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魔力枯渇症

「はぁはぁはぁ…す、すみません!遅れました…」


フミコ先生は竹刀型マギアを肩にポンポン当てこっちを見る…何だろう凄く怖い。


「お!やっと来たか、ハンス君は真面目そうなのに結構ポカをやらかすんだね」


「ははは…そんな気は全くないんですが…」


「まぁ良い、早く準備運動に混ざりなさい」


「は、はい。ありがとうございます」


走ってきたから下半身の方は結構温まっている、僕は上半身側の準備運動を入念に行った。


「では!今日は魔法力体力測定をします」


――出た…僕の嫌いなやつ…。


何で毎回毎回…この意味のない測定をするのだろうか、小学生の頃から疑問に思う。


「全員マギアを持ってきたか?この体力測定は魔法の使用が許可されている。魔法を使いながら体を動かす訓練だと思ってもらえればいい。体力測定に関して何か質問があるやつ居るか?」


「はい!」


コハルさんが大きな声で右手を上げその場に立った。


「いい返事だ、質問はなんだ?」


「はい!魔法はいくつまで使用してもいいんですか?」


「使用できるだけ使用してもらって構わんぞ。ただ、同じ効果を持つものや似ている効果のものを使用しても能力の上がり方は変わらんから注意しとけ。無駄に魔力を使うだけだからな」


――魔法の中には結構似た効果を持つものが多いからな…いったい誰がどういった用途で使うのかって言うのもあるし。


「例えば…『身体強化』と『脚力上昇」を同時に発動しても『身体強化』の方が優先して発動される。良いか?全員よく覚えておけ!」


「はい!」×全員


「よし!では50名ずつに分けて、計測を行っていく。それぞれの種目別に副教員がいるはずだ、その副教員の指示に従って行動するように!」


溢れんばかりのクラスメートは50名ずつのグループに分けられた。


種目は全部で8つ


[握力、上体お越し、反復横跳び、立ち幅跳び、シャトルラン、50メートル走、ボール投げ、1500m走]の8つ。


――僕はどの種目も大っ嫌い、何でこんなことをするのか分からないってくらいにね。どうせなら全部魔法を使わないようにしてもらえればもう少し好きになれると思うんだけどな…。


初めに行ったのは『握力測定』


――握力はまだマシだ、誰にも記録がばれないのだから…。


僕は静かに握力計を握り、全身の力を一気に右手に入れる。


「ググググググ…」


全身の血が沸き上がるかの如く力を籠めるが、息をするのを忘れ軽い酸欠状態になった。


自分の出せる限界を出し、右左両方28kg…


――まぁ小学生の頃よりはましになったな。


そんなことを思っていたら、耳にいつも通りと言うか…そうなるだろうなって声が聞こえてくる。


「やった!!『腕力上昇』使いながら初めて左で握力80kgに行ったよ!」


「え~凄いじゃん!私『腕力上昇』使ってるのに60kgしかなかったよ…」


「まぁ、女子ならそんなもんだって、気にしない気にしない」


――女子で…80kgだってさすごいよね、僕は28kgだよ…。


男子は…。


「おい!お前、左手握力100kgねえのかよ、魔法使ってそれとか雑庫!」


「仕方ねえだろ!俺は右利きなんだから。右手なら120kgに行ったぜ、ほら」


「お、やるじゃん!ま、これぐらいが普通だよな」


――は…何、普通ってどういうことだよ。僕、魔法を使ってないけど28kgしかなかったんだぞ。いいじゃないか、そんなに握力が高いんだから。


そして、反復横跳び、上体お越し、立ち幅跳び、ボール投げを何とか終わらせる。


「う…きっつ。今日はここまでだけど…どうせ全部最下位なんだろうな…」


6限目に2度目の魔法学を行い2日目が終了した。


「お…終わった…。まだ学園が始まって2日目だっていうのに、この疲れ用はいったい…」


しかし、放課後には、まだ疲れる要素が残っていることを僕はすっかり忘れていた。


「ハンス君!それじゃ、行こうかマギア訓練施設!」


――そうだった、今日はまだ終わってないんだった…最後に特段疲れるのが残ってたよ…。


「う…うん、それじゃあ行こうか」


――コハルさんも今日は『体力測定』をしたんじゃないの…それなのにどうしてそんなにぴんぴんしているんだ。


「コハルさんは疲れてないの?」


「え?うん、全然疲れてないよ。だって実家に居た頃の方が何倍もきつい練習をしてたからさ。体力測定だって、準備運動みたいなものだし」


――あ~この子、そういうお家で育った子なんですね。


コハルさんは清ました顔で体力測定を準備運動だと言い放った。


世の中の生徒がどれだけ体力測定が嫌いか知らないのかな…体力測定を行った日はもう運動したくないって言うのがお決まりでしょうに。


「えーっと、ここの角を右に…」


[ドン!!]


