39.記憶と夢
◆
緑色が視界一杯に広がっている。
そこが、森の中だと気付くのに少し時間が掛かった。
懐かしく、包み込まれるような感覚だ。
詩道や【琥王】達と一緒に、門を潜った所まではハッキリ覚えている。
その後、気が付いたら此処に居たわけだが。
周りを見渡しても、誰も居ない。
というより、俺の中に誰の気配も力も感じない。
「こんな所にいたのかい?探したじゃないか!」
声がした方に目を向ける。
そこには、緑色の髪に翡翠色の目をした女の子が立っていた。
胸の小さな膨らみから、辛うじて女の子と判るくらいに中性的では有るが。
背丈は低く見える。
【龍王】と同じくらいかもしれない。
ここで違和感に気付く。
普段の俺なら、【龍王】は腰位までの身長しかなかった筈なのに、今は目線の高さに顔が有る。
「ごめん、ごめん。ちょっと散歩してただけなんだ」
俺が喋った。
喋った?
自分でも頭が混乱してくる。
声も幼く、身長も恐らく縮んでいる。
あぁ、夢みたいなモノかと思う。
「そうかい。コレでも、君の事を心配してるんだからね!何処かに行くときは伝えてくれなきゃ!急にフラッと現れた君が消えてしまうなんて、世話係りの僕の名折れだからね!」
そう言うと、俺の手を引き歩きだす。
少女を何処かで、見たことが有る気がする。
人間は夢を見るとき、必ず一度は見たもの、経験した事が元になっているらしい。
もしかしたら、俺の記憶に関係しているのかもしれない。
「それにしても、君はいつもフラフラしてるよね?どうしたか聞いても、いつも散歩だって言うし……そんなに楽しいかい?僕も嫌いじゃないけど、同じ景色ばかりで飽きない?」
少女が俺に向かって語り掛ける。
「飽きないよ。それに、何だか誰かに呼ばれてるような気がするんだ。そこに行っても誰も居ないから気のせいだろうけど……この森以外の場所にも、いつか自分の足で行ってみたいと思ってる」
俺の意識とは無関係に返答する。
「ふーん……変なの。でも、僕もこの森の外には出たことないなぁ。出るなんて考えた事も無かったよ。なんたって、この"白滅の森"は強い幼精に守られてるからね!それに、以前は"シルフ様"の加護も有ったんだけど……っと今は良いか!」
白滅という単語に聞き覚えがある。
"白滅の牙"
【琥王】の真名だった筈だ。
ここに【琥王】がいるのか?
特別気配は感じないが。
考えていると、手が少し強く握られた気がした。
「そうだ!君が森の外に行くときは、僕も連れていってよ!」
うん。いいよ!
夢の中の俺はそう答えた。
少女は嬉しそうに笑い、
「約束だよ!」
と、また俺を引っ張りながら歩く。
手を引かれながら現状について考えていると、急に視界が切り替わる。
先程までの、暖かい雰囲気とは変わり白一色の世界だった。
あたりを見回す。
一面に広がる白は、雪の様だった。
地面からの距離感的に、普段の俺の身長に戻ったようだ。
見慣れない場所だったが、どうせ夢だ。
悪夢でない事を祈りつつ、相変わらずに身体は勝手に歩きだす。
暫く歩くと、ポッカリと口を開けた洞窟を見付けた。
その洞窟に向かって進んでいく。
中は薄暗いが、奥行きは深く無さそうだ。
何も無いかと思ったが、視線の先に小さな白い何かが映る。
歩いて近付こうとする。
「近寄らないで」
洞窟内に、幼く、それでいて甘さがない声が響く。
声の主は、膝を抱えて座り込んだ目に光がない女の子だった。
どうして、一人でこんな所にいるのだろうか。
震えながら、鋭い視線をこちらに向けている。
「それ以上近付くと、どうなっても知らないわよ」
女の子から、強い力を感じる。
しかし、恐怖は無かった。むしろ、寂しさや悲しさを感じる。
力の矛先を俺に向けようとしている少女は、薄暗い洞窟でも何故かハッキリと姿が見えた。
白い服には、所々に黒い染みがついていた。
今になって、洞窟内に充満する生臭い臭いに気付く。
その染みが、服の柄ではなく血であることにも。
それでも、長い黒髪と整った顔立ちに我ながら頭がオカシイと思う言葉が、俺の意思とは無関係に口から零れる。
「綺麗だな」
少女の動きが一瞬とまる。
その目に光が戻る。
何を言われたか理解に時間が掛かっているようだった。
俺も自分が何を言ったか、考えるのに時間が必要だったから丁度良かった。
「な、何をふざけた事を言っているの!私は見た通りの返り血を浴びた化物よ!それとも、あまりの恐怖に正常な思考も出来なくなったのかしら」
若干の動揺が見てとれたが、すぐにその隙も無くなった。
「俺自身も何でか分からないけど、口から出たって事は本心だと思う」
口は勝手に動く。
正直、何言ってんだと思った。
それでも、夢とはいえ出会った少女に美しさを感じたのは事実だ。
まぁ、俺は口には出さないけど。
出さないけどな!
