レイのCカップ大作戦・ーーーーーーー
「はあ」
アトラス学園の食堂で、レイ・ホミッドはため息をついた。
目の前にはビーフシチューとパン、そして馬乳があり、あたりからは他の女子生徒と男子生徒の喧騒が聞こえて来る。
ため息をついたのには二つ理由がある。
視界の端には発育のいい女生徒を両手に抱いたイケメン男子が歩き回っていた。
そして何やら話し声がする。
「今度デートお願い♡」「あー私も〜」「あ〜ずるい〜」「やめておくれよ。僕の腕は2本なんだから。取り合わないの」
レイは思う。この上なく不愉快だ、と。
別にイチャつくのはいいのだ。それは許容できるのだ。だけど何故自分の前でやるのか意味がわからない。彼らが自分を見ていないのはわかっている。でも何故か感じてしまうこの行き場のない敗北感と寂寥感。
あとなんで自分は十五にもなって彼氏ができないんだと。
これがため息をついた一つ目の理由である。
因みにこの世界の成人年齢は十七歳というなんとも絶妙な数字である。
十五か十六の時に男女交際を始めてお互い成人したら正式に結婚というのがこの世界のセオリーだ。そんなことはさておき一番不愉快なのはそのプチハーレムが自分の周りに何個も形成されているということで、まるで自分が馬鹿にされているような悔しさを覚える。
その悔しさを紛らわすように馬乳を一口。
レイは昔風の噂で聞いたことがある。
『馬の乳を飲めば胸が大きくなる』という噂を。
この話を聞いた当時の彼女は歓喜に震えていた。
7歳の頃から8年間ずーっと馬乳を飲み続けた。
雨の日も風の日も雪の日も多い日も。
なのに、なのに、なのに、まるで全く成長していない。
AAAだ。せめてCは欲しい。
断崖絶壁なのだ。九十度なのだ。まるで男だ。ウエストもヒップも平均以下。
なんということだ。
ああ神よあなたは何故私に救いの手を差し伸べないのだ。人類皆平等ではないのか。
身体的な意味で。
今の彼女は悲しみに震えていた。
これこそため息をついたもう一つの理由。胸が全く成長しない問題である。
ちなみに背もあまり伸びなかった。
落胆する彼女の横からふと声がした。
「隣いいかの?」
レイが顔を上げると、金髪幼女がそこにいた。
ユウティラヌス・フアリ。
彼女は購買で購入したホットドッグを貪っていた。
「いいですよ」
そう力なく答えると、レイはまたため息をつく。含みのあるさっきと同じようなため息。
隣に座ったフアリは、ホットドッグを貪りながら聞いた。
「なんだあため息なぞついて」
「いやあ胸が大きくなったらいいなあって・・・」
するとフアリは少し考え込むようにしてから、さりげなく、
「たしかにアトラ坊のやつはでかい方が好きそうじゃのう・・・」
レイは自分の薄い胸をさすりながらつぶやいた。
「そうですよね・・・・って!!なんでアトラの名前が出てくるんですか?!」
顔を真っ赤にして叫ぶレイに対して、同じくAAAカップのフアリはニタリと蛇のような悪い笑みを浮かべ、
「おやおやどうしたのじゃあそんなに顔を赤らめて・・・もしや」
「ちっちがっ・・・!!」
言いかけたフアリの言葉を、レイが遮った。
まるで照れ隠しのようだ。
フアリは思った。
こいつはからかいがいのある奴だと。こういうところがあるからこの後輩は可愛い。嗜虐心をくすぐる。思わず顔に出てしまう。
フアリはさらに追い討ちをかける。
「まあ其方も生娘じゃもんなあ・・・」
「違うって言っているじゃないですかあ!!」
「わかったわかった悪かった」
マジでこれ以上やると本気でキレられると思ったフアリはここが引き際だと思い謝罪した。
引き際を弁えないやつはどこでも失敗をするということをフアリ自身が一番よくわかっていた。
彼女はもっとからかいたいという欲求を抑え込み、こほんと咳き込んでから、
「さっきのは軽い冗談よ。さて、胸をデカくしたいという話じゃったな・・・」
「はい」
「Cまでの道は長く厳しいぞ」
「わかっております」
レイは真剣だった。
そのいきやよしと心の中で師匠面をするフアリは、こそこそと耳打ちをした。
耳打ちをされたレイは最初は訝しげに顔を顰めていたが、やがてはっと目を見開いてその顔を歓喜で溢れさせた。
話終わった時、彼女は口の端を持ち上げて、ニマニマという笑みを浮かべた。
この方法なら!!という確信の宿った表情だ。
「是非試させてみてください!」
こうして、レイ・ホミッドのCカップになるための修行の日々が始まった。
ー
アトラは資料室にて書類の整備を行なっていた。
ヘイグラムに頼まれて、だ。
ヘイグラムは体が大きすぎてしょうの整備が行えないので代行をしている。
ここにある資料のほとんどは召喚魔術に関する資料で、その数は60000000枚を超える。
アトラス学園は大規模な教育・研究機関であるため、毎日毎日山のように研究レポートが入ってくるのだ。
アトラは一通り作業を終えると、コーヒーを淹れて椅子に座って一息つく。