「痛った…!」


コハルさんは廊下の角で誰かにぶつかった。


その拍子に地面に尻もちを搗き、結構いたそうな音がしたが、表情的にはそこまで痛く無さそうだ。


「ご…ごめんなさい!ちゃんと前を見てなくて…」


コハルさんとぶつかり、転ばせた相手はぶつかったその場に直立している。


顔をよく見ると、学年主席入学を果たしたキール・スプレイドだった。


――近くで見ると…さすがのオーラだな…。ライオンを目の前にした時の子犬みたいに足がすくむよ…。


「何だ…お前、俺にぶつかっておいてその態度…まぁ良い、今は先約がいるんでな。そいつが終わったら相手してやるよ…」


キールは何事もなかったかのように、僕たちの間を歩いて行く。


「ん…お前がハンス・アンデシュか?」


いきなりキールは、こちらに振り返り僕の名前を読んだ。


「は…はい、僕がハンスですけど何か?」


「お前の父親には感謝している。これは俺のために作られた武器と言っても過言じゃない…。じゃあな、それだけだ」


キールは自身の付けているマギアを掲げそう言った。


「何だったんだろう…」


――キールのために作られた武器…いったいどういう事だ。


「ま!許してくれたようだし、私たちは早く向かわないとリーフさんを待たせちゃってるよ」


「コハルさん…凄くテンションが高いですね…」


――あんな物騒なやつに突っかかれたのに。


「そりゃそうだよ、模擬戦の約束してるんだもん。すごく楽しみにしてたんだ、リーフさんとの模擬戦!」


「そうなんだ、リーフも朝、やる気満々だったよ。頑張ってね」


「ありがとう!よーし頑張るぞ!」


――コハルさんは、そんなに戦うのが好きなんだな。


そして僕たちは、昨日約束した通り模擬戦をするべくマギア訓練所に来ていた。


しかし、まだリーフの姿は無く、先に準備しておこうと中に入ろうとした時。


「あ!来たみたいだよ」


丁度リーフがこちらの方に走ってきている。


「はぁはぁはぁ、ごめん待った?」


「ううん、私たちも今来たとこだよ」


「そう、良かった。それじゃあ、始めましょうか」


リーフは既に体操服に着替えており、準備万端のようだ。


「えーと、それじゃあ…。僕が審判をします。最初に1本取った方の勝利です。1本が入ったかどうかはお互いが1番分かると思いますので、不正行為などを行わないようにしてください」


「不正行為…笑わせないで、正々堂々勝たせてもらうわよ」


「こっちだって負けませんから」


――何だろう…この2人、凄いオーラを放ってる…いや…実際オーラが見える分けじゃないんだけど。そう感じるんだよな…。


「今回は特別にマギアを起動した時点から模擬戦を開始します。両者ともマギアを起動してください」


「マギア、起動!」×2


――リーフはグローブ型のマギア、コハルさんは刀型のマギア。相性でいったらコハルさんの『ジン』が有利だけど…リーフはそれくらい分かってるだろうから、どうやってあのリーチを攻略するんだ…。それにリーフ、コハルさんの初激には気を付けて。


