暴龍と魔術師
ルマン大陸の北部にある迷宮の深層で、駆け出し中級魔術師の少女・アルルは震えていた。
薄暗く獣臭い迷宮の中で、杖を持ちながら、ボロボロの三角帽子を抱えて、迫り来る魔物という特殊な生物を魔術で駆逐していく。
目の淵に涙すら浮かべて、ガクガクと足を震わせながら、ただ魔術を放つ。
使う魔術は何でもよかった。
相性などこの期に及んで気にしていられない。
心配なのは残りの魔力量だった。
一発打つたびに軽く吐き気がするようになった。
魔力が底をつきかけているのだ。
「うぐう・・・」
他にパーティーメンバーが5人ほどいたが、皆んな死んだ。
一瞬で潰されて、喰われて、溶かされて、思い出すのも痛々しい程の凄惨な死に様をした。
残ったのは一人、アルルだけだ。
冒険者になって日も浅いのに少しの討伐依頼を達成したくらいで増長して、高難易度も迷宮に挑んだ結果がこれだ。
迷宮と言うものは、単にファンタジーなものではない。
自然界の過酷さが濃縮されたかのような場所なのだ。
ここの生物たちは、皆此処の生活に適した進化をした。
対して人間はどうだ。
迷宮で暮らすなんてできやしない。
そもそもとして立ち回る技能から違ったのだ。
ベテランですら油断すれば死ぬこの迷宮で、アルルなどの駆け出しが生き残るなどたかが知れている。
「やだ・・・やだあ・・・!」
言葉にすらならない鳴き声を上げながら、敵の波が終わるまで魔術を放つ。
しかし一向に止まない。
どう言う事なのだろうか。
いや、そんなことは今はどうでもいい。
生き残る。
それしかない。
アルルは年端もいかない女の子だ。
だからどうしたと言わんばかりに自然は右フックをかましてくる。
そんなに甘くはないぞと、風前の灯に息を吹きかけてくる。
死にたくない。
死にたくない。
まだやりたいことだって沢山あったのに。
十数年で人生を終わらすなんて嫌だ。
自分だけは死なない、自分の周りだけは大丈夫、なんて言う幻想は最も簡単にぶち殺された。
自然の猛威の前には、人なんて簡単に死ぬ。
いや、人間以外もそうだ。
今までの人生が走馬灯のように思い起こされた。
自分を馬鹿にする奴らを見返そうと北部で冒険者になったのに、なって2ヶ月で人生が終わろうとしている。
言葉にならない後悔と悔しさが脳をグチャグチャにしてくる。
「あぐっ!?」
突然、エリマキトカゲのような生き物ーーカルドスポーラーという4メートルほどの二足歩行の肉食動物に茶色い粘液を顔にかけられて視界が暗闇と化した。
ベチャベチャとしていて気持ち悪い。
手で粘液を落とそうとしても、凝固作用があるのか中々取れない。
「取れない見えないってぎゃあ!?」
カルドスポーラーの筋肉の塊のような足がアルルの小柄な身体を地面に縫い付けて、その大口をゆっくりと開けた。
唾液が顔にかかり、間近に死を実感した。
杖は前足で押さえつけれ、魔力もほとんどない状態で、当然体術など学んでいるはずもなく、ただでさえ無力な彼女から魔術を取ったら、もはや抵抗する術は無い。
「お願い・・・殺さないで・・・」
