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39.記憶と夢



 緑色が視界一杯に広がっている。


 そこが、森の中だと気付くのに少し時間が掛かった。

 懐かしく、包み込まれるような感覚だ。


 詩道や【琥王】達と一緒に、門を潜った所まではハッキリ覚えている。

 その後、気が付いたら此処に居たわけだが。


 周りを見渡しても、誰も居ない。

 というより、俺の中に誰の気配も力も感じない。


「こんな所にいたのかい?探したじゃないか!」


 声がした方に目を向ける。

 そこには、緑色の髪に翡翠色の目をした女の子が立っていた。


 胸の小さな膨らみから、辛うじて女の子と判るくらいに中性的では有るが。


 背丈は低く見える。

 【龍王】と同じくらいかもしれない。


 ここで違和感に気付く。

 普段の俺なら、【龍王】は腰位までの身長しかなかった筈なのに、今は目線の高さに顔が有る。


「ごめん、ごめん。ちょっと散歩してただけなんだ」


 俺が喋った。

 喋った?


 自分でも頭が混乱してくる。

 声も幼く、身長も恐らく縮んでいる。


 あぁ、夢みたいなモノかと思う。


「そうかい。コレでも、君の事を心配してるんだからね!何処かに行くときは伝えてくれなきゃ!急にフラッと現れた君が消えてしまうなんて、世話係りの僕の名折れだからね!」


 そう言うと、俺の手を引き歩きだす。


 少女を何処かで、見たことが有る気がする。


 人間は夢を見るとき、必ず一度は見たもの、経験した事が元になっているらしい。


 もしかしたら、俺の記憶に関係しているのかもしれない。


「それにしても、君はいつもフラフラしてるよね?どうしたか聞いても、いつも散歩だって言うし……そんなに楽しいかい?僕も嫌いじゃないけど、同じ景色ばかりで飽きない?」


 少女が俺に向かって語り掛ける。


「飽きないよ。それに、何だか誰かに呼ばれてるような気がするんだ。そこに行っても誰も居ないから気のせいだろうけど……この森以外の場所にも、いつか自分の足で行ってみたいと思ってる」


 俺の意識とは無関係に返答する。


「ふーん……変なの。でも、僕もこの森の外には出たことないなぁ。出るなんて考えた事も無かったよ。なんたって、この"白滅の森"は強い幼精に守られてるからね!それに、以前は"シルフ様"の加護も有ったんだけど……っと今は良いか!」


 白滅という単語に聞き覚えがある。

 "白滅の牙"

 【琥王】の真名だった筈だ。


 ここに【琥王】がいるのか?

 特別気配は感じないが。

 考えていると、手が少し強く握られた気がした。


「そうだ!君が森の外に行くときは、僕も連れていってよ!」


 うん。いいよ!

 夢の中の俺はそう答えた。

 少女は嬉しそうに笑い、


「約束だよ!」


 と、また俺を引っ張りながら歩く。



 手を引かれながら現状について考えていると、急に視界が切り替わる。




 先程までの、暖かい雰囲気とは変わり白一色の世界だった。


 あたりを見回す。

 一面に広がる白は、雪の様だった。


 地面からの距離感的に、普段の俺の身長に戻ったようだ。


 見慣れない場所だったが、どうせ夢だ。

 悪夢でない事を祈りつつ、相変わらずに身体は勝手に歩きだす。

 暫く歩くと、ポッカリと口を開けた洞窟を見付けた。


 その洞窟に向かって進んでいく。

 中は薄暗いが、奥行きは深く無さそうだ。


 何も無いかと思ったが、視線の先に小さな白い何かが映る。


 歩いて近付こうとする。


「近寄らないで」


 洞窟内に、幼く、それでいて甘さがない声が響く。

 声の主は、膝を抱えて座り込んだ目に光がない女の子だった。


 どうして、一人でこんな所にいるのだろうか。


 震えながら、鋭い視線をこちらに向けている。


「それ以上近付くと、どうなっても知らないわよ」


 女の子から、強い力を感じる。

 しかし、恐怖は無かった。むしろ、寂しさや悲しさを感じる。


 力の矛先を俺に向けようとしている少女は、薄暗い洞窟でも何故かハッキリと姿が見えた。


 白い服には、所々に黒い染みがついていた。

 今になって、洞窟内に充満する生臭い臭いに気付く。

 その染みが、服の柄ではなく血であることにも。


 それでも、長い黒髪と整った顔立ちに我ながら頭がオカシイと思う言葉が、俺の意思とは無関係に口から零れる。



「綺麗だな」


 少女の動きが一瞬とまる。

 その目に光が戻る。

 何を言われたか理解に時間が掛かっているようだった。


 俺も自分が何を言ったか、考えるのに時間が必要だったから丁度良かった。


「な、何をふざけた事を言っているの!私は見た通りの返り血を浴びた化物よ!それとも、あまりの恐怖に正常な思考も出来なくなったのかしら」


 若干の動揺が見てとれたが、すぐにその隙も無くなった。


「俺自身も何でか分からないけど、口から出たって事は本心だと思う」


 口は勝手に動く。

 正直、何言ってんだと思った。


 それでも、夢とはいえ出会った少女に美しさを感じたのは事実だ。

 まぁ、俺は口には出さないけど。


 出さないけどな!