「それでは…はじめ!!」


僕が合図した瞬間激しい爆風が僕を襲った。


「うわ!!!」


一瞬の出来事に何が起こったのか全く理解できぬまま、爆風に飛ばされた僕は、訓練場の壁に激突する。


「痛ったぁ…」


僕は背中の痛みに襲われながらも何が起こったのか知りたくて重い瞼をゆっくりと開ける…。


先ほど聞こえたのは爆音の中から一撃の衝撃音…。


――砂埃がひどいな…いったい何が起きたんだ…。


少しずつ砂埃が落ち着いていき、2人の姿が現れる。


「やるわね…」


「リーフさんこそ…」


――なるほど…そういう事か…。


今の状況を説明すると。


リーフがコハルさんの初激を警戒してのガントレットが得意とする『バリア』を張った状態を作り、開始と同時に読み通りコハルさんは初激を狙いにジンを最速で振るった。


コハルさんの放った初激は右斜め上から振り下ろされたのだろう、しかしリーフがジンをしっかりとガントレットで防いでいる。


つまり、リーフはコハルさんの初激を読んでおりバリアを張ったが破壊された。


バリアは破壊されたが、ガントレットで再度防ぐことに成功…逆にコハルさんはバリアを初激で破壊することはできたが、リーフのガントレットで攻撃を防がれた状態。


まだどちらも一本を取れていないようだ。


「逃がさないわよ!『ウォーターショット』」


リーフのガントレットに魔法陣が浮き上がり、その魔法陣から水球が発生される。


「く!!」


すぐさまコハルさんは後ろに回避するが、右足に一発食らってしまった。


「『ジン』をもっとうまく使わないと私には勝てないよ!『ウォーターシールド』」


リーフの周りに水の壁ができる。


――出た…リーフの得意戦法、水の壁を自身の周りに出現させ、攻撃を防ぐ。水は防御にも攻撃にも使える万能な物質だもんな…。頭の回転が速いリーフによく合ってる属性だよ。あの壁…厚さは何センチあるのだろうか…1メートルはありそうだけどあれをジンで裂くのは難しそうだな…。


「まだまだこれからです!『削ぎ!』」


コハルさんの持つ『ジン』が淡い光を放つ。


「はぁ!」


ジンを下から上に振り上げると、リーフの『ウォーターシールド』が綺麗に両断される。


「『削ぎ』ね…刀型特有の魔法…これだけ厚い水の壁も切り裂けるなんて…」


――すごい冷静だな…リーフ、まるで何が来るか分かってるみたいだ。コハルさんは…あれ、どこに行った?


「ま!そう来るわよね!」


コハルさんは『削ぎ』で両断した『ウォーターシールド』が元に戻る前に『瞬歩』で進入しリーフのすぐ真横に移動していた。


「『削ぎ!』」


コハルさんはリーフの真下からジンを振り上げる…しかし。


「それも予想済み!『ウォーターフォール!』」


リーフの頭上を守っている『ウォーターシールド』が勢いよく真下に落ちる。


「く…!」


コハルさんの両腕に大量の水が、滝の如くものすごい勢いで流れ落ちる。


相当な水圧なのだろう、『ジン』を振り上げることが出来ない。


「これで終わりよ!『ウォーターショット』」


『ウォーターフォール』により身動きの取れないコハルさんは、四方八方を『ウォーターショット』に囲まれてしまった。


「ギブアップです…」


コハルさんがギブアップを宣言し、腕を垂れ下げた。


「ふぅ…」


リーフが力を抜くと、コハルさんの腕に流れ落ちる『ウォーターフォール』と四方八方を囲む『ウォーターショット』も重力に逆らうことなく地面に落ち、訓練場は水溜まりになった。


「やっぱり早いわね、剣道は!」


「完敗でした…ありがとうございますリーフさん」


リーフとコハルさんは握手を交わしている。


僕はその光景を呆気にとられながら眺めていた。


「ちょっと!ハンス!そんなところで何してるの、ちゃんと私たちの模擬戦観察してた?見ることも大切な練習になるんだから」


「み…見てたさ、最初の爆風でここまで飛ばされたんだよ」


「じゃ!次はハンスが相手ね」


「え…ちょっと待ってよ、今の状況からどうして僕がリーフと模擬戦する流れになるのさ!」


「ハンスの腰についてる魔法書が昨日とは変わってる。昨日コハルさんにボコられたのが、相当悔しかったんでしょ」


――何で魔法書が変わってることにそんなすぐ分かるんだよ…別に見せたわけじゃないのに。


「ち、違うよ。これはロスト先生が…僕に渡してきただけで…」


「へ~、ロスト先生ね。なるほど、ハンスにぴったりな先生じゃない。確か…魔法歴史の先生で魔法書を研究してる人でしょ。そんな先生から貸してもらった魔法書、試してかなくていいの?」


「い…いや、もっとうまくなってから…で良いかな…」


「使わないと練習にならないでしょうが!それに練習より実戦形式の方が覚えるの速いでしょ」


「ちょ…ご、強引すぎるでしょ」


結局僕はリーフと模擬戦をすることになってしまった。


――いつも強引に話しを進めるのはリーフの悪い所だ、それにいつも流される僕の気の弱さも悪いけど。


「さ!ハンス、その魔法書を使ってみてよ」


「は~、リーフ…どれだけこれが難しいか知らないだろ。マギアとは全く勝手が違うんだよ」


「やってみなきゃ分からないでしょ」


「ハンス君頑張ってください!」


――コハルさんからも応援されている…めっちゃやる気になるな…。


「よし!頑張るぞ!!」


「………」


――リーフ何でそんなチベットスナギツネみたいな顔してるんだ?