無意味な命乞いをする。
ゆっくりと死が迫る。
よく考えれば他のパーティーメンバーは幸せだった。
一瞬で痛みもなく不意打ちで殺されたのだから。
ーーカルドスポーラーの大口がアルルの頭部を削ろうとした、その時。
カルドスポーラーの身体が視界から消えた。
「え?」
そして直後に聞こえる、カルドスポーラーの悲鳴と肉を裂く音と降り注ぐ血液。
やがて悲鳴は止み、周囲の全ての魔物の視線が一瞬でアルルの頭上に向く。
アルルが上を見上げれば、いた。
暴龍の王が、見下ろしていた。
青い身体に黄色いイナズマ模様の、殺気だった瞳をした、王がいた。
ドクンッと心臓が跳ねた。
思わず、促されてもいないのに自動的に平伏してしまうような、そんな風格を漂わせていた。
大きさは良くはわからないが、17メートルくらいだろう。
この場にいるどんな魔物よりも大きい。
魔物共が威嚇を始める。
しかし怯えている。
まるで路地裏のチンピラ。
しかしそのチンピラ共に対して、その王はアルルを庇うように立ち、その大顎の牙に紫色の光を灯し、小さく呟いた。
「乱鬼の剣」
ただ、それだけだった。
光に迫りうる速度で振り下げられた紫色の刃は、放射線状に広がり、轟音を立てて魔物を1秒ではあまりにも遅すぎる速度で原子一粒残さず消し去っていく。
(「さっきまで私が苦戦していた魔物を一撃!?」)
アルルの身体は、もう微動だにしなかった。
そして邪魔者の駆除が終わった王は、静かにその鼻先をアルルに押しつけて、クンクンと匂いを嗅ぎ回る。
その硬い鱗が体に触れただけで、アルルは死を本当に覚悟した。
目を瞑り、胸のお守りを抱きしめて、静かに迫り来る死を待った。
しかし、またもや死はこなかった。
アルルの身体に降りかかったのは、渋い男の声。
「怪我はないか?」
?と目を開けて、その声が目の前の暴龍から発せられた事を知ると、1センチも無いくらいに迫った暴龍の鼻先の迫力に、思わず身体をのけぞらせる。
「え?何、貴方、え?」
身体を今までに無いくらい震わせてこちらに杖を向けてくるアルルに対して、対して気にしなさそうに龍は言う。
「助けただけだ。危なかったな」
いや、そうじゃない。
そうだけどそうじゃない。
「何で人間の言葉が喋れるのよ!?」
すると龍は何言ってんだとばかりに小首を傾げ、
「単に話し言葉が同じだけだ。このように意思の疎通もできる」
口を開くたびに目に入る鋭い短刀のような牙に身震いし、アルルは問うた。
「食べたりしない?」
「腹の足しにもならん。最低でもオークくらいの体躯でなければ、我ら大型肉食恐竜は満足せん」
「大きかったら食べるって事じゃない!?」
「冗談だ、ダイナソージョークだ」
何だよそれと思いつつ、しかしなぜか言語は通じるので、しかもあの強さを持っていると言う事で、アルルは龍とコミュニケーションを取ることにした。
「貴方は、何者なの?」
一番気になる事を聞いてみる。
このものが何者なのか、どこから来たのか、そして恐竜とか言う分からない単語も。
もしかして古代竜族の生き残りとかではないだろうか?
