竜族の姉妹・前編
ーーーカリタルネ視点ーーー
最近妹の様子がおかしい。
いや前々から変わっている子だとは思っていた。だが明らかに何かがおかしい。
あの買い物の日から、急にレックス様に懐くようになった。
そして、よく彼と遊び、話すようになった。
恋心?いやないか。流石に幼すぎる。
単に仲良しになっただけだろう。もし恋心だったとしても私と妹は種族柄多種族との婚姻はできないきまりになっている。
あの子は教授と私以外には心を全く開かない、というか、なんと言ったらいいのだろう。
開いてはいるのだ。
だが大体の人はその開いている心に気づいてくれなかった。
気付く人もいたが目を逸らしていた。
最初は妹も頑張って、『開いている』ことをアピールしていた。
だがそれが気づかれないと分かった瞬間から、そのアピールをエスカレートさせていき、結局は鼻つまみ者になってしまったのだ。
それでも頑張っていたのだが・・・・
それから段々と扉は閉じていき、あのような控えめな性格になってしまい、好奇心は旺盛だがいざ話してみるとボロが出るようになってしまった。
人の性格は、小さなきっかけで簡単に変わると聞いた。それは本当だと思う。
それはあの頃のロリにも、今のロリにも通じることだ。
妹と仲良くなってくれたレックス様には少しばかり感謝しています。
まあ今朝のおやすみキッス事件で全部パーになったが。
でもレックス様には本当に感謝をしている。
彼と関わっていく中で、少しずつ妹が成長することを祈ろう。
後彼は別に俺はロリコンではないと弁明していたが、その必要はない。
だってもう私もロリも年齢は500歳を超えているし。
それにしても、レックスは何歳なのだろうか。声的には青年か?
私は500年以上も生きているが、ティラノサウルスなどという生物は見たことがない。
レックスに羽をつけてツノを生やせばほぼ竜族と変わらないし、もしかしたら竜族の血を引くものなのかもしれない。
しかも彼の種族名は「恐竜族」だ。しかもあの魔神を圧倒するくらいの戦闘力と戦闘技術は、確実に長い年月を生き、研鑽を積んだ者だろう。
そして竜族は寿命が長い。
これはもう確定したようなものだろう。
ティラノサウルス・T・レックスは竜族である可能性がある。
今日ちょっと聞いてみよう。
ー
私はレックス様の部屋を掃除していました。
館の空き部屋。
内装はそんなに豪華ではないが、清潔で文明的。
彼は「いいよ自分でやるから」と言っていましたが、これもメイドの務めであり、何よりあの人料理以外の家事がそこらのメイドよりも全然出来るので私の立つ瀬が無いというかそーゆう事情もあって掃除をさせてもらっています。
レックス様は自分のことをただの居候だと思っているので、自分の部屋の掃除まで私にやらせるのは少し気が引けているのでしょうか。
後ロリタルネに今日は私がレックス様の部屋を掃除しますと言ったらムスッとしてました。
そんなに彼が好きですか。
机などを角に集めてから床の絨毯を巻いて端に置き、箒で表面の埃を取り除き、絞った雑巾でこびりついた汚れを拭き取る。雑巾はよく絞ったものを使用します。
毎日毎日続けている単純な作業だ。
でもレックス様の部屋はそこまで汚れていないので、何というか掃除したという感じがしません。
それに比べてコウリンブルク教授の部屋は掃除しがいがあってメイド冥利に尽きますね。
あっ、もちろん皮肉ですよ?
雑巾掛けの後は清潔な布で窓拭きです。因みにこの館の窓は外側に開くタイプです。
レックス様は「レール式じゃねえ!?!」などと言っておりましたが、レール式とは何なのでしょうか?
