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44.精霊の集い⑤




「これは……藪を突いたら龍が出たってやつかね……」


 頬から顎へ流れ落ちる、冷たい汗を感じながら一人でダリアが呟く。


 まったく、損な役を引き受けたもんだ……



ーー数時間前ーー



 白夜達が異世界から戻ったと聞いた。

 それはつまり、今回の依頼が成功したという事だった。


 正直、"名無し"ってのは白夜から少しと、噂程度にしか聞いてなかった。



曰く、神を殺せるのは奴だけ。

曰く、"名前持ち(ネームド)"の幼精を三柱従えている。

曰く、その気になれば単独で王国騎士団を壊滅出来る。

曰く、奴が再び姿を現せば世界が災禍に呑み込まれる。



 どれも、俄には信じがたい内容ばかりだ。



 元々、"精霊の集い"は祈祷師数名の小さなカルト的な集団だったのを、カイルがリーダーになってから組織的に編成され、今の状態になったらしい。


 そんな時、祈祷師が精霊からのお告げを聞いた。


 今まで、何時雨が降るだの、良くないことが起きるだの、あやふやな事しか言わなかった奴らがハッキリと、


『近く神の動きが活発になる。"名無し"を探せ。見つからなければ、世界の均衡は崩れるだろう』


 と精霊からのお告げが有ったらしい。


 当初は全員が半信半疑だったが、事実として"神の軍勢"の動きは勢いを増してきた。


 そして、本格的に"名無し"の捜索が始まった。


 別のお告げで、"名無し"は異世界に居る。"名無し"と通じるものが、こちらの世界に居る。と情報を得ていた。


 小さな集団だった頃から、異世界に転移者を送っていた"精霊の集い"はこちらの世界と異世界両方で捜索を始めた。


 そして、異世界で記憶を無くしている"名無し"を見つけたと知らせが届いた。

 それと、同時に"名無し"に繋がる者の居場所も発見できたと。


 すぐにカイルが向かい、数日で連れ帰ってきたのが白夜だった。


 カイルが連れてきた少女を見て、初めは驚愕した。


 見た目だけなら、十歳にも満たない。

 しかし、その眼は私が見てもいくつも修羅場を潜り抜けてきたような、そんな強い眼をしていた。


 同時に、今にも消えてしまいそうな儚い印象も受けた。その中に僅かだが、希望の光を眼に灯した少女を何故か放っておけない気がした。


 戦うことしか能の無い自分に、母性のようなモノが有ったのかと驚いたが、幼い女の子の世話を男共にさせる訳にも行かず、アタシが面倒を見ることになった。



 異世界への"名無し"の捜索と迎えには、彼女が行くことになっていた。

 異世界への転移が最後に行われたのは、十年程前だと聞いている。


 本当は、次の転移者は決まっていたようだが転移予定者と連絡が取れなくなったらしい。

 何か問題が起こったようだが、私が"精霊の集い"に加わる前の話だったし、誰に聞いても話を濁すので気にしないことにした。


 白夜は、昔の事はあまり話したがらなかった。

 そんな彼女も、一緒にいる時間が増えるにつれて"名無し"との思い出は少しずつ話してくれるようになった。


 普段は無表情で、何を考えているか分からなかったが"名無し"との思い出を話す時だけは何処か楽しそうに、年相応の笑顔を見せてくれた。


 勿論、白夜に何も言わずに消えたことも聞いた。


 とりあえず、どんな奴だろうと一発殴ると心に決めた。


 月日が流れ、転移の準備が出来た頃にはアタシの腰位しか身長の無かった白夜も胸の位置位に成長していた。



 ここまで面倒を見てきたんだ。

 家族同然の情も持っていた。異世界に行って、もし情報が間違いで"名無し"が見つからなかったら、白夜は二度と帰ってこれない。


 "神の軍勢"の動きは、活発になっては居たがアタシも戦えるし、この数年で白夜も格段に強くなっていた。


 こっちの世界で、このまま一緒に戦おう。


 その言葉は、遂に言えなかった。


 白夜の顔は、それほど希望に満ちていた。後ろ向きな言葉で引き留めることなんて、アタシには出来なかった。



 そんな白夜が、帰ってきたのだ。

 "名無し"の事は正直、どうでも良かった。


 帰ってきてくれた。

 それが、本当に嬉しかった。


 逸る心を抑えきれず、ソワソワしている所に白夜がやってきた。


「ただいまダリア。いきなりで悪いけどお願いを聞いて貰える?」


 勿論!何でも聞いてやるよ!と二つ返事した。


「極夜……"名無し"はまだ記憶が完全に戻ってないわ。"精霊の集い"には、アイツを良く思ってない連中が居るのは分かってる」


 アタシの前でも、滅多に"名無し"の事を極夜と呼ばない白夜の口から名前が出た。

 見つけて戻ってこれたのが、本当に嬉しかったのだろう。


「だから、力を見せて全員に認めさせるしか無いと思うの。その為に、ダリアに戦って欲しい」


「いいのかい?白夜に悲しい想いをさせた男だ。アタシも良く思ってない一人だから、手加減は出来ないよ?」


『むしろ、倒しても良い』


 白夜の影から【斬魔】が現れる。


「かまわないわ、むしろ思いきり煽って欲しい。力は、見せるだけ見せた方が良いと思う。まだ、余力を残してる様だったら私の事を化け物と罵っても良いわ」


 そんな胸が痛むことをアタシに頼むかね!?


「お願い。何が切っ掛けになって、記憶や力が戻るか分からない。向こうで"軍神"と戦ったときも、私が殺されそうになった時、以前の力と記憶が少し戻ったみたいだから、もしかしたらと思って」


 嫌だろうに、自分で自分を化け物と罵れとまで言うとは、余程気に掛けてるんだね。

 ん?というか……


「"軍神"!?"軍神"ってあの、神の先鋒のかい!?」


「詳しい事は後でゆっくり話すわ。だから……お願い」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そのお願いを聞いて、今に至るのだが……


 ここまでとは思わなかった。


 気を抜いたら、膝の震えを抑えきる自信がない。


 白夜を横目で見る。

 アタシの視線に気付いたのか、顔を逸らした。


 想定外って事かい……


 対面の"名無し"が技の構えに入っている。


 やるしかないか。

 殺す気はない……と思いたいけど。


 呼吸を整え、何が来ても反応出来るように集中する。


 "名無し"の力が高まり、技が放たれると思った直後に


 パキッ


 と乾いた音が訓練場に響いた。


 その後のカイルの怒号も、その音に負けず劣らず響き渡っていた。





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