56.依頼:箱庭④
『主様おきるのじゃーーー!』
心地よい目覚めとは、正反対の腹部への衝撃と大きな声で俺の一日は始まった。
重いまぶたを開くと、ここが自分の椅子だと主張するように堂々と俺の腹の上に座る【龍王】がそこに居た。
「……りゅう。人を起こす時は、もう少し優しくしような」
『そうなのか?そろそろ出発だから、まだ寝てるようなら起こしてこいと白夜に言われたのじゃが、ゆっくり寝ているのを雑に起こすのは主様が可哀想だから乗ってみたのじゃ!妾、やさしい!』
やさしさのベクトルが、おかしな方向に向いている気がする。
「起きた?なら、準備を早く手伝って」
【龍王】に、優しさとはなにかキッチリ説明するにはどうするか考えていると、白夜の声が聞こえた。
「あぁ、すまん。手伝うよ」
片付けを簡単に終わらせ、全員で馬車に乗り込む。
相も変わらず、荷台には俺一人だ。
話し相手も居ないので、ガタガタ揺れる荷台でいっその事もう一度眠ってやろうかと目を閉じたときに、声が聞こえた。
『主。この先の道端に人が一人倒れています。遠目からですが、旅人のようです。如何しますか?』
目を開け、目の前に居たのは【黄泉】だった。
「倒れてって、そいつは大丈夫なのか!?」
『動いてはいましたので、息はあると思いますが』
「まぁ、別に珍しいものじゃないよ。この辺は、殆んど村もないからね。冒険者や、行商人なんかが野盗や獣に襲われるなんて、ザラにある話だよ」
冒険者なんてのもいるのか。
いや、今はそれより……
「助けにいかないのか?」
当然の事を口に出す。
すぐそこで人が倒れていたら、助けるのが普通だろ。
「言ったろ?良くある事さ。倒れている人間なんて、この世界に何人居るか分からない。それを全員助けるってのかい?それに、倒れているってことは今言ったみたいに、何かに追われたか、そうでなくても厄介事の種さ。アタシ達には目的があって移動してるのに、それを忘れたのかい?」
ダリアの言っている事は、もっともかもしれない。
だけど、せめて目の前で救える人がいるなら
「俺は、見殺しにはしたくない」
ダリアをまっすぐに見つめる。
何かを言おうと、ダリアが口を開きかけた瞬間
「無駄よ。こうなったら、極夜は一人でも助けに行くわ。バラバラに行動するより、一緒に動いた方がまだマシ」
白夜が俺とダリアの間に入る。
しばらく、無言で俺と白夜を見つめた後に観念したようにダリアが口を開く。
「やれやれ、これじゃアタシが悪者みたいじゃないか。分かったよ。今から道を変えるのも一苦労だし、何より時間が掛かる。この荷馬車じゃ、道を外れて山や森を抜けることも出来ない。倒れている奴の横を素通りするほどアタシも鬼じゃないさ」
「俺のワガママに付き合ってくれて、ありがとう」
ダリアに素直に礼を伝える。
「アタシだって、いきなり道端に人が倒れてたら助けるさ。ただ、今は事情が違う。いつ神の連中が襲って来るかも分からない。極夜に万が一の事があったら、アタシ達には他に打つ手が無いんだよ。それを、わざわざ危険が待っている可能性が高いと分かっている場所に行くのは気が引けただけさ」
「分かっているわ。ダリアが優しいのは、私が一番良く知っているもの。ありがとう」
白夜がダリアに気持ちを伝える。
分かってればいいんだよ、と少し照れ臭そうにダリアは顔を背けた。
そして進行方向は変えずに、【黄泉】が見つけた行き倒れが居る場所まで馬を急がせた。
【黄泉】が確認する範囲では、獣も野盗も居ないとのことで少し安心した。
出来れば、無駄に戦いたくは無かった。
無闇に力を使って、神に気付かれる恐れもある。
しばらく進むと、道端に泥だらけで元の色も分からないローブに身を包んだ人影が転がっていた。
馬車が止まると、急いで飛び降り駆け寄る。
「おい!大丈夫か!」
うつ伏せに倒れた人を軽く揺する。
【黄泉】から聞いていた通り、まだ息はあった。
全身が汚れてはいたが、怪我らしい怪我は無いように見える。
小さな声で、微かに何かを呟いているようだ。
「お………たい」
耳を傾け、その声に集中する。
「女の子に助けられたい……」
その言葉に、俺は文字通り絶句した。
◆
深い森の中。
樹齢100年以上だと確信させるような、背の高く幹の太い木々が立ち並ぶ。
びっしりと広がった木の葉から、僅かに光が差し込む。
薄暗いが、神秘的な雰囲気を漂わせている。
自分の歩く音以外、静寂が広がる。
光と一緒に、音さえも周囲の木に吸い込まれているようだ。
そんな静寂の中を、自身の足音だけを聞きながら【琥王】は歩く。
常人なら、自分が真っ直ぐ歩いているのか疑ってしまう程、同じ景色が広がる森の中を迷うことなく進む。
目的の場所は分かっている。
ただ、進めば良い。
力を感じる方向へ。
『………このあたりだな』
周囲を見渡す。
右も左も、前も後ろも同じ景色が広がっている。
だが、迷わない。
自分が進むべき道は、ハッキリとしている。
その方向に、一歩踏み出そうとした瞬間だった。
『おぉーーっと、そこで止まりなよ』
『それ以上は、許可無く進むとヒドイ目にあうよー』
どこからか声が聞こえる。
瞬きと同時に、先程までは確かに何も居なかった場所に二つの光の球体がそこに居た。
光は徐々に小さくなり、変わりに小虎状態の【琥王】と大差無いサイズの子供が現れる。
『相変わらずの門番気取りか……妖精ども……』
二人の子供は、新しいおもちゃを見つけたような笑みを浮かべる。
妖精と幼精が向かい合い、対峙する。
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