「私は……化物よ。名前も無い、ただの化物」


 そう言う少女は、酷く哀しそうに見えた。

 自分自身が化物であると言い聞かせるように。

 そんなこと、本人ですら望んでいないのに。


「こんな、人間らしい化物が居るわけないだろ。お前は人間だよ。俺が保証する!それに、こんなに綺麗だしな!あ、可愛いの方がよかったか?」


「……理解に苦しむわ」


 満更でも無さそうに見えた。


「よし!せっかくだし、俺が名前を付けてやる!じゃないと、呼びにくいしな!」


「何を勝手な事を……」


 少女の言葉を聞かずに考える。

 少女は、薄暗い洞窟の中でもハッキリと分かる程の綺麗な、夜よりも黒い髪色をしていた。


 外の白い世界とは対照的に。


「決めた!白い世界の中に、夜みたいな黒い髪色だから、お前は今日から"白夜(びゃくや)"だ!」


 少女は驚くような、呆れたような、良く分からない表情を浮かべる。


「勝手に名前を付けるのは良いけど、その名を呼ぶ人なんて居ないわよ。私は此処から動くつもりはないから」


「なんでだよ?」


「私に行く場所なんて無いの。今後、誰かと関わるつもりも無いわ。だから名前なんて要らない」


 表情には出さないが、言葉から悲しみが伝わった気がした。

 本当は、一人なんて嫌なんだ。

 それが、人間の証だ。


 その気持ちは、良く分かる。


「じゃあ、俺と一緒に来いよ」


 少女が顔を上げる。

 彼女の口から、また不満が出る前に続ける。


「俺がお前の居場所になってやる!来いよ」


 少女に向かって、手を差し出す。


 暫く無言で考えていた。

 無理矢理に手を取って、引き起こす。


 本当に嫌なら、悩む必要なんて無い。


「よろしくな!」


 笑って挨拶する俺に、少女は戸惑っていた。


 ようやく、声を絞り出すように発する。


「……名前」


 ん?

 小さな声が聞き取れずに、聞き返す。


「……アナタの名前は何?」


「あー……実は俺も名前が無いんだよな。だからか"名無し(ネームレス)"って言われたりするけどな」


 その返答に驚いた顔をする。

 だが、それ以上深くは聞いて来なかった。


 名前が無いもの同士、通じる所があるようだ。


「じゃあ、私が名前を付けて上げる」


「え!?」


「なに?勝手に私には名前を付けて、自分は嫌とか言わないでしょうね?」


 嫌では無いが、正直驚いた。

 名前を付けた経験は有っても、付けられた事なんて無かった。


「知識なら、色々持ってる。アナタは適当に付けたかもしれないけど、白夜って言葉なら存在してる。それにちなんで付けて上げるわ」


 先程までと、同一人物か怪しくなる程に喋っていた。

 もしかしたら、元来こういう性格かも知れないが。


「今日からアナタは、"極夜(きょくや)"よ。白夜と極夜は対になっている言葉。私の居場所になるなんて偉そうに言ったからには、コレくらいの責任はとってもらうわ」


 痛い所を突かれた。

 だが、不思議と嫌な気持ちには為らなかった。


「じゃあ決まりだな!改めてヨロシク!白夜!」


「少しも迷わないのね……良いわ。よろしく。極夜」


 2人で洞窟の出口に向かって歩きだす。



 徐々に視界が狭くなる。

 あぁ、夢は此処までか。


 なんだか、このまま終わってしまうのは惜しい気がした。

 そう思える位には、楽しい夢だったと思う。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『オイ!いい加減に目を覚ませ!』


 大きな声と、頬にペチペチと当たる感触で目を覚ます。


 倒れた俺を見下ろしていたのは、【琥王】だった。

 どうやら、頬の感触は小さな肉球だった様だ。


 目を覚ましたのは、小さな部屋のベットの上だった。


「目が覚めたなら早く起きなさい。会わなきゃいけない人が居るわ」


「あぁ……すまん。待たせたみたいだな」


 周りの仲間達に目をやる。

 誰一人、欠けては居ない。


 起きたばかりで、ハッキリしない頭を振って切り替える。


「状況は良く分からんが、とりあえず行こうか。()()


 部屋の空気が変わり、全員がピタリと止まり俺を見る。



 俺は今、何て言ったんだ?



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