49.反神
『なんで、お前がここにいる!』
【琥王】が警戒しながら、そこに立つ少女……サリアに問いかける。
そんなことは、まるで意に介さずサリアは口を開く。
「なんだい?旧知の仲のボクが、死んだと思ってた彼に久しぶりに会いに来たのがそんなに不思議かい?そんな薄情に思われてたなら、心外だなぁ」
飄々とサリアが答える。
「此処にいるのは、君たち二人だけかい?【龍王】と【黄泉】の姿が見えないじゃないか。久しぶりの再会だ!皆で美味しい食べ物でも囲んで話をしようじゃないか!…………っていつまでそんな怖い顔してるんだい。悪かったよ、おふざけが過ぎたみたいだ」
【琥王】の表情は、先程より数段険しくなっている。
【龍王】は、まだ白夜達と一緒だろう。
【黄泉】は温泉に誘ったら、嫌な気配がするから見回りをしてくると言ってから帰ってきていない。
『質問に答えろ。お前が何故ここに居る?』
落ち着いた声だが、凄みを感じる。
俺に向けられたモノじゃ無いと分かっていても、身構えてしまうほどには威圧感を放っていた。
「話をしに来たってのは本当さ。どうして場所が分かったかと言われたら、彼の力が漏れてたからね。大まかな場所が分かったから、そこから痕跡を辿って見つけたってだけの事さ」
「それって大丈夫なのかよ?カイルの話では大丈夫だろうって言ってたけど……神達にも見つかってるんじゃ……」
【琥王】の話では、サリアは幼精だ。
幼精の方が、力を感じる能力が高いなら話は別だが……
『こいつが此処に居るって事は、神にもバレているだろうな』
「ん?それってどういう意味なんだ?」
やはり幼精が特別って訳じゃなくて、神にも当然バレているという事だろうか。
『俺様が、さっきサリアは幼精だといったな』
たしかに、そう言っていた。
『だが、その前に俺様が知っているのは向こうの世界に行く迄の情報だといっただろう』
それも言ってたな。
『その後どうなっているかは、聞いただけの情報だったんだが……』
【琥王】の言葉の途中で、部屋の扉が勢い良く大きな音を立てて開く。
視界の端で捉えた影は、一直線にサリアに向かっていく。
その姿をハッキリと認識出来たのは、大きな鎌の必殺の一撃がサリアの前で止まった瞬間だった。
「白夜!」
苦い顔で、サリアに切りかかっていた白夜。
その一撃は、どういう原理か分からないがサリアに触れる手前で止まっている。
白夜の表情を見る限り、意図的に止めたのではなくサリアに止められたと考えるのが妥当だろう。
「なぜ、ここに居る!」
「【琥王】にも同じ事を聞かれたけど、それ君たちの間で流行ってるのかい?そうだとしたら、除け者にされたみたいで感じが悪くは有るんだけど」
激昂している白夜とは正反対に、落ち着いた様子のサリア。
俺は、いまいち状況が飲み込めないでいた。
『おぉー。久しいのじゃ!サリア』
また別の声がした扉の方を見る。
どうやら、扉は空けられたのではなく蹴破られたのだろう。
床に転がった扉の上で、タオルを身体に巻いた【龍王】がそこに居た。
『白夜が急に飛び出すから、何事かと思ったが!まさか、お主が来ておるとはのー』
「随分とぼけるじゃないか。君が僕に気付いていないなんて、どんな冗談だい?【龍王】」
「おいおい……一体どんな状況だ。これは……」
俺と同じく、理解が追い付いていないダリアが後に続いて入ってくる。
さすがに、軽装ではあるが衣服は整えていた。
「質問に答えなさい!」
『返答次第では、この場で始末する』
バタバタした空気に、白夜と【斬魔】の声が通る。
白夜を改めて見ると、【龍王】と同じくタオル一枚しか身に纏っていないように見えた。
ハァーーー
と、長いため息がサリアから聞こえる。
「さっきも言ったけど、久しぶりに彼の力を感じたから少し話に来ただけなんだけどなぁ」
「誰がッ!」
『信じる訳ない』
白夜が【斬魔】で連撃を仕掛けるが、その全てがサリアに触れる前に弾かれる。
「今の君じゃ、ボクと戦うなんて無謀だよ?」
「うるさいッ!」
再び深いため息を吐きながら、サリアは首を横に振る。
「止める気がないなら、少しおとなしくしておいてくれるかな?」
サリアが、白夜に向けて右手を突き出す。
同時に、室内に突風が吹く。
白夜が風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「おい!俺が目的なんだろ!白夜に手を出すな!」
未だに、何がどうなっているか頭で整理は出来ていない。
だが、白夜を弾き飛ばされて黙っていることは出来なかった。
ふらつきながらも、すぐに立ち上がる白夜を見て一先ず安堵する。
「ふーん……やっぱりキミは、その子の味方をするんだね」
サリアの軽い表情と声が、はじめて曇る。
「まぁいいさ。キミと話すって目的も果たせたし、このあたりでボクは帰るとするよ。これ以上の話しは、記憶が戻る前のキミとしても意味が無さそうだしね」
サリアの周囲に、力が集まるのが分かった。
「おい!」
この場から、去ろうとしているであろうサリアを呼び止める。
「お前は一体何なんだ!?敵……なのか?」
俺の戻った少ない記憶の中では、仲が良さそうに見えていた。
少なくとも敵対はしていなかった筈だ、最後の向かい合っていた場面を除けばだが。
「うーん……そうだねぇ。【琥王】もそこのボクに吹き飛ばされた泥棒猫も、友好的には見えないけどね」
声も表情も、軽い印象に戻っていた。
「君たちが望んでいるようだから、敵として改めて自己紹介といこうか!」
サリアの声が、静かに部屋に響く。
「自由の神"反神"サリア。今後とも、よろしくね」
神?
今、神って言ったのか?
【琥王】の話しだと、サリアは幼精だった筈だ。
それが、俺たちが戦う神だって言うのか。
頭の中に色々な考えがめぐる。
白夜や【琥王】達は、別段驚いた様子もない。
その落ち着いた様子が、さらに俺を混乱させる。
ダリアも驚きを見せていたが、そこは歴戦の兵士なのだろう。
すぐに、表情が変わり戦闘態勢に入っている。
「まぁ、騒がせてしまったお詫びに一つ教えといてあげよう。次に仕掛けてくるとしたら、恐らく"軍神"の右腕だ。油断せずに頑張ってよ」
それから、とサリアが続ける。
「このまま帰るのも、何か釈然としない気がしてきちゃったから……」
混乱しながらも気を張っていたつもりだったが、サリアの顔が目の前に現れるまで動けなかった。
「ボクだって、色々酷い目にあわされたんだ。このぐらいは、許されるよね?」
唇に柔らかいものが触れた。
触れたモノの正体が、サリアの唇だと気付くのに数秒かかった。
「じゃあ、今度こそ暫しのお別れさ!次に会う時は、正真正銘の敵同士になるのかな?楽しみにしているよ」
手をヒラヒラとさせるサリアが、目を開けていられないほどの突風に包まれる。
風が収まると、最初から誰もいなかったように彼女の姿は消えていた。
しかし、実際に彼女が居たのが現実であったと、わずかな草原の香りと唇に残った感触が物語っていた。
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