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33.旅立つ前に③



「はぁ~~~~~~~」


 深い、本当に深いため息を吐く。


 休日に一人、見慣れた町を歩く。

 【琥王】も【龍王】も居ない。文字通り一人だ。


 昨日、詩道の話を聞いて直ぐに休んだ。俺の理解力を越えた話だったと思う。自分で決めて聞いた話だから、後悔はもちろんしていない……といえば嘘になってしまうかもしれない。


 俺が何より愛していた普通から、程遠い世界に自ら足を踏み入れてしまった。


 一夜開けても、頭の中をグルグル回る考えはまとまらない。

 衝撃的な話の連続で、混乱している。


 でも、それで助かっている部分も有った。

 気を抜いて、何も考えていない時間が出来るとユーイの顔が頭をよぎる。


 俺が殺したという事実が、拷問のように胸をキリキリと締め付ける。

 記憶を無くす前の俺は、他にも同じように殺した事が有ったのだろうか?


 考えたくもない。


 騒がしくて心地が良いとさえ思える【琥王】達と一緒にいると、全てを忘れてしまいそうになる。

 その方が楽なのは、分かっていた。


 でも、このまま忘れて良いのか?と自問自答してしまう。

 どうするべきか分からず、一人で考えさせてくれと【琥王】達に話し今に至る。


 【琥王】も【黄泉】と話があると、一人で出掛けていった。

 昼間に誰かに見られても、野良猫に間違われるだけだろう。白色に黒のシマが入った野良猫が居るかは議論の余地ありだが。


 詩道達は、【龍王】が面白いモノが一杯有ったから一緒に見に行こうと、困惑する【斬魔】を引きずり、その後を詩道が少し楽しそうに着いていった。

 【龍王】が無茶しなければ良いが、詩道と【斬魔】が居るから大丈夫だろう。歩いていく後ろ姿は、妹二人の付き添いをする姉にしか見えなかった。


 そうして、各々が自分達の時間を過ごしている。


 とは言っても、俺に何か目的がある訳じゃない。なんとなく散歩しているだけだった。


 何処に向かうわけでもなく、ただ歩く。

 それ程大きくない町だ、見渡せばそれなりに思い出が甦る。唯一無二の友人の陽介と良く立ち寄った本屋、コンビニ、ゲーセン。


 陽介との思い出ばかりだった。


 三浦陽介。

 俺の小さな頃からの幼馴染み、腐れ縁。

 陽介とも会えなくなるかも知れないのか……


 アイツと初めて会ったのは何時だったか、記憶をたどる。


 そうして気付く。

 自分でも愕然としてしまう。


 どうして、今まで気にしなかったのか。

 気付けなかったのか。


 俺に幼少期の記憶は一つもなかった。


「ははっ」


 自分に呆れ、乾いた笑いがこぼれる。


 俺の居場所はココじゃないのか。

 そう考えた瞬間に、胸にポッかりと穴が開いたような喪失感に襲われる。


 自分でもどうして良いか、どんどん分からなくなっていく。


「おー。天草じゃないか!どうした?世界の終わりみたいな顔して」


 不意に声をかけられる。


 声のした方に目を向ける。


「えっと……先生?」


 そこに立っていたのは、俺の担任だった。





『どうじゃ!?楽しいじゃろ!色々あって飽きないのじゃ!』


 元気にはしゃいでいる【龍王】。

 促されるままに着いてきたのは、拠点から然程離れていない商店街。

 確かに、向こうでは見ることの出来ないモノが多い。


 楽しいもの好きの【龍王】が、浮かれる気持ちも分かる。衣食住の文化は向こうより進んでいる。

 コチラの世界に来てから、すぐにアイツを探した。

 あくまで可能性で、本当に居るなんて確証は無かった。


 見つけてからは神の相手もしたし、周りの事など気にしている余裕なんてなかった。


『わかったから、少し落ち着いて』