窓は湿った布で一面を拭いた後に乾いた布でもう一度。
窓の汚れが消えていく様を見るとなんだか嬉しくなりますね。
ほらピッカピカ。
窓の表面が太陽の光で輝いて見えます。
窓から吹き込んでくるのは春風でとても晴れやか。
次に角に集めておいた机やベッドをいつもの位置に戻し、そして掃除をする。
机の上には参考書が山のようにありました。
地理から物理、魔術や文化、動物までいろんな種類が揃っています。
教授は変わっていて突発的だが、たまにすごく優しい。多種族に理解あるお方だ。
最も部屋は汚いのだが。
ー
私は掃除を終えてから、ふと窓の外に目を向けた。
庭の上で、ロリタルネとレックス様が訓練をしている。まあ半分お遊び的なものだが。
ロリタルネは嬉しそうに木剣を振るい、素手のレックス様に噛み付いている。木剣の速度は人間から見れば相当速い。二人の表情が両方とも殺気を帯びているのなら、決闘かと思ってしまう程に。
だが私から見れば剣の軌道はお粗末でお遊びのようで、それでいて楽しそうだ。
あの子がこんなにも楽しそうな表情をするのは、何十年ぶりだろうか?
レックス様はロリタルネの木剣を全てその牙で受け止めている。
その動きには無駄がなく、妙に洗練されている。
そして木剣を砕かないようにさらりと言った風に受け流し、瞬時に次の攻めに対処する。
まるで剣術。それも宮廷騎士団用の。
魔神戦で見せたあの妙な技は使わないのだろうか。まあ使われた方が困る。
私は部屋から出て掃除用具を片付けて二人のいる場所に向かった。
ー
俺、ティラノサウルス・T・レックスはロリタルネと訓練をしていた。
彼女の木剣を振るう速度は凄まじく、常竜なら追いつけないくらいの速度で攻撃してくる。風切り音が妙に怖い。
ロリタルネの剣を、俺は顎で受け流す。手は短いからな。
今は『並行圧力』と、生物の力の流れを読むことができる『王龍眼』などの能力は使っていない。
ティラノサウルス族の能力は便利だが、使いこなすのはなかなか難しい。
と、そんな事を思っていると、下段から音速に届くかもしれない一閃が、俺の頬を掠めた。
確実にかすった。
なんかちょっぴり痛いし。
俺はそんなに身体能力に自信がある方ではない。長距離を走るのは得意だが、ジャンプや光速では走れない。俺は一番能力を使いこなせると言われていたが、反面身体能力は低く、能力で足りないところをカバーしている感じだ。
その点ロリタルネの身体能力は素晴らしい。
初めて戦った人間であるオウテンフィルスよりも運動能力が高い。でもオウテンフィルスインドア派って感じだし戦闘面は魔術と怨霊に頼りきりなのかもな。
因みに前アイツにどう怨霊を集めているのかを聞いたところ、どうやら道端で拾っているらしい。
猫かよ。
ヴァレントはおじいちゃんの墓のある墓地に住み着いていて寂しそうだったからそのまま自分のものにしたらしい。
つーかロリタルネって本当に人間なのか?
もっと強い別の種族とかじゃあなくてか?
ロリタルネは二回目の攻撃を放つ。
今度は斬撃。衝撃波だ。当たったらやばいと思わせる、炎を纏し一太刀は俺へと猛スピードで迫り来る。
しかしあの炎は魔術か?剣に魔術を纏わせることも可能なのか。
これは歯で受け流すにはちとアレだな。火傷なんて嫌だし。
というわけで、
「よっコラショ」
そうどっかのランドセルの妖精のような奴の名前を言いつつ、俺はゆっくりとその斬撃を避けた。
斬撃はそのまま勢いを失って消えて、虚空へと溶けていった。
「わあ!?」
ロリタルネの驚く声が聞こえて、そんなに俺様の動きが凄かったかと見てみると、そこには火柱をあげて燃え上がる木剣と俺をおどおどしながら見る彼女がいた。
どうやら木剣に炎を纏わせたらそのまま木剣が燃えてしまったらしい。木に火つけりゃあそりゃ燃えるってあんさん。
ドジっ娘っていいななんて思いながら、俺は一時的に並行圧力を起動させて大気の塊で火を鎮火した。