腰に付けているホルスターへ手をやり、少量の魔力を流す。


カギが外れ、素早く魔法書を手に取り、呪文を唱える。


「『杖よ!』」


魔法陣が光り、魔法書から魔法杖が出現した。


右手に魔法杖を持ち、左手に魔法書を持つ。


コハルさんと模擬戦をした時と一緒の光景だ。


「さあ!来なさい!」


「ふぅ…『身体強化!』」


魔法陣が光る。


それと同時に魔力が僕の体の中で暴れまわる!


体から淡い光を放っているが…不調和だ…。


――ぐ!体の周りに…魔力を維持…出来ない!!


魔力は、体内から体外に放出されてしまった。


水が水蒸気になるように、汗が空気中に消えてゆくように…僕の体から魔力がスッカラカンになる。


「え…終わったの?」


リーフは僕の姿を見て呆気にとられている。


――そうだよ…リーフ、僕の身体強化はもう終わったんだ…1秒も発動しないまま…。


「ハンス君、今のは『身体強化』ですか?」


僕は、魔力の大半を体外に放出してしまい酷い魔力枯渇症に陥っていたが、何とかその場に立ち上がる。


視界がふら付き、容易に立つことも難しい。


「そ…そうだよ、まぁ『身体強化』とは程遠いけどね…」


「ねえ、ハンス…ちょっとその魔法書、貸して」


「え?リーフ何する気?」


リーフは自身の付けているマギアを外し、僕に渡す。


その時に僕から強引に魔法書と魔法杖を取り上げた。


「今日の魔法歴史の時にSクラスでは誰1人として魔法書を発動させることすらできなかった…あのキール・スプレイドでも。私だってそう…」


リーフは魔法書を僕と同じように左手に持ち、右手に魔法杖を構える。


「『身体強化!』」


魔法書は何も反応を示さない…


「やっぱり…。ハンス、私のマギアを貸して」


「は…はい」


リーフはもう一度マギアを付けると


「マギア起動!『身体強化!』」


マギアは光を放ち、魔法陣が表示され、リーフの体からは青っぽく淡い光を放つ。


「やっぱり…マギアなら出来る」


そしてリーフは僕の方を見てきた。


「な…何だよ…弾け散った僕がそんなに面白かった?」


「そんなこと一言も言ってないでしょ。ハンス、Sクラスの生徒が誰1人として魔法書を光らせることすらできなかったことを、魔法書を光らせた上に魔力がそれに応じようとしてた…。だから魔力があなたの体から放出してしまったのよ」


「はい!私も見てたので分かります、ハンス君の体の中にある魔力が暴れまわっていました」


「そ…それがどうかしたの…」


「ハンス!あなたには魔法書を使う素質があるってことよ」


「い…いや、ただ僕は昔からちょっと使ってたから…出来るだけで」


「確かに…それも一理あるわね…」


「ちょ…ちょっとそこはもっとさぁ…」


「まぁ、とにかく発動するってことは使える可能性があるってこと。分かった」


「それは…そうだけど」


「なら!練習あるのみでしょ!『ウォーターショット』」


「ちょ!いきなり、魔法は!!」


その後、僕は気を失うまでリーフとコハルさんにコテンパンにされた。


[ピンポン!]