「私は……化物よ。名前も無い、ただの化物」
そう言う少女は、酷く哀しそうに見えた。
自分自身が化物であると言い聞かせるように。
そんなこと、本人ですら望んでいないのに。
「こんな、人間らしい化物が居るわけないだろ。お前は人間だよ。俺が保証する!それに、こんなに綺麗だしな!あ、可愛いの方がよかったか?」
「……理解に苦しむわ」
満更でも無さそうに見えた。
「よし!せっかくだし、俺が名前を付けてやる!じゃないと、呼びにくいしな!」
「何を勝手な事を……」
少女の言葉を聞かずに考える。
少女は、薄暗い洞窟の中でもハッキリと分かる程の綺麗な、夜よりも黒い髪色をしていた。
外の白い世界とは対照的に。
「決めた!白い世界の中に、夜みたいな黒い髪色だから、お前は今日から"白夜"だ!」
少女は驚くような、呆れたような、良く分からない表情を浮かべる。
「勝手に名前を付けるのは良いけど、その名を呼ぶ人なんて居ないわよ。私は此処から動くつもりはないから」
「なんでだよ?」
「私に行く場所なんて無いの。今後、誰かと関わるつもりも無いわ。だから名前なんて要らない」
表情には出さないが、言葉から悲しみが伝わった気がした。
本当は、一人なんて嫌なんだ。
それが、人間の証だ。
その気持ちは、良く分かる。
「じゃあ、俺と一緒に来いよ」
少女が顔を上げる。
彼女の口から、また不満が出る前に続ける。
「俺がお前の居場所になってやる!来いよ」
少女に向かって、手を差し出す。
暫く無言で考えていた。
無理矢理に手を取って、引き起こす。
本当に嫌なら、悩む必要なんて無い。
「よろしくな!」
笑って挨拶する俺に、少女は戸惑っていた。
ようやく、声を絞り出すように発する。
「……名前」
ん?
小さな声が聞き取れずに、聞き返す。
「……アナタの名前は何?」
「あー……実は俺も名前が無いんだよな。だからか"名無し"って言われたりするけどな」
その返答に驚いた顔をする。
だが、それ以上深くは聞いて来なかった。
名前が無いもの同士、通じる所があるようだ。
「じゃあ、私が名前を付けて上げる」
「え!?」
「なに?勝手に私には名前を付けて、自分は嫌とか言わないでしょうね?」
嫌では無いが、正直驚いた。
名前を付けた経験は有っても、付けられた事なんて無かった。
「知識なら、色々持ってる。アナタは適当に付けたかもしれないけど、白夜って言葉なら存在してる。それにちなんで付けて上げるわ」
先程までと、同一人物か怪しくなる程に喋っていた。
もしかしたら、元来こういう性格かも知れないが。
「今日からアナタは、"極夜"よ。白夜と極夜は対になっている言葉。私の居場所になるなんて偉そうに言ったからには、コレくらいの責任はとってもらうわ」
痛い所を突かれた。
だが、不思議と嫌な気持ちには為らなかった。
「じゃあ決まりだな!改めてヨロシク!白夜!」
「少しも迷わないのね……良いわ。よろしく。極夜」
2人で洞窟の出口に向かって歩きだす。
徐々に視界が狭くなる。
あぁ、夢は此処までか。
なんだか、このまま終わってしまうのは惜しい気がした。
そう思える位には、楽しい夢だったと思う。
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『オイ!いい加減に目を覚ませ!』
大きな声と、頬にペチペチと当たる感触で目を覚ます。
倒れた俺を見下ろしていたのは、【琥王】だった。
どうやら、頬の感触は小さな肉球だった様だ。
目を覚ましたのは、小さな部屋のベットの上だった。
「目が覚めたなら早く起きなさい。会わなきゃいけない人が居るわ」
「あぁ……すまん。待たせたみたいだな」
周りの仲間達に目をやる。
誰一人、欠けては居ない。
起きたばかりで、ハッキリしない頭を振って切り替える。
「状況は良く分からんが、とりあえず行こうか。白夜」
部屋の空気が変わり、全員がピタリと止まり俺を見る。
俺は今、何て言ったんだ?
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