こうゆう使い方も出来る並行圧力はすごい。一見他のよりも弱いと感じてしまうだろうが、物理攻撃は傷一つつかないし、使い方次第では相手にダメージを与えることもできる。
「火傷は?大丈夫か?」
俺はそう言って半べそかいてるロリタルネに歩み寄り、その涙を拭ってあげる。
チェス激強だったり、剣術の腕前がすごいこいつでも、意外と年相応なところもあるんだなあとか思っていたのも束の間。
ロリタルネが何かをぶつぶつ言い始めた。
「この地上を創造せし大森林の精霊マガランティナよ、今この手のひらに、その恵の片鱗をもたらさん。スケイプボルト!!」
ブアッ!!とロリタルネの手の上に瞬時に即席の木剣が生成され、それを握りしめた彼女は俺を睨みつけた瞬間踏み込み、鋭い動きで襲い掛かる。
なるほど。今のブツブツは木剣を生成するための魔術の詠唱か。
ん?でも属性魔術に『木』はなかったはず。
「とった!!」
おれが油断している隙に水平に木剣が飛んできた。風切り音すらしないその恐ろしく速い木剣は、おれじゃなきゃ見逃しちゃうくらい速いものだった。
角度的には首の稼働範囲の外。
短い腕にギリ掴まれないくらいの隙間に、木剣は入り込もうとした。
死角をとらえたつもりなのだろうが、まだ粗く、そして甘い。
俺はロリタルネの胴体をペチンと尾で叩いて10メートルくらい吹っ飛ばした。
彼女の身体は錐揉みしながら地面に叩きつけられた。
あれ?もしかして加減できてなかった?
俺が不安になって近づくと、ロリタルネはヨレヨレと起き上がりスカートについた葉っぱをはたき落とし、砂だらけの顔を手で拭い、ニカっと笑う。嬉しそうだ。
「どうですか?!私、強くなりました!?」
「おいおい今日が初めてだろ?」
「初体験はもう少し大きくなってからです!!」
ちょっとカリタルネさん、そこに正座。あ、もうちょい胸を強調してくれると助かる。
妹さんに今まで何を教えてきたんだい?
だめだよこーいう子はね、あと2、3年くらいしたら性に芽生えて大きいお友達とやっちまって孕んで色々まずいことを起こしちまうからね?
いや流石にこれは被害妄想が過ぎる気もしないでもないな。
ちなみにティラノサウルス族はメスの方が強い。
だからオスは力の弱い性に芽生え始めた中学生くらいのメスを襲ってトンズラするんだ。
おれの父親もそうだった。こんな奴にはなりたくないと心から思った。
まあ死ぬまで俺童貞だったけどな!
アーッハッハッハッ!!!
「ここにいましたか」
後ろから聞こえたのは、カリタルネの声だった。
庭の芝生の上に立っている彼女はいつも通りのメイド服だ。その炎の様な色をした髪が風に揺れ、太陽光で輝いている。
心なしかいつもより若干声が冷えている気がする。なんだ?妹さんに俺がなんかしたと思ったのか?
いやそれはアンタの教育がね?問題だからね?
ロリタルネはカリタルネに駆け寄ると、「頭なでなで」と上目遣いで懇願した。
かわいい。その可愛さは姉様も感じたようで、若干デレデレしながらその小さな頭を撫で回す。
デレタルネが顕現している。
二人の身長差は結構大きい。
カリタルネが169センチくらいで、ロリタルネが135センチくらいだ。
こうみると本当に姉妹なんだなと思う。
・・・・妹キャラ、いいなあ・・・・。
2分くらい撫で回すと、カリタルネは夢から覚めた様にハッとした表情になり、俺の方に向き直る。とても真剣な眼差しだ。
やめろよそんなに見つめられちまうと脱ぎたくなっちまうだろって、俺全裸だったわ。
このネタももう三回くらいだな。
カリタルネはロリタルネにしがみつかれながら、
「レックス様、少しお時間をいただけないでしょうか?」
なんだよ突然。
でも、その表情から察するに、かなり真面目な内容なのは確かだ。
愛の告白ならもっともじもじデレタルネのはずだ。
俺は少し考え込んだ後に、
「いいですよ。暇ですし」
俺はこの後、この世界の真相を聞かされることとなる。