「はい、誰でしょうか…。あ、リーフちゃんどうしたの?ドンカ―先生に何か用かな?て、ハンス君!」


「すみません、魔法の練習をしてたら魔力使いすぎちゃったみたいで、ハンス…倒れちゃいました」


「あぁ…」


トモエは気絶しているハンスを受け取る。


「トモエさん、どうかしたの?」


「あ、ドンカ―さん。ハンス君が魔力を使いすぎちゃったみたいで…」


「ハンスが?珍しいこともあるもんだな…」


「ごめんなさい、ドンカ―さん。私たちがちょっと調子に乗っちゃって…ハンスに無理やり魔法を…使わせちゃいました」


「大丈夫大丈夫、倒れたってことは体が限界ギリギリでセーブしてくれてるから。寝れば魔力も回復するさ」


「ほんとにごめんなさい。それじゃあ、私は帰ります」


その場からすぐさま帰ろうとする、リーフをドンカ―は呼び止める。


「リーフさん、ハンスをいつもありがとうね。ハンスも君にとても助けられているみたいだから。これからも仲良くしてやってくれると嬉しいんだけど」


「はい、ハンスは危なっかしい所がありますから。私がちゃんと見てないと、いつかほんとに爆発しちゃいそうで…」


「ば…爆発…?」


「い、いえ!こっちの話です…そ、それじゃあ、さようなら」


「行ってしまいましたね…あれ…ハンス君の魔法書、研究室にこんな魔法書ありましたっけ?」


「ん?ああ、これはロストの研究室にあった『身体強化魔法』の魔法書だ。きっと、ロストがハンスに貸したんだろう」


「ロスト…ロストって確か、先生の学友でしたよね?」


「ああ、私以上に変わったやつだったよ。ロストに言われてハンスをあの学園に入れようと思ったんだが…」


「先生よりも変わった人って…相当変わった人なんですね」


「ああ、あいつと歩いているだけで何度職質されたことか…」


「いったい何があったんですか…先生」


「まぁ、その話は無かったことにして…ハンスを部屋のベッドに寝かせてくるよ。トモエさんたちはもう遅いから帰りなさい」


「そうですか、分かりました。今日の所はこの辺で帰らせてもらいます。お疲れさまでした」


「はい、お疲れさまでした」


ドンカ―はハンスを抱え、階段を上がり、ハンスの部屋を足で何とか開ける。


「よっこいしょ!っと…はぁ、いつの間にこんな大きくなって」


ハンスの腰に付けているホルスターを外し、机の上に置く。


「『身体強化』…か、父さんには出来なかったな…光すらしなかった。曽お爺ちゃんにいろいろ聞いたけど…何言ってるか全然分からなかったな。まぁ、魔法書に絶望しちゃったから、今の『新型マギア』があるんだけどね。曽お爺ちゃんもこの部屋でよく魔法書を読んでたな…懐かしい」