 普段冷静な【斬魔】が、振り回されているのを見るのは随分久しぶりだ。


 こんな気持ちになれる日がまた来るなんて、想像もしていなかった。


 ある日、突然アイツは私の前から消えた。

 理由も告げず、別れの挨拶も無しで。


 暫くして、"名無し(ネームレス)"が死んだと噂で聞いた。


 ()()、一人ぼっちにされたのだと思った。最初は何も感じなかった。感じたくなかった。


 こんなことになるなら、最初から一人のままが良かったと思い、次に怒りが込み上げてきた。


 私に希望だけ与えて急に居なくなったアイツ、世界に望まれなかった自分、こんな自分を生み出したヤツ。


 全てが憎くて憎くて仕方なかった。


 どのくらい経ったか分からない程、一人で過ごした。

 誰とも関わりを持ちたくなかった。


 そんな時、どうやって居場所を調べたのか"精霊の集い"が接触してきた。

 マトモに話を聞く気なんて無かった。適当にあしらって追い返すつもりだったが、彼等が放った言葉に耳を疑った。


「"名無し(ネームレス)"が異世界に居るかもしれない」


 その他にも何か言っていたが、その時は聞こえていなかった。


 何も感じなくなった心が、身体が、大きく高鳴るのを感じた。


 正直、世界がどうこうなんて建前で別段興味は無い。

 でも、"軍神"の言っていた実験の話。

 首謀者は"美神"で間違いないだろう。こんな悪趣味な事をするのは、神の中でもアイツ位だ。


 "美神"を許す訳にはいかない。

 アイツがコッチの世界に残ると言っても、"美神"だけは私がこの手で……


『さっきのアレが食べてみたいのじゃー!』


 【龍王】の大きな声で、現実に引き戻される。


『分かったから、大きな声出さないで。他にも有るかも知れないでしょ?』


 【斬魔】が完全に保護者になっていた。

 思わず笑いそうになるが、グッと堪える。今笑ったら、【斬魔】がきっと嫌な顔をする筈だ。


『イヤじゃ、イヤじゃ!さっきのが食べたいのじゃ!』


 流石に、周りの目線が痛くなる。大体が、微笑ましいモノを見るような暖かい目線だったが。


「代価がないでしょ?私も、この世界の通貨なんて殆ど持ってないわよ?」


 【斬魔】を助けるつもりで口を出す。


『クックックッ。こんなことも有ろうかと、主様の財布を手に入れておいたのじゃ!』


 高らかにアイツの財布を掲げる【龍王】。


 【斬魔】は表情を変えていなかったが、眉毛がピクピクと動いていたのを見てしまった。


『これで、買ってくるのじゃ!』


 【斬魔】が、今にも走り出しそうな【龍王】の腕を掴んで止める。


『私が行ってくるから、りゅうちゃんはココでまってて』


 少し不満そうな顔をしながら、財布を【斬魔】に渡す。


 私が行こうかと声を掛けたが、大丈夫。アナタも疲れた顔してる。というので任せる事にした。

 気を使わせてしまったかもしれない。


 【斬魔】が私に【龍王】を押し付けた訳ではない無い筈だ。

 ……多分。


 じっと待っててね。と言い残して【斬魔】が歩いていく。立って待つのも何なので、近くのベンチに【龍王】と一緒に座る。


『さっきから浮かない顔をしておるが、何を考えておるのじゃ?』


 【龍王】が私の顔を覗き込んでくる。


 吸い込まれそうな蒼い瞳。

 私の目とは比べられない位に、美しいと思う。


『せっかく楽しみに来たのじゃ!妾が何でも聞いてやろう!妾の方が、おねえちゃんじゃしな!』


 【龍王】に促され、口を開く。

 それは、瞳に魅入られたからではなく。

 なんとなく話したくなった。


 アイツの側に、私より長く居た【龍王】に聞いてみたかった。


 本当に、ただそれだけだった。




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