龍は名乗った。
ギガノトサウルス・バルドレウスと。
ー
バルドレウスは信じ難いことにソロのSランク冒険者であり、今回はこの迷宮に単身乗り込んできたと言う。
そして偶然アルルを発見、一瞬で救出した、と言うことらしい。
頭から尻尾まで全くよくわからないが、とにかく命が助かった事に喜ぶアルルは、とりあえず感謝の言葉を述べる。
「あの、とりあえずありがとう・・・」
「で、お前、腹は減っていないか?俺の背中の積み荷の中に干し肉と水が入っている」
「いただいてもよろしいのですか?」
「勿論だ」
アルルは早足でバルドレウスの背中を攀じ登り、積み荷を漁っていく。
生き残れたことに対する安堵でいっぱいだった。
積み荷を漁る途中に聞かれた。
「おい、お前、他のパーティーメンバーはどうした」
「・・・死んじゃったよ。皆んな不意打ちで一瞬。何で一番弱い私が生き残れたのかが不思議だよ」
「悲しいのか?」
「悲しいよ。だって初めて私に優しくしてくれたもん。ここから成り上がっていこう、頑張ろうってさ。みんなね、私と違ってさ、死ぬ覚悟がちゃんとできてたんだよ。残された私に出来ることはみんなを弔って、遺品を故郷に届けることくらいだから」
死者、特に仲間に対しての弔いと遺品を届けることは、この地域の冒険者の伝統だ。
死者を弔う時は、善人も悪人も関係ない。ただ悼む。
その魂を送り出し、大地と記憶にその者の存在を刻む。
バルドレウスは少し考えてから、
「そうか、で、これからお前はどうするつもりだ?」
「冒険者は続けるつもりだよ。何たって夢だったからね。今回のは若気の至りってやつだよ」
死にかける程度では若者の勢いを止めることはできないらしい。
アルルは干し肉を取り出して、命に対して礼をすると、背中から降りた後にそれを食べる。
「!?」
干し肉は驚くほどに美味しかった。
少し癖のある味だが、スパイスが効いていて、非常に美味しい。
しかも今は腹ペコなので、ますます食べる手が止まらない。
美味しいものを食べると人は生を実感するらしい。
感動で涙が出そうになった。
「なにこれ美味!?」
「気に入ったか?」
「うん!ところで、何の肉なのこれ?」
「オークだな」
オークは人と共通の先祖を持ち、180センチから300センチにもなる身長を持つ大型霊長類である。
知性は人間とほとんど変わらず、粗悪だが鉄器などの武器を作ったり、簡単な集落を作る程度の文明を持っている。
オークの肉は脂が乗っており、霊長類の仲間としては美味であるため、一時期乱獲されまくり半分くらい人間族と戦争状態になった歴史もあるのだ。
アルルは干し肉を食べながら、興味深そうに聞いた。
「これ何の部分なの?」
「ちんぽだ」
「なんつーモンを乙女に食わしてんだ貴様ああ!?」
「は?」
「は?」
バルドレウスは少し考え込んでから、
「さっきまでオークのちんぽで喜んでたじゃないか」
「誤解を生むな馬鹿ッッッッッ!!!」
獣○か?獣○なのか?
ふざけるな?
てゆーかなんでチンpなの?もっと他にいい部位あったでしょ?とツッコミ返ってきた答えは、
「それ以外の部位は俺が食った」
「贅沢言うけどせめてタマタマを食べさせて!?」
「玉はいいのか玉は」
バルドレウスは悪びれた様子は当然なく、
「オークのチンpは部位自体も大きいし美味い部位だ。何か問題でもあるのか?」
「当然でしょ!?さっきも言ったけど乙女になんつーもの食わせてんの?!」
ツッコミ疲れてゼエゼエと息を切らす乙女アルル。
「これ程のツッコミが出来るとは、元気が出てきたらしいな」
「こんな話されてツッコミに熱が入らない奴なんていないわよ」
バルドレウスは静かに立ち上がり、身体を揺らしてから、
「おい、魔術師」
「なに?」
「俺とパーティーを組まないか?」
予想の遥か斜め上をいく提案に、アルルは驚愕の表情を張り付けて、身を乗り出した。
「ええ!?なんでよ!?」
するとバルドレウスは優しく微笑み、
「ボッチが少しキツくなってきて、な!!」
「それが理由!?」
「そもそもとして我らギガノトサウルス族は群れで行動し生活する恐竜だ。少しでも人数が多い方がいいだろう?」
もう何なのだこのトカゲは。
しかし、考えてみればコイツの強さはデタラメ級だ。
パーティーを組めば、もしかしたらかなり上へ上がれるかもしれない。
もしかしたら、この迷宮のボスでさえもいけるかもしれない。
アルルはニタリと笑い、
「分かったわ、私達、パーティーを組みましょう。SランクとDランクだけど、まあいいでしょ?」
「ああ」
ギガノトサウルス・バルドレウスの旅は続く。