ドンカ―は昔を懐かしみながらハンスの部屋を後にした。


「ゥゥン……」


――この日も僕は夢を見た…気がする。


「お爺ちゃん!無理だよ、こんなこと!」


「何言ってるんだ、ドンカ―これを使いこなせれば、こんなこともできるんだぞ!」


そこに居たお爺ちゃんは一瞬で上空へと移動していた。


「どうだ~!カッコいいだろ!!」


「そんなことできても今の時代は意味ないよ!!」


「何を言うか!ここからだと絶景が見えるんだぞ!おほ~!水着の姉ちゃんはやっぱええの!」


「はぁ…またお婆ちゃんにしばかれても知らないよ!!」


「何を言うか!!魔法の研究をしとるだけだ!決して疚しい思いなど持っておらんわ!――お!露天風呂が見え…!」


お爺ちゃんの真上から女性らしき人が顔面に踵落としを繰り出す。


「グヘァ!!」


情けない声を出しながらおじちゃんは地面に叩きつけられた。


「孫になんてもんを教えとるんだ、このクソ爺!!」


「あ、お婆ちゃん…」


「ごめんな、ドンカ―。昔っからこんな奴でな…年を取っても治らんのや」


「お婆ちゃん…お爺ちゃん死んじゃうよ」


お爺ちゃんの顔は地面にめり込み、頭をお婆ちゃんの足で止められているため、出られずその場でもがいている。


「これくらいやらんと、また同じことを繰り返すんでな」


「うろう!『フロウ!』」


お爺ちゃんが魔法杖を振り呪文を唱える。


「およ!」


お婆ちゃんの体は浮き上がり、その体をお爺ちゃんがお姫様抱っこする。


「お爺さん…恥ずかしいです」


「やはり君はいつ見ても美しい…」


「貴方…」


「はぁ、また始まったよ…90歳超えてその時代劇はちょっときついよ…」


――僕はいったい何を見せられているんだ…あれ…意識が…。


どんどんと意識が遠くなっていく。


夢で見た内容が次第に不鮮明になっていき、上手く思い出せない。


「はぁ!!」


起きた時にはもう、自分のベッドの上だった。


「あれ…僕はどうしてここに…確か学園で意識を失って…どうしよう、そこからの記憶が全くない、何かよく分からない…夢を見た気もするんだけど…。思い出せないな」


時計の針は午前5時を指している。


「5時か…早いな…もう少しね…………痛ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


――なんだこれ…頭が、頭が割れるように痛い、いや、頭だけじゃない。体全身が痛い!痛すぎて息が…苦しい…何だよこれ、筋肉痛に近いけど…痛すぎて考えられない!!


「ど、どうした!ハンス!」


僕の大声を聞いて起きてきたのか父さんが部屋に入ってきた。


「と…父さん…あ、頭が、体が…痛すぎて…」


「あぁ、それは魔力痛だな。ハンス、昨日倒れるまで魔力を使ったんだろ?」


「う…うん」


「そりゃあ、魔力痛にもなるさ。運動して倒れたもんだからな、筋トレしてぶっ倒れたらその次の日は筋肉痛になるだろ、それと同じだ。ただでさえ、魔力をあんまり使ってなかったんだ。そんなハンスの体が、魔力を一気に使ったんだから反動が来るのも仕方ない」


「そ…そんな説明してないで…助け…て」


「ハンス…魔力痛は治すことが出来ないんだ。体が馴染むまではそのままだな…」


「そ…そんなぁ…」


午前8時ごろ

僕はその日、学園を休む気でいたのだが…


「ハンス!迎えに来たわよ」


「な…リーフどうしてここに」


「魔力痛になったんだって?魔力痛くらいで情けない。ほら、私が背負ってあげるから、学園に行くわよ!」


「ちょ!リーフ、今体に振れられたら…!」


リーフに背負われ、全身に激痛が走り回る。


この激痛は、全身をバットで殴られているような痛み…ナイフで切りつけられるような裂かれるような痛み。炎で焼かれているような熱い痛み…いくつもの痛みが合わさり合い、もうどんな痛みなのか理解できない。


叫ぶだけでも体が痛む、脳まで痛みが貫き、気絶しかけたが…何とかこらえた。


その日の登校はもれなく地獄だった。


リーフは僕を背負いながらもランニングをするもんだから、足が浮き地面に着地する際にどうしても体が揺れる。


その為、リーフが走るたびに僕の体に激痛が走る、僕は全く走ってないのに。


痛みが走る振動で体を暴れまわっているのだ。


学園に着くころには、「もういっそ殺してくれ…」と思うほどに激痛が限界を超えている。


「すみません!このハンスをおねがいしてもいいですか!」


――ちょ!教室で何言ってるんだよ。


リーフは躊躇なくEランククラスの入り口で大声を出す。


「おい…あいつって確かリーフだよな」


「ああ、何でSランククラスの奴がEランククラスなんかに…」


「あ、リーフさん!ここからは私が預かります」


「よろしくね、コハルさん」


「はい!任せてください」


――あの…コハルさん…お姫様抱っこはやめてもらってもいいですか…心が死にそうです。


「おい…ハンスの奴、コハルさんにお姫様抱っこされてるぞ。…うらやま…じゃなくて、だっせーやつ」


「ほんとだよな、前の体力測定だって、全部最下位らしいぞ。女子も含めて!ダサすぎるよな!」


――まぁ、そう言われても仕方ないよね…。


「よっこいしょ!ふ~、ハンス君の輸送終了。また何かあったら、言ってね。ハンス君が意識失っちゃったの私のせいでもあるから」


手を合わせながら誤ってくるコハルさん、悪くないな…。


「あ…ありがとう…」


――今日は水曜日…体育は無いから動かなくていいぞ…良かった。今の状態で体育なんて絶対に出れない。


その日の授業は完全に死んでいた。


何も頭に入ってこない、ずっと頭の中がガンガンとトンカチで殴られている状態が続いているのだ、そんな状況で勉強なんてできやしない。


「ハンス君!放課後に話があるから、私の研究室に来てね」


「なんでここに…ロスト先生が…」


「リーフさんから面白い情報を貰ったから、様子を見に来たんだよ。どうやら『身体強化』の魔法書を使ったようだね。ま、その話は後でゆっくりと聞かせてもらうよ。何なら私がお姫様抱っこしてあげようか」