仕事終わりのコーヒーほど美味しい飲料は存在しないだろう。
苦味を包み込む甘味、そしてそれをさらに強調するミルク。
この構成が最高だ。
魔術師、剣士、治癒術師みたいな感じだ。
ふと一枚の書類に目を向ける。
転移魔法陣のトラップがある迷宮についての資料だ。
迷宮は地下にある入り組んだ地形のことで、迷宮には魔物が多く存在し、そして迷宮の奥には大量の鉱山資源が眠っており、とても高く売れるそうだ。
迷宮には数々のトラップが存在する。
落とし穴や壁ドンはもちろんのこと、マグマを飛び越える奴も存在している。
その中でも群を抜いていやらしいのが、転移の罠だ。
転移魔法陣を踏んだら最後、ランダムにどこかへと飛ばされて、たったの一人で大量の魔物と戦わなければならないのだ。
そして最深部にいるのは超強力な魔物。
特級魔術師でも攻略を躊躇うと言われたこの迷宮の罠に、ヘイグラム達は目をつけた。
もしかしたら自分たちと関係しているのかもしれないということで、前こんなことを言い出した。
「ちょっと迷宮潜ってくる」
必死で止めた。
止められなかった。
二人は潜ってきた。
数日後、ニコニコしながらフアリだけが戻ってきた。
完全攻略とまではいかなかったものの、かなり最深部の方まで潜れたらしく、お土産(大量の冒険者の遺品)を持って帰ってきた。
ヘイグラムは、迷宮に潜って引き続き調査をするらしい。
何度も罠にハマったそうだが、持ち前の嗅覚と戦闘能力でなんとかやったらしい。
相も変わらずこの二人は化け物だ。
そう思いつつアトラはコーヒーを口に含み、また一息ついた。
ー
転移迷宮。
できてからの年月は約10年。
全階層65階。
出現する魔物の平均ランクB(上からS、A、B、C、D、F)。
Bランク魔物は中級魔術師5人分の戦闘能力を誇り、推定魔物生息数は10000匹。
罠は全て転移魔法陣。
冒険者ギルドの依頼のランクはSSランク。
攻略に必要な人数は265人。
攻略に必要な時間は十ヶ月。
今まで確認された鉱物資源は石油、鉄、金銀銅。
平均報酬は金貨800枚。
薄暗い石造の部屋の中に、カチャカチャという作業音が響く。
縦三十メートル、横四十メートル、高さ二十メートルくらいの大部屋だ。
魔物の死骸からは悪臭がして、かつてこの迷宮に挑んだ哀れな冒険者の骨が転がっている。
俺、ヤンチュアノサウルス・ヘイグラムは転移迷宮二十四階にて魔物を解体していた。
俺は肉食恐竜だが、魔物の肉は食えたものじゃない。
臭いし不味いし毒もある。
最悪の出来だが、中には結構いける奴もいる。
今解体しているのは、スラケアという蜘蛛のような形をした魔物で、9本足に頭が三つで黒い体をしており、カサカサとはいずり回るので気色悪い。
大きさ的には三メートル。
人間から見れば巨大だろうが、俺から見れば赤子にも遠く及ばない。
だが味はいい。
見た目はクソだが中身はいいとか、バフンウニかよ。
この魔物の体の構造は特殊で、虫というよりも哺乳類に近しい体の構造をしている。
牙を見れば、犬歯が発達し、奥歯はすり潰すような形になっている。
珍しい。これがこの世界の生物か。
相当個性的な進化をしてきたな。
メモメモっと。
俺はひとしきり解体を終えた後に、死骸をまとめて燃やした。
魔術は初級までならなんとか使える。しかしどうも俺たち恐竜には魔術適性がないらしく、魔力総量も少ない。
「そろそろ地上へ上がるか」
そうつぶやいて立ち上がり、地上へ戻るための階段の方に歩き出した時、
「なんだ、いるじゃねえか」
声がした。
気づかなかった。
風が揺らぐこともなく、視線を感じることさえない。
嘘だ。
この迷宮に潜っているのは俺一人くらいのはず。
俺は即座にバッと振り向いた。
燃え上がる魔物の死骸をバッグに、一体の恐竜が立っていた。
グレーの体に白いイナズマ模様の走った胴体。
ワニのように長い口。
鋭い赤色の眼。
長い手足。
全長十八メートル、体高八メートルはあろうかという巨体は、俺の2倍近くの大きさを誇っていた。
そして最大の特徴は、高さ180センチくらいの巨大な純白の帆。
そこからは白い粒子が出ては消えていき、白く光っていた。
見たこともない異形の姿。
俺の本能が危険だと、逃げろと警告している。
絶賛緊急事態宣言発令中だ。
もしここで戦っても勝ち目はないと、そう思った。
俺の闘争本能が一気に冷めた。
足が震える。
心臓の鼓動が早い。
しかし相手は極めてフレンドリーな感じに俺に接している。
だからこそ不気味だ。
なんなんだこいつは。
一眼見ただけで勝てないと思ったのはマメンチサウルス・カーゴイルを相手にした時以来だ。
「お前、何者だ!!」
震えを紛らわすかのように大声を張り上げる。
字面の割に情けない声だったと思う。
そして恐竜は二チャリと笑って名前を名乗った。
「ーーーーーーーーーーーーーーー」
そこからは、よく覚えていない。




