにやっと到着出来ました。
本年も宜しくお願い致します。
8月9日加筆修正致しました。