ロスト先生は口角を上げ、何とか笑いをこらえている。


「遠慮しておきます…」


午後の授業もずっとつらいまま…放課後を迎える。


「では!ハンス君をロスト先生の研究室まで運びますね」


コハルさんはまた僕を持ち上げ、運んでくれた。


今回は普通に背負ってくれたが…これはこれですごく恥ずかしかった…。


「ロスト先生!ハンス君をお持ちしました!」


――ラーメンを持ってきたおじさんみたいに言わないで欲しいな。


「やっと来たか、待ちくたびれたよ」


この憎たらしい、ちびっこ先生は椅子の上に立ち、よく分からないポーズをとっている。


ほんとによく分からない、右手を後ろにやり、左手を前に突き出している…両手はピースを作り、片足でバランスをとっていると言った様子だ…誰が見ても意味が分からないだろう。


「では、私はこの後自主練がありますので、この辺で失礼します」


「ありがとうね、コハルちゃん」


コハルさんは研究室から出ていき、僕は椅子に座らせられる。


「それで…僕に何の用ですか?」


変なポーズをとっていたロスト先生は椅子にしっかり座り込むと、真剣な顔で話し出した。


「昨日魔法書を使ってみてどうだった?まず、発動できたかい?」


「は、はい…発動はできました…」


「フムフム…」


何かにメモを取りながら頷いている


「じゃあ、次に…魔法を発動したらどうなった?出来るだけ具体的に教えて欲しい」


「えーと、確か…魔法書が光って…体の中の魔力が動き回って、何とか抑え込もうとしたんですけど…そのまま魔力が外へ流れ出てしまって」


「なるほど…一応、魔力が反応したということでいいかい?」


「はい…確かに魔法書の呪文を唱えた後に魔力が暴れ出したので、そうだと思います」


「ん~ん…」


――凄い悩んでる…腕を組みながら、いったい何を考えているのだろうか…。


「ハンス君は日常でどれだけ魔法を使っているのかな?」


「…ええっと、家の家事をする時に『生活魔法』をちょっとだけ…少しの水を出したり、洗濯ものを乾かしたり、料理の時に火を出したり…それくらいです」


「その時は何も起こらなかったのかい?魔法書を使った時みたいに、体の魔力が暴れ出すということが過去になかった?」


「いえ…特には」


「ん~、今の所判断できるのは、『生活魔法』と『身体強化魔法』の消費魔力の違いによって、ハンス君の体に深刻なダメージを与えた…事くらいか」


「どうかしたんですか?」


「いや…まず、魔法書を使えると言った時点で私は凄く驚いているんだよ。私も一応魔法書を研究している身だからね。魔法書にはいろいろな説があるんだ、魔法書には向き不向きが合って、使用できる人と使用できない人がいるという説。魔力量が少ないことによって魔法書が発動しない説。単純に人のせいではなく魔法書自体に問題がある説。など様々な説があるのだけれど…」


「あるのだけれど…何ですか?」


「どれも、証明されてない。勝手な妄想にすぎないということだよ。魔法書に向き不向きがあるなら、数百年前の人々は皆天才だったのか…いや違う、他の文献には農家の者でさえ魔法書が使えたと記録されている。それぞれの説も、確実だと言えるものが1つもないんだよ!」


「は…はい…」


――何だ、何だ…凄くリーフと同じ匂いを感じるぞ!


「ハンス君!私と一緒に魔法書の謎を解いてくれないか!!」


「――嫌です」


「ふ…そう言うと思っていたよ。君なら確実に手伝ってくれるって…えええええええええ!!!ドドドドド、どうしてだい!ハンス君は気にならないのか!魔法書の秘密が、魔法書を使える子なんてめったにいないんだよ!こんな絶好のチャンスをどうして!」


「いや…単純に興味が無いので…」


僕の目の前にまで接近していたロスト先生はよろよろと後ろの椅子にもたれ掛かる…


「まさか…断られるとは思わなかったよ…だがしかし!私は諦めの悪い女なのでね。ハンス君には覚悟してもらわないと!」


――はぁ、また面倒な人と知り合いになってしまったな…。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも、面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、差支えなければブックマークや高評価、いいねを頂ければ幸いです。


よろしければ、他の作品も読んでいただけると嬉しいです。


これからもどうぞよろしくお願いします